第2話 魔法の遺書(2)

 公爵家の馬車でウォルリッジ伯爵家へ向かったところ、伯爵は話に違わず蒼白な顔をして冷や汗をかきながら出迎えてくれた。

 四十代くらいの外見年齢で、歳下であるはずのダリウスの前ですっかり縮こまってしまっている姿は、なんだか不憫に見えた。

 この場合、遺書の件で困っているというよりも、まさか公爵まで来るとは思っておらず焦っていると言った方が正しいのだろう。

 大方、ダリウスは約束を取り付けた時に自分も行くと言わず、魔法鑑定士のみが来るのだとばかりおもっていた様子だ。


「いや、いや、まさか公爵まで御足労いただくとは申し訳ない」


「構わん、気にするな」


 そう言う公爵だったが、馬車の中でずっとエリーゼと二人きりだったので、大分満足げな顔をしている。


「初めまして、ウォルリッジ伯爵。私が魔法鑑定士のエリーゼ・トワイライトです」


「ああ、君が例の魔法鑑定士さんだったのか!ずいぶん若いんだね」


 一歩前に出て挨拶をしたエリーゼに、伯爵はそう言った。

 やはりどことなく幼い見た目のエリーゼは、話に聞くような凄腕鑑定士には見えないのだろう。

 疑うようなニュアンスの含まれたその言葉は、エリーゼにとって聞きなれたものであったが、そこで黙ってないのがダリウスだった。


「ほう、それはエリーゼのことを見くびっているということかな」


 途端に、恐ろしく低い声でそう言うダリウス。

 伯爵はその迫力に縮み上がってしまった。


「い、いや!滅相もない!そういう意味ではなく、思っていたよりも若々しくて可愛らしいお嬢さんで、驚いてしまって」


「なに?可愛らしいだと?俺のエリーゼをそのような目で見るとは、どうなるか分かっているんだろうな」


「へ!?ち、違いますよ公爵!」


 ああ言えばこう言う。

 何とも面倒くさい輩だ。


「もう、おふざけはやめてください。伯爵が困っているでしょ。そういうのはいい加減にしてくださいな」


 エリーゼが割り込んでそう怒ると、ダリウスはようやく大人しくなる。

 伯爵は助かったとばかりにホッと一息ついていた。


「悪い悪い。エリーゼのことを思うあまり、つい、な」


 私のことを思うなら何もするなと言いたいが、そんなこと言ったら絶対にダリウスが落ち込むので心の中にしまい込んでおいた。

 気を取り直して、仕事に向き合おうとする。


「それでは伯爵様、件の遺書について視せていただけますでしょうか」


「あ、ああ。こちらへ」


 向かった先の客間で、伯爵はエリーゼに遺書と思しき紙を渡す。


「どれどれ……」


「なんだこれは」


 受け取ったそれをテーブルに置き、端から端までよく観察する。

 横からダリウスも覗き込んできた。


『この遺書を読む者、我が意志を継ぎし者』


 文書はそんな言葉から始まっていた。

 しかし、その次に綴られているのは有名な詩の一節だ。

 とても遺書のようには思えず、何かの暗号文になっているのだろうか。

 その上、経年劣化でところどころ文字が掠れている箇所もある。

 普通に考えれば、この紙になんの価値があるのか分からないだろうが、エリーゼの眼は確かにそこに残されたわずかな魔力を感じ取っていた。


(視える、確かにここに……)


 エリーゼは微かなそれを辿っていく。

 淡く光る微量な魔力は、魔法使いにしか見えないものだ。

 それもこれだけの量では、ダリウスでさえはっきりと見ることは難しいだろう。

 伯爵家に魔法の心得がある人がいなければ、分かるはずもない。


「これは、いつどこで発見したのです?」


 エリーゼの質問に伯爵が答える。


「私の息子が、我が家の図書室で見つけました。ついひと月ほど前のことです。古い本の中に挟まっていたのを偶然発見したようなので。最初は、誰かが昔仕掛けたイタズラではないかと思っていたのですが、筆跡が祖父のものと同じで、どうしても気になって調べていくうちに本物の遺書だと言うことが分かったんです」


「なるほど……」


「叔母も、子供の頃に祖父からどこかに魔法で遺書を隠しておいたという話を聞いたそうで、かなり前から隠されていたのだと思います」


 その長い間、誰からも見つけられることがなかったとは、伯爵の祖父も思わなかっただろう。

 ひとまず状況が分かったところで、エリーゼの指がすっと文字をなぞった。


 特定の魔法の痕跡がある箇所だけなぞっていくと、それらは青白い光を放って輝き始める。


「お、おお!」


 伯爵が仰け反って驚いた。


「魔力を反応させてみました。痕跡があったのはこれらの文字だけです」


「流石だな、俺にはそこまで詳しくは見えなかったぞ」


 ダリウスが感心したように呟いた。

 エリーゼとダリウスでは扱う魔法の専門が違うので、魔法鑑定はエリーゼのみができる特技のようなものなのだ。


「しかし不思議ですね……確実に魔力の痕跡はあるのですが、規則性が見えません」


「規則性?」


「この文字の部分、インクに魔力が染み込んでます。それから、こっちも。いくつかある見たいですが、これらの文字を組み合わせなければ解けないみたいですよ」


 浮かび上がってきた文字は全部で五つ。

 並べ替えたら文になるだとか、いくつかの単語ができるというわけでもないようだ。

 ただただ無造作にいくつかの文字があるだけのように思える。


「インクに魔力を!?そ、そんなことができるんですか」


「もちろんです。魔道具の一種ですね。御祖父様はこの手法を利用したようですが、かなり魔法に見識があるようですね」


「ええ、はい。祖父は魔法を扱うのが一族の誰よりも上手かったんです。残念ながら、私や父はその才能を受け継げませんでしたがね」


 ははっ、と伯爵は少し寂しそうに笑う。

 持って生まれる魔力の量は人それぞれだが、それをどう扱うかも同じだ。

 伯爵が魔法の才を持たなかったように、ただの平民であったエリーゼが魔法鑑定士になることだってある。


「これ以外に、遺書は見つからなかったのか。手がかりがあまりに少なすぎるぞ」


 ダリウスの言葉にエリーゼが頷くと、伯爵は困り顔になった。


「では、この遺書には続きがあって、まだ図書室に隠されている、ということでしょうか」


「その可能性はあります。裏面にわずかながら不自然にインクの痕があり、おそらく同じインクを使用して書いた紙を重ねた際に付いたものかと」


「しかし、今からそれを探すとなるとかなり時間がかかるかと……。何せ、我が家の図書室は広いですからね」


 伯爵はそう言って、苦笑いを浮かべる。


「ウォルリッジ伯爵の祖父はかなりの本好きだったらしく、ここの図書室には膨大な数の書籍が収められている。そこを探すとなると面倒だぞ」


 ダリウスがそっと耳打ちしてくれた。

 なるほど、それは確かに困るだろう。

 この遺書だって、彼の息子が偶然発見しただけのもので、意図的に探し出したと言うわけではない。

 他の遺書も同じように本のページに挟まれているとも限らないのだ、探すのには骨が折れる。


「ご安心ください。この魔法、必ず私が鑑定してみせますから。図書室へ私を案内していただけますか?」


「あ、ああ……」


 探し物には自信があると、エリーゼは意気揚々と図書室へ向かっていった。

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