第13話 誕生日の魔法石(9)

騒動が片付いたあとも、パーティーの出席者たちの間ではエリーゼやアーネストの話題で持ち切りだった。

騒々しい中、ようやく会場を抜け出したエリーゼは人気のない庭園を歩く。


「お待たせしました!いやぁ、魔法鑑定に興味を持った方々に捕まってしまい、なかなか解放してもらえなくてですね」


待ち合わせをしていた人物を見つけ、声をかけた。


「いや、大体そうなると予想はしていた。無事に依頼を終えてくれたようで何よりだ」


その人物……テレンスは、ただ淡々と答える。


「中はすごい騒ぎでしたよ……。魔石を割った瞬間の周囲からの非難の目が、もう怖いのなんので」


「第二皇子が、シルヴァルド・アルスフィアの新しい弟子になるそうじゃないか。今頃イヴァンが怒り狂ってる様が思い浮かぶ」


「まだ確定したわけではありませんが、恐らく半年後までには師匠の元へ行けるでしょうね。イヴァンさんに関しては……まあ、諦めてくださいとしか」


なぜエリーゼとテレンスがこのような会話をしているのか。

それは全て、裏でテレンスが糸を引いていたことにある。


二週間前のことだ。

エリーゼが魔法研究機関から帰ってからずっと、誰かに監視されているような感覚が続いていた。

最初に気づいたのは、仕事先から帰る途中のことだ。

窃盗目的で狙われているのかと思っていたが、どこへ行くにしても見られているような気がする。

貴族たちのタウンハウスが並ぶ上流階級の地区でもそれは変わらず、違和感を覚えていたところ、エリーゼの元をテレンスが訪問してきたのだ。

今エリーゼは、機関から監視されていること。

第二皇子の誕生日パーティーで、イヴァンたちはエリーゼに依頼を失敗させて地位を叩き落とそうと計画していること。

つまり、エリーゼの受けた依頼を罠であると。

そして、どうしてそれを機関に所属する魔法使いのテレンスが教えたのかというと、テレンスは新たにエリーゼに依頼をし、第二皇子の誕生日パーティーでイヴァンの罪を暴くことを頼んできたのだ。


『かつてイヴァンは、シルヴァルド・アルスフィアから弟子入りを断られた。奴はそれを未だに気にしていて、シルヴァルドの弟子である魔法鑑定士をよく思っていない。他にも、機関に所属していない鑑定士が帝都で活躍するのが気に食わない連中もいる』


『それは分かっていたことですが、しかし、あなたが私にわざわざ協力してくれる理由はないのでは……?』


『元々、俺の役割が機関内で怪しい動きをする奴や反乱分子を監視することなんだが……まあ俺としては、大した実力もないくせに偉そうな顔をするイヴァンの無様な顔が見たいだけだ。要するに、卑怯な真似をする馬鹿な魔法使いどもが嫌いなんだ。俺は』


正義感でやってるわけじゃないからな。

そう言い出したテレンスだったが、正義感を持っているのは丸わかりだった。

テレンスの機関内での本当の役割は、単なる魔法使いではなく、所属する魔法使いたちの間に潜入して彼らの様子を上層部に報告する、いわば間諜のようなものだ。

機関内で内密に処理をしてしまうことも出来るが、公衆の面前で暴露された方が機関の権威に関わる。

徹底的に叩くためなら、彼らの計画に乗っかり、魔法鑑定士に断罪させればいい。


そういうわけで、テレンスはエリーゼに機関の計画を教え、彼らに謝った情報を与えるようにした。

エリーゼが常に魔道具を使っているように見せかけ、当日、それを破壊して妨害させるようにわざと仕向けたり。

魔法使いたちに見られている際は、普段と違うやり方で依頼をこなすように心がけていた。

その甲斐あって、イヴァンはまんまと引っかかってくれた。

そして、彼がシルヴァルドを崇めていることも利用することで、見事に追い詰めることができた。


「しかしさすがは魔法鑑定士だな。期待以上の働きをしてくれた。これは約束の報酬だ。魔石を使用したペンデュラムだが、気に入って貰えるだろうか」


テレンスから渡された箱は、リボンで綺麗にラッピングされている。

それを解き蓋を開けると、中には美しい紫色の魔石で作られたペンデュラムが入っていた。


「凄いです!素敵です!わぁっ、嬉しいです!」


「……聞くまでもなかったか。喜んでもらえたようでなによりだ」


思わずはしゃいでしまうエリーゼに、テレンスは驚きつつも笑ってくれる。


「素晴らしい魔力の輝きです……はぁ、たまりませんよ〜!」


まるで紫水晶のような輝きを放っている。

依頼の報酬は良いものを用意しておくといってくれていたが、まさかこんなに素晴らしい魔道具を貰えるだなんて思ってもみなかった。


「機関にはまだまだ色々な魔道具があるんですよね?前回は見せてもらえませんでしたけど、古代魔法とか、禁書扱いの魔法書とかもあるんですよね!?テレンスさんが羨ましいです〜!」


勢いで言ってしまった言葉だが、テレンスは存外真に受けたようだ。


「だったら……あんた、俺と一緒に来ないか」


「え?」


その真摯な眼差しに、エリーゼは魔道具にはしゃいでいた事も忘れて彼に向き直る。


「まあ、今後は権力も落ちるだろうが、イヴァンの奴らの分も人員を補充しないといけないし、待遇は一番よくしてやる。魔法書だろうが、魔道具だろうが、好きなように扱えるぞ」


「え!?」


「魔法鑑定の仕事も続けられるようにする計らってやる。どうだ、悪い話じゃないだろ?」


「で、ですが……」


なんという好条件だろうか。

魔法鑑定士を辞めるつもりは無いので断ろうと思ったのに、機関に所属しても鑑定士を続けられるのとなると魅力的に思えてくる。

エリーゼからしてみれば、これまで通りの仕事が出来るだけでなく、貴重な魔法に触れられる機会が貰えるといういい事づくめなお誘いなのだ。


(で、でも一人で頑張るって決めたことだから……)


誘惑に負けてはならない。

甘い考えは捨てなければと決意したその時だった。


「っ!」


テレンスの背後に、見覚えのある青焔を纏った剣が迫っていた。

慌てて飛び退くテレンスの後ろから現れたのは、ダリウスだった。


「まさか、エリーゼを引き抜こうとするとはな……。たかが魔法使いごときが、いい度胸をしてるじゃないか」


「公爵!剣を納めてください、危ないでしょ!」


何か勘違いをしているようだ。

ダリウスの表情がかつてないほどに険しい。

エリーゼの言葉に耳も貸さず、再びテレンスに剣を向ける。


「死にたいのか、お前」


地を這うような低い声で、テレンスに殺気を向けている。


「まさかもう来るとはな……。別に、公爵様が考えてるようなことは何もしてませんよ」


いかにも降参ですというようにひらひら手を振ると、踵を返して去っていく。


「それじゃ、俺はもう行くからな。また会おう、エリーゼ」


去り際にそんなことを言うものだから、ますますダリウスの機嫌が悪くなりそうで必死に弁解をする。


「公爵、テレンスさんはあなたの考えてるようなことはしてませんよ」


どうにか宥めようとするも、ダリウスの視線はエリーゼの手元に向いていた。


「お前、嘘だろ……」


「何がですか」


「俺には全然靡かなかったのに、あの男からの贈り物は素直に受け取るのか」


どうやら、テレンスから報酬として受け取った魔道具をプレゼントだと勘違いしたらしい。

先日のドレスの件と言い、ダリウスからの贈り物はまず断っているので、他の人からは易々と受け取るなんて彼としては面白くない状況に見えるだろう。


「違いますって!これは依頼の報酬です。テレンスさんが、先程お話しした、私に内密で情報を提供してくれた依頼人なんですよ」


これで納得してくれるかと思いきや。


「俺のことは名前で呼ばなくなったのに、あいつは名前で呼ぶのか」


今度はそこで怒られた。

ああ言えばこう言う。

もはや、テレンスに関する話題は終わらせてしまった方が楽かもしれない。

普段よりもやけにしつこいダリウスだが、その表情を見るかぎりエリーゼには彼がこんなに怒る理由に見当がついていた。


「……もしかして嫉妬してます?」


「そうだよ。悪いか」


若干頬を染めながら、拗ねたような口調でそう言うダリウス。

そのあまりの潔さに、エリーゼは思わずくすりと笑ってしまいそうだった。


「まったく、仕方の無い人ですね」


「なんだよ。別にいいだろ」


「ふふっ、はいはい」


「笑うな」


エリーゼが笑っても、小さくしか言い返してこない。

いつも自分に絶対的な自信を持っているダリウスが、こんなに弱気なのはなかなか見られないものだ。

でもあまりからかいすぎても後が怖いので、この辺りでやめておこうか。


「帰りましょう、ダリウス」


そっと小さな声で、そう囁くとダリウスを置いて歩いていく。


「───────っ!」


驚きと喜びが混ざったような顔をしながら、ダリウスも追いかけてくる。

今日は私の方が一枚上手だったかも……なんて思いながら、エリーゼは皇宮を後にした。


後日、正式にダリウスの送った紹介状により、アーネストがシルヴァルドに弟子入りすることが認められた。

大魔法使いの修行はとにかく波乱に満ちているが、アーネストがどう成長するのか今から楽しみだとダリウスは笑っていた。

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