第11話 誕生日の魔法石(7)

「第一皇子ってそんなにすごい方なんです?どんな方なんですか?」


なんとなく気になってみて、ダリウスに聞いてみる。


「職務を完璧にこなす有能な皇子だと言われているが……俺は、嫌いだな」


苦手、ではなくハッキリと嫌いと言ったのに驚いた。

ダリウスは大抵、好きや嫌いよりも興味があるかないかで人を分ける。

誰かについて聞くと、いつもダリウスにとって好感があるかどうかは言わず、淡々と性格や評価などの情報を言うだけだったので、ダリウスがわざわざ嫌いというのならよっぽどなのだろう。


「どうして嫌いなんです?」


「笑顔が全部嘘くさい。五分以上会話をすると気分が悪くなる」


「まぁ……」


アーネストに対してもそうだったが、第一皇子相手でも毒舌は変わらないようだった。

今後はできる限り、第一皇子の話題は避けた方がいいだろう。

招待されたのが第一皇子の誕生日パーティーではなく、アーネストのパーティーで良かった。


「アーネスト殿下の肩を持つわけじゃないが、殿下が自堕落な生活を送るようになったのも、第一皇子とのことが原因なんだ」


どういうわけか、ダリウスがそんなことを話してくれた。


「そうなんですか?お二人は仲が悪いんです?」


「いや、仲が悪いというよりも、周りが悪くさせただけだな。生まれた時から優秀な兄貴と比べられ続けたんだ、嫌いにもなるだろ」


「なるほど、それは辛いですね……」


たしかに、何をやっても兄を超えられる事が無いのは苦しいだろう。

例え第一皇子がアーネスト殿下に優しくしていても、周囲がそんな反応をしていれば確執が生まれるのも当然の話だ。


「アーネスト殿下も、子供の頃は真面目で良い子だったんだ。魔法の勉強も頑張っていたんだが、どれだけ頑張っても誰からも認めてもらえないまま、兄貴が褒められる姿だけを見せつけられて、そのうち勉強をしなくなった」


そう言えば、イヴァンからも昔はよく魔法の勉強をしてくれていたと話を聞いた。

エリーゼの中で、アーネストの印象がだんだん変わっていく。

幼い身で周囲の環境に振り回される辛さは、エリーゼも身をもって知っている。


「今はこんなように女性をはべらせて遊び歩いてばかりなのも、大元を辿れば子供の頃に性格が捻じ曲がったのが理由だろうな」


皇子のことを案ずるかのような口ぶりは、普段よりも優しく、どことなく悲しげだった。

幼い頃から親交があったのだろう。

昔の姿を知っているだけに、アーネストのことをどうにかしてあげたいという気持ちがあるのかもしれない。


「公爵はアーネスト殿下のことを心配しているんですね」


「は?そんなわけないだろ、俺は殿下の兄貴じゃないんだ。心配してやる義理はない」


「えぇ、またそんな事言って……」


きっぱり心配する義理はないと言われたが、その優しい眼差しを見る限り、エリーゼには信じられなかった。


「ところで、私の実家についてなんですけれど……」


これ以上アーネストの話を続けるとダリウスがそっぽを向いてしまいそうだったので、話題を変えてそれとなく、家族がここへ来ていないか聞いてみる。

実はずっと気になっていたことだが、なかなか言い出せなかったのだ。


「それなら問題ない。昨日のうちに招待客の名簿を見せてもらったが、連中の名前はなかった」


「なら良かったです。というか、名簿って見せてもらえたんですか」


「ま、そこは家名の力だな」


ふふん、と自慢げな顔になるダリウス。

昔は権力なんて興味無いの一点張りだったのが、今では有効活用しまくりでなによりだ。


と、二人で話していたところに、ルイスが血相を変えて飛び込んできた。


「エリーゼ様!大変です!」


「ルイス、どうかしたのか」


ルイスの手にはエリーゼが預けていたトランクがある。

それを見てエリーゼは小さく笑った。


「予想通りでしたね」


「公爵様!それが、エリーゼ様のお荷物が……」


「いいんですよ。これで確信が持てました」


エリーゼはルイスの言葉を遮ると、トランクを受け取る。


「どういうことだ、エリーゼ」


「公爵、実はですね……」


エリーゼが何を考えているのか、一つずつ説明を始める。

もちろん、他の誰かに聞かれないように細心の注意を払いながら。


──────────────


エリーゼとダリウスが会場に戻った時には、先程よりもホールは賑わっていた。


「鑑定士様!良かった、今から探しに行くところだったんですよ」


エリーゼに駆け寄ってきたのは、魔法使いのイヴァンだった。

その様子を見るに、もうエリーゼの出番が来たようだ。


「あら、もうそんな時間でしたか」


「すみません、お二人の逢瀬を邪魔してしまって」


「まったくだな」


「いや違いますから。イヴァンさんも謝らなくていいです」


ダリウスは腕を組んで高圧的な態度になるが、逢瀬などしていないので余計な誤解を招くことはしないで欲しい。


「もうちょっとですから、我慢しててくださいね?」


「分かってる」


イヴァンの案内について行きながら、ダリウスにこっそり耳打ちする。


「あれっ、鑑定士様、いつものトランクが無いようですが……。休憩室に忘れてきてしまいしたか?」


「いえ、今日は持ってきませんでした。無くても大丈夫なので気にしないでください」


さすが、帝国の組織の一員である。エリーゼのこともよく見ていた。


「そうでしたか。では、あとは予定通りにお願いします。鑑定の結果はどのようなものでも構いませんので、変に我々に気を使わなくても大丈夫です。あなたが見たものを、ありのまま伝えてくれれば、それで」


「もちろんです。どんな結果であろうと、そのままお伝えするまでですから」


アーネストは一人の令嬢をはべせていた。

赤髪の美しいその令嬢は、アーネストにぴったりとくっつき、楽しそうにアーネストと話している。


「はははっ、ミランダは本当に愛らしいなぁ!今度、新しいアクセサリーを買ってやろうか」


「まあいいんですの、殿下!嬉しいですわ〜!」


恋人だろうか、先程囲まれていた令嬢たちとは違う女性だが、親しげに話ている。

先程の浮気者という悪口を思い出して少し気まずいが、まあ仕方が無い。


「殿下、そろそろ……」


「ん?ああ、そうだな」


でれでれした顔で美女と会話していたアーネストは、イヴァンに声をかけられて思い出したように頷いた。

それから、エリーゼを見つけると目を輝かせたが、背後に立つ公爵に気づき全力で顔を背けた。

しかし、皆の前では格好つけたいようで、何事も無かったかのように笑顔に戻る。


「本日は、我が帝国が誇る魔法研究機関が、私のために用意してくれた魔石を魔法鑑定士に視ていただこうと思う!」


アーネストの言葉に周囲が沸き立った。


「あれが魔法鑑定士か、どんな鑑定をするのか気になるな」


「まあ凄いわ!私も依頼してみたいと思っていたのよ」


様々な囁きが飛び交い、エリーゼに視線が集中する。


「私どもからは、こちらの魔石を贈らせていただきます」


イヴァンが恭しく差し出した箱を受け取ると、アーネストはすぐさまそれを開けた。

中に入っていたのは、真っ赤な美しい魔石だ。

周りに見えるように、予め用意されていたテーブルにそれを置くと、シャンデリアの明かりに照らされて、より一層の輝きを放った。

その煌めきに、周りからは感心したように驚きの声が上がる。


「レイウォルド山の湖から採取されたものです。魔力の質や石の輝きは最高峰と言いえるでしょう」


レイウォルド山は帝国の北部に位置する険しい山だ。

標高が高く、地脈を流れる魔力は恐ろしい程に膨大である。

故に、軽率には人が手を加えることの出来ないような帝国でも随一の特殊な地域となっているが、そんな所から発見された魔石ならば素晴らしい魔力を秘めているだろう。


「では、美しき鑑定士よ。この魔石の価値を、定めてはくれないか」


エリーゼは一歩前に進み出た。

ステッキで床をコンと叩き、恭しく礼をする。


「私が魔法鑑定士の、エリーゼ・トワイライトと申します。本日は、アーネスト殿下への贈り物の価値を鑑定させていただきます」


皆の視線に、期待が込められる。

あんなに騒がしかった会場も静まり、全員が魔石とエリーゼへ集中していた。

アーネストも、イヴァンも、ダリウスも、ただ黙ってエリーゼのことを見つめている。


「───────氷霜の銀鏡ミルス・グラキエス


エリーゼも魔石に手をかざし、隅々まで見つめ、見極める。

魔力の流れを読み取り、この魔石の力がなんなのかを把握してから、……エリーゼは迷うことなくステッキを振り上げた。


「せーのっ」


───────ガシャン!


エリーゼの間の抜けた掛け声の後、魔石が粉々に粉砕される音が響き渡る。

誰もが、この光景を疑った。

一体この鑑定士は何をしているのかと、信じられないと目を見張って唖然としている。


「……へ」


目の前で誕生日プレゼントを粉砕されたアーネストは、呆然としている。

魔石は完膚なきまでに、粉々に、砕け散ってしまったのだ。


「な、何をするんだ貴様!どういうつもりだ!」


「ま、魔法鑑定士様!何をなさって……!」


怒るアーネストと取り乱すイヴァンを横目に、エリーゼは涼しい顔だ。


「よく見ろ。これが本当に、誕生日の贈り物として相応しい魔石か?」


皆がエリーゼを信じられないもののように見る中、ダリウスが歩み出てきてエリーゼの隣に並んだ。


「当たり前じゃないですか!どうしてこんなことをしてしまったんですか……!」


「あら、イヴァンさんはアーネスト殿下への贈り物が毒物でも相応しいと思うのですね」


エリーゼの言葉に、再び周囲は凍りついた。


「毒物、だと」


その言葉に、周囲もざわめく。


「ひいっ……!」


先程までアーネストの隣にいたミランダという令嬢は、すっかり怯えてアーネストから逃げるように後ずさっていく。


「毒だと?どうなっている」


「鑑定士様は気が狂ったの?」


鑑定士がいきなり暴挙に出たと思ったら、今度は毒だと。

一体何が、どうなっている。


混沌としたダンスホールで、エリーゼは優雅に微笑んだ


「さあ、私の鑑定結果をお聞かせしましょう!」

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