第16話 あなたに捧げる恋の誓い(3)

ともかく、力技であったがこれで呪いの件は解決したのだ。

これ以上エリーゼが気にする事はないだろう。

あとは、呪いについて少々調べさせてもらうだけか。


「その花びらはこちらで預かってもいいですか?ちょっと研究したいので」


「えっ、いいんですか」


驚いたようにそう言ったのは、ルイスだった。


「ええ。呪いについてもっと調べたいですし、そのご令嬢が一体どこで知識を得たのかも気になりますので」


「で、でも、恋敵とも言えるんですよ?」


そう言われて、ああ確かにとエリーゼは今更気がついた。

いつもなら知識欲の前では全てが無意味になるはずだが、どうにもそう言われてしまうと引き取る気が失せてしまいそうだった。


「……ルイス。先に外で待っていろ。俺はエリーゼと話がある」


「えっ」


やけに険しい顔のダリウスがそんなことを言うものだから、エリーゼは驚く。


「失礼しました!」


エリーゼが引き止めようとするも、ルイスは颯爽と店の外へ出ていってしまった。


「ようやくこれで二人きりだな」


どうやらルイスが何が失言をしたというわけではなく、単にエリーゼと二人きりになりたかったようだった。

驚かせないで欲しい。

それはルイスもそうそうに去っていってしまうだろう。彼はエリーゼとダリウスが結ばれるようにいつも応援しているのだから。


「やっぱりお前はいつも通りだったな。俺が恋の呪いをかけられても、ちっとも動揺してくれない。もっといい反応が見られると思ったんだがな」


その拗ねた表情を見て、エリーゼは衝撃の事実をようやく目の当たりにした。


「も、もしかしてあなた、これを見せびらかしに来たんですか!?」


「そうだが」


信じられない。

呪いをかけられて真っ先にエリーゼの反応を試そうだなんて。

だから怒ることもなかったのだろう。


(本当にこの人はっ……!)


「他人に恋の呪いまでかけられるほどに、今の俺は周りから狙われてるんだ。俺が、他の誰かに奪われると、思わないのか」


「そ、それは……」


思ったとも。

十分に思わされたに決まっている。

エリーゼの内心を知ってか知らずか、ダリウスはぐっと顔を寄せてエリーゼの赤い瞳を見つめた。


「俺は、いつまでも待ってるだけの優しい兄弟子じゃない。なあエリーゼ。聞かせてくれよ、あの日の答えを」


艶やかな桃色の髪をひと房手に取り、優しく撫でる。


あの日の答え。

あの日、再会した日のことだ。

再会の喜びもそこそこに、ダリウスはエリーゼにプロポーズをした。

妻として、エリーゼを公爵家に迎えたいと。

きっと前々から計画していたのだろう。

それはそれは情熱的なもので、指輪まで彼は用意していた。

だがエリーゼは、初恋の人と両想いであったことに嬉しさを感じると共に、恐れも感じていた。

今の自分たちは、ただのエリーゼとダリウスではない。

平民出身の魔法鑑定士エリーゼ・トワイライトと、由緒正しき貴族ダリウス・セラフェン公爵なのだということが分かっていたからだ。

きっと、もう少し前の世間を知らない幼いエリーゼだったら喜んでプロポーズを受け入れていただろう。

しかし、今のエリーゼは、自分が彼には釣り合わない身分であるということをちゃんと知っている。

何も考えずに頷けるほど、幸せな頭はしていない。

一人前の魔法鑑定士になると師匠に約束して帝都まで出てきた矢先に、目標を失うようなことは出来なかった。

ダリウスはエリーゼに魔法鑑定士の仕事は続けても良いと言ってくれたが、果たして公爵家の人々や世間がそれを良いと思うものだろうか。

例え周囲に非難されたとしても、ダリウスなら何があってもエリーゼを守って、エリーゼが望むようにしてくれただろう。

それが分かっているからなおのこと断らなければならなかった。


かつてのエリーゼが誓ったのは、彼の隣に並ぶことだ。

守られて愛されるだけの妻ではない。


そういうわけで、エリーゼは一人前の魔法鑑定士になるまでと、プロポーズの答えを先延ばしにし続けていたのだが、今まさにその答えを迫られてしまった。

何事も先延ばしにするのは良くない、ということか。


「……私は、ダリウスのことが好きです。でも今はまだ、あなたの気持ちに応えることはできません」


ゆっくりと、自分の気持ちを言葉に紡いでいく。


「他の誰かになんて目を向けないでください。私のことが本当に好きなら、待っててください。きっとあなたを迎えに行きますから」


これが、エリーゼの答えだ。

今すぐには無理でも、いつの日かあなたの隣に立ってみせる。

だからその日まで、どうか待っていて欲しい。


エリーゼの言葉に、ダリウスは予想外だったとでも言うように目を見開いた。


「……ふっ、はははっ!そう来るか、さすがは俺の妹弟子だ!」


心の底から楽しそうに笑っている。


「わっ、笑わないでくださいよ!」


「悪いな、つい。お前がかわいいものだから」


微塵も悪いと思っているような素振りすら見せず、ダリウスはもう一度エリーゼの髪を撫でた。


「……初めて会った時、俺の名前を呼んで笑ってくれた時から、ずっと変わらないさ。お前を愛してる」


その声に、視線に。

エリーゼは瞳をそらすことすらできず、彼からの愛の言葉を全て受け入れる。


「キスしてもいいか」


「き、聞かないでください……っ!」


唐突に唇に触れたのは、柔らかい感触だ。

断るまもなく口づけをされてしまった。

けれどもエリーゼは、初めて知るその温度に、時間を忘れたかのように浸っていた。

ようやく口づけが終わったあとも、彼の視線には熱がこもっていた。

それを見てエリーゼは、我ながら酷いことをしているものだと自覚する。


「約束ですよ。絶対、待っててくださいね」


「ああ。お前に誓おう」


まるで騎士のように、ダリウスはエリーゼの手の甲に口づけをした。

この誓いが果たされる日がいつなのか、まだ二人は知らない。

けれども、二人が見据える先は確かな未来だった。


そうしてエリーゼは、今日もまた魔法を探し求めて鑑定をする。

魔法、魔石、魔道具、魔法書。

そこに魔法があるのなら、彼女はどこへでも向かう。

それが、帝国の魔法鑑定士。

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帝国の魔法鑑定士 雪嶺さとり @mikiponnu

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