第15話 花の時計
イミルラには次の日の夕方に到着した。
磁針は輝きを増してガタガタと震えていた。
“出会うべき人”がイミルラにいるのは間違いなさそうだった。
イミルラはとても栄えた街だった。
地面は綺麗な平らで、広間には水が噴き出すオブジェがあった。その側には可愛い花壇もある。
夕方ということもあり人通りは多くはなかったが広間には数人の人々が行き交っていた。
その中でひとりポツンと花壇の横に置いてあるイスに座っている人物のことが、ミミは気になった。
「あの人の気がする。」
ミミはその人物を指差して言った。
「じゃあ、声かけてみよっか!」
リラはスタスタとその人物に近づいていった。
ミミとリズもその後を追った。
「あの…何かありましたか?…お家に帰らないの?」
リラが話しかけているのは、ひとりの老婆だった。
磁針は役目を果たした様子で大人しくなった。
老婆の顔を見たミミとリズは驚いた。
涙でぐしゃぐしゃだった。
「おばあさん、どうしたの?」
リズは眉をハの字にしながらおばあさんに話しかけた。
「なくなって…しまって…」
おばあさんはしゃくりあげながら言った。
「大事な…大事なものなの…」
そう言っておばあさんは子どものように声をあげて泣いた。
3人はオロオロとしながら、各々「大丈夫ですよ」「一緒に探すから…」「きっと見つかるよ!」と声をかけておばあさんを宥めた。
それでも全く泣き止む様子がなくて、3人は途方に暮れていた。
すると遠くから「すみません!ありがとうございます!!」と声が聞こえてきて、ひとりの女性が駆け寄ってきた。
3人は女性のためにおばあさんの前から離れた。女性は「すみません、ありがとうございます。」と頭を下げておばあさんの前にしゃがみ、おばあさんの手を握った。
「おばあちゃん、大丈夫?お家に帰ろう…。」
女性はおばあさんの手を取っておばあさんを立ち上がらせようとした。
しかしおばあさんは「いや…まだ…みつかっていない…」と首を振ってそれを拒んだ。
「あの…!」
リズが女性に声をかけた。
「わたしたち、一緒に探します。だから…」
「…時計…ですか?花の模様の…きれいな懐中時計。」
ミミは唐突にそう言った。
すると女性はハッとしてミミを見た。
「そうです…!わたしはその時計、見たことがないんですけど、おばあちゃん、よくその時計のことを話してくれてたんです。とてもきれいな花が描かれた、大切な時計だったって…でも何年も前に失くしたって…それなのに急に昨日”時計がない”って泣きだしちゃって、何が何やら…。」
女性は困ったように言った。
「花の模様の…時計…?」
リズは首をかしげながら「ちょっと待ってください!」と言って鞄の中を探った。
「もしかして、こんな感じですか…?」
リズが取り出したのは、美しい花の模様が彫金された、小さな懐中時計だった。金属の部分が経年で少し黒ずんでいるが、キラキラと輝いていてよく手入れがされている様子だ。
リズの手のひらに乗っている時計を見て、おばあさんは目を見開いて、泣くのをやめた。
「あ…あ…わたしの…時計…ここに…いたのね…。」
おばあさんは涙を流したまま震える手をリズの手へ伸ばした。
リズはおばあさんに近づいて、おばあさんが時計をとれるようにした。
「ありがとう…本当に…ありがとう…。」
おばあさんは時計ごとリズの手を両手で握って礼を言った。
*
時計を届けてくれたお礼がしたいと、おばあさんと女性は街のはずれにある自宅へとミミたちを招待してくれた。
「お母さん、ただいま!」
アリシアと名乗った女性は家の扉を開けて声をかけた。
「少しここで待っていてくれますか?母にお話してくるから。」
さ、おばあちゃん、行こう。とアリシアはおばあさんの手を引いて家の中へ入って言った。
「どうしてあの時計をもっていたの?」
リラは不思議そうにリズに尋ねた。
「ママのところにいた派手な子にもらったの。」
「派手な子?」
「リラとミミは会ってない?わたしたちより幼い感じの、かなり派手な格好をした子。」
「男の子?女の子?」
「うーん…多分男の子だと思う。」
顔はわたしも見ていないんだよね、とリズは言った。
ミミとリラはそれぞれ「わたしは見てない」「う~ん、誰だろう…」と答えた。
「すっごく運がよかったなあ、あの子に時計をもらっててよかった!」
リズは無邪気に喜んでいたが、ミミとリラは各々、眉間にしわを寄せて考えこんでいた。
「すみません、おまたせしました。どうぞ…!」
アリシアが玄関を開けてミミたちを呼んだ。
ミミとリズは「ありがとうございます、お邪魔します。」と言って玄関をくぐった。
「ほら、リラも!」
リラはボーっと何やら考え事をしている様子だったが、リズに呼びかけられて「あ、うん!」と言って玄関をくぐった。
玄関をくぐるとフワッと食欲をそそる香りがした。嗅いだことのない香りだが、とても美味しそうな匂いだ。いろいろな木の実を煙で燻して混ぜ合わせて、お肉と一緒に炒めたような…そこに、バターのようなコックリした香りも混じっている。果実のよな香りも混じっている気がする。
とにかく嗅いだことのない匂いだったが、本能に訴えかけてくるような香りだった。
ミミはふと好奇心でリラとリズの反応を横目で見た。
天界出身のリラは、考え事をやめて目をぱちくりさせていた。メトもリラのポケットから顔を出して鼻をひくひくさせている。ふたりの顔があまりにも似ている様子で、少し面白かった。
元植物のリズは、食べ物の香りよりも棚に置かれた装飾の方が気になるようだった。
ミミはリズの視線の先をたどった。玄関の花瓶には、透明の氷のような結晶でできた花が飾られていた。
「この花…」
ミミが同じものを見ているのに気付いたリズがミミに話しかけた。
「…あ…。」
ミミも気が付いた。リズが持っていたおばあさんの時計に描かれていた花と同じものに見える。
「…きれいだね…。」
リズは言った。
「うん…きれいだね…。」
「ここで靴を脱いでくださいね。」
と言われて、「靴を脱いだら逃げたいときに逃げられないよ!」とこそこそと耳打ちしてくるリラを「大丈夫、大丈夫だから」となだめていると、奥から優しそうな顔をした女性が出てきた。
「この度は母の時計を見つけてくださって本当にありがとうございました。」
女性は頭を下げた。
「お部屋も空いているので、ぜひ今夜はここに泊まっていってください。まずは一緒にご飯を食べましょう!」
アリシアも「ぜひお願いします!」とミミたちに微笑みかけた。
いつもならあまり人間と関わりたがらないリラも、未知の料理への好奇心に勝てなかったか、「まあ、今夜だけなら…」とつぶやいた。
リズも「ぜひご厚意に甘えたい」という顔をしている。
ミミは、「よろしくお願いします。」と頭を下げて、靴を脱いだ。
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