第26話 手がかり
「25日までおじちゃんの家においで。みんなで守ってあげるから。」
と言った男の提案に従って、ミミとリズは大人しく男について歩いた。
道中他の村人にも会ったが、皆暗い顔をしていた。しかし、ミミとリズを見ると明るい笑顔を見せてくれる者もいた。
リズはしばらく歩いたあと、こそっとミミに言った。
「…男の人しかいないね…?」
「…ほんとだね…。」
たしかに、村に入ってから女の人を見ていない。
前を歩いていた男はミミとリズの会話が聞こえたようで、応えてくれた。
「この村はほとんど全滅だよ。」
「全滅…?」
リズはおずおずと訊いた。
「ああ、みーんな、城下に連れて行かれてしまった。うちのかみさんも、娘も…。」
「そんな…!」
リズは口を覆った。
「どうして抵抗しなかったんですか?」
ミミは男に訊いた。
「“抵抗”な…今思えば、抵抗、しておけばよかったのにな…俺たちはみんな腰抜けだ、ビビっちまったんだよ。“魔物”になるのが怖くて、誰も魔法が使えなかった。」
それを聞いてミミは眉をひそめた。
「どういうこと?」
すると男は立ち止まって驚いたように振り返った。
「あんた、“教え”を知らないのか?」
「“教え”…?」
「“ミハイルの教え”だよ!母ちゃん父ちゃんに習わなかったのか?」
「…。」
ミミは心当たりが見つからず、黙って首を横に振った。
男はそれを見て勝手に悟った様子で「そっか…苦労したんだな…」と言ってまたミミとリズの頭を撫でた。
その時、ミミは頭の中に痛みを感じた。出来立ての瘡蓋を無理矢理剥がされるような、妙に具体的な痛みだった。
男が頭の中を探ろうとしているのだろう。
ミミは頭の中に、ベルが流したことのある踊っている羊のイメージを流し、男の魔法に抵抗した。
男は眉をひそめて手を離した。
その瞬間に頭の中の積極的な痛みは引いたが、余韻がズキズキと残っていた。
男は改めて、気を取り直したように言った。
「“ミハイルの教え”については、家に着いたら教えてあげよう。知らずに“魔物”になってしまったら可哀想だからな…。」
*
男の家に着くと可愛らしい2人の子どもが「じぃちゃん!!」と出迎えてくれた。
「おお、待たせてすまないね…すぐにご飯を作るからね…。」
男は優しく微笑みながら言った。
子どもたちはすぐにミミとリズに気がついて、人懐っこく声をかけてきた。
「こんにちは!」
「お姉さんたち、だれー?」
2人の子どもは同時に話しかけてきた。
リズは子どもたちの目線まで腰を屈めて自己紹介をした。
「こんにちは。わたしはリズって言うよ。あなたたちの名前は?」
女の子の方は「メリー!」と言った。
男の子の方は「ベリー!」と言った。
「そっか、メリーとベリーって言うんだね。よろしくね。」
リズが言うとメリーとベリーは嬉しそうに「うん!」と言った。
「そっちのお姉さんは?」
メリーがミミの方を見て言った。
「ミミだよ。よろしくね。」
とミミが言うと「よろしく!!」とメリーとベリーが答えた。
「さあさあ、玄関じゃ寒いだろう。早く中へお入り。」
男は奥のドアを開いて手招きした。
「リズ、いこー!」
「ミミもいこー!」
ミミとリズはメリーとベリーにそれぞれ手を引かれて奥へと入っていった。
部屋はとても綺麗に整えられていた。
しかし、棚に置かれた花瓶の花は手入れをされていない様子で、花瓶の中から少し水が腐ったような臭いがしていた。
「さあ、そこら辺に適当に座ってくつろいでおいで。ご飯の準備をしてくるからね。」
男はミミとリズに向かって言った。
「わたしも手伝います!」とリズは言ったが、「いいのいいの、お客さまなんだから、ゆっくりしていなさい。ここまで来るのも大変だったろう。」と、男は譲らなかった。
「リズー、あそぼ?」
メリーがリズの手を両手で握って左右に振った。
「ミミもあそぼー?」
ベリーも、ミミの手を両手で握って左右に振った。
「うん、いいよ。何がしたい?」
リズが2人に訊いた。
「えーっとねー…。」
「うーんっとねー…。」
メリーとベリーは同じポーズで「うーん」と考えた。
「…かくれんぼしたい。」
「え…?」
まさかミミから提案がくるとは思っていなかったのでリズは驚いた。
「かくれんぼ!」
「いいね、かくれんぼ!」
メリーとベリーはキャッキャと喜んだ。
「でも、あんまり時間がかかると…。」
リズはキッチンでご飯の用意をしている男を見た。
男にも会話は聞こえていたようで、「あまり遠くに行かれるとご飯が冷めてしまうから、遊ぶなら家の中だけにしなさい。」と言った。
メリーとベリーは「うん!」と頷いた。
「じゃあ、決まりだね。隠れる場所はこの家の中のどこか。わかった?」
ミミが言うと2人はまた「うん!」と頷いた。
「わたしとリズが鬼になるから、メリーとベリーが隠れてね。」
ミミがそう言うと「やったー!わかった!」とメリーとベリーは言った。
「よし、それじゃあわたしたちは目を瞑ってるから、隠れてきて。」
するとメリーとベリーは「ぷくっ」と頬を膨らませて言った。
「わたしたちはもうテレポートくらいできるよ。」
「ぼくたちはもう、そんなの簡単だよ。」
それを聞いてミミは驚いた。
この子たちは、5歳か6歳くらいに見える。その頃にミミができたことはせいぜい鳥の羽根をふわふわと浮かべる程度のことだった。
ものを瞬間で移動させることは難しく、自分自身を移動させるのはさらに難しい。
それを「簡単」にできると、この子たちは言っている。魔族の村の魔法に関する教育のレベルの高さに驚いた。
やはりこの村の大人には敵うはずがない。
絶対にこの村に来た目的を悟られてはいけない、と思った。
「よし、じゃあ…隠れる場所は決めた?」
ミミが訊くと2人は同時に「うん!」と言った。
「それじゃあ…スタート!」
ミミがそう言うとメリーとベリーは瞬きの間に消えた。
「…すみません、かくれんぼなんて提案してしまって…お家の中を探して回ってもいいですか?」
ミミは今さら男にそう声をかけた。
男は鍋をかけている火加減を見ながら「問題ないよ。遊んでくれてありがとうね」と言った。
「じゃあ…わたしたちも探しに行こうか?」
リズが言った。
「うん、行こう。」
そう言ってリズと一緒に部屋を出ようとしたとき、男は言った。
「あ、そうだ…この家の中は自由に動いてもらっていいんだが、もし庭に出るようなことがあったら、納屋は開けないように注意してほしい。」
「なんでですか?」
ミミは男を見ながら訊いた。
「大事なものがしまってあるからだよ。」
男は特に表情を変えることなく、淡々と言った。
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