第4話 最後の祭り

「ここでいいか?」

 光希みつきは大きなパネルから顔をのぞかせた。反対側を持っているひかるは「おーもーいー」と駄々だだをこねている。


笠原かさはらくんはそのままで、山岸やまぎしは一歩下がって」

 夏鈴かりんは教室の全体を見回しながら指示を出した。そんな三人の様子を、胡桃くるみは手持ちぶさたに眺める。頼まれた掃除をすでに終えてしまったのだ。


 学園祭まで残り一日。

 前日の今日は授業なし。学園祭の最終準備が行われていた。写真美術部のメンバーも、部室で展示品を飾っている最中だ。


「よし、じゃあ飾っていくか」

 先ほど設置したパネルに、光希はマスキングテープで一枚一枚写真を貼り付けていく。胡桃はそれらの写真の周りに、吹き出し型に切り取った画用紙を貼っていった。そこには写真の説明などを記している。

 ほかにも、可愛らしいイラストを飾った。展示自体はシンプルになってしまうが、少しでも華やかにしたいと、輝たちが書いたものだ。


「それにしても良かったね、写真見つかって」と夏鈴。

『写真美術部記念館』と書かれた看板を、部室前に置いた。

「だなー、くるみんよく気づいたね」


 昨日、胡桃がぶつかった女子生徒は生徒会役員で、モザイクアート制作の責任者でもあった。写真部の展示用写真をモザイクアートと間違っていないかと聞いてみたところ、当たりだったのだ。


 モザイクアートは、各クラスから五十枚ほどの写真を集めて制作される。担任を持っている瀬川せがわは、職員室の机の上に写真部用とクラス用どちらも置いていたため、回収に来た担当の生徒が間違ってしまったらしい。


「それじゃ、明日は各々おのおの楽しみましょ」

 全ての作業を終えると、夏鈴の声かけで解散した。


 帰り支度を始める光希を、胡桃はチラチラとうかがった。その視線に気づき、光希は首をかしげる。

「ん? どうした?」


「が、学園祭が終わったら、先輩の写真をくれませんか……!」

 緊張しているのか、制服のすそをギュッと握る胡桃。

「写真を? 別にいいよ。去年もあげたし」

 光希がそうこたえると、彼女は嬉しそうに頬を染めた。

「……! ありがとうございます!」

「そんなに嬉しいか?」とからかうように言ってみる。

 すると胡桃は小さくうなずき、手で顔を隠した。


 ――翌日、時刻は午前九時。

 いよいよ学園祭が始まる。


 光希は『写真部』と書かれた腕章を付け、校内を歩き回った。カメラを向けるとみんな嬉々としてポーズをとる。この瞬間が好きだ。

 風景を撮るより人物を撮る方が楽しい。写真を始めて今さら気づく。


 写真が紛失したと瀬川から知らせを受けたとき、光希はある質問をした。

「先生は、何のために写真を撮っていますか」

 唐突な問いに目をまたたく瀬川は、腕を組み天井を見上げた。逡巡しゅんじゅんしていると、光希は「この前」と話し出す。


「フォトレターで、何を伝えたいのかわからないって言われたんです。みんな何かを伝えるために撮っているんでしょうか」

 あまり深刻にならないよう、明るめの声を出した。

「うーん、俺は……そうだな、心が動いた瞬間を忘れないために撮ってる、かな」

 顎に手を当て、先生はゆっくりと応えた。


「心が動いた瞬間?」

「ああ、綺麗でもいいし面白いでもいい。怖いとかもいいな。どんな感情であれ、自分の心が動いた瞬間を、俺は写真に収めたい」


 心が動いた瞬間、か。


 光希は手にしたカメラを操作し、瀬川に向けた。しれっとポーズを決める彼に、思わずふっと笑う。

「なんだ? 今、心動いたのか?」

 ニヤリとする瀬川。光希は力強く頷いた。

 瀬川は背中を壁に預けると、ふぅっと息を吐く。


「写真を楽しむのって人間だけだろ? 犬や猫は写真を鑑賞なんてしない。それに、生活に絶対必要なものでもない。なのに人は写真を撮る。それって、すごく貴重なことなんじゃないかと俺は思う」


 二人の前をたくさんの生徒が笑顔で通り過ぎていく。瀬川は一人ひとりの挨拶にしっかりと返した。眼鏡の奥の瞳が、柔らかく細められる。

「伝えたい想いに関しては、あんまり難しく考えなくて良い。この景色を誰と見たいか、この光景を誰と楽しみたいか、相手を意識するだけで、意外と伝わるものだから」


「おーい! ミツ? 光希さーん?」

 自分の名前を呼ぶ声に光希は意識を戻した。カラフルなクラスTシャツを着た生徒たちが、目の前をせわしなく動く。


「なんだ輝か」

「なんだとはなんだよ~」

 親友は肩をぶつけてじゃれてくる。右手にはフランクフルトが一つ、顔にもフェイスシールが貼られていた。学園祭を堪能しているようだ。


「で? 何か用事か? 俺はこの通り忙しい」

「いやいや、さっきめっちゃぼーっとしてたからな?」と手を大げさに振って輝は否定した。

「ミツは回る時間、あるの?」

 そう言いながら「はい」と、フランクフルトを光希に渡す。ありがたく受け取り、光希は三口ほどでたいらげた。


「いや、あんまない。てか、去年だって回ってないし」

「えぇ~まっきーのクラスがお化け屋敷やるんだけど、俺怖いの苦手だからさ、一緒に行ってくれない? 来いってうるさいんだよ~お願い!」

 両手を合わせて、根気強く頼み込んでくる輝。うるうるとした瞳に見つめられ、光希は頭をかいた。


「……まあ、いいけど」

 光希は輝にとことん甘い。

「いえーい! じゃ、パパッと行こうぜ」

 輝は光希の肩に手を回し、にかっと笑った。


 二人は夏鈴のクラス、三組へと向かう。教室の前には数人しかおらず、待たずに入れそうだ。窓は黒い壁紙で囲われていて、中の様子はもちろん見えない。扉には手形がいくつもあった。それらは全て真っ赤だ。


 教室の中からは『きゃあー!!!』と叫び声が聞こえてきた。出口から勢いよく人が出てくる。平然とする光希の横で、輝は「うわぁ、やだなぁ」と呟いた。


「二人です」

 光希が指をピースにして受付の人に告げると、ひもを手渡された。二人以上で入る場合は、互いの手首を結んでおくのだそうだ。


「つ、つり橋効果の、アシスト的な……?」

 輝は小声でこぼす。

 その声の震えには言及せず、光希は手際よく紐を結んだ。

「俺と輝じゃ、その効果は見込めないな。槙野まきのがいるし」

「……へぇ?!」


 お入りくださーい、という係の人の合図で二人はあわてて教室へと入った。中は真っ暗だが、道がわかるように足元には明かりがともっている。不気味なBGMが雰囲気を作り出し、あらゆるところから視線を感じた。


「なあ、ミツ、なんで知ってん……ぐわぁぁぁ!!」

 入ってすぐ横から水をかけられ、輝は悲鳴を上げる。お化け役の生徒が四方八方から驚かしてきた。病院を舞台にしているだけあって、白衣を着ていたり注射やメスを持っていたりする。


「う、うわぁぁあ!!……ぴやぁぁあ!……どわぁぁあ!」

 いや、どういう驚き方だよ。

 怖がる輝に腕を引っ張られ、教室内を早足で進む。抱きついてくる輝をはがしながら、光希は口を開いた。

「輝の雄叫びの方がよっぽどびっくりするんだけど」


「だ、だから、俺は怖いのダメなんだって!」

「まあ、あとちょっとだし、頑張れ」

 苦笑ぎみにエールを送った。


 少しすると、『出口はこちら』という張り紙が見えた。輝は安心したのか、速度をゆるめる。急にニヤリと口角を上げ、光希の顔をのぞき込んだ。

「ミツも怖いんでしょ。俺の肩に手なんか置いちゃってさ~」


「……ん? なんのことだ?」と光希。

「え? 手、置いてんじゃん。え、じゃあ、何。この手って……」

 光希は輝の絶叫にそなえてスッと片耳をふさいだ。紐がなんとも邪魔だ。

 二人はゆっくりと後ろを振り返る。


「うわぁぁああああああああ!!」

 そのまま出口へ逃げ出そうとする輝。光希はその腕をガシッとつかむ。ずるずると引き戻すと、病衣を着用した生徒に声を掛けた。

「お疲れ、槙野」

「お疲れ~」


「へ? まっきー?」

 涙目の輝は、夏鈴の顔をじろじろと見て確認する。

「笠原くんこういうの全然平気なんだね。それに比べて山岸は……かっこ悪いなぁ」

 夏鈴は腕を組み、輝に視線を向けた。


「そんなこと言ったって怖いもんは怖いんだよ!」

「「ふ~ん」」

 光希と夏鈴はそろってにやにやとした笑みを浮かべる。

「な、なんだよ、ミツまで……って、あ! それより、なんで知ってたんだよ」


 光希は何のことだかわからず、首を傾げる。

「知ってるって……ああ、槙野と付き合ってることか?」

「え!?」と夏鈴は目を大きく見開いた。

「ちょ、ミツ、声大きいって! 聞こえるだろ!」

 人差し指をたて、注意してくる輝に、光希はあきれたように応える。


「知ってるも何も、輝見てればわかるけど。じゃ、槙野またな」

 夏鈴は口をパクパクさせていたが、光希は颯爽さっそうと教室を出る。夏鈴の様子を窺っていた輝も光希の後を追った。


 光希はチラッと振り返り、輝の顔が真っ赤なことに気づくと「どうした?」と聞いた。輝は顔を隠しながらへなへなと座り込む。

「そんなにわかりやすいのか、俺……」


 小声だがしっかりと届いたその言葉に、光希は意地悪な表情を浮かべ、カメラを構える。

「俺に隠し事は無理ってことだよ」

 カシャリとシャッターを切った。


 いつもおちゃらけている輝が耳まで赤くして照れている。当の本人は「撮るなぁ~」と小さい声で反抗してきた。

 普段見れない親友の貴重な姿。光希の頬は自然と緩んだ。

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