第27話 不調和

部屋を出たあと、リズは興奮気味に「ミミ…!」と言った。

「…うん。早速チャンスだ。」

ミミは頷いた。

「わたしは、その“納屋”を見てくる。リズはこのままメリーとベリーを探して。」

「わかった。…くれぐれも気をつけてね。それから…すぐに戻ってきてね。夕食のときにいないと良くないから…。」

リズは心配そうに言った。


ミミは頷いてテレポートでいなくなった。

「さあ…わたしはわたしで、やることをやらないと。」

その“納屋”にリラがいるとは限らない。

ミミが「かくれんぼをしたい」と言った理由はわかっている。口実を作ってこの家の中を探り、少しでも手がかりを得るためだ。

ミミがいないからといって何もしないわけにはいかない。できることはやりたい。


一階には物置のような部屋と客間があるだけで、他には何もなかった。

あまり時間をかけていられない。リズは小走りで廊下を走り、2階への階段に向かった。


階段を小走りで登っていると、90度に曲がった踊り場で誰かとぶつかった。

「あ…ごめんなさい…!!」

リズは慌てて謝ったあと、「あれ…?」と首をかしげた。


「どうしてあなたがここにいるの…?」


踊り場にはベルの部屋で見た派手な格好をした少年が壁に背中をくっつけて、驚いた顔でこちらを見ていた。

顔を初めて見たが、リラにそっくりでリズは思わずクスッと笑ってしまった。

同時に、懐かしさで胸がギュッとした。たった1週間と少し離れていただけなのに、最後にリラと喧嘩をしたあの日が遠い昔のように感じる。


少年は不機嫌な顔をしながら言った。


「…ベルから伝言だよ。」

「伝言…?」

「夜光花は、冬が終わる日に咲くそうだよ。」

リズはそれを聞いて胃のあたりがきゅっとするのを感じた。

「冬が…終わる日。」

「そうだよ、冬が終わる日。」

少年はこちらをじっと見て言った。

「そしてそれは同時に、夜光花の命が終わる日でもある。夜光花は、春を見ることができない。」

「…。」

「…じゃ、ボクは伝えたから。」

少年は意地悪く笑って、霞になって消えた。


「…。」

リズはしばらく考えていたが、すぐに頭を振って雑念を吹き飛ばした。

今は自分のことを考えている時間はない。

(リラへとつながる手がかりを、可能な限り見つけるんだ。)


リズはぐっと足にチカラを込めて、残り半分の階段を駆け上った。


階段の先にある部屋を一つずつ開けていった。

そのうちの一つに、子どもの部屋があった。2つの同じ机が背中合わせにおいてあり、2つのベッドが並んで置いてある。

リズはその部屋に入り、片方の机の上に置いてある鏡を覗いた。

その鏡には、もう片方の机の上に置いてある鏡が写っていた。

リズはその鏡から隣においてある写真に目を移した。

写真の中には二人の子どもと母親らしき女性が写っていた。

「ん…?」

リズは眉を潜めた。

写真の中で笑っている二人の子どもは、メリーとベリーではなかった。


リズはメリーとベリーに会ったときから感じていた違和感を明確に思い出した。

メリーとべりーは、顔があまり似ていない。目の色も、髪の色も、肌の色も、何もかも違う。しかし、言動はまるで双子のようにピッタリと揃っていた。


外見が異なる双子はいると、リズは知っていた。だからこの“違和感”は気に留める必要はないと思っていたが、この写真を見てリズの中に不安が広がった。写真の中の子どもは、誰がどう見ても「双子」とわかる容姿をしていた。


「あーあ、見つかっちゃった?」

どこからとも無くメリーの声が聞こえて、リズは飛び上がった。

「あれー?まだ見つかってない??」

背後からベリーの声が聞こえてリズはバッと後ろを振り向いた。

しかし誰もいなかった。

二人の子どものクスクスとした笑い声が聞こえる。

「…どこ…?」

二人の子どもは答えず、クスクスと笑い続けている。

リズは音を探った。とても近い距離にいるはずだが、姿が見えず、リズは混乱した。

「ここだよ」

「そっちじゃないよ」

「おしいね」

リズは聞こえる声に誘導されて、再び机の上にある鏡を覗き込んでいた。

やはり、反対側に置かれた机の上の鏡が写っている。

しかしよく見ると、その鏡の中にはこちらに置いてある鏡が写っており、その鏡の中には更に鏡が…。

「鏡じゃなくて、隣を見て。」

リズは鏡の中にある鏡から目をそらし、一緒に写っている無数の自分を見た。その隣には…。

「きゃ…!!」

リズは思わず身を引き、隣を見た。メリーがニコニコした表情で立っていた。

「メリーすごい?」

リズはまだバクバクと心臓がなっているのを感じながら「う、うん、すごいね、全然わからなかったよ…。」

と言った。

「あーずるい。ベリーも見つけて!」

ベリーの声が背後から聞こえた。

メリーに誘導されて同じように反対側の机の鏡を覗くと、自分の隣に子どもが立っているのが見えた。そして鏡から目をそらして現実の自分の隣を見ると、ベリーがニコニコしながら立っていた。

「あなたたち、すごいんだね!」

リズがそう言うと、メリーとベリーは嬉しそうに笑った。

「うん、お母さんの得意な魔法だったんだよ。」

「そうなの、鏡の魔法だよ。」

「鏡の魔法…?」

「うん!」

メリーとベリーは同時に言うと、同時に机の上に置いてある写真を指さした。

「あれがお母さん!」

例の、双子と思われる子どもと、母親と思われる女性が一緒に笑っている写真だった。

「…一緒に写っているのは…?」

「メリーとベリーだよ!」

リズはしばらく固まったあと、指で指し示しながら聞いた。

「この二人が、メリーとベリーなの…?」

「うん!」


明らかに見た目の違う子どもだが、どういうことだろうか…とリズは悩んだ。

しかしそれ以上、聞くことはできなかった。



ミミは納屋の前で立ちすくんでいた。

納屋には、すでに息絶えた少女がひとり、横たわっていた。


ミミは意を決して中に足を踏み入れた。


「こらこら、開けたらだめだっていったでしょう?」

すぐ背後に男の声を聞いて、ミミは身体をこわばらせながら振り向いた。

男はいたずらをした子どもを叱るように、優しく笑っていた。

男は地面に落ちている納屋の南京錠を拾い上げて困ったように言った。

「これね、簡単に壊しちゃだめなもの何だよ?とっても貴重な魔法がかかった大切なものだったのに…。」

「…どういう魔法なの…?」

男は困ったように笑って言った。

「魔法と言うか、“呪い”なんだけど…。」

「“呪い”…?」

「ああ。しかもそれ、なかなか落ちないよ、専門の人に解いて貰わないといけないんだ…。というか、鍵にはだいたい“呪い”はかかっているものだよ。どうして開けちゃったのかな…。」

男は苦笑いしながら言った。

「もう君は、魔法が使えなくなってしまったよ。」

「え…。」

ミミは試そうとした。いくらイメージを練っても、何も起こらなかった。

「ね。でしょう?」

男は笑いながら言った。

「魔法が使えなくなっちゃったらほら、あの子と同じだよ。」

男は納屋に横たわっている女の子を指さして言った。

「…あの子は…?」

「“人間”だよ。」

「…どうして殺したの…?」

男は手を振って否定した。

「いやいや、殺したわけじゃないよ、死んでほしくなかったし。というより、今死んでることに気が付いたし…。」

今気がつけたという点に関しては君に感謝だね、と男は優しく微笑んだ。

「この子はどうしてここにいるの…?あなたが捕まえたの?」

男は優しく「そうだよ」と言った。

「どうして捕まえたの?」

「ああ…それなんだが…。」

男は困ったように言った。

「例の戴冠式があるだろう?それの生贄に連れて行こうとしたんだ。納品ついでに色々と探れるからな。コレじゃあさすがに使えないが。」

「でも、生贄は…」

“魔女であることが条件ではないのか”と言おうとしてミミは口を閉じた。男の表情があまりに恐ろしかった。

「そう、コレはいわゆる“条件”に適合した生贄ではない。ただ、下っぱどもにとってはどうでもいいことさ、人数が集まれば。

それとも君は、条件に適合していれば、生贄にしても良いと思うのかい?」

男はうっすらと微笑みを浮かべながら言った。

「かみさんや、娘は、最適な生贄だったのか?隣の家のマリアって女の子は?その隣の、アンナは?生まれたばかりの子どもを抱いて微笑んでいたサラは?みんな、“正解”だから、連れて行かれたのか?」

男は微笑みを貼り付けたまま言った。

「俺たちは、あんな下賤な生き物のように命を扱いはしない。コレにも役割はあった。ただの娯楽のために捕まえたわけではない。連れて行かれた女こどもを取り返すための必要な犠牲さ。」


俺たちはどんなことをしても、必ず彼女たちを取り返す。そのためなら、俺らは“魔物”にだってなれる。

男は優しい笑顔で言った。

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