第25話 魔族の村へ

ミミはリズを連れて、再びイミルラの広場へとテレポートをした。

「リラの居場所を知っている人に心当たりがあるって言ってたけど…どういうこと?」

リズはミミに訊いた。

「リラを捕まえた奴らはリラをどこに連れて行ったのか。それは捕まえた奴らに聞けば一番早いよ。」

「まさか…教えてくれるわけないよ…!」

「逆に“まさか”なんだけど、普通に訊く訳ないでしょ。」

ミミは苦笑いをしながら言った。

「…あの男は気に入らないけど、今では感謝してるよ。ベルのおかげで新しい魔法を使えるようになったんだ。」

「新しい魔法?」

「うん。気づかなかったのが不思議なほどなんだけど、精霊の声を聞くのと同じ要領で、人が考えている内容を“感じる”ことができるみたい。

精霊の声も、便宜上“聞く”って表現してるけど、実際には“感じてる”が近いからね。同じことだった。」

「じゃあ、あの男たちの誰かを捕まえて、“リラをどこに連れて行ったの?”って聞けば…」

「頭の中を読みとって場所がわかるようになるってことだね。」

「すごい…!!」

リズは目をキラキラさせて言った。

「で、肝心のその男の捕まえ方だけど…。」

ミミはリズを見て言った。

「ごめんけど、囮になってくれない?」



「大丈夫、ちゃんとわたしは見てるから。」とミミは言っていたが、歩く足は言うことを聞かず、震えていた。


初日は、そうだった。


次の日は、少しマシだった。


その次の日は…。


ミミもリズも、すぐに手がかりが見つかると思っていた。

そしてすぐにリラを助けに行けると思っていた。

しかし、あの時襲ってきた男たちとは中々出会えなかった。


もう「狩り」はやめてしまったのかもしれない…。

そんな不安が二人の中に積み重なり、徐々に口数が少なくなっていった。


5日目の夕方。

人数が多い方が捕まりやすいかも、との試行錯誤の一環でミミと二人で歩いている時、ミミはあるお店の前で立ち止まった。


「どうしたの?」

リズが訊くと、ミミはお店の前に出ている看板を指差して言った。

「『冬限定アイスクリーム販売中』だって。」

「あ…。」


リズは、イミルラに来る前のテントでリラとはしゃいだことを思い出した。


“ねえねえ、ベルが言ってた“あいすくりーむ”って何??”

“人間の食べ物だよ!甘くて、冷たいんだって!!”

“甘くて冷たい…お水みたいな感じかなあ?”

“どうだろう…冬に外に置いておいたミルクみたいな感じじゃない…?”

“それに蜂蜜が入ってたりして…”

“もしかしてヒメリンゴが入ってたりして…!”


“三人で一緒に食べようね!”


喧嘩をして別れを告げた時、アイスクリームのことなんてすっかり忘れていた。


「さようなら」と言った時のリラの顔を思い出した。


「…絶対、食べようね。」

リズはポツリと言った。

「そうだね。リラ、ずっと食べたがってたから、早く見つけてあげないと。」

ミミは頷いた。


手がかりがなかなか見つからずにイライラとしていたその1週間後の朝、リズはひとりで暗くて狭い路地を歩いたり、明るいところに出てぼんやりしたりを繰り返していた。

すると、路地に入ったところで向こうから男がひとり、歩いて来るのが見えた。

また空振りかもしれない、と顔を見た時、リズは内臓がひっくり返るような感覚を覚えた。

あの時襲ってきた男のうちのひとりだった。


心待ちにしていた展開にも関わらず、リズはその瞬間恐怖に襲われ、震えながら男の隣を通り過ぎようとした。

男は隣を通り過ぎようとしたリズの腕を強い力で掴んだ。リズは恐怖で身体の力がガクッと抜けるのを感じた。


「ねえきみ、簡単なお仕事をしてみない?」

男はニヤニヤと笑いながら言った。

「お仕事…?」

リズは震えながら言った。

「大丈夫大丈夫。大人しくしていたら何の問題もないから。」

アルがいつも言ってくれた「大丈夫」とは全く違う「大丈夫」に、恐怖で身体の芯から震えた。


しかし、同時に妙な怒りも湧いてきた。


いつもこうだ。ビクビクしてアルやミミ、リラに守ってもらってばかり。他人に迷惑かけっぱなしなくせにメソメソウジウジして、いつまでも弱者のフリをして。


(わたしだってできるはず…やるんだ…!)


リズは「いや!」と言いながらうずくまろうとした。

すると男はリズの両腕を羽交締めにするように、背後からリズを締め付けた。


「い…やっ!!」


リズは曲げた膝を思いっきり伸ばし、ジャンプをした。

「うぐっ…!!」

リズの頭突きが男の顎に見事にヒットし、男は昏倒した。


「てめぇ、何やってやがる!!」

男が倒れた直後、屋根の上から別の男が飛び降りてきた。この男もあの時襲ってきたうちのひとりだった。

男はリズの髪の毛を思いっきり掴んだ。

その瞬間男の背後にミミが現れ、男の膝裏を思いっきり蹴った。

男はガクンと倒れ「何だ!?」と怒鳴る頃にはほとんど脱げたズボンで効率よく両足を結ばれ、同じくほとんど脱げた上着で効率よく両手を縛られた滑稽な姿で地面に転がっていた。


「ちょっと、何やってるの!?」

ミミは他に誰も来ないことを確認したあと、リズに言った。

リズは昏倒している男の横で「えへへ…」と笑っていた。

「ミミが早く来ないからわたしがやっつけちゃった。」

ミミはそれを聞いて呆れたように言った。

「…わたしは他に仲間が何人いるかを見てたんだよ…。」

ミミは男の側にしゃがんで男の様子を見た。

「…他に聞けるやつがいたからよかったけど、もしこいつだけだったらリラの居場所を読み取れなかったよ。」

それを聞いてリズはケロッとした表情で言った。

「もしそうなってたらわたしが起こしてあげるよ。それでいいでしょう?」

「え…?…もう…全く…!!」

ミミが笑ったのを見て、リズも笑った。


初めて自分の力で自分を守ることができた。

嬉しかった。



男は「教えるわけがないだろ」「離せ!仲間が来たら…」等と騒いでいたが、リラの居場所は魔族の村であることがわかった。


「なんで魔族の村に…?」

リズは首を傾げた。

パウロの予想では、リラは25日の生贄になっているとのことだった。

生贄は、ベルの話では「魔女」が対象とのことだった。「基準が曖昧になっていてもはや魔法が使える使えないに関わらず美しい女は攫われている」とも言っていたが、それにしても魔族がリラを攫う理由はないはずだった。

「わからない…けど、行くしかないね…。」

ミミはそう言ったあと、「うーん…」と唸った。

「…場所が…遠い。」

「どれくらい遠いの?」

「急いでも8日以上かかるかも…」

「そんな…。」

リラが連れ去られてからすでに1週間以上かかっている。

「…今日、何日だっけ…?」

「12月16日…。」

もしも25日の生贄のために捕まっているのだとしたら、村への到着が8日後の24日では博打がすぎる。

相手が魔族である以上、ミミの魔法も優位には働かない。魔族がリラを連れ去った理由もわかっていない状況で賭けをしたくない。


「まあ…もし間に合わなかったとしても、リラなら死ぬことはないと思うんだけど…」

「どういう…あ…。」

ミミはリズが気づいた様子で口を塞ぐのを見て言った。

「聞いたことあった?リラの生まれについて。

この世界にある肉体はリラの魂の器にすぎないし、器がないからって自我を失うようなヤワな魂でもない。ただ…。」

ミミは眉を顰めた。

「さすがにバラバラにされちゃったり埋められちゃったりするとちょっと大変だな…。」

「バラバラ…埋められる…。」

リズは顔を青くして言った。

「たとえ死なないとしても、リラに経験させたくないよそんなこと…!」

リズの少し怒ったような口調を聞いてミミは微笑んだ。

「大丈夫、さすがにわたしも、リラにそんな思いをさせたくないって思うよ。」

ミミが考えていることは時々よくわからない。「リラは死なないからどうなっても大丈夫」という考えだったらどうしようかと思ったが、どうやらそこまでズレてはなかったようで、リズは少し安心した。

「んー…ってなると、新しいことを試すしかないか…。」

「新しいこと??」

ミミはまだぼんやりと考えていて、リズの言葉は聞こえていないようだった。


「…よし、試すしかない…。」

ミミは小さく呟いて、リズの手を握った。

「え…?」

リズはミミが何と言ったか聞き取れなかったが、大人しくミミと手を繋いだ。


ミミはいつものように目を瞑った。

リズは黙ってミミを見ていたが、しばらくして、テレポートの時の「意識を一瞬失う感覚」を覚えた。



トンと落ちる感覚で足に地面を感じて目を開けると、そこは小さな街だった。

建物は木造ばかりで、道は整備されていない。街というより“村”という印象だ。

あちこちに散在している冬特有の枯れた草の残骸が、シャリシャリとした氷水に濡れていた。


「…できた…。」

ミミは驚いたように言って、そしてだんだん嬉しそうな顔になった。

「…すごい!着いたってこと?」

「うん…そうみたい。

男の頭の中の“場所のイメージ”を借りてやってみたんだ。」

これでもできるんだ…よかった…とミミは言った。

「よかったって…?」

あまりにもミミが安心した様子なのでリズは訊いた。

「ダメだった時は普通に失敗するだけじゃないんだ?」

「“失敗”…“失敗”は“失敗”だけど、この場合だと下手したら“男の頭の中”にテレポートしちゃうんじゃないかって心配してた。」

「頭の…中…?」

「物理的にね。失敗してたら人がひとり死んでたよ。」

ミミは微笑んだ。

リズは“男の頭の中にテレポートした自分”を想像し、気分が悪くなった。


「さあ、リラを探さなくちゃだけど…」

ミミは周囲を見渡した。

「…誰もいないね。」

街は閑散としていて、人の気配がなかった。

リズも辺りを見回し、「ほんとだね…」と言った。


すると「ヒュンッ」と音がして、遠くから山なりを描いて矢が飛んできた。

ミミは見えない壁で自分とリズを覆い、矢を防いだ。


「すまない、君たち、魔族だったんだね。」

優しそうな顔をした初老の男が目の前に立っていた。

「…。」

ミミとリズは黙って男の様子を伺った。


今の発言からすると、魔法が使えない人間だった場合、攻撃の対象になっていたと考えられる。

リラがここに連れてこられたことを考えても、リズが魔族でないことは知られない方が良さそうだ。


ミミはチラリとリズに目配せをした。

リズは「わかってる」といったように頷いた。


「君たち、ここに助けを求めに来たんだろう…?」

男は悲しそうな顔をして言った。

「よく無事にここまで来たね…えらいぞ…。」

男はミミとリズの頭を撫でた。


次の瞬間、ミミは頭の中に妙なノイズを感じた。

意図しないことを無理矢理考えさせられているような感覚。

リズを襲った男を撃退し、この村に来るまでの記憶が蘇る。


「可哀想に、襲われたんだね…。」

男は二人の頭から手を離して言った。


男の発言を考察するに、やはり先ほどの感覚は頭の中を探られている感覚で間違いないようだ。


ベルに頭の中を探られている時は全く気がつかなかったことを考えると、ベルが上手かこの男が下手かのどちらかだろう。

ミミは漠然と、「おそらく自分がやったら相手は気がつくだろう」と考えた。


さらにこの男はおそらく相手の頭に触れていないと探ることができないらしい。

手を離した瞬間からノイズはなくなった。

その点はミミの方が上手うわてのようだが、かと言ってミミの方が魔法使いとして優れているとは限らない。


他の魔法使いに出会ったことがなく、ベルの評価でしか客観的に自分を見ることができないが、ベル曰く、「器用だけど魔力が弱い」とのことだった。


先ほどはたまたま辻褄の合うシーンが再生されたので、男は都合よく「男たちに襲われてこの村に逃げてきた子ども」だと勘違いしてくれたようだが、下手に探りを入れて逆に探られてしまったら返ってリラを探しづらくなりかねない。


ミミは、この村の大人たちの頭の中を探ろうとするのはやめようと思った。


「他の家族の人は…?」

男はミミとリズを交互に見ながら気遣わしげに訊いた。

「姉がいましたが、連れていかれてしまいました。」

ミミは間髪入れずに答えた。

男は一層悲しそうな顔をして「可哀想に…」と言った。


「でも、大丈夫だよ。おじちゃんたちが、みんなまとめて助けてあげるからね…。」

「え…?」

それまで黙っていたリズが小さく声を出して、驚いた表情で男を見た。

男は、優しく微笑むだけだった。

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