第5話 誕生日の魔法石(1)
「第二皇子の誕生日パーティー、ですか?」
その日、朝から店に押しかけてきたダリウスから差し出されたのは、第二皇子アーネストの誕生日パーティーの招待状だった。
「エリーゼには、第二皇子に贈られる魔石の鑑定をその場でして欲しいんだとさ。今噂の魔法鑑定士が鑑定する様子を間近で見れるって余興なんだと」
わざわざ皇宮からの遣いではなくダリウスが持ってきたということは、ダリウスが彼らの計画を聞きつけて無理やり干渉したのだろう。
「ちょっと何言ってるんですか!そんな責任重大な依頼、無理ですよ!私には出来ません!」
「ほう、お前にしては珍しく弱気じゃないか」
「だって誕生日パーティーなんて、貴族の方がたくさん集まるじゃないですか……!」
これまでも貴族相手に仕事をしてきたことは何度もあるが、それらは全て依頼人とほか数名程度しかいない、私的な場でのことだ。
皇宮のパーティーなんて、どれほど人が集まるのか分かったものでは無い。
エリーゼが一番心配しているのは、彼女の「実家」のことだ。
(もし、あの人たちも来るのだったら……)
あの家は恥知らずなことに、エリーゼが魔法鑑定士として活躍するようになってから、エリーゼを娘だと言い、周囲に自慢して回っていると聞いた。
今回、大勢の貴族たちの前で仕事をしたら、余計に彼らが吹聴して回りやすくなってしまう。
それだけが気がかりなのだ。
「心配するな。俺が守ってやる。それに、パーティーには魔法鑑定士のエリーゼとして行くんだ、何も恐れることは無い」
ダリウスは頼もしいことを言ってくれるが、それでも安心はできない。
それに、皇宮からの依頼を易々と断ってしまうなんてできないだろう。
もし断って彼らの機嫌を損ねれば、下手をすると、今後の商売に支障が出ることになるかもしれない。
エリーゼは困り顔のまま、黙りこくってしまった。
そんなエリーゼを見かねたのか、ダリウスは普段よりも優しい声音でエリーゼに声をかける。
「無理ならやめてもいいぞ。俺の方から断ってやるから、連中も口出しはできない。だがまあ、俺は今回の依頼はエリーゼにとって良いチャンスだとおもったんだがなぁ……」
「……チャンスって、なんですか」
「この依頼を成功させれば、エリーゼはより一層魔法鑑定士としての評価を高め、名声を得られる。それも、皇宮に認められた魔法鑑定士として。そうなれば、お前の実家の連中も、俺が介入しなくとも簡単には手出しが出来なくなるだろう」
ダリウスの言うことには一理ある。
エリーゼが、彼らが容易に手出しできない領域まで上り詰めてしまえば、これ以上悩まされる必要も無くなるからだ。
しかし、それには膨大な労力と覚悟が必要になる。
「確かに、あの人たちに関してあなたの助けは要らないと言ったのは私ですけど……」
公爵家が介入すれば、大した権力もないあの家は簡単に捻り潰してしまえるだろう。
しかし、エリーゼはそれを断った。
家族のことにまでダリウスの手を借りてしまうのは、良くないと思ったからだ。
これは絶対に、自分の手で断ち切らなければならないもので、ダリウスに助けてもらう訳にはいかない、と。
(でも、本当にパーティーに出て大丈夫なの……?)
エリーゼの中で迷いはまだ晴れない。
何か、答えを出せるような決定的な切り札があれば……。
「そうそう、今回皇子に贈られる魔石は相当珍しいものだとか」
「やります!絶対成功させます!」
勢いよくそう言ってしまった。
またしてもうまく口車に乗せられてしまうとは。
だがしかし、珍しい魔石なんて気にならないわけが無い。
きっと素晴らしいものなのだろう。
それに、わざわざその場で鑑定させるということは、余程質に自信のあるものを用意したということでもある。
普段はお目にかかる事の出来ないような貴重なものでもおかしくない。
「一応聞いておきますけど、第二皇子ってどのような人なんです……?」
エリーゼは第二皇子アーネストのことはあまり知らない。
元々家族のことで貴族社会に首を突っ込むのは好きではなかった上、魔法鑑定士として活躍するようになってダリウスとの関係によからぬ疑いをかけられることが度々あるのも理由だ。
貴族社会なんて、仕事に関係がないのなら知らなくていいことはたくさんある。
エリーゼは名声で富を得るよりも、素晴らしい魔法をこの目で視ることができればそれで満足なのだから。
そういうわけで、エリーゼは彼のことをほとんど知らないのだ。
「そうだな、第二皇子は……」
ダリウスが悩んでいる。
そんなに言いづらい性格をしている人なのだろうか。
「第二皇子は……なんというか、馬鹿な男だ」
「えぇ……」
悩んだ末に出てきたのは馬鹿という言葉だった。
王族相手にそんなことを言っていいのかと思うが、ダリウスが率直にそう言うのなら本当に馬鹿な性格をしているのだろう。
「変な人じゃないといいですけど……」
「どうだろうな」
ダリウスは肩をすくめる。
魔石に釣られて依頼を受けてしまったが、急に不安になってきた。
「それよりエリーゼ、パーティーに着ていくドレスはあるのか?」
話題を変えたダリウスに、エリーゼはきょとんとする。
「え?ないですけど……別に、仕事で行くんですから新しく用意する必要なんてないでしょう」
遊びに行くわけではないのだ。
わざわざ新しくドレスを買う必要は無い。
客として招かれたというよりも、魔法鑑定士として依頼されて行くのだから、それなりに場に相応しいかっちりとした仕事用の格好で行けばいいとエリーゼは思ったのだが、ダリウスは違ったようだ。
「せっかくの機会なんだ。いつものエリーゼも愛らしいが、着飾ったエリーゼも、俺は見てみたい」
「そう言われましても……」
「というわけで、ドレスを何着か仕立ててきた」
「え!?」
ダリウスがパチンと指を鳴らすと、外で待機していたらしい公爵家の使用人の人達がたくさんの箱を運び込んでくる。
あっけに取られているエリーゼの前には、いくつもの衣装が集められてしまった。
「ちょ、ちょっと、なんでこんなに!?」
何勝手にこんなことをしているんだと、エリーゼは慌てて止めようとするもダリウスは聞く耳を持たない。
ふふんと腕を組んで満足げな顔をしている。
「すみません、エリーゼ様」
執事のルイスが申し訳なさそうに謝罪する。
正確には、うちの公爵がすみませんの意だ。
「公爵様は、エリーゼ様にドレスを贈りたいと前々から計画しておりまして……」
「そんなことしてたんですか!?で、でもドレスのサイズって……」
メイドたちに、どうぞどうぞと押し付けられた煌びやかなドレスを体に当ててみると、見事にピッタリのサイズだったのだ。
公爵家にエリーゼの衣服のサイズなんて知っている人はいないはずだというのに。
「心配はいらない。エリーゼにぴったり合うように作らせた」
「……どこでサイズ知ったんです?」
「どこだろうなぁ」
そこをはぐらかすなと問い詰めようとすると、ルイスにこっそり耳打ちされる。
「それに関しては、エリーゼ様の行きつけのお店に、お話を聞かせていただきました」
「さすが公爵、抜かりない……」
エリーゼの行きつけの店はよくあるブティックで、間違ってもセラフェン公爵が来店するような店ではない。
いきなり公爵が押しかけて来るなんてさぞや驚いたことだろう。
「エリーゼのために仕立てたんだ。どうだ、気に入ったか」
「たしかに、とっても綺麗で可愛いです……。ありがたく頂戴しますね」
ここは、素直に受け取った方がいいだろう。
普段着ている黒一色のドレスとは違い、フリルやレースで飾られた色とりどりのそれらは、エリーゼの目には新鮮に映る。
仕事先で出会った令嬢たちが着ている姿は見るものの、自分が着るとなるとなかなかピンとこない。
むしろ、これ程かわいいドレスたちなら、飾って置いた方が良いのではと思うぐらい。
「いくつか着てみてくれないか。どうせ、こういう時じゃないと着てくれないんだろう」
今まさに仕舞おうと考えていたところだったのでギクリとした。
ダリウスの言葉を合図に、メイドたちに衣装と共に奥の部屋へ連行される。
それからはもう着せ替え人形状態だった。
まずは一着、薄紫色のドレスから。
ライラックの色をした生地は柔らかいパステルカラーで、ふわりと広がった袖が可愛らしい。
花の髪飾りまで装着された状態で、ダリウスの前に立つ。
「やっぱり、良く似合っている」
うんうんといい笑顔で頷くダリウス。
満足したならもういいだろうと思いきや、またもう一着着替えさせられる。
次は髪色と揃えたようなピンク色のドレスだ。
リボンとフリルで装飾されて、可愛らしさ満点と言えるようなデザインだ。
自分が着るには少しはしゃぎすぎではないかと思ったが、ダリウスは一言ぽつりと。
「可愛いな」
「……」
じゃあもうこれでいいだろうと思いきや、またしても着替えが始まる。
今度はブルーのグラデーションのドレスだ。
紺色から薄い水色へ変化していて、涼し気な色合いをしている。
色だけでなく、宝石やリボンで飾り付けられていて、動く度にきらきらと輝くよう。
「あぁ……良いな」
ダリウスはすっかり見蕩れている。
「これにしよう。パーティーの当日はこれを着てくれ欲しい」
どうやらこのドレスが一番お気に召したみたいだ。
これ以外にも何着もまだ残っているのだが、後は好きに使えと言うことだろう。
「ご満足いただけましたか?」
「もちろん」
にっこりと満面の笑みだった。
(この人、なんかすごい楽しんでないかな……!?)
いつもより少し、いや、かなり機嫌が良さそうで逆に怖いくらい。
人を着せ替えるのがそんなに楽しいのか。
「公爵って本当に……」
「どうした?」
ぼそっと呟いたつもりが、聞こえていたようだ。
エリーゼの言葉なら一つ足りとも聞き逃さないという勢いでダリウスが振り返ってきてびっくりする。
「なんでもないです……」
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