第22話 喧嘩

トリシア、アリシアに別れを告げた後、3人はイミルラの中央広場のベンチに座ってぼんやりと人通りを眺めていた。


「…これからどうしようか…。」

リラは言った。

「うーん…12月25日までは城下にも戻れないし…。」

「あれ…?そもそも城下に戻らないといけない理由って何だったっけ…?」

ミミは「うそでしょ」という顔でリラを見た。

「“あの子”のお墓参りに行くんでしょ…?城下にお墓があるかもって言ったのはリラじゃない。」

リラは「え?」という顔で言った。

「“城下の近くにあるかもしれない”とは言ったけど、“城下にある”とは言ってないよ。それに…。」

リラはチラリとリズを見た。リズはしんみりした表情でうつむいていたが、リラの視線を受けてハッとして顔を上げた。

「…?」

リズは「何?」という具合に首を傾げた。

「…なんでもない…。」

リラはうつむいた。


おばあさんが苦しんでいるときにかけていた必死の言葉、その内容と様子から察するに、リズはあの一家が“あの子”の子孫だと気が付いたのだろう。


“わたしが、早く咲かなかったから、間に合わなかったんでしょう?”

“わたしが早く咲いていたら…伝えられたのに…ごめんなさい…”


背景はわからないが、どうやらリズは「間に合わなかった」らしい。

傷心している様子のリズに、リラは何と声をかけてよいかわからなかった。


「…。」

「…。」

「…。」

重苦しい空気が流れていた。


「…あ!!」

突然目の前で声がして、うつむいていたリラとリズはビクッとして顔を上げた。

「…!?」

一瞬アルの姿が見えた気がしたが、目を疑った。裸だったように見えた。

しかしすぐに見えなくなってしまった。

「…?」

「…?」

リラとリズは顔を見合わせた。

お互い自分の見たものが現実か疑わしく思っている様子だったが、お互い相手も同様の疑問を感じているのを察して、おそらく先ほどの光景は現実だったと悟った。


しばらくすると広間の奥の小道から、服を着たアルがこちらへ歩いてくるのが見えた。

アルは3人の座っているベンチの前まで歩いてくると、

「…よう。」

と、何事もなかったように話しかけてきた。

「テレポートって難しいよね。わたしも最初のころ、よく服を忘れてきちゃってたよ。」

ミミが真顔で言った。

リズはあっけにとられていたが、アルが「な、…な、なんのこと?」と、赤くなりながらとぼけている様子を見てこらえきれず、クスクスと笑い、そして腹を抱えて笑った。

「…そんなに笑うなよ!」

アルは赤くなりながら言った。

リズは目の端に滲んだ涙を指でぬぐいながら「ごめんなさい…」と言った。

まだ声を押し殺しながら笑っているリズの方をなるべく見ないようにしながら、アルはミミに話しかけた。

「ベルから伝言だよ。」

アルはミミに紙を差し出した。

リラとリズはミミの手元の紙をのぞき込んだ。

紙には殴り書きで端的に用件が書いてあった。


“そこも安全じゃなくなりそうだ。もっと東に移動しろ。”


ミミはアルを見て訊いた。

「どういうこと?」

アルは肩をすくめて言った。

「おれにもわからない。ベルは出かけてて、しばらく帰ってきていないんだ。」

「じゃあ、この手紙は…?」

「今朝起きたらおれの机に置いてあった。一枚はおれ宛に、これ。」


“すまん、あいつらがまだイミルラにいるようだったら、2枚目の紙を届けてくれ。”


「今はあの馬車でお世話になっているんだね?」

リズは言った。

「うん、しばらくはそこで働かせてもらえそう。」

アルはリズから目をそらして赤くなりながら言った。

「ベルの仕事が終わったら魔法を教えてもらえることになってる。」

「そっかあ…良かったね。」

リズは嬉しそうに言った。


「東に行けって書いてあるね。東には何があるの?」

リラがミミの手元の紙を見ながら言った。

「わからない…アルはなにか知っている?」

アルはミミの方を見て言った。

「知ってるよ。東には“教会”がある。」

「教会?」

「詳しくは知らないけれど…“正しい行いをしていると幸福になれて、悪いことをしていると不幸になっちゃうよ”みたいな宗教の教会。」

アルはパウロから教えてもらった内容をそのまま話した。

「だから、そこに行けば、とにかく“悪いこと”は起きないよ。人さらいとかね。だからベルはそこに行けって言ってるんだと思う。」

「それって歩いたらどれくらいの距離?」

「5日とかかな。」

「なるほど…。」

テレポートできれば早かったのだが、残念ながらミミは一度行ったことのある場所にしかテレポートができない。旅慣れていないリズのことは心配だったが、歩けない距離でもなさそうだ。頑張ってもらうしかない。

「じゃあ、そういうことだから。おれは戻らないと。」

「もう帰っちゃうの?」

リズは少し残念そうに言った。

「うん。ベルに頼まれていることがもうひとつあるんだ。」

「何を頼まれているの?」

「夜光花探しだよ。」

「え…?」

リズは驚いたように言った。

「ベルは大事な仕事をしているんだけど、それに夜光花があればすごく役に立つらしくて。一輪あればたくさんの人の命が救えるんだって。」

「アテはあるの?」

ミミが訊いた。

アルは頷きながら言った。

「うん。おれ、少し前に見たことあるんだ、夜光花の蕾を。随分萎びた蕾だったけど、たしかに夜光花だった。でも、この間見たらなくなっちゃってた。」

萎びてたから、動物か何かに食べられちゃったのかもしれないけど…と困ったように言った。


「…夜光花…わたし…どこにあるか知ってるよ。」


リズが突然言ったのでリラはギョッとした。

「…何言ってるの、リズ…?」


リズは笑って言った。

「わたし、知ってる。夜光花がどこにあるか。」

そしてアルに向かって言った。

「わたしをベルのところに連れて行ってくれる?」


リラはそのリズの笑顔がミミにそっくりで背筋が凍った。

中身のない、空虚な笑顔。


「…無駄だよ、リズ。」

リラは真剣な顔をして言った。

「今のきみは、人間と同じ身体をもった、ただの人間の女の子だ。行っても無駄だ。」

リズはアルに向かって訊いた。

「馬車に、やたらと派手な服装をした男の子がいるのを知っている?」

アルは頷いて言った。

「うん。話したことある。」

「彼はまだそこにいる?」

「うん。今朝も話をしたし、まだいると思う。」

リズは微笑んだ。

「それなら、わたしは多分、役に立てると思う。」


最初にキノジィの家で会ったときから予感していた。

自分をこの姿に変えたのは“彼”だと。

彼なら、個の人間の姿をもとの植物の姿に変えることも可能なはずだ。


リズはリラに向かって言った。

「ベルは、夜光花一輪で、たくさんの人を救えるって言った。わたしのおかげでたくさんの人を救えるのなら、わたしは嬉しいよ。」


リラはじっとリズを見た。

ミミにそっくりな笑顔。

本心で「人のため」と思っているようで、

その実ただの「死にたがり」の笑顔。


この状態のリズを行かせるわけにはいかない。


「リズ。はっきり言うけれど、今のきみは。」

「…え…?」

「役には立たない。行くのは無駄だ。」


その言葉を聞いてリズは立ち上がった。

「…どうしてそんな酷いことを言うの…?」

こぶしを握って震えている。

「君のためだ。」

リラは毅然と言った。

「君は、知るべきだ。自分には何もできなかったことを。」

「…何のこと?」

「夜光花は、花が咲くまでに何十年もかかる生き物だ。きみは、“自分が早く咲けばおばあさんにあの子の言葉を伝えられたのに”と思っているんだろうけど、それは無茶だ。きみにその能力はなかった。

そして、今もだ。

きみは、夜光花であって夜光花ではない。今のきみはほとんど人間だ。血肉を差し出したとしても何の役にも立たない。

たとえ植物に戻れる方法があったとして、きみは蕾だ。25日までに役に立つ状態になれる保証もない。

第一に、きみは…」


「もういい!!」


リズは叫んだ。

リズが突然大きな声を出したので通行人たちが何事かとこちらをチラチラと見ている。

アルは「落ち着いて…」と小声でリズに声をかけたが、全く聞こえていないようだった。


「リラはいいよね、頑張ったら“神さま”にだってなれるんだもん。生まれた時からチカラがあるんだもん。わたしは、何もない。何もできなかった。だから今、“役に立てるなら立ちたい”って思っているのに、それの何が悪いの?

そりゃ、もしかしたら蕾だったら役に立たないかもしれないよ?でも、役に立たないって決まってるわけじゃない。

リラにはわからないんだよ、弱い人の気持ちが。小さな小さなチカラで、それでもなんとか何かの役に立ちたいって願う人の気持が!」


リズは唇を噛んで言った。


「わたしは、ベルのところに行く。今までありがとう。さようなら。」


リズが踵をかえし、歩いて行くのを、リラは呆然とした様子で見ているしかできなかった。

アルが慌てた様子でリズについていく。


「…アイスクリームは食べ損ねたね。」

それまでの流れを黙って聞いていたミミが呑気に言った。

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