第14話 あなたに捧げる恋の誓い(1)

帝都の外れにひっそりと佇む小さな店。

その店は、魔法や魔石、魔法書など魔法に関することなら何でも視るという風変わりな職業の魔法鑑定士の少女が営んでいる。

日頃は様々な客が魔法鑑定士の意見を求めて訪れるこの店だが、今日はいつもとは違うお客様が来ていた。


皇宮の直属組織である、魔法研究機関の魔法使い、テレンス。

本日エリーゼの元を訪れたのは、彼であった。

仕事の為ではなく、純粋にエリーゼの友人として彼を招いたのである。


「この魔法、なかなか難しいですね……こうですか?」


机の上に広げた魔法陣に手を置き、ああでもないこうでもないと思案する。

友人として招いたと言っても、二人集まってすることは結局魔法に関することだった。

今はテレンスが持ってきてくれた、珍しい魔法陣について色々と視ている最中である。

困り顔のエリーゼに、背後からテレンスが手を添えて教えてくれた。


「ああ、それで合っている。エリーゼは良い腕をしているぞ。さすがだな」


艶やかな黒髪を揺らして、彼は微笑んだ。

いつもよりちょっと距離が近くて、彼の澄んだ低い声がよく聞こえる。

彼の指導通り魔力を流してみると、陣が青白い光を放ち、辺りがふわりと冷気に包まれた。


「わあっ、ちょっと冷たいですが綺麗ですね……!」


ひらひらと舞い落ちるのは、綺麗な白い雪だった。

白銀の柔らかなそれは、ダリウスの青い焔とはまた違った美しさがある。


「……なあ、エリーゼ。やっぱり、俺たちと一緒に来ないか。今の魔法研究機関は、エリーゼの力を必要としている」


うっとりと雪に見蕩れていると、テレンスがおもむろにそう言った。


「またまた、テレンスさんったらそんなことを言って。機関には私なんかよりも、もっと凄い方々がたくさんいらっしゃるんですから」


アーネスト第二王子殿下の誕生日パーティーでひと騒動あったとはいえ、魔法研究機関には様々な魔法使いが所属している。

著名な人物や、素晴らしい功績を残した人物など、エリーゼでは足元にも及ばないような魔法使いだっているのだ。

前回の騒動で何人も摘発されたことで、人員が少しずつ不足しているのは確かなことだろうが、だからといってどうしても必要ということはないだろうに。

だがテレンスは、エリーゼの言葉に柔らかく笑うだけだった。


「俺は、どんな凄い連中よりも、あんたが一番だと思うんだがな」


「ふふっ、ありがとうございます。ですが、今はこの仕事が大切なのでそのお誘いは断りますよ。何度でも」


「こいつは手強いお姫様だなあ」


お手上げだというように、テレンスは笑った。

お姫様だなんて、最初に出会った時は警戒されていたと言うのに、ずいぶん素顔を見せてくれるようになったものだ。

真面目な顔をしている時のテレンスも良いが、こういう気取らない素顔の方が年相応で彼にはあっているように思える。


などと、そうやって談笑していると、チリンとドアベルが鳴った。

今日は閉めているはずだが、お客様が来てしまったのだろうか。

急いで出迎えようとするが、扉を開けて入ってきたのはダリウスだった。


「あら、公爵じゃないですか。どうされたんです、今日は来るって聞いてませんでしたけど……」


ダリウスが来る時はいつも前もって連絡がある。

それなのに、今日は珍しく突然訪ねてくるとは。

理由を聞こうとすれば、ダリウスはエリーゼの脇を通り抜けて、その先に視線を向けている。


「なんでお前がここにいる」


お前、というのはもちろんテレンスのことだ。

険しい顔で、まるで宿敵と相対したかのよう。


「なんでって……公爵様は、俺がエリーゼと会うことが嫌なんですか」


「嫌だな」


きっぱりそう言った。

エリーゼは呆れ顔をしつつ、ダリウスを止めようとする。


「ちょっと、なんですかその子供みたいな態度は。テレンスさんは私のお友達ですよ」


どうも、ダリウスは彼と気が合わないようで顔を合わせるとこんな態度ばかりなのだ。

テレンスは敵ではなく、友人であると何度も言っているのに、普段見るような他所の人に対する態度よりも鋭い。


「それじゃあ、俺は失礼する。その魔法陣はエリーゼにあげるよ。またな」


「はい。今日はありがとうございました。また是非遊びに来てくださいね」


気をつかってくれたのだろう。

魔法陣まで貰ってしまった。

申し訳なく思いつつ、帰っていくテレンスを見送った。


「それで、今日はどうされたんです?まさか、顔を見たかっただけだなんて言うんじゃないんでしょうね」


それに答えたのは、ダリウスではなくダリウスを追いかけて店内に入ってきたルイスだった。


「すみません、エリーゼ様。ご友人との時間を邪魔してしまうとは」


「ルイスさん。いつもは連絡をくれるのに、今日はどうしたんですか?」


なにやら深いわけがありそうで、彼らしくない深刻な顔をしている。


「いえ実は、公爵様に重大な問題が発生しまして……」


「重大な問題って……ちょ、ちょっと何してるんです!?」


エリーゼは思わず声を上げてしまった。

突然、ダリウスが服を脱ぎ始めたのだ。

エリーゼが止めるまもなく、ダリウスは上着を脱ぎさり、シャツのボタンを外して上半身を露わにする。

何を急に破廉恥なことを、と思いきや、彼の肌を見てエリーゼは思わず口元を抑えた。


「……っ、それは」


「お前にはこれが、何に見える」


ダリウスの裸をじいっと見つめる。

確かにこれは、ルイスの言う通り重大な問題だろう。

肩から胸にかけて広がる、黒い影のような痕。

禍々しく、恐ろしく広がるそれが示すものがなんなのか、エリーゼは知っている。

エリーゼは沈痛な面持ちのまま、意を決して口を開いた。


「恋のおまじない、ですね」

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