第4話 魔法の遺書(4)

「で、この遺書から何が分かるんだ?」


落ち着いたところでダリウスが口を開く。

図書室の机の上に紙を並べ、皆で考え込む。エリーゼは指先で紙をなぞり、ふと、あるものを視た。


「これは……!」


「エリーゼ、何か分かったのか」


エリーゼのつぶやきをダリウスは逃さずに聞いた。

少し考えてから、エリーゼは伯爵を見る。


「私が視るに……この魔法は既に完成しています」


「完成、しているとは……?」


伯爵はエリーゼの言葉に困惑する。

エリーゼはどういうことなのか説明を始めた。


「これらの遺書に魔力を編み込んだインクで書かれた文字を、全て合わせると呪文が完成するのです」


見えやすくなるように、一つ一つ問題の箇所を魔法で光らせる。

そして、集めた六枚の遺書を重ね合わせていく。


「そうか、そういうことか」


ダリウスもどういうことか察してくれたようだ。

バラバラの状態では、なんの意味も持たない文字たちだが、こうして重ねるとそれらは一つの形を持って現れる。

六枚の紙は一枚に混ざり合い、残された文面はある魔法の呪文になった。


「紙が、一枚に……!?」


「伯爵が持っていてください。きっと私では意味がありません」


そう言って、驚愕している伯爵に遺書を押し付ける。

伯爵の手に渡った瞬間、紙は白い光を放ちながらまた別のものへ変容していく。


「これは、魔石!?」


光が収まった時、伯爵の手には赤色の透明な石があった。

宝石のように美しく磨かれたそれは、どことなく歪で、半分欠けているような形をしている。

遺書の正体はこの魔石だ。


「遺書が全て揃い呪文が完成した時を条件に元の姿に戻るという魔法ですね。伯爵の御祖父様はなかなか手の込んだことをするものです」


遺書は何かを示すものではなく、それそのものに意味があった。

紙が揃った次点で、エリーゼはこの遺書に仕掛けられていた魔法を見抜き、もしかするとと思い伯爵に渡したのだが、大正解だったようだ。


「そうか、これの片割れはここに隠されていたのか……!」


伯爵がそう言って上着の内側から取り出したのは、欠けた魔石が収められた小さな箱だ。

両方合わせるとピッタリ嵌り、遺書が変化した魔石はこれの片割れだとはっきり分かる。


「これは、我が一族に伝わる魔石です。歴代の伯爵が所有する当主の証のようなものなのですが、父が祖父から受け継いだ時には既に半分無くなっていたそうで……。祖父は、ただ渡されたものを受け継ぐのではなく、自分の手で探して欲しかったんですね」


しみじみと感慨深く伯爵は語った。


「『我が意思を継ぎし者』……つまり、こんな面倒で手間のかかる仕掛けにも、諦めずに向き合う努力のできる人こそ、跡継ぎとして相応しい。遺書を読み解くことよりも、探し集める過程こそに意味があったのですね」


読み取った魔石から、そんな意志が伝わってきた。

きっと、彼の祖父の強い思いが、魔力として残っているのだ。


「要するに、これで伯爵はウォルリッジ伯爵家の主として相応しいと御祖父様から認められたということです」


だが、エリーゼの言葉に伯爵は迷ったように顔を曇らせてしまった。


「しかし、私はあなた方の手を借りて真相にたどり着いたじゃないですか。それは、果たして私の努力と言えるのでしょうか……」


それを遮ったのは、ダリウスだった。


「何を言う。他者の手を借りることも一つの大切な能力だ。伯爵はこれを見つけた時から真相を追いかけ続け、わざわざ俺に声をかけて魔法鑑定士まで呼び出したんだ。普通、自らがそこまで苦労して真相を知ろうとする奴の方が少ないだろう」


ダリウスの言う通りだとエリーゼは頷く。

普通なら、子供が偶然発見した図書室の怪しげな紙なんて気にもとめないだろう。

それを、様々な情報をかき集めて遺書だと判断し、どうにかして読み解こうとしていたのだ。

そもそも、社交界で機嫌の悪そうな冷酷公爵と噂のダリウスに話をするという時点でも、既にかなりの覚悟を持ってやっていたはず。

彼の祖父が思う伯爵家の正しい姿としては満点の解答ではないだろうか。


「私たちはただお手伝いをさせていただいただけです。一番に努力をしたのはあなたですよ、伯爵」


「……っ、ありがとうございます」


伯爵は少し瞳をうるませた後、元通りになった魔石を固く握りしめていた。

これで、魔法の遺書に関する依頼は無事に完了となった。



帰りは同じく公爵家の馬車で送って貰うことになった。

エリーゼは伯爵から預かった魔法書を膝に乗せながら、隣に座っているダリウスにちらりと視線を送る。

なぜ向いの座席ではなくわざわざ隣に座るのか。

そんなもの考えなくても大体理由は分かる。


「にしてもエリーゼ、あの魔法によく気づいたな」


「ああ。あれは、昔師匠があんな魔法を見せてくれたことがあったじゃないですか。魔法を視た時にその時の記憶と繋がったからすぐに分かっただけですよ」


「ああ……。通りで聞き覚えがあると思ったらアイツだったのか」


ダリウスは師匠と仲が悪い。

悪いと言うよりも、ダリウスは師匠にだけは一切勝てないので苦手意識があるだけなのだが、師匠の話をするといつも顔をしかめるのだ。


ダリウスはエリーゼよりも早くに修行を終えて、帝都のアカデミーに通っていた。

公爵令息なのでずっと師匠の元で修行をするわけには行かないと、それは最初から決まっていた事だったが、ダリウスのいない十一年間はエリーゼにとって寂しさを覚えるには十分な時間だった。

元々、四歳の差があるのに比べて、身分の差もある。

あの頃、ダリウスがいなくなってから、エリーゼはもう二度と彼には会えないものだとばかり思っていた。

そう考えると、今こうして昔のように隣に並んで談笑しているのは、少し不思議なことなのかもしれない。


「俺も遺産はああやって隠してやろうかな」


「やめてあげてください……」


ダリウスが言うと笑えなくなる。

公爵家の家臣達が血涙を流しそうだ。


「でも、あの時は心配をかけてしまってごめんなさい。まさかこんな所に魔法書があるなんて思わなくて」


エリーゼが膝の上に置いた魔法書に視線を落とす。


「本当、気をつけるんだぞ。いつだって俺が傍にいるとは限らないんだからな」


「分かってますよ。ちゃんと悪かったって思ってますから……」


「悪いと思うなら今日は俺の家に泊まっていけよ。いい酒があるんだ。エリーゼも明日は仕事は無いんだろ?」


ダリウスがぐっとエリーゼに寄りかかる。

エリーゼは押し返すことはせず、ただ黙ってされるがまま。


「元からそのつもりだったんでしょう」


「さあな」


馬車の行き先が明らかにエリーゼの店の方向でないことは薄々気づいていた。

その上、明日の予定まで把握していたとは。


「全く、公爵様はこれだから……」


「なんだ。エリーゼは、俺と一緒にいるのは嫌なのか?」


意地の悪い質問をする人だ。

エリーゼの本心も、それを隠す理由も分かっているはずなのに、こうやってエリーゼに確かめようとする。


「……分かってるくせに。聞かないでくださいよ」


エリーゼがそっぽを向くと、ダリウスは楽しそうに笑った。


仕方ない。

今夜ばかりは甘えたがりな兄弟子に付き合ってあげるとしよう。

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