第17話 人間のともだち
「ねえ、ベルー。」
派手な少年は読み終わった本を枕元にポイと投げて言った。
「そろそろ僕の出番ってないの?」
ベルは、何やら真剣な表情でガラスの器の中に入った液体を見つめている。昼ごろに起きてからずっとだ。
少年は時計を見た。もう19時になる。
「ねえ、もう夜になっちゃうよ?“男”のところに行かなくていいの?」
そう言ってもベルは無言のまま、微動だにせずに液体を見つめている。
少年はベルが自分の問いかけに全く無視をするのでつまらない気持ちになり、ベッドから飛び降りて部屋を出た。
部屋を出たはいいが、やることはない。
「つまんないつまんないつまんない…」
少年はぶつくさ言いながら廊下を歩いた。
そのうち歩調に合わせて「つっまんないー」と小さく呟きながらどこに行くでもなく歩いていると、廊下の向こうから人が歩いてきた。
少年はパッとドングリに姿を変えて廊下の端に転がった。
歩いてきたのはアルだった。
顔を強張らせて緊張している様子だ。
アルが自分を通り過ぎて行ったので、少年は今度は蝶に姿を変えてフヨフヨとアルの後ろをついて行った。
ベルの部屋の前についたアルは、扉を叩こうか叩くまいか迷っている様子で、手を出したり引っ込めたりしていたが、意を決したようでついに控えめにコンッコンッと扉を叩いた。
しかし応答がなかったので、アルはシュンとした様子で来た道を戻ろうとした。
「ベルは中にいるよ。」
少年は姿を現してアルの前に立って言った。
アルは「うわあ!」と言って驚き、咄嗟に後退りをした結果ベルの部屋の扉のドアノブに背中をぶつけて悶絶した。
少年はその様子を見てケタケタ笑いながら、
「どうせ入ったって気づきやしないんだから、入ったらいいよ。」
と言ってベルの部屋の扉を開けた。
アルは慌てた様子で「ダメだよそんなことしちゃ…!!」と小声で少年を注意した。
少年は「なんで?」と言った後、答えも聞かずにスタスタと部屋に入っていって、そのままベッドに座ってしまった。
アルはどうしたものかオロオロしながら開けっぱなしの扉から見える範囲で部屋の様子をキョロキョロと伺いつつ、小さな声で「失礼します…」と言って恐る恐る扉をくぐった。
部屋の扉をゆっくり閉めて、少年が座っているベッドまで歩いてアルは少年に訊いた。
「ベルに話があるんだけど…」
「今話しかけても無駄だよ。しゅーちゅーモードだから。」
「しゅーちゅー……ベルは今どこに…?」
少年は「ん」と言って扉の方を指差した。
「…!!」
扉を開けた状態では見にくい位置にデスクがあり、そこにベルが座っていた。
「…あ、あの!!すみません勝手に入ってきてしまって…。」
アルは割とはっきりとした声で謝罪をしたが、ベルは全く反応をしなかった。
「でしょ?聞こえてないんだよ。話しかけても無駄だよ。」
少年は肩をすくめて言った。
アルは「ほんとだね…」と言って改めて少年の方を見た。
「あ…あれ…?」
アルは少年の顔をまじまじと見て眉をひそめた。
「きみ…会ったことある…?」
少年はムッした様子で答えた。
「…ボクはキミより年上なんだけど。“きみ”だなんて、失礼だよ。」
「あ、ごめんなさい…」
アルは咄嗟に謝った後、チラチラと少年を見て言った。
「…あなたは僕と会ったことがありますか?」
少年は「うんうん」と満足気に頷いた後答えた。
「うん、あるよ。兄さんはブサイクにならずに済んだかい?」
「…あ!あの時の…!!」
アルはハッとして言った。
「あの時はどうもありがとう。きみのおかげで僕たちここに来られて…ほんとにありがとう…」
「…だからさあ…」
少年はムッとまた頬を膨らませて言った。
「ボクは、キミより、年上なの。“きみ”じゃないの。」
「あ、ごめんなさい…。」
アルはまた謝った。が、再度少年を見て言った。
「…ほんとに年上なの?」
少年はアルより身長が低い。
「もちろん。年上だよ。」
「どれくらい年上なの?」
「1億年くらい。」
「いちおく…?」
アルの聞いたことのない数字だった。
「知らないならいいよ。とにかく、すっごい年上だってこと。ちゃんとしてよね。」
アルはクスクスと笑いながら「わかった」と言った。
「それじゃあ、『あなた』じゃ呼びにくいから、名前を教えてくれませんか?僕はアルって言います。」
アルは訊いた。少年は「そこ座ったら?」と近くの椅子を指差しながら言った。
「名前ねえ。キミごときに教えたくないなあ。」
「どういうこと?」
アルは「ありがとう」と言って椅子に座りながら訊いた。
「名前って大事なんだよ。キミみたいに、誰でも彼でもお構いなしに簡単に教えちゃう神経がわからないね。」
「ふーん、そうなんだ…。」
アルはあまり理解していない様子で言った。
「じゃあ、あなたのことを呼ぶには『あなた』って呼んだらいいの?」
「そういうことだね。」
「じゃあつまり、あなたの名前は『あなた』ってことでいいの?」
「…どういうこと?」
少年は眉をひそめて言った。
「だってそうでしょう?兄さんは僕のことを『アル』って呼ぶ。リズも、ミミやリラも、僕のことを『アル』って呼ぶ。だから僕は『アル』だ。だから僕はあなたに“僕の名前は『アル』だから『アル』って呼んでね”と言った。
そして僕は、あなたのことを『あなた』と呼ぶように言われた。“きみ”でも“おまえ”でもなく、『あなた』って。
僕がいつでも毎回あなたのことを『あなた』と呼ぶのであれば、僕にとってはあなたの名前は『あなた』ってことになるけど、それでいいの?」
少年はそこまで言われて「んー…」と唸った。
「確かに、そうなるのかもしれない。
名前を教えるのも嫌だけど、キミごときに『あなた』なんてテキトーな名前をつけられるのもイヤだなあ…。」
少年は腕組みをして再度「んー…」と唸った。そして「わかった!」とポンと手を叩いた。
「ボクの名前はボクがつけたらいいんだ。なんだ、簡単なことじゃないか。」
「それで解決するの?」
「うん、解決する。何にしようかなー…。」
少年は後ろに倒れてベッドに仰向けになり、足をパタパタさせながら言った。
しばらく少年は考えていたが思いつかない様子で、だんだんイライラとしてきているように見えたので、アルは口を挟んだ。
「好きなモノとか、将来の夢とか願いとか、そんなのを名前にしたりするよね。」
「好きなモノ…願い…。」
少年はつぶやいた。
「…ジャム。」
「ジャム?」
「…うん、『ジャム』がいい。『ジャム』にする。」
「…いい名前だね。じゃあ、よろしく、ジャム。」
アルは微笑んで手を出してきた。
少年はその手をペイッと叩いて、
「ふん。本当の名前は“一生”教えてやらないから。」
と言った。
「『ジャム』か、俺もお前のことそう呼んでもいいか?」
いつのまにかベルがこちらを見てニヤニヤと笑っていた。
少年は少し頬をピンクにして不機嫌そうに言った。
「ベルはダメだよ。キミはボクの名前を知ってるはずだよ、ちゃんと思い出してよ。」
そう言われたベルは肩をすくめて、
「そうらしいが、身に覚えがなくてな?」
とアルに微笑んだ。
「ま、何にしても、お前に同世代の友だちが出来てよかったよ。」
「“同世代”じゃないぞ、ボクの方が年上だ。」
「ああ、そうか、失礼失礼。」
ベルはあまり申し訳なくなさそうな様子で言った。
「ところで…」
ベルはアルを見て言った。
「何か俺に用だったか?」
アルはハッして背筋を伸ばし、ベルを見た。
そしてチラチラと少年の方を見た。
「…よし、待ってな。」
ベルは改めてアルの瞳をじっと見た。
「…大丈夫だ。お前の心配していることは簡単には起きない。」
ベルは言った。
「ただ、魔力をもっている限り、一生ついて回る問題だ。甘く考えることはできない。が、その心配ができてるうちは大丈夫だ。」
ベルは真剣な顔をして続けた。
「もし一度そうなってしまったら、さすがの俺にも元には戻せない。もしもそうなりそうだったり、“そうなっても構わない”と思う時が来てしまったら、すぐに俺のところへ来い。俺が止めてやる。」
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