第12話 誕生日の魔法石(8)

「毒物とは、一体どういうことなのだ!」


 アーネストが激昂するが、エリーゼは彼を真っ直ぐに見つめて話を始めた。


「この魔石、外見は美しく華やかですが、その中身をよく見てください」


 エリーゼの言葉に、アーネストや周囲にいた人々が砕けた魔石に視線を移す。


「色が黒くなっている……!?」


 真紅だったはずの魔石は今や、どす黒く染まりだして濁った色をしていた。


「魔法で巧妙に見た目を偽っていますが、私相手に偽装工作で魔法を使ったのは失策でしたね。華やかな魔石は、魔法で姿を変えただけのもの。実際は、レイウォルド山の魔力が人体に有害なほどに凝縮された魔石なのです」


 エリーゼは、魔石にかけられていた魔法が何であるのかを見破っていた。

 そして、その正体がどういうものであるのかも。

 たとえ、どれほど繊細で普通なら見ることの出来ないような魔法でも、エリーゼは見逃さない。

 もしアーネストがあの魔石をそのまま受け取って大切に持っていたとすれば、知らず知らずのうちに魔力の影響を受けて、体を壊すことになるだろう。

 だからこそ、エリーゼは迷いなくあれを破壊して見せたのだ。


「だが、レイウォルド山で人間に有害な魔力が流れているのは一部の場所だけだろう?」


「よくご存知でしたね、殿下!素晴らしいてす!」


 アーネストがかつて魔法を習っていたと言われていたが、その当時の知識を今も覚えていたとは。

 思わず褒めると、アーネストはちょっと嬉しそうな顔になっていた。


「イヴァンさんは、レイウォルド山の湖で採れたものだと言ってましたよね。レイウォルド山には危険な箇所と、そうでない箇所がありますが、危険地帯にも一つ小さな湖があるんです。そして実は、魔石の採れる湖があるのは危険地帯だけなんです」


 エリーゼの言葉に、すかさずイヴァンが反論する。


「何故そう言いきれるんですか。まさか、過去に文献で読んだだけだなんて言わないでくださいよ。一般に出回っている研究より、我々の知識の方が……」


「確かに、最新の知識で言えばあなた方の方が勝っているでしょう。しかし、あなた方の知っていることを、私たちも知らないとは限りませんよね」


 険しい表情のイヴァンと対照的に、エリーゼは優雅な笑みを浮かべたまま。


「私たちはレイウォルド山に行ったことがあるんです。その時に、安全な地域にある湖からは魔石はひとつとして見つからず、一方で危険地帯にある小さな湖から、異様な魔力の反応があったことは確認しています」


 エリーゼとダリウスは、修行の一環として師匠からレイウォルド山に連れていかれた時があった。

 その当時、あれこれと普通なら立ち入れないような山中を探索することになったが、世間で言われている何倍も豊富な魔力と美しい自然がそのまま残された不思議な地は、エリーゼにとって良い思い出だった。


「しかし、それには確たる証拠がありませんよ。あなたの過去の話なんて、事実なのかどうやって確認するんです?」


 イヴァンに答えたのは、後ろでことの成り行きを見守っていたダリウスだ。


「それについては俺が保証しよう。俺もその場にいたからな。それでも疑うのなら、俺たちをあの場所へ連れていった『張本人』に確認を取らせようか」


「シルヴァルド師匠なら、どんな手を使ってでも証明してくださいますよ」


 エリーゼとダリウスの言葉に、さすがにイヴァンは一旦は引き下がった。

 二人の証言を否定するのであれば、大魔法使いシルヴァルド・アルスフィアのことも疑っているとも言い換えることができる。

 帝国の魔法使いなら一度は憧れるような英雄を疑うようなことはできなかったようだ。


「で、では本当に……イヴァンが私に有害な魔石を偽って渡したということなのか」


 アーネストの絶望したような表情を見て、追い詰められたようにイヴァンは叫んだ。


「……しかし、あなたの今日の鑑定は不確かなものでしょう!?いつも使っている道具を、ひとつも持っていないじゃありませんか!」


 確かに彼の言うように、エリーゼはいつものトランクを持っていない。

 だが、その中身をいつも魔法鑑定に使っているとどうして言いきれるのだろうか。

 エリーゼが常に使っている道具は一つだけだ。


「持っていますよ。私がいつも使っている道具は、これ一つです」


 エリーゼは手に持っていたステッキで、床をコンと鳴らした。

 イヴァンは虚をつかれたような表情でエリーゼを見る。


「それにイヴァンさん。あなたは私が鑑定をするところを見たのは、二週間前に一度だけですよね。それなのに、どうしていつもと言いきれるんです?それも、私が常に何かほかの道具を使っているところを見たかのような口ぶりですが」


「いや、そうでしたか、すみません。なにか思い違いをしていたようです。以前に部下からそのようなことを……」


 イヴァンは笑って誤魔化そうとしたが、そうはさせない。


「ほお。まさか人づてに聞いただけだなんて、不確かなことは言わないだろうな」


「……っ!」


 ダリウスの低い声に、イヴァンは黙らざるを得ない。

 己が先程エリーゼに放った言葉と同じもので、今度は自分自身が苦しめられることになるとは思わなかっただろう。

 ダリウスの空気を凍りつかせるような威圧に、周囲も息を飲んでいる。


「もう終わりにしましょう。これで私の実力は分かっていただけましたよね」


 イヴァンは何も答えない。


「私の何がそれほど目障りなのか知りませんし、私になら別に何をしたっていいです。ですがあなたは今日、殿下の気持ちを踏みにじった。それだけは忘れないでください」


 イヴァンがどうしてこのようなことをしたのか。

 恐らくだが、彼らは魔法鑑定士のことを潰したいのだろうとエリーゼとダリウスは予想していた。

 どこにも所属していない魔法使いなのに、師匠は大魔法使いシルヴァルドで背後にはセラフェン公爵がいる。

 出生も正体も何もかもの情報が少ない謎の存在であるエリーゼが、公爵の権力を後ろ盾に帝都で活動しているのは、彼らにとって縄張りで好き勝手されるようなものだ。

 研究機関にとって目障りなことこれ極まりないだろう。

 初めて会った時はイヴァンは友好的だったが、何人もの魔法使いに監視される中でわざわざ魔法鑑定をさせた、それもエリーゼに事前に事実と異なる情報を与えて。

 それだけならエリーゼのことを試そうとしているだけと思えるが、問題はその後だ。


 エリーゼがルイスに預けたトランクの中身が、破壊されていた。

 彼らの前で見せた魔法陣や魔道具が使えないようにされていたのだ。

 もちろん、その中身は魔道具そっくりに似せて作った小道具である。

 ルイスの目を盗んでそのような行為をすることができるのは、研究機関の魔法使いぐらいだろう。


 あの時、血相を変えて飛び込んできたルイスの証言では、他の誰かに触れさせたことは一度も無かったと。

 ルイスの前に姿を現さずに、一切触れることなく物を破壊するのなら、魔法で簡単にできる。

 イヴァンがまだ渋るようなら、もっと証拠を出すことも出来るが……。


「申し訳ありません殿下。何か重大な手違いがあったようです。今すぐ我々で、原因の解明を早急に行いますので、正式な謝罪はまた後日ということで」


 イヴァンは流石にもう諦めたのだろう。

 穏やかな笑顔に表情を変えると、これは手違いだと言い張った。

 しかし、これが毒物であったと認めたと言っていいだろう。


「イヴァン……」


 イヴァンはアーネストに目もくれず、砕けた魔石を魔法で風を起こして集めると、人の波を掻き分けて去っていこうとする。


「待て」


「まだ何か……なっ!?」


 ダリウスが剣を抜いて、イヴァンの喉元に向けていた。

 青焔をまとった剣は鋭く、その剣先は、イヴァンを今すぐにでも穿くことができるぐらいの至近距離にある。

 人々はあっと息を呑み、中には悲鳴を上げる者もいた。


「逃げられるとでも思ったか」


 ダリウスの冷たい眼光に、イヴァンも動けない。

 今すぐにでもイヴァンの首が落とされる。

 誰もがそう思ったが、ダリウスの剣が振るわれることはなかった。


 イヴァンに反抗の意思が無いことが分かったのか、ダリウスは剣を納める。

 焔が静かに消え、イヴァンはダリウスが潜伏させていた公爵家の騎士たちに取り押さえられ、連行されていった。


「公爵」


 そっとダリウスの元へ駆け寄り、恐る恐る袖を引っ張ってみる。

 エリーゼが来たことで、ダリウスはすぐに殺気を消した。


「ここで斬るにはあまりに人が多い。それに、奴には聞きたいことがたくさんあるからな」


 その口ぶりからして、拷問でもするのだろう。

 エリーゼには絶対に見せない一面に初めて触れたようで、少しどきりとする。


 ともかく、これでイヴァンは捕らえたので無事にこの場を収められたと思いきや、そう上手くはいかない。


「何故、何故なのだ……」


 震えるアーネストに、ようやく自分たちの役割を思い出した護衛の騎士たちが駆け寄ってくる。


「皇子殿下!」


「……もう良い。どうせ、貴様らも私の事なんてどうでもいいんだろう。さっさと散れ」


 その投げやりな物言いに、騎士たちは言い返すことは出来なかった。

 エリーゼが魔石を破壊した段階で真っ先に皇子を守るべきだったはずなのに、近寄ることができず見ているだけだった彼らは傍目から見ても無能同然だ。


「で、殿下……!」


「ミランダ。お前、私のことを散々好きだと言っておきながら、あんなにあっさり私を見捨てるとはな」


 騎士たちを押し退けてアーネストに近づこうとしたミランダも、その鋭い口調に黙ってしまう。

 アーネストの言う通り、ミランダは真っ先にアーネストから逃げていった。

 見捨てるような真似をしておきながら、今更擦り寄ってくるミランダの姿を見ていれば、彼女が本心からアーネストを愛していたとは思えない。


「どうせ、私は顔と金以外なんの価値もない男だ!うるさい!全員二度と私の前に姿を現すな!」


 そう悲痛に叫ぶアーネストは、目も当てられない惨状だ。


「イヴァンも……昔は私に魔法を教えてくれていたのに。今ではイヴァンにとっての私は、殺してもいいような存在だったのだな!」


 かつてアーネストに魔法を教えていたと話していたイヴァンは、とてもアーネストのことを酷い扱いをするような人には思えなかった。

 だからこそ、今回の件はエリーゼにもショックではあった。

 しかし、当事者であるアーネストの悲しみの方は計り知れないだろう。

 かつての師匠に、殺されかけた。

 そんな衝撃は、エリーゼは知らないものだ。


「お前たちだって、私よりも兄上の方が皇子として相応しいと思っているんだろ!?昔からお前たちはずっとそうだった!私の事なんてどうでもいい扱いで、アクセサリーや宝石を贈った時だけ俺に良い顔をする!こんなことならいっその事、何も知らないまま毒を受け取って死んでしまえばよかったんだ!」


「それは違います、殿下!あなたの事を心から心配している人は、あなたのそばにいます!」


 ヤケになって怒鳴り散らすアーネストに、エリーゼは堪らずそう言い返してしまった。

 エリーゼは知っている。

 宮廷の誰もが蔑むような皇子を、心から案じていた男が一人いるということを。


「何を言う!そのようなものがいるわけが……」


 アーネストの言葉が、驚愕の表情と共に止まった。

 腕を組んでエリーゼを傍観していたはずのダリウスが、こちらへ堂々と歩み出てくる。

 しんと静まったホールには、ダリウスの靴音だけが響いた。


「アーネスト。お前を馬鹿にした奴らを、見返したいと思わないか」


 かしこまったものではなく、いつものような口調になっている。

 今ばかりは公爵としてではなく、旧知の仲として振舞っているのだ。


「公爵……いや、ダリウス。でも、そんなことなんの能力のない私にはできない!」


「本当にそうか?お前には、唯一の取り柄があっただろ」


 唯一の取り柄……そう、魔法だ。

 アーネストの魔法への知識が衰えていないことは、先程レイウォルド山について言及した時にわかっていることだった。


「……っ!だが、魔法使いたちは私を殺そうと……」


「だからこそだ。魔法を極めて、連中よりも強くなって跪かせてやればいい。もう二度と奴らにこんなことをさせないように、お前が、機関を掌握してしまえばいい」


 自らを殺めようとした力を使って、今度は仕返してやれ。

 ダリウスが言いたいことは、そういうことだった。


「それに、お前が強い魔法使いになれば困らせられる連中はたくさんいるんだ。悪い話じゃないだろ」


 言うまでもない。

 第一皇子のことだ。

 アーネストの力が皇宮で強まれば、皇子だけでなく、第一皇子派の臣下たちにも影響をおよぼせる。


「しかし、私にもう一度魔法を教えてくれる人などこの国のどこにいると!?」


「いるさ。いるに決まってる」


 ダリウスはくつくつと喉を鳴らして笑った。

 そのいやに歪んだ、いたずらっ子のような笑みに、エリーゼは彼が何をしようとしているのかを悟った。


「シルヴァルド・アルスフィアに紹介状を送ってやろう」


「はぁ!?」


「私たちの師匠なら、きっと喜んで殿下を受け入れてくださいますよ」


 エリーゼが微笑みながら同調すると、何を言っているんだという顔をされる。

 しかし、ダリウスが本当にシルヴァルドにアーネストを紹介しようとしていると分かったのだろう。

 ダリウスの壮大な計画に震えながらも、しっかりと頷いた。


「ダリウスは、本気なんだな……?」


「それはこっちの台詞だな。アイツに頼み事をするのは癪だが、殿下のためなら仕方ないだろう。さあ、首を洗って待っておけよ」


 救いの手か、悪魔の手か。

 ダリウスの笑顔に、アーネストは顔を青くする。

 どちらにせよ、アーネストへの贈り物の中では、最高級であったことは間違いなさそうだった。

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