第13話 雲のない空
翌日の出立時、早朝だというのにアルやパウロ、ママや仲良くなった姉さんたちが見送りに来てくれた。
「行く場所は決まっているの…?」
ママは心配そうにミミに訊いた。
「大丈夫です。ありがとうございました。」
ミミは言った。
実際のところ、行く場所は昨夜までは決まってはいなかった。
しかし、メトがいなくなった騒ぎの後、メトを探している途中に急にミミの磁針が光り出し、次の目的地を指示したのだった。
「お主がもっているその磁針は、お主の両親から預かっていたものじゃ。その磁針に従って、生きていくのじゃ。きっとお主にとって、より良い道へ導いてくれるじゃろう。」
キノジィからもらった最後の言葉をリラとリズに伝え、その言葉に従っていきたいと話したところ、快く了承し、ついて来てくれることとなった。
そして、リズに“あの子”のお墓参りに行こうと話をしたらとても喜んでくれた。
ただ、12月25日が過ぎるまでは動けないので、それまで一緒にいてほしい、と話をしたら急にリズは寂しそうな顔をした。
「“あの子”のお墓参りが終わったら、お別れ…?」
ミミとリラはお墓参りの後のことは考えていなかったので顔を見合わせた。「リズの行きたい場所が決まるまでキノジィの家にいたらいい」と漠然と考えていたが、ミミとリラの旅に同行することは考えていなかった。なぜならこの旅は非常に利己的で、リズがその旅に付き合う道理がないからである。
ただ、キノジィがいなくなった今、リズを保護できる存在はなくなってしまった。
未熟であろうとなんであろうと、リズは自分の力で生きていかなくてはならない。
それならば、未熟な3人で力を合わせて生きていく方が良いのではないか、と3人は話し合って決めた。一旦は。
ミミとリラは、パウロの傷を治したのがリズだと聞いて驚いた。
それがどんな理屈のチカラなのかはわからなかったし、リズの他にも同じことができる存在があるのかはわからなかったが、知る限り、非常に稀有な能力だ。その能力を生かせる場所は他にもたくさんあるだろう、とミミとリラは考えていた。
例えば、この一座とか。
アルやパウロのように傷を負った子どもが運び込まれたとき、リズのチカラは強い助けになるのではないか、と思った。いろいろな人を助けたいと願っているママの役に立てるだろうし、たくさんの人に感謝されながら生きていけるだろう。
ママはとても優しいし、あのベルといった男も、嫌な性格だったがアルやリズを助けてくれた恩人だ。あの男のそばにいれば何があっても大抵のことは大丈夫だろう、とミミもリラも意見は一致していた。
リズは蕾だった。“あの子”には見せることはできなかったかもしれないが、これからずっと、“花”でいられる環境で咲いていてほしい、とミミとリラは思っていた。
「次の場所、楽しみだなあ。いっぱい思い出をつくろうね!」
きっとキノジィがいなくなって気持ちが沈んでいるミミやリラを励ましてくれているのだろう。リズははしゃいでいた。
磁針がどこを指しているのかはわからなかったが、光り方を見るにそう遠くはなさそうだった。
12月25日の戴冠式をやり過ごし、お墓参りをするまでの短い時間だが、リラのためにもリズとの思い出を作る良い機会ができてよかったとミミは思った。
「皆さん、ありがとうございました。大変お世話になりました。こんなきれいな服までもらって…。」
リズはママに頭を下げて言った。
「気にしなくていいのよ。困ったときにはお互い様、でしょう?」
ママは目元のしわをもっと深くして言った。
「マリン姉さんも…ありがとう。」
リズは滞在中、一番世話をしてくれた姉さんに向かって言った。
「リズちゃん、元気でね…!それから…」
マリン姉さんはリズの耳元に手を当てて何かをささやいた。
リズは顔を赤くして、「もうっ!」というと、二人でクスクスと笑った。
「それから…アル。」
リズはアルに向かって言った。
「本当にありがとう。アルがいなかったらわたし、こうしてみんなと笑っていること、できなかった。本当に、ありがとう…。わたし、何があったってずっとアルの味方だよ。ずっとアルのこと、大好きだよ。ありがとう。」
リズはそういって、アルを抱きしめた。
「アル、身体に気を付けてね。」
アルは顔を赤くしながら「うん。リズも気を付けて」と小さく言った。
「パウロも、ありがとう。」
リズはアルから離れて言った。
「元気で。」
と、パウロは片手をあげた。
「…あれ、まだ行ってなかったのか。」
あくびをしながらベルが馬車から出てきた。
「あら、ベル、今朝は早いのね?」
ママが驚いたように言った。
ベルはママには答えずにミミの前にかがんだ。
「…何?」
ベルが何も言わずにいるのでミミが訊いた。
「…眠れたか?」
「…。」
昨夜は夜の12時から朝方3時まで、ベルに拷問のように頭の中に“魔法の知識”を捩じ込まれ続けた。
嵐のように知識が駆け巡るため何ひとつ定着しないのではないかと思ったが、気を抜こうとしても不思議と脳みそは考えるのをやめてくれなくて、3時に「少しでも寝とけ」と言われて解放されてからも、脳みそは振り回された余韻で回り続け、眠ることを許さなかった。
ベルは「ふふ。眠れなかったか。まだまだだな」と笑った。
そしてじっとミミの目を見た後、胸元に目を移し、輝いている磁針を見た。
「不思議な魔法だな。」
「…どういうこと?」
「この魔法をかけたのはあんたじゃないんだろう?」
「…それが?」
「とても繊細な魔法だ。例えば…」
ベルは磁針に手を伸ばし、人差し指を触れた。
すると途端に輝きは失われ、磁針はただの金属の針になってしまった。
ミミは焦ったが、ベルが手を離すとすぐにもとのように輝き出して、次の目的地を指し示した。
「繊細な魔法ってのは干渉しやすいんだ。別の魔力が近くにあると途端に崩れて作用しなくなる。が、あんたの魔力なら大丈夫みたいだ。」
ベルはミミを見ながら言った。
「あんたの親が、あんたのためだけにかけたんだろうな、この魔法。」
「…。」
キノジィが「ミミの両親から預かっていたもの」と言った時から、そうかなとは思っていた。キノジィ曰く、この磁針にかかっている魔法は…、
「“出会うべき人に出会える魔法”か。」
ベルは言った。
「良かったな。………俺に出会えて。」
ベルが冗談っぽく言うのでミミは何となくイラっとしてベルの額にこぶしを突き出した。
ベルは「おっと、二度同じのは食らわねえよ」と笑って回避し、立ち上がり、磁針の示す方向を見た。
「方角は…あっちか…?“イミルラ”かな。イミルラなら大きな街だし、“あいすくりーむ”もあると思うぞ。じゃ、またな。」
ベルはニヤニヤと笑いながら馬車へと戻っていった。
*
馬車の自室に戻ったベルは大きなため息をついた。
「どうしたの、そんな大っきなため息。」
派手な少年はつまらなさそうに頬杖をついて足をバタバタさせながら言った。少しイライラしてるように見える。
「ああ…あいつのことが気になってな。」
「ミミって子でしょ。好み?」
派手な少年は関心なさそうに言った。
「まあ、好みではあるが。そうではなく…」
ベルはドカッとイスに座って言った。
「何であいつ、中身が空っぽなんだ?」
「空っぽ?」
「あいつ、いくつだ?」
「…ああ……えっとね…」
派手な少年は“気に入らない”といった様子で言った。
「アレ、多分人間ではないよ。」
「…は?」
「だから管轄外。いつから存在しているのか、何者なのか、全部わからない。」
「どういうことだ?」
「…さあ。僕にもわからないよ。」
派手な少年は不機嫌そうに言った。
「ただ…あまり放っておくのも良くないと思うんだけどなあ…“空っぽ”ならなおさら。天界の連中が放置してんのは…何でだろ、ライラと関係あんのかな…。」
少年は一人でぶつぶつと言っていたが、ベルにとってはどうでもいい内容だった。
ミミの心は、晴れ渡る空のように開放的だった。しかし、その空には雲ひとつなく、地平にも生き物がひとつもいない。“無”だった。
ミミの優しさには温もりがなく、思い出には感想がなかった。
ただ、ひとつだけ黒い影がポツンとあったので、それだけが救いだった。そこだけ丸くくり抜かれたように、空も地平もない本物の“無”があった。
おそらくそこには、元々育ての親がいたのだろう。
ベルはその“無”が、ミミの心の中の世界に新しい存在として生まれてくれたら…と願った。
「あとは“俺”だよ。何でこんな色男と出会ってんのに、俺はあの世界にいないんだ?」
ベルは椅子の前脚を浮かせてギコギコと漕ぎながら、不満気に言った。
「何の話?」
派手な少年はそう言いつつ、「イライラするからチョコちょうだい。アイスクリームでもいいよ。」と、ベッドに投げてあるベルの上着をゴソゴソと漁った。
「もう無いよ。アイスクリームなんてハイテクなものもないし。チョコは今晩買ってくるからもう少し待て。俺は寝るぞ。」
ベルは少年が漁っている上着を取り上げてハンガーにかけ、ベッドに横になった。
「今日から12月か…あと少しだな。」
ベルはそう呟いて、眠った。
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