第19話 懐古

「『うさぎのミミちゃん』?」

リズは何やら調理が施されたパンをフォークで食べながら訊いた。

「うん、私の母さんが、私たちがまだ子どもだった時によく読んでくれた絵本なんだ。」

リラは言った。

「“ミミ”って、ミミと名前が一緒だね?」

「そうなんだよね、すごい偶然。」

リラは皿のパンをフォークでちぎって口に入れながら言った。

「…美味しい!!!」

リラが目を丸くしながら言うと、リズとトリシアが顔を見合わせてクスクスと笑った。

「リズちゃんの作っているのは少しだけ惜しかったのよ。蜂蜜ミルクにパンを入れるだけじゃなくて、卵も一緒に入れて、さらにフライパンで焼いたらこんな感じでとても美味しくなるわ。」

ミミもナイフでカチャカチャと皿のパンを切って、口に入れた。

普段反応が薄めのミミが「すごい、美味しい」と本心で言ったので、リズは大満足だった。


「ところで、『うさぎのミミちゃん』ってどんなお話なの?」

リズが訊いた。

「簡単に言うと、うさぎのミミちゃんがモグラの家族になる話だよ。

子うさぎのミミは、穴に落っこちてひとりぼっちになるんだ。

真っ暗な中で泣いていたら、モグラの家族が“お家においで”って言ってくれて、ミミはそこで暮らすの。

でもね、ミミはうさぎだから、身体が大きくなったらモグラの家には住めなくなっちゃって、

最後は穴からぴょんって飛び出て、モグラの家族とお別れするの。」

リラは懐かしそうに言った。

「真っ暗な穴の中の話だから、ミミはモグラの家族をいないんだ。でもいるから、絵本はミミが聞いた“音”を表現した絵になるんだけど、

穴に落っこちた時は真っ暗なのにだんだんと綺麗な色や楽しい風景に変わっていって、最後に穴からぴょんって出て外を見るシーンの絵は本当に綺麗で、感動するんだ…。」

「素敵なお話だね…。」

リズは言った。

「リラのお母さんは絵本が好きなの?」

「絵本も好きだし、絵のない本も好きだったよ。」

リラは少し寂しそうに言った。


朝食を食べ終わり、皿を洗っているときにリズは隣で食器を拭いているアリシアに訊いた。

「おばあさんは、まだ起きてこないんですか?」

「そういえば、遅いわね、起きるの。」

アリシアは不安げに言った。

「そうね…。」

トリシアもテーブルを拭いている手を止めて、少し不安そうに言った。

「悪いけどアリシア、様子を見てきてくれる?」

アリシアは「わかった」と返事をして2階に上がって行った。


しばらくするとアリシアが戻ってきた。

「おばあちゃん、何だか今日はすごく機嫌が良かったよ。」

アリシアは嬉しそうに言った。

「ご飯はお部屋で食べたいって言ってた。」

「あら。じゃあ、もって行ってくれる?」

トリシアは盆の上に調理済みのパンの皿とフォーク、ナイフを置いて言った。


「…あの…わたしも一緒に行ってもいいですか…?」

リズはおずおずと言った。

「おばあさんと…お話がしたくて…。」


トリシアは少し驚いた様子だったが、すぐに笑顔になって、「おばあちゃん、喜ぶわ。あなたたちにすごく感謝をしていたもの。ぜひお話してあげてちょうだい」と言った。


「…私も行く。」


リラが言ったのでミミは驚いた。

リラが人間に関心を示すのは珍しかった。


「ミミも来て。」

リラの真剣な目を見て、ミミは「うん」としか言えなかった。



少しだけ狭くて急な階段を、アリシアの後に続いて登った。


おばあさんの部屋の前に立つと、リズは改めて緊張した。胸がドキドキした。


「おばあちゃん、ご飯もってきたよ。」

アリシアがそう言いながらドアを開けると、温かい空気がふわっと部屋から漏れてきた。

「ありがとう、アリシア。」

おばあさんはベッドの上に座って微笑んでいた。手には花の模様の懐中時計が握られていた。

おばあさんはリズ、ミミ、リラを見てさらに深く微笑んだ。

「あらあら、来てくれたの?ありがとう。あなたたちに直接お礼が言いたいって思っていたのよ。」

おばあさんはゆっくりと、部屋に置いてある椅子を指差した。

「そこにお座り…ああ、でも椅子が足りないわね…」

「大丈夫ですよ、わたしが持ってきます。食卓の椅子を使ってもいいですか?」

ミミが訊くとアリシアは、

「えぇ、いいけれど、2つひとりで運ぶのは大変でしょう?わたしも手伝うわ。」

ミミは首を傾げた。

「2つ?」

部屋の中には椅子は1つしかなかった。リズ、ミミ、リラ、アリシアの分を考えると椅子はあと3つ必要だ。

アリシアは手を振って言った。

「この部屋にこの人数は少し狭いもの。わたしはお母さんの手伝いをしなくちゃだし、4人で楽しくおしゃべりしてて。」

ミミは「わかりました」と言って目を瞑り、食卓にあった椅子をおばあさんの部屋の中に移動させた。

それを見てアリシアは驚いた顔をした。

「あら!あなた、魔法使いだったのね!」

ミミは笑顔で、「はい」と言った。


おばあさんはミミの魔法を見て目を見開き、そして笑顔になった。

「“あの人”のことを思い出すわ。」

アリシアは「おじいちゃんのことね。おばあちゃんの旦那さん」とミミたちに補足した。

「昔はね、みんな自由に魔法を使っていたわ。それなのに彼ったら、時計を作る時には意地でも魔法を使わなかったの。彼なりのこだわりだったんでしょうね。その一方で、いたずらをする時には簡単に魔法を使うのよ?全く、子どもみたいな人だったわ…ね??」

おばあさんは誰もいない場所を見ながら懐かしそうに言った。

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