第23話 お別れ

リラはミミの胸元をつかんでガンガンと揺さぶった。


「ミミ、止めてよ、リズ、行っちゃうよ…!!」

ミミは肩をすくめていった。

「わたしはなんでリラがそこまで止めようとするのかわからないよ。」

「ミミはわかってないんだ、リズは“夜光花”なんだよ!」

「まあ、そうだろうね、今までの話を聞く限り。」

平然と言うミミにリラは返す言葉を失ってしばらく黙った。

「…え、じゃあ、リズがしようとしていることもわかっているってこと…?」

「何らかの方法で夜光花に戻って、ベルに使ってもらおうとしてる。」

「そこまでわかってて…」

なんでリズを止めないのか。とリラは言いかけて口を閉じた。ミミは、そういう人間だ。


「リズは、自分の命を使って、たくさんの人を救おうとしている。崇高な願いだ。誰にも邪魔をする理由はない。」

「…違う。」

「何が?」

「リズは、“自分の命を使ってたくさんの人を救いたい”なんて考えていない。自分でも気づいていないかもしれないけれど、生き物はそんなに崇高でもなければ強くもないんだ。リズは、覚悟をして向かったわけじゃない。体の良い自殺の理由が転がっていたから、それを拾いに行っただけだ。」

「だとしても、リズの命ひとつで救われる命がたくさんある可能性があるなら、やっぱり誰にも邪魔はできないよ。客観的に見て正しい行いだと思うし、第一にそれがリズの“意志”なんだから。」

「客観的…正しい…?」

リラは強く首を振った。

「違うよ。私は“客観的”意見なんて求めてないし、リズの個人的な気持ちが何なのかも聞いてない。ミミは、どう思うの?」

「え?だから、邪魔する理由はないって…」

「違う!そういうことじゃない。ミミは、リズが死んじゃったらどう思うの?」

「…どう…?」

「悲しいとか、寂しいとか、思わないの?」

「…。」

ミミは考えた。キノジィがいなくなったときの空虚な感じ。それをまた味わうとしたら…?

「…わからないけど、嫌かもしれない。

でも、それが何の関係があるの?事実は変わらないよ。リズの命でたくさんの人が救われる。そしてそれをリズは望んでいる。それならわたしたちのできることは“応援”以外、ないよ。」


リラはミミをつかんでいた手を放した。

これ以上ミミに話をしても無駄だと思った。


「わかった。私が、止めてくる。」

「ちゃんとリズに謝るんだよ。リラは自己中心的すぎる。」

「…わかった。」

リラはリズとアルが歩いて行った方に走った。



「リズ…ちょっとまって…!!」

ずんずんと歩いて行くリズにアルはついていきながら話しかけた。

「…リズ!ベルがいるのはそっちじゃない!城下に行くならあっちだ!!」

アルはリズの横で大きな声で言った。

リズはハッとしてアルを見た。

「あ…ごめんなさい、そうだった…?」

アルはようやくリズが止まってくれたので安心して言った。

「うん、こっちじゃないよ、あっち。」

アルは左の方向を指して言った。

「…そう。じゃあ、行こう。」

リズは左の方向を向いて路地に入っていった。

アルはリズについていきながら何と声をかけようか迷っていた。

しかし、リズのためにもどうしても言わないといけない気がして、言った。


「本当に、あんなお別れの仕方でいいの…?」


リズは何も言わず、歩き続けた。


「…リズは子どもだ!!」


リズは立ち止まってアルを見た。

「わたしが…子ども…?」

「そうだよ、癇癪起こして大声出して一方的にさよなら言って逃げるなんて、子どもだ!」

リズは自分よりも背の低い男の子を見ながら言った。

「…あなたもわたしを無力だって言うの…?」

アルは首を横に振った。

「無力だ、とかそんな話をしてるんじゃない。」

子ども=無力という考え方もアルとしては気に入らなかったが、そこはいったん置いておいて、リズが話を聞いてくれているうちに必要なことを言うのを優先して言葉を選びながら言った。


「リズは、最後にリラに向かってなんて言ったか、覚えている?」

「さようならって言った。」

「その前は?」

「今までありがとうって。“今までありがとう。さようなら”って言った。」

「うん、そうだね、ありがとうって言ったんだよね。

じゃあ、そう言われたときのリラの顔、覚えている?」

「…。」

「ありがとうって気持ち、リラに伝わってたと思う?リズは本当に、ありがとうって気持ちを伝えようとしてあの言葉を言った?」

「…。」

「違うよね、ありがとうって、とりあえず言っただけだよね。

じゃあ、改めて聞くけど、お別れの言葉は本当にあれでよかったの?」

「…。」

リズはうなだれてシュンとした。

「…アルの言うとおりだ。わたし、子どもだった…。」


ミミとリラとは、本当にこれでお別れになるかもしれない。

最後にきちんとお礼を言ってからお別れしたかった。


「…わかった。わたし、戻ってちゃんとお別れを言ってくる。」

アルは安心して息をついた。

「うん、それがいいと思うよ。このご時世、必ずまた会えるとも限らないんだから。」

「うん。わたし、行ってくる…」


リズが戻ろうと後ろを向いたとき、


「危ない…!」

リラがアルの腕を強く引っ張った。


アルはリズの方に投げ出され、リズと一緒に尻もちをついた。


「リラ!?」


リラは地面にうつ伏せに倒れていた。

背中には一本の矢が刺さっていた。


「リラ!!」

リズはリラに向かって手を伸ばそうとした。


「…っ!?」

すると二本目の矢がアルの横をかすめた。

「アル、大丈夫!?」

「…大丈夫、大丈夫。」

アルは矢がかすった腕を抑えながらあたりを見回した。

少し離れた建物の上に矢を構えた男がいることに気がついた。

アルはその男に向かって、自分の近くに落ちた矢をテレポートさせた。

男が建物の上から落ちるのが見えた。


「リラ…リラ…。」

リズはリラの手を握って必死に祈った。

止まっていたリラの呼吸が戻った。

「大丈夫、わたしが…治してあげる…」

リズは泣きながら祈り続けた。


「おっと、二人もいるのか、稼げたな。」

「…!!」

路地の向こうから柄の悪い男が3人現れた。


アルは周りを見回した。

リラの背に刺さっている矢を男のひとりの腹の中心めがけてテレポートさせた。


腹に矢が貫通した男は痛みにうずくまった。

男たちはギョッとした様子で後退りした。


「お前…“魔物”か…?」


アルは顔をこわばらせた。


“魔法使いが邪悪な思想で魔法を使うと魔物になってしまう”


その教えがあるから、魔法使いは人を傷つける魔法を使わない。

それを“誰もが”知っているから、能力としては圧倒的に強いはずの魔法使いが、魔法を使えない人間に蹂躙されてしまっている。


このような魔法の使い方を続けていれば、自分は本当に“魔物”になってしまうかもしれない。しかし、リズを守れるのであれば、


“それでも構わない”


アルはそう思った。


その途端、とてつもない頭痛がアルを襲った。


“もし一度なってしまったら、さすがの俺にも元には戻せない。もしもなりそうだったり、“なっても構わない”と思う時が来てしまったら、すぐに俺のところへ来い。俺が止めてやる。”


ベルの言葉がフラッシュバックし、頭の中にガンガンと響いた。

アルは頭痛にのたうちまわった。


アルが突然苦しみだしたので男たちは驚いていたが、これは好機と捉えた男はナイフを取り出し、アルに向かって突き立てた。



「いいのですか、ひとりで行かせてしまって。」

メトが頭の上でのんびりと言った。

「何のこと?」

「あなたも、あのリズって子にお別れを言いたかったのでは?」

「別に…リラのほうが仲がよかったし、二人が仲直りをしてお互い納得してお別れしてくれたほうがわたしは嬉しいよ。」

メトは何も言わず、のんびりと尻尾を振った。


しばらくのんびりした時間を過ごしていたが、突然メトが爪を突き立てた。

「いた…っ!何!?」

「行かないと。」

「どこに?」

「ライラ様が意識を失った。」

「…!!でも、どうしたら…」

ミミは、知っている場所にしかテレポートができない。

リラがどこにいるかがわからないので、その場所は精霊の声を聞きつつ走って探しに行かなければならないが、それでは時間がかかりすぎる。

「私が誘導します。とにかく、テレポートを!」

ミミはメトの言うとおりにテレポートをした。


目を開けると、血を流してぐったりしているアルがまず目に入った。リズは必死にアルに近づこうとしているが、そのリズの腕を知らない男が引っ張っていてそれができないでいる。


リラは近くでうつ伏せになって動かない。

リラの髪の毛を知らない男が引っ張って顔を確認しようとしていた。


一番重症なのはアルだ。すぐに手当をしなければ命を落としてしまうだろう。

あの出血量では、もはや普通の治療では間に合わない。リズのチカラが必要だ。


リラは、死んではいない。人間にリラは殺せない。しばらく放っておいても問題なさそうだが、この状態で万が一天界の連中に襲われでもしたら打つ手がない。


「メト。リラをお願い。」

「言われずとも。」

メトはミミの頭の上からぴょんと飛び降り、リラのとこまで走って行くと、リラの髪の毛を引っ張っている男の手に噛みついた。

ミミは、リズの手を引っ張っている男の腕をナイフで切りつけ、騒いでる男からリズを引き離し、リズの手を握り、アルの腕を素早く自分の肩に回した。


ミミはメトが男の目を盗んでリラの服の中に潜り込むのを見届けて、リズとアルと一緒にテレポートをした。

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