第14話 リラ
初日の日が傾きかけた頃、大きな木の下にテントを貼りながらリズは訊いた。
「ねえねえ、ベルが言ってた“あいすくりーむ”って何??」
リラは「あれ?リズには言ってなかったっけ!」と目をキラキラとさせながら言った。
「人間の食べ物だよ!冷たくて、甘いんだって!!」
「甘くて冷たい…お水みたいな感じかなあ?」
「どうだろう…冬に外に置いておいたミルクみたいな感じじゃない…?」
「それに蜂蜜が入ってたりして…」
「もしかしてヒメリンゴが入ってたりして…!」
リズとリラは「三人で一緒に食べようね!」「わあい楽しみだー!!」とはしゃいだ。
ミミはその様子を見ながら「ほら、わたし任せにしてないで二人も手伝って!」と笑った。
早めに作業にかかったつもりだったが、テントを貼り終わる頃にはちょうど良いくらいの夕焼けになっていた。
人数は増えたはずなのに作業はいつもより少しだけ時間がかかってしまったのが謎だったが、ミミは何となく、「テントを張るの、少しだけ楽しかったな」と思った。
*
「わたし、ご飯作るから二人は中で休んでて。」
ミミは鞄の中をゴソゴソとしながら言った。
「え、いいの?わたしも手伝うよ!」とリズは言ったが、「いいから二人でお話でもしときな」とミミに押し切られてしまった。
「いいんだよ、当番制だから。明日は私とリズでやろ!」
リラはミミに「ありがと!」と言ってテントの中に入っていった。
リズはどうしようかとあたふたしながら小声で言った。
「ミミ…わたし、ミミに話があるの…!」
「え?」
ミミは鍋や調理器具をガチャガチャといじっていたのでリズが何を言ったかが聞き取れず聞き返した。
「…………リラのこと、聞きたいの…!」
「リラのこと…?」
ミミは(リラのことはリラに聞けば良いのに。)と思ってそうな顔をした。
リズはミミのそばにしゃがんで、訊いた。
「ミミは、リラのこと大事?」
「…うん?大事…かな。」
「なんで?」
「…“友だち”だから…かな。」
「そうなんだ!」
リズは「わかった、ありがとう!」と言って立ち上がった。
え、それだけ?というような顔で見ているミミの視線を避けつつ、「ご飯、楽しみ。ありがとう!」と言ってテントをくぐった。
本当に話したかったことを話すことはできなかったけれど、結果的にはそれで良かったとリズは思った。
(ミミは自分のことも当然のように“友だち”“大事”と言ってくれるだろうか。)
言ってもらえたらいいな…と、リズはぎゅっと苦しい胸の痛みを忘れようと、寝転がってるリラの横に飛び込むようにして寝転がった。
するとリラが「リズのおへそは…ここだ!」と服の上からお腹を人差し指で突いてきたので、「違うよ、リラは下手くそだなあ。リラのおへそは…ここ!」とリラのおへそをピンポイントで突いて…
そうこうしていると辛さなんか全部忘れて、
ずっとこうしてたいな、と思った。
ひとしきり互いを突き合って遊んだ後、リラは「はあー楽し!」と言って少し寂しそうな顔をした。
「どうしたの?」
「いや…ミミもこうやって笑ってくれたらいいのになって。」
ミミは確かに笑う時には笑うが、心から楽しそうに笑うことはなかった。
「ねえ、リラ、わたし、知りたいの…リラとミミのこと。」
リズは起き上がり、正座して改めて訊いた。
「リラは…人間じゃないんだよね。何となくそうなのかなって思ってるだけなんだけど…リラってその…“何”なの?」
リズは失礼ではない言い方が思い浮かばず、思い切って訊いた。
リラは寝転がったまましばらく考えていたが、「よし!」と言って起き上がり、リラの前に座った。
「私はね、“神さまの器”だったの。」
「神さまの器?」
「そう。神さまの器。」
リラは頷いた。
「この世界では“天界”って呼ばれてる場所があってね、私はそこで“次の神さま”になるために生まれた。いや、正確には“次の神さまの候補”だね。」
「他にも“神さまの器”はいるってこと?」
「そう。私の他にはあと12人。その中でも私は特別だった。」
「特別?」
「私は、神さまと人間の間に生まれた子だったの。」
リラは苦笑いしながら言った。
「神さまである父さんが、気まぐれにこの世界に来て、超絶美人だった母さんとの間に子どもを作っちゃったわけだ。」
リラは苦笑いのまま続けた。
「妊娠した母さんは父さんのいる天界に引越すことになって、天界で私を生んだ。
父さんは母さんの何がよかったのか、母さんのことが大好きでね。短い人間の寿命が尽きないように、『時間の矢』を使って母さんに流れる時間をコントロールした。」
「『時間の矢』?」
「神さまが世界を管理するために使ってる道具でね、対象の時間の流れを遡らせたり進めたり、自在に操れるんだ。その道具で、時々母さんの肉体に流れる時間を逆流させて、母さんの肉体が尽きないようにしたんだ。
そうこうしている間に母さんは二人目を妊娠した。私の弟。名前は…」
リラは眉間にぐっとシワを寄せた。
「名前は…わからない。」
「わからない…?」
「そう…わからなくなってしまった。」
リラは苦しみに耐えるような顔をした。
そして首を振った。
「一旦そのことについては置いておくね。先に母さんの話をする。
母さんは父さんに特別に手をかけてもらっていたから、一部の女神たちに嫌われた。そして母さんと、その子どもである私と弟は事あるごとに嫌がらせを受けた。
私と弟はまだ良かったんだ、でも、天界の誰も、人間である母さんの心の脆さに気がついていなかった。
父さんは母さんの肉体を何度も若返らせた一方、心については巻き戻しをしなかった。母さんと同じ時を歩みたいって思ったんだろう。
巻き戻しをしないまま何百年も生きた母さんの心はだんだん疲弊して、喜びよりも悲しみの方をたくさん蓄積するようになった。そして…」
リラは眉間のシワを一層濃くして言った。
「母さんは自ら命を絶った。」
リラは首を振って言った。
「有り得ないことだった。誰も想定していなかった。嫌がらせをしていた女神たちも、誰も…。
母さんが死んだ後、罪悪感に苛まれた女神たちはこぞって私たちに親切にしようとした。
そして私たち姉弟も同じ神さまの子どもなのだから“器”であるべき、と主張する女神が現れて、私たちは二人合わせて“13番目の器”として認められた。」
「二人合わせて?」
「ハーフだからね。血も半分半分だから、二人合わせて“13番目”。
ただ一方で、内心は嫌だと思っている女神もいた。特に12人の神の器を生んだ女神たちは。当たり前だよね、母さんは誰よりも父さんに愛されていたから。ハーフとは言え私たちが候補に入ってしまったら、自分の子の地位が脅かされるもの。」
リラは「ふう」と息をついてしばらく黙った。そして続けた。
「ある日、私は、この世界を眺めていて気がついたことがあった。天界からは上手く見えない盲点が、この世界にはたくさんあるんじゃないかって。
例えば母さん。母さんの心が壊れたのを見たけれど、天界から人間たちを眺めていてもそんなことが起こり得るなんて全く気がつかなかった。
私は、この世界と、この世界に生きる“心”たちについて知りたくて、こっそりこの世界に遊びに行くようになった。
そこで…ある子どもと友だちになった。
その子は母さんの比較にならないくらい、辛そうだった。
母さんは父さんから愛されていたけれど、その子は誰からも愛されていなかった。
それが辛いことだって最初私にはわからなかったけれどその子と話しているうちにだんだんとわかってきた。
人間が目から水を出している時、それは心が壊れそうな時なんだって学んだ。
ある日、その子は突然涙を出さなくなった。
代わりに笑って言ったんだ、「疲れた」って。
私は、その顔を見て母さんを思い出した。
ダメだと思った。
急いで天界に戻った私は、『時間の矢』を盗んだ。その子の心を、壊れる前に巻き戻そうと思った。
けど…失敗した。
盗もうと矢に触れた瞬間に天使たちに捕まって、父さんの前に引きずり出された。
女神たちは口を揃えて言った。
『可哀想だけど仕方がない。卑しさに侵された存在は神聖な天界にあってはならない。』と。それまで表面だけでも親切にしてくれていた女神たちまで、みんな。
そうして私は、天界を追放されて、今この世界にいるってわけ。」
「そこで、ミミとキノジィに出会って…」
「今に至る。そういうこと。」
長く生きてると色々あるよねーとリラは笑って言った。リズは到底笑える気分ではなかった。
「…ミミはリラに出会えて幸せだと思うよ。」
「そうかな?そうだといいなあ。」
リラは柔らかく笑いながら言った。
リラが最初に友だちになった人間は話の流れから察するに、きっと亡くなってしまったのだろう。
リズは「話してくれてありがとう」と、リラにお礼を言った。
リラも「聞いてくれてありがとう」と笑った。
*
「あ、そうそう、次はミミの話だけど…」
とリラが話の続きをしようとしたところで、「何?わたしの話?」と言いながらミミがテントの入り口から顔を出した。
「ごはんできたよ、食べよ。」
「ほんと!?わあーい!!」と言ってリラはバッと立ち上がった。リラの頭がテントにぶつかってテントが危うい動きをしたのでリズとミミは慌てた。
「今日はアレを鍋にしたよ。」
ミミは笑いながら言った。
「え、ほんと!?楽しみ!!」
リラはキラキラとした目で言った。
「アレって何?」
「“悪魔の魚”って呼ばれてるすっごい気持ち悪い魚だよ!」
リラが楽しそうに言った。
「気持ち悪い…?」
「そう、見た目がね、ヤバいの。」
リラはクスクス笑いながら言った。
「せっかくなら切る前にリズに見せてあげればよかったね…あ、そうだ。試してみたいことがある!」
ミミはそう言うと「こっちに来て」とリズをテントの外に呼び、自分の前に立たせた。
「そこでじっとしててね…」
ミミはそう言って目を瞑り、人差し指をリズに向けた。そしてデコピンをするようにその人差し指を曲げ、親指で弾いた。
するとリズの頭の中に、突然知らない生物の姿が一瞬浮かんだ。滑りのありそうな赤紫色のブヨブヨした表面、ニョロニョロとした触手が数本、そしてその触手に敷き詰められたイボ…。
「すごい!見えた!!」
リズが興奮したように言うと、ミミも嬉しそうに、
「成功したみたい。よかった。」
と笑った。
悪魔の魚の鍋はとてもおいしかった。
ミミやリラがいなかったら到底あんな見た目のものを食べようとは思わなかっただろう。
リズは二人に出会えたことに感謝した。
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