第29話 二分
「悪意をもった状態で魔法を使っても魔物になるわけではない。」
「身体の許容量を超えないように十分に注意して、いつも通り魔法を使えば、魔物になることはない。」
ミミから“ミハイルの教え”を否定する話を聞いた男は、他の村人たちにも同じ話を伝えた。
長らく信仰されてきた“教え”を覆すには、子どもひとりの言葉は軽すぎた。ミミの言葉が本当であれば村人たちにとっては嬉しい話だが、それゆえに安易に信じることはできない。村人たちは、ミミの話を信じないことに決めた。
しかし、諦めていた希望に一滴でも僅かな可能性が見えると、決意は脆くなる。
村人たちは自らの命を賭して愛する人たちを救おうとしていた。
しかしそこに、「もしかしたら自分たちも助かるかもしれない。」「もしかしたら再び、愛する人たちとの幸せな日々を取り戻せるかもしれない。」という、微かな希望を、ミミはもたらした。
どこから来たかも定かではない子どもがひとり主張しているだけの、にわかには信じがたい希望だが、その一滴の滴は、村人たちの固い決意に綻びを与えるのに十分だった。
ミミの話が皆に伝えられた翌日より、特攻作戦を辞退する者が現れ始めた。
ミミのもたらした僅かな希望が刺激となり、愛する人との穏やかな日々への夢を胸に抱いてしまった彼らは、再び命を投げ出す覚悟ができず、心を折ってしまった。
「他の方法があるはずだ」と主張をしているが、これといった具体的な作戦案は一つも出てきていないのが現状だった。
一方で特攻作戦を続行しようとする者たちの間でも変化があった。
「もう自分の命は助からない」と決定していた未来が、「もしかしたら助かるかもしれない」と変化したことで、彼らの心は著しく不安定になった。「諦め」は、この特攻作戦の要だったのだ。
不安定になった彼らは、特攻作戦の辞退者たちを厳しく非難した。「身を惜しむような方法で愛する人たちを救えるわけがない」と考え、作戦内容もより苛烈になった。
村は穏健派と過激派で二分されてしまった。
その結果、村人たちの士気とともに、作戦の成功率も著しく下がった。
村人たちが一丸となって特攻する当初の作戦と比べて、今の作戦内容は人数も少ない上に無駄に過激で、到底成功するとは思えなかった。下手をすると実質人質になっている女性たち諸共全滅するのではないかと思われた。
ミミは明らかに作戦が崩壊していることを察した時、再度リスクを伝えたが、リズは「25日に、自分の手でリラを助けに行く。」という意思を曲げなかった。
十分に危険を承知した上での判断であれば、ミミも反対する理由はなかった。
「とんでもないことになってきたね…。」
リズが納屋で亡くなっていた女の子のために村の外に穴を掘りながら言った。
「うん…。」
ミミもスコップで穴を掘りながら応えた。
魔法を使わずに身体を使ったのは久しぶりで、すぐに腕や背中が痛くなった。
作戦を決行する12月25日まで、二人は男の家で世話になっていた。
作戦決行の際、ミミとリズも戴冠式の場に一緒にテレポートさせてもらえることになった。ミミとリズはそこで村人たちとは別れ、リラと合流の後、混乱に紛れて逃げ出す予定だった。
村人たちは、まだ幼いミミとリズが無事に帰ってこられるようにと、心を尽くしてくれた。矢を通さない魔法のかかったマントと頭巾、あらゆる毒を防ぐ魔法のかかったマスク、そして強く想いながら握るだけで思い描いた場所へテレポートできる魔法の玉が3つ。ミミとリズ、そしてリラの分だ。
「ここの人たち、“わたしたち”には優しいのにね…。」
リズは納屋で亡くなっていた女の子のことを考えているのだろう。
「そうだね…。」
ミミはポツリと言った。
リラや納屋の女の子が捕まった理由は「“納品”時に城内の様子を探るため」であったが、深く“理由”を追究しようとするのであれば、本質はそこにはないと言える。
この村の人たちは“ミハイルの教え”に従って、人を傷つける魔法は使わない。
それは、魔法を使えない人間に対しても同様だ。
しかしそこに慈愛の気持ちはカケラもない。
彼らは魔法を使えない人間たちを、「同じ生き物」とは思っていない。故に自分たちを「魔族」と呼び、その他の人間たちを「人間」と呼んでいる。
人間を殺すことは、彼らにとっては特別倫理に反することではないのだ。
その証拠に、穏健派と過激派で分裂する際にも、一言も「そのような虐殺はするべきではない」という発言は出てこなかった。穏健派の魔族が辞退する理由はあくまでも「魔物になりたくないから」であったし、過激派の作戦が、加速する坂道の車輪のように過激になっていくのを止める人もいなかった。
ミミの母親は、“魔法が使えるから”殺された。
父親も、“魔女を愛したから”殺された。
この村では逆のことが起こっている。
同じ人間が、同じ思想に陥って、同じ人間同士で争っている。
「哀れだね…。」
ミミは言った。
「納屋の女の子が?」
リズは訊いた。
「いや…人である、人間が。」
全員魔物になっちゃえばいいのにね、とミミは笑った。
*
25日の朝が来た。
村の広場では過激派の魔族たちが集まっていた。
穏健派は結局、特攻作戦の代替案を用意できなかった。
見せる顔がないのであろう、穏健派は誰一人家から出てきていなかった。
「あ…雪だ…。」
ミミは手を差し出した。
ふわふわと大きな綿毛のような雪が、ミミの手のひらに乗っかり、消えた。
「これが雪…?」
リズもミミの真似をして片手を差し出した。雪はリズの手にもひらりと乗っかり、スッと消えた。
「わ…冷たい…。」
“冷たくて、甘いんだって!”
リラのキラキラした目を思い出した。
「アイスクリーム、食べる時間、あったらいいな…。」
「あ、それだけど。」
ミミは思い出したように言った。
「これ、おじさんからもらったんだ、イミルラのアイスクリーム屋さんのチケットだって。もう自分たちは使わないだろうからって、3枚もらったよ。」
「あ…。」
ミミの手には可愛らしい牛のイラストが描かれた紙が3枚乗っかっていた。
「牛ってことは…ミルク味かな…?」
「そうかもね。リラを連れて戻ったら、試しにいこう。」
「うん。そうだね…すごく…楽しみだな…。」
ミルク味だったらいいなと、リズは微笑んで言った。
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