第18話 基点

「ねえ、ベル、何してたの?つまらなかったんだけど。」

少年は不機嫌な様子で言った。

「ああ、すまん、薬の調合をしてたんだ。」

「薬?…で、上手くいったの?」

ベルは首を振った。

「いや、ダメだった。やっぱり原材料のサンプルがほしいな…。」

「原材料?」

「ああ、夜光花の毒が主成分ってことはわかるんだが、肝心の夜光花の毒の解毒方法がわからない。生の夜光花は貴重だから、研究もあまり進んでない。せめて現物が手に入れば何か手がかりが掴めるかもしれないが、アテがない。」

これはお手上げかなーと、伸びをしながらベルは言った。

「夜光花の毒を使うってんだから、どこかに夜光花畑があるはずなんだが…どこなんだろうなあ…。」

ベルは言いながらチラリと少年の反応を見た。

「…ボクが花畑の場所を知ってるかもとか思ってるんでしょ?知らないよ。知ってても教えないし。」

「なんで?」

少年は意地悪くニヤニヤ笑いながら言った。

「教えないほうが面白いから。」

「面白い?何が?」

「ボクは人間が大好きだから、人間が“人間らしく”してるのが見たいんだ。

夜光花の毒ってそういう効果なんでしょう?花畑の場所を教えてベルにぜーんぶ焼かれちゃったら、人間の“人間らしい”姿が見れなくなっちゃうじゃない。」

ベルはため息をついた。

「ほんとお前、悪趣味だよな…。」

だから“夜光花を何とかしろ”って言ったのを頭から無視していたのか、とベルは思い至った。

「…あれ?そういえば、お前のテキトーなトンチのせいで姿を変えられてしまった夜光花は、今はどうしてるんだ?」

少年は「え…?」と眉をひそめてベルを見た。

少年は再度、ベルを見て「…ん?」と言った。そして、腕組みしながら宙を見た。

「…あ、なるほど…ベルは知らないのか…。」

「何のことだ?」

「リズ。」

「は?」

「ベルが“リズちゃん”って呼んでた女の子。あれがそれだよ。」

「……は?」

ベルは「冗談だろ?」という表情で少年を見たが、どうにも本当らしい少年の様子を見てため息をついた。

「そっか、リズちゃんが…。」

ベルは俯いてしばらく考えていたがハッとして少年を見た。

「時間は…?」

「え?…今は21時だね。“男”との約束はすっぽかしてもよかったの?」

「いやそうじゃなくて、は…?」

「ああ、そのことか。」

少年は頷いた。

「身体の時間のこと言ってるんでしょ?もちろん止めてるよ。じゃないととっくに花になって散ってるって。」

少年は安心した様子のベルを見てケタケタ笑いながら言った。

「せっかくここまでしてやってるのに、ボクがあの花の一番美しい姿を見逃すはずがないでしょ。それが楽しみでやってるんだから。」

「…どういうことだ?」

ベルは少年の言葉のニュアンスに絶妙に不穏な空気を感じて訊き返した。

少年はニヤニヤと笑ったまま答えなかった。


「あ、それからさ、アルの心配事って何だったの?」

少年はニヤニヤの余韻を残した顔で訊いた。

「ああ、それか…別にお前に知られたくないって感じじゃなかったから言うが、“魔物”になるんじゃないかって内容だった。」

それを聞いて少年はまた愉快そうにケタケタ笑った。

「やっぱ人間っていいなあ、魔物になりたくなけりゃならなければいいのに!」

「そうもいかないことがあるのが人間なんだよ。」

そう言ってベルは、12月25日に使われる予定の毒の入ったガラスの小瓶を取り出し、光にかざしながらギコギコと椅子を漕いだ。



眠っているミミとリラの顔を見ながら、リズはひとり寝付けずにいた。


初めて、“夜光花”を見た。

結晶化した姿だったが、美しい花だった。


リズは、トリシアから聞いた夜光花の話を思い出していた。


夜光花は、花を咲かせるまでに何十年も時間がかかる植物らしい。それなのに、花はたったひと晩咲いたのち、翌朝には散って、枯れてしまうらしい。

柔らかく光を放って咲くのだが、

その光の色は個体によって異なり、咲くまではどんな色に輝く花になるかはわからないという。


魔法使いたちが魔力を花に注げば、花はその姿のまま結晶化する。

その美しい結晶を恋人に贈るのが、魔法使いたちの間での風習だったのだそうだ。


花言葉は…。


リズは“あの子”の最後の言葉を思い出した。


「守りたい人ができたんだ。だから、僕はいかないと。」

「怖くはないよ。彼女たちの笑顔を守れるなら。怖くは…ないんだ。」


リズは胸が苦しくて仕方なくなり、枕に顔を押し付けて泣いた。



翌朝目が覚めると、リズが窓辺に立って外を眺めていた。

ミミが起き上がるとリズは気がついて、「おはよう!」と声をかけてきた。

「リズ…起きるの早いね…。」

時計を見ると、まだ朝の6時だった。

日も上がっていなくて部屋も暗い。

「うん、なんか、目が覚めちゃって…。」

リズは笑った。

ミミは「うーん…」と伸びをした。

「リラはまだ起きそうにないね。」

リズはリラの寝顔を見ながら言った。

「うん、リラは明るくならないと起きないから…。」

ミミはそう言いながらリラの顔を覗き込んだ。

「相変わらず歯軋りが酷いな…。」


「…さて…わたしは暇だし散歩してこようかなと思うけど、リズは来る?」

ミミがそう言うとリズは首を横に振った。

「いや、わたしはいいや…ここでリラを見てる。」

とリズは笑った。

「そっか、じゃあまた。」

ミミは隣に眠っているリラを起こさないようにゆっくりベッドから降りて、上着を手にとった。

するとリラの腹のあたりからメトが素早く這い出てきて、ミミの背中にぴょんと飛びついて、肩の上まで登ってきた。

「あれ?メトおはよう。メトも来るの?」

「おはよう!ぼくも外に行きたい!」

メトは尻尾を振って答えた。

「じゃあ、行こっか。」

ミミはメトと一緒に、家の外にテレポートした。



日が登ってしばらくした頃に、良い匂いがしてきてリラは目覚めた。

「ううー…おはよー…。」

リラはあくびをしながら言った。

「おはよう。今日はよく眠れた?」

ミミが椅子に座っていた。

リラは寝ている間についた眉間のシワを摩りながら言った。

「んー…いつも通り。」

「おはよう、リラ!」

メトが布団の上で尻尾を振っていた。

「おはよう、メト。」

リラはメトの背中を人差し指で撫でた。

「…どうしたのミミ?」

リラはふと、メトを見るミミの目が気になって言った。

「え…?いや、何でもないけど…。」

ミミにしてはハッキリとしない物言いだったが、リラは「気のせいかな?」と軽く流した。

「あれ?リズは?」

「トリシアさんと一緒に朝ごはんの用意をしてくるって。」

「ふーん…。」

すると一階からリズの声がしてきた。

「ミミー!リラー!ご飯、できたよー!」

ミミとリラは顔を見合わせた。

「…何だか、『うさぎのミミちゃん』に出てくる“家族”みたいだね。」

ミミは言った。

「私も、思った。」

リラも、嬉しそうに答えた。

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