第28話 無謀
「“魔物”…?」
「ああ。俺たちは、“ミハイルの教え”を破って、魔物になる。」
これまでの話は、ミミは理解できた。
この村の女性たちは、理不尽に連れ去られていってしまった。その女性たちを助ける何かしらの計画の実行のために、村の男達は“人間”の女の子を見繕った。おそらくリラもその“人間の女の子”の枠で、この村に連れてこられたのだろう。
計画の内容の詳細はまだ訊いていないが、出会った頃から男が言っている“魔物”と“ミハイルの教え”との関連が気になっていた。
魔族がいわゆる“魔物”になってしまうのには、きちんとした原理と理由がある。その教えの内容がなんであれ、“教えを破ったから”という理由で“魔物”になると考えているのであれば、何かしら理解が間違っているのではないかと思った。
これまでの話を聞いていて、ミミはどちらかというといわゆる“人間”よりも、この村の魔族たちの方を応援したい気持ちになっていた。
積極的な干渉はしたくなかったが、できればその作戦は成功して欲しいと思った。
そのために、鍵になっているであろう“魔物”の概念についてはきちんと確認をしておきたかった。
「“ミハイルの教え”って何…?」
ミミは男に訊いた。
「ああ、そうか、教えてあげないといけなかったな…。あ、でも、まずは夕食だな。冷めちゃうから。」
男は納屋の扉をしめて、
「あーあ、また捕まえて来ないといけないな…。」と呟いた。
家に帰ると居間でメリーとベリー、リズの3人が遊んでいた。
ミミと男が入ってくるとメリーとベリーが「どこいってたのー?」と駆け寄ってきた。
「ごめんな、今準備するからな…。」
男はメリーとベリーの頭を撫でて、キッチンへと入っていった。
リズが何かを言いたげにこちらを見ていたが、メリーとベリーがじゃれついていて小声で話ができる状況ではなく、二人は互いに話をしないまま夕食の時間となった。
夕食の後、メリーとベリーが寝静まるまでの間に、ミミとリズがふたりでゆっくりと話をする機会は訪れなかった。
男がメリーとベリーを子ども部屋につれて上がるまでの少しの間に、リズはミミに訊いた。
「リラは…!」
ミミが首を横に振るのを見て、リズはあからさまに元気をなくした。
「それから…ごめん…。」
ミミの絶望的な表情を見てリズはおずおずと「どうしたの…?」と訊いた。
「わたし…魔法を使えなくなってしまった。」
「え…!!それじゃあ…」
“リラを助けに行けないじゃないか”と言おうとしてリラは首を振った。
「いや…それでも、リラは助けに行く。わたしひとりでも…。」
「…だめだ。」
ミミは言った。
「どうして…!」
「ひとりじゃ…だめだ。不可能だ。」
「なんで…!!」
リズは小声で怒ったように言った。
ミミは動じず、淡々と言った。
「リラがいる場所は目星がついた。やはり、例の戴冠式用の生贄として連れて行かれたみたいだ。」
ミミは毅然とした態度で言った。
「城の警備は厳重だ。魔法もなしで突破できるわけがない。今のわたしたちには、リラは救えない。」
「そんな…!」
リズは涙目になって言った。
「リズはあの時、リラが自力で動けるくらいには回復させてあげられたんでしょう?それならリラは、自力で逃げ出せるかもしれない。
もし自力での脱出が難しくてまた身体が動かなくなってしまっていたとしても、翌日混乱が収まったころに遺体置き場を探しに行くので十分だ。」
「翌日…じゃ…だめなの。」
リズはポツリと言った。
「どうしても…会いたいの。25日までに。」
ミミにはリズの事情はわからなかったが、そういうものかと理解をした。
危険を理解した上でそれでもリラを自分の手で助けに行きたいというのであれば、方法は一つしかなかった。
「じゃあ…そうだなあ…“今”会いに行くのは無理だから…作戦内容次第だけど、ここの人たちに頼んでみよっか。」
*
さらわれた姉を救いたい、自分たちも協力させてほしいとミミとリズに言われた男は驚いた様子だった。
「君たちを巻き込むわけには行かないよ。まだ子どもだし、ミミちゃんの方は魔法が今使えなくなっているでしょう…?」
「わたしは使えます!!」
リズは間髪入れずに言った。
「わたしもミミも、姉とずっと一緒に育ってきました。姉が助からないのであれば、わたしたちも一緒に…最後くらい、一緒に…」
リズが涙目になりながら言うのを聞いて男は慌てながら「待った待った…!」と言った。
「わかった、わかったよ。連れて行ってあげるよ。ただ、作戦に加えるわけにはいかない。片道切符だからね。」
「“片道切符”…?」
ミミは訊いた。
男は優しく頷いて言った。
「そう、“片道切符”だ。俺たちは、ここにはもう戻って来ない。」
「俺たちがやろうとしていることを説明する前に、まずは“ミハイルの教え”から教えてやろう。」
男はミミとリズに教えについて優しく教え伝えた。
*
「ベル、久しぶりだね。」
少年は頬杖をつきながら、ベルが部屋に戻ってくるのを目で追って言った。
「ああ…俺がいない間に色々あったみたいだな…。」
ベルはやつれた表情で言った。
「とりあえず…休ませてくれ。」
「ねえ、ベル、“ミハイルの教え”って何?」
「あ…?いいから…寝かせてくれ…。」
ベルは少年の脇に荷物をドサッと置いてよろよろとベッドに歩いて言った。
「ねえ、聞かせてよ、せっかく“伝言”も伝えに行ってあげたんだよ?このボクが、わざわざ!見返りが必要だよ。」
「伝言…?何のことだ?」
ベルはベッドにうつ伏せになりながら言った。
「俺とお前はずっと会っていなかったはずだが。」
すると少年はクスクス笑って言った。
「あのね、ボクがベルを“代弁”して、それを“伝言”してきたんだよ。いいアイディアだと思わない?そうしたら、ベルに会っていなくったって“ベルの伝言”を伝えられるんだ!
ただ、手間はやっぱりかかるよね、わざわざ“伝言”をこっちで考えてあげてるんだから。手間がかかっている分、普通の伝言より見返りは多くていいはずだよ、じゃないと割に合わないもの。」
「…何を言っているのかわからないのは俺が疲れているからか…?」
ベルはうつ伏せのまま、くぐもった声で言った。
「そうじゃないかな。ボクにはわかるもん。」
少年は意地悪く笑って言った。
「で、見返りが必要だよ。“ミハイルの教え”って何?」
ベルは少年が自分を解放してくれなさそうな気配を感じ、早く休むために早く教えることを選択した。
「主に魔族たちの間で信じられている教えで、簡単に言えば“悪いことに魔法を使ったら魔物になっちゃうよ”って内容だよ。」
「悪いことって具体的には?」
「生き物を悪意を持って傷つけたり操ったり…。」
「でも、人間が魔物になるのって、身体が耐えられない量の魔力を使うことで組織が魔力に侵されて変化してしまうからだって言ってなかったっけ?」
ベルは顔を横に向けて少年を見て言った。
「珍しくよく覚えてるな。
ついでにそれは“口外禁止”って言ったのも覚えているか?」
少年はキョトンとしながら言った。
「覚えてない。なんでだっけ?」
ベルは呆れたように「はあ…」とため息をついて、以前したのと同じ説明を一気に早口で説明した。
「“ミハイルの教え”がなかったら、魔族たちは暴走しちまうだろ。今まで虐げられてきた分が爆発して、とんでもない虐殺が始まっちまう。そうなれば魔法を使えない人間たちにとっても最悪だが、魔族にとってもよくないんだ。悪意をもった状態で弱者を蹂躙すれば、ハイになっちまうだろ。そしたら冷静さを欠いてガンガン魔法を使ってしまう。その結果、魔物になっちまう。“ミハイルの教え”は完全に正しいわけではないが、間違いでもないんだ。この教えのおかげで、いびつな関係ではあるが今まで決定的な決裂は生まれていない。今の世界には必要な信仰だ。」
「はぇー…例の魔族の村の連中はじゃあ、悪意を持って魔法を使おうとしてるってことか。」
少年はしばらく考えた後、「あれ?」と言った。
「連中、魔物になる覚悟で特攻しようとしてるけど、結果魔物にはならないんでしょう?そうなったら連中は、その“ミハイルの教え”ってのは間違いだったって気付くんじゃないの?何人かはハイになって本当に魔物になっちゃうだろうけど。」
ベルはめんどくさそうに言った。
「何人か、どころじゃないな。今回に限って言えば、その場にいる魔族全員が魔物になるだろう。」
「なんで?」
ベルは枕に顔をうずめて言った。
「それも言ったはずだろ…夜光花の毒だよ。」
「あー…人間が人間らしくなっちゃう毒だっけ。」
少年はピンと来ない様子で言った。
ベルは何度目かもわからない説明を再度した。
「ああ…夜光花の根には理性をまるっきり吹き飛ばす毒がある。城の人間たちはその毒を使えば魔族の魔法を封じれると思っている。確かに、頭で正常なイメージが作れなければ、魔族は魔法を使うことはできない。普通の人間に使ったときみたいにとんでもなく馬鹿になると、疑いもなくそう思っているんだろうが、夜光花の毒の作用で実際に起こることは“魔法が発動しない”ではなく、“理性のタガが外れた魔法が際限なく発動する”だ。際限なくあふれる魔力は、魔族たちの身体をすべて魔物に変えちまうだろう。
城の人間たちが魔女を集めたのは、魔族たちを徹底的に虐殺するためだ。夜光花の毒以外にも、物理的に魔族たちをしとめる武器をたくさん用意してやがる。夜光花の毒で無効化した魔族たちを一方的に叩くつもりだろうが、実際に起こることはおそらく、魔族側の一方的な虐殺だ。理性の外れた馬鹿みたいな魔法でまず大多数が死ぬが、その生き残りがいたとしても、今度は魔物になった魔族に物理的に殺されるだろう。
しかもあれは見境がないから、仲間内でも殺し合いをする。結局その場には誰一人残らない。それが12月25日の結末だ。」
「はぇー…大変だね…。」
少年は言った。
「お前が夜光花を何とかしてくれてたら仕事は少なくて済んだんだがな。」
「えーでも、協力したじゃない。いろいろと。」
「…。」
確かに少年は少しずつ、ベルの仕事の“手伝い”をしてくれた。
時々ベルの独り言に返事をしたり、ベルが出かけるときに気まぐれに荷物を詰めなおしてくれたり、上着を着せてくれたり…。
「…本当にこれで上手くいくんだろうな。」
「それはわからないよ、ベル次第だ。ボクは運命が同じ結果に帰結してしまわないようにしてあげてるだけ。ボクが何もしなかったら、ベルが何をしても同じ結果に落ち着いちゃうからね。それが“運命”だから。」
「…。」
ベルは顔を横に向けて少年を見た後、また枕に顔をうずめた。
「もう寝てもいいか。俺は残りの時間全部使ってその“夜光花の毒”を何とかしなきゃならねえんだ、早く休ませてくれ。」
「どうぞ。」
少年は爪をはじきながら言った。
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