第20話 クリスタル・ジャム

誰もいないはずの場所を見ておばあさんが喋るので、リズとミミは驚いて後ろを振り返った。


しかしそこには誰もいなかった。


アリシアはその様子を微笑ましく見ながら言った。

「昨日、あなたたちが時計を見つけからずっとこんな感じなの。これまでは“あの人はどこ”“あの人を返して”“あなたたちは誰?あなたたちがあの人をんでしょう?”ってわたしたちを睨んだり泣いたりで大変だったんだけど、時計が見つかってからはとっても懐かしそうに“あの人”とのおしゃべりを愉しんでる。」

アリシアは嬉しそうに言った。

「顔忘れられちゃうし、勝手に悪者になっちゃってるし、時計がないって騒いでからは余計に酷くてどうしようかと思ったけど、やっぱりおばあちゃんのこと、大好きだから、笑っててくれると嬉しいよ。」


例えおかしな行動だったとしても、わたしはおばあちゃんに笑顔でいてほしいから、何も指摘はしてないの。

だからあなたたちも、そっとしておいてあげて。

とアリシアは言い残し、部屋を出て行った。


「それでね、わたしが“もう、わかんない、お手上げ!”って言ったら、彼ったら机の引き出しの中から出てきたのよ?そんな場所にいるなんて、わかりっこないじゃない。それから、“かくれんぼをする時は魔法は禁止”ってルールにしたの。」

アリシアが話をして部屋を出るまでの間にも、おばあさんはひとりで喋り続けていた。


「おばあさんと旦那さんは小さい頃から仲良しだったんですか?」

リズは訊いた。

「ええ、そうよ。お家が近所だったから、毎日2人で遊んだわ。」

おばあさんは懐かしそうに言った。

「そうだ、秘密基地!今はどうなってるかしらね、随分時間が経ってしまったからもうきっとボロボロね。今度2人で見に行きましょうよ。」

おばあさんは誰もいない空間に向かって言った。

「“大人になったらまた一緒に開けに行こう”って言って埋めた宝物の箱、まだ開けてないもの。何度も掘りに行こうって言ったのにあなたったら“まだ大人じゃない”なんて堅いこと言って、それで結局…結局………。」

そこまで言っておばあさんはフリーズしたように一瞬固まり、


そして何事もなかったように続けた。

「あら、ごめんなさい、わたしったらついつい喋り続けてしまって…。」

あなたたちに聞いてもらえると楽しくて喋り続けてしまうわね、とおばあさんは微笑んだ。

「いえいえ、わたしもおばあさんのお話が聞けて嬉しいです。」

リズは笑顔で言った。

一瞬泣いているのではと思ったが、見間違いのようだ。

「そう言ってもらえてわたしも嬉しいわ…聞いてくれてありがとう。」

おばあさんは嬉しそうに言った。


しばらくおばあさんの昔話を聞いていた。

どれもが“あの人”との楽しい思い出ばかりで、ミミは聞いていてとても幸せな気持ちになった。


ひとしきり思い出を話したあと、おばあさんは幸せそうに「ふぅ」と息をついて、言った。


「『クリスタル・ジャム』ってお話、知ってる?『瓶詰の宝物』って呼んでる地域もあるそうだけど。」


3人は誰も聞いたことがなかったので、代表してリズが「どんなお話なんですか?」と訊いた。

「魔法使いの女の子と、お人形のお話よ。トリシアのお気に入りのお話でね、あの子が小さいころに何度も聞かせたわ。」

話すのは久しぶりだわ、とおばあさんは言って、子どもに語り聞かせるような優しい声で、『クリスタル・ジャム』の物語を語った。



あるところに、

ひとりぼっちの魔法使いの女の子がいました。

おとうさんおかあさんはいません。

お友だちもいません。


ある日、

夜に空を眺めていたら、

きらりとひとつの星が流れました。


星の落ちた場所へ行ってみると、

可愛らしい人形が座っていました。


女の子は人形にいのちの魔法をかけました。


人形は、女の子に話しかけました。

女の子も、人形に話しかけました。

そうして2人は、友だちになりました。


ある日、女の子はどうしようもない病気になりました。


人形は毎晩空を見上げて星が流れるのを待ちました。


しかし、星は流れてくれませんでした。

人形の祈りは届きませんでした。


最後の日、

女の子は人形に、プレゼントを贈りました。


ガラスの瓶に詰まった、キラキラとした宝石のような飴玉です。


自分がいなくなって、

人形がひとりぼっちになっても、

悲しくならないように。


人形はその飴玉を食べると、

女の子との楽しい思い出をひとつずつ、

昨日のことのように思い出すことができました。


人形は今でも飴玉のいっぱい詰まった瓶を抱えて、

どこかで元気に生きているそうです。


「人は誰だって、空っぽの瓶をもって生まれてくるのよ。そして、いろいろな人に出会って、飴玉をもらって、瓶に詰めて生きていくの。

わたしにとって彼はね、空っぽの瓶の中にたくさんの飴玉を詰めてくれた、とっても大切な人。彼からもらったたくさんの飴玉が、彼がいなくなったあともわたしを支えてくれた。

たとえ会えなくても…もう二度と…触ることができなくても……声を聞くことすらできなくても………」

おばあさんは閉じた瞼から涙を流しながら、手に握った時計を胸に押し当てた。

「わたしは、最後まで、生きることができた。」

おばあさんはまた誰もいない空間に向かっていった。

「ありがとう。愛してるわ、あなた…。」


「…おばあさん…?」

リズはおばあさんの様子がおかしいことに気がついて椅子から立ち上がった。

おばあさんは時計ごと胸を押さえて、痛みに耐えるようにじっとしていた。

「どうしたの?痛いの…?」

リズはおばあさんの側に行っておばあさんの背中をさすった。

「あらあら、ありがとう…不思議ね、あなたがさすってくれると楽になったわ。」

おばあさんはリズに微笑みかけた。

おばあさんの表情は言葉通り、少し楽になっているように見えた。

ミミは、リズには癒しのチカラがあることを思い出した。


「ミミ。」

リラはおばあさんを見たまま言った。

「リズが無理をしそうになったら、止めてほしい。」

「え…?」


「おばあさんどうしたの…?」

おばあさんは再び時計を胸に押し当てて苦しそうにしていた。

リズが背中をさすると、おばあさんは楽になったようだが、すぐにまた痛そうにし始めた。


「あなたは、リズちゃんって言うのよね。」

おばあさんは横にいるリズの膝に手を置いて言った。

「時計をなくした時、“彼”のことも一緒になくしてしまったようで、とても苦しかった。もう会えないって、心のどこかではちゃんとわかっていたのね。

でも最後に、こうしてまた“彼”に会うことができた。

あなたのおかげよ。」

おばあさんは掠れるような声になりながら言った。

「彼を連れてきてくれて、ありがとう。」


そう言っておばあさんは、苦しそうにうずくまった。


「おばあさん…?おばあさん…!?」

リズは必死でおばあさんの背をさすった。

しかしおばあさんは苦しそうにするだけだった。

「いや…いやだ…。ミミ、トリシアさんとアリシアさんを呼んで!」

ミミは「わかった」と言って部屋から出ようとしたが、

リラはミミの腕をつかんで言った。

「だめだよ。間に合わない。」



「おばあさん?おばあさん!」

“あの子”の大切な人が、今、目の前で亡くなろうとしている。


「おばあさん、わたし、あなたと“彼”のこと、知ってるよ!」

リズはおばあさんを必死でさすりながら言った。


「小さな頃から、知ってるよ!」


記憶が蘇る。

2人の子どもの会話。

そして、優しい土の感触。


“えー、それ、本当に埋めちゃうの?プレゼントなら今くれたら良いのに!”

“ううん、ダメだよ。これは大人じゃないと開けられない魔法の箱なんだ”

いたずらっぽい男の子の声。

“大人になったら、一緒に見に来ようね”

“えーほんとに?約束だよ?”

“うん、約束する。きっととっても喜ぶよ”


「わたしが、早く咲かなかったから、間に合わなかったんでしょう?」

リズは掠れた声で言った。

「わたしが早く咲いていたら…伝えられたのに…ごめんなさい…」

リズは泣きながら言った。

「ねえ、プロポーズが素敵じゃないって言って、やり直しさせたんでしょう?

知ってるよ、わたし。

だって何回も練習してたんだよ、“あの子”。

“好きだ”って。

“俺と一緒に時を歩んでほしい”って、

『これならOK出るかな』って…。

他にも候補があったんだよ、

素敵な言葉、いっぱい言ってたよ…。たくさん、伝えたかったことがあるんだよ…。

わたしに時間をちょうだい…“あの子”が伝えられなかったこと、代わりに伝えさせて…」

リズは絞り出すように言った。


「わたし、まだ咲いてないよ…あの子のプレゼント、まだ渡せてない…伝えられなかったこと、伝えられていない…だからもう少し待って…お願い…!!」


リズの身体がぼんやりと光り始めた。


リラがミミに向かって言った。


「もう、限界だ。これ以上やるとリズは暴走したチカラに飲み込まれてしまう。」


魔法使いは、自分の身体に見合わない量の魔力を使うと、その魔力が身体の組織に影響を及ぼし、“魔物”となってしまう。


ミミは、「リズが魔物になったら、きっととても美しいだろうな」とぼんやり思った。


「ミミ、お願い、リズを止めて。」

リラは言った。

「彼女の想い人は、すぐそこに迎えに来てくれてる。彼女を彼の元に還らせてあげて。」


ミミはリズの頭の中に、イメージを流した。

おばあさんから読みとった、2人の子どもが遊んでいるイメージを。

そして大人になった2人が、お腹の中の子どもに話しかけているイメージを。


リズは「あ…ああ、だめ…どうして…!」と頭を振ったが、ぼんやりと光っていた身体は輝くのをやめて、再び光ることはなかった。


最後におばあさんは、

「あなた…トリシアの顔を見てあげてね。わたしと似て、美人に育ったわよ…。」

と嬉しそうに言って、息を引き取った。

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