第12話 将来

「それとな、あんた。センスは良いが使い方を知らなさすぎるし致命的に無防備すぎる。後で俺の部屋に来い。軽く教えといてやるから。コツさえ掴めりゃあとは自分で研究できんだろ。」

ミミはそれを聞いてグッと顎を引いた。

「安心しろ、後輩へのただのお節介だ。下心なんかねーよ。まあ、とりあえずあんた、リズちゃんに会ってやれよ、心配してたぞ。」

ベルはそこまで言って「早く行け」というように手を振った。


ミミが部屋を出て行った後、ベルはアルとパウロに話しかけた。

「ずっと放置しててすまなかったな。お前らのことだが…」

「お願いします!僕をここで働かせてください…!!」

パウロがバッと立ち上がり頭を下げたので、アルもベルも驚いた。

「僕はずっと…死ぬまであなたたちの役に立ちます。何でもするから…弟を…育ててください。あなたみたいに立派に…強く生きていけるように…。」

パウロは頭を下げたままボロボロと涙を流しながら言った。

アルはベッドから出てパウロの隣に立って一緒に頭を下げた。

「僕も…働かせてください。何でもします。だから…お願いします、僕に魔法を…教えてください。」

ベルは困ったように頭を掻きながら言った。

「あ、いや…ママの知り合いでな、お前らを引き取ってくれそうなマダムがいて、そこを紹介しようと思ってたんだが…」


ベルは「う〜ん…」と唸りながら兄弟を交互に見た。


しばらく黙って考えた後、ベルはパウロに話しかけた。

「パウロ。お前は、どうなりたい?」

「…え…?」

パウロはポカンとした顔でベルを見返した。

「どうなりたい…?」

「そうだ。どうやって生きていきたい?」

ベルは言った。

「その耳の切れ込み、もしかしたらなんとかできるかもしれない。治せるやつに心当たりがある。ただ…」

ベルは赤い瞳をまっすぐにパウロに向けて言った。

「“奴隷”でなくなる勇気はあるか?」

パウロは何も言えず、黙ってしまった。

その様子を見てベルは微笑みながら、次はアルに訊いた。

「アル、お前はどうだ?その耳の切れ込みがなくなったら何がしたい?」

アルは顔を上げて首を振りながら言った。

「切れ込みがあってもなくても…“あいつ”を殺してよかったと思えるようになりたい。」

「“あいつ”?」

「僕たちを飼っていた人。最低な奴だった。あいつを僕は殺した。」

アルはうつむいて言った。そして、再び顔を上げて言った。

「でも僕は“魔物”じゃない。それを証明できるように生きたい。たくさんの人を助けて、僕が“あいつ”を殺した意味を…作りたい。だから、魔法を学びたい。あなたのように、堂々と生きられるように。」

ベルは腕組みをしながら聞いていたが、アルの話が終わった後、「わかった」と言って立ち上がった。

「アルの気持ちは分かった。パウロ、お前はもう少し考えろ。明日の朝もう一度同じことを聞くから。」

ベルは壁にかかった時計を見て、「おっと、もうこんな時間か」というと、

「二人とも、今夜はこの部屋に泊まれ。夕食の準備、手伝ってやれよ、女の子たちが喜ぶぞ。」

と言い残し、テレポートで部屋を去った。



こんなに賑やかな食卓は初めてだった。

ミミとリラは疲れているようだったが、リズにとってはとても楽しかった。ママも姉さんたちも、みんな優しくて、良い人たちだった。


食事が終わった後、みんなで片づけをしているときにリラが突然大きな声を出した。

「メトがいない…!!」

「…メト…?」

リズは訊いた。

「イタチだよ!いつからいなかったんだろう、あれ…?」

リラは泣きそうな顔をした。

「わたしも探す!どんなイタチなの?」

リズはまだメトを見たことがなかった。この街に来る途中に友達になったのだろうなと思った。

「オレが一緒に行くよ。」

パウロが言った。

「オレはわかるから。二人で部屋の外探してくるから、リラとミミはまずこの部屋の中を探して。」

リラは頷いてミミのところへ行った。

「アル!片づけが終わったらリラを手伝ってあげて。」

アルは皿を洗いながら「わかった!」と言った。

「じゃあ、行こうか。」

パウロはさわやかに言った。リズはパウロの顔に巻かれた痛々しい包帯が気になって、「休んでいたほうがいいのではないか」と言いたくなったが、パウロの優しさがわかったのと、アルに助けてもらった件について個人的にパウロにもお礼が言いたかったので、「ありがとう」と言って一緒に部屋を出た。


「あの…」

静かな廊下に出たので、リズはパウロに話しかけた。

「弟さんに、とてもお世話になりました。ありがとうございました。」

リズがかしこまって言うので、パウロは慌てて、

「いえいえ…まだ子どもだってのに、あいつは偉いですよね、誇らしいです。」

と言った。

(それに比べて自分は…)という声が聞こえてきそうな感じがして、リズは伏せたパウロの目をのぞき込んだ。

不意にリズと目が合ったので、パウロは驚いて顎を引いた。

リズはパウロの目を見つめたまま首を傾げた後、微笑んで言った。

「きっとお兄さんが自分を守ってくれるのをずっと見てきたから、じゃないでしょうか。」

「え…?」

「だって、アルは守る時、いつもわたしを自分の背中に庇って言ってくれたんです、“大丈夫、大丈夫”って。怖くて震えているのに、微笑んで。きっとお兄さんの真似でしょう?」

パウロが何も言えずにいるので、リズは「さ、行きましょう?」と言って、パウロの手を握って歩こうとした。

「あの…!」

パウロは立ち止まったまま言った。

「こちらこそ…ありがとうございました。」

リズは何のことを言っているかわからなかったが、うれしい気持ちになったので、パウロに「ありがとう」と言って、「さあ、メト探しですね!」と、パウロの手を引いてメト探しを開始した。


歩いている廊下はもちろんのこと、各部屋の扉も開けて「メトー?」と呼び掛けて歩いているが、メトは見つからなかった。「もしかしたらもうリラたちが見つけているかも」とも思ったが、ここまで探したので最後まで探そうという話になり、いよいよ最後の部屋の扉に手をかけた。


みんな食卓にいたので、これまで開けた部屋はすべて無人だったが、最後の部屋にだけ人がいた。

やたらと派手な格好をした男の子がベッドに仰向けに寝転がって本を読んでいた。


「あ…!ごめんなさい、誰もいないかと思って…」

リズはとっさに謝った。

派手な少年は「んー?」と上の空な返事をしながらリズの方に顔を向け、名残り惜しそうに本に張り付いていた視線をリズに向けた。そしてその瞬間、「うわ!!」と言って本を自分の顔の上に落とした。

「あ…ごめんなさい…」

リズは部屋の入り口でもじもじしながら言った。

「あの…イタチ、見ませんでしたか…?白い…イタチ…」

派手な少年は顔に本を乗せたまま「知らない」と言った。

「そ…そうですか、すみません失礼しました…」

とリズが出ていこうとすると、「まって。」と少年が制止した。

「え…?」

リズは閉めかけた扉をもう一度開いて少年の方を見た。

「…こっち来て。」

少年は言った。

「…。」

リズは後ろにいるパウロを見た。パウロも「わからない」という様子で肩をすくめた。

断る理由もないので、リズとパウロは少年が寝転がっているベットの横まで来た。

「…手出して。」

「…?」

リズは少年の方に手を差し出した。

すると手の上にどこからともなく、一つの時計が現れた。精巧な彫金がされた、美しい懐中時計だった。描かれているのは花のようだった。

「…あげる。」

「…え…?」

「せっかくだから、あげる。それは君にとってはキーアイテムだよ。」

少年は言った。

「それから君、男の方。」

少年に指名されてパウロはハッと少年を見た。

「君は僕の思った仕事をしてくれていないね。」

「仕事…?」

「どうして顔の傷がまだ治ってないの?治しもらわないの?」

「え…いや…。」

手当はしてもらっているし十分だと思っていたパウロは困ったように頭をかいた。

「治したいって思わないの?」

「治したいけど…」

少年が何を言いたいのかがわからずパウロは困った顔のまま言った。

「治してもらいなよ、その子に。」

「その子?」

「そこに立ってる夜光花のことさ。」

「夜光花?どこにそんな…」

「…そこに立ってるオンナノコのことだよ。」

「…ちょっと待って…!」

リズは慌てて少年の寝転がっているベットのふちに手を置いて訊いた。

「“ヤコウカ”って何?わたしのことだよね?わたし、“ヤコウカ”なの?」

少年は顔に本を被ったまま「う~ん…」とうなった。

「…思った通りに進まないもんだね。そっか、まだ名前すら知らなかったんだ。」

少年はパウロに「仕事してよね、僕が君たちをあの家に送った意味がなくなっちゃうよ…」とぶつくさ言いながら言った。

「そうだよ、君は“ヤコウカ”だ。」

夜に光る花って意味だよ、と少年は言った。

「名前を知ったところでそれだけじゃ何の役にも立たないけどね。」

「どういう意味…?」

「自分の価値を知る必要があるってことさ。」

少年は顔に本を被せたまま言った。

「例えば、ほら、今、そこの男の子の顔の傷を治してみなよ。君ならできるはずさ。」

「…どういうこと?どうしたら…」

「祈ればいいんだよ、治れって。そしたら、できるはず。」

リズは戸惑いながら、言われたとおりにパウロの傷が治るように祈った。

「…これでいいの…?」

何か特殊なことが起こるかと思っていたが、何も起こらなかったので気まずい気持ちになりながらリズは訊いた。

「うん。治ってると思うよ。包帯を取ってみなよ。」

パウロは恐る恐る自分の顔の包帯をほどいた。

すると、折られていたはずの鼻はまっすぐに戻っており、膿かけていた生傷も何事もなかったように元通りになっていた。

それを見てリズはハッと息をのみ、口を手で覆った。

「すごいだろ、ベルにもできないぜ、これは。」

まあ、魔法じゃないから、そりゃベルにできないのは当たり前なんだけど。と少年は言った。

「ありがとう…教えてくれて。」

リズは少年に言った。パウロも「ありがとう…リズもきみも…。」と言った。

少年はクスクス笑って言った。

「別に君たちのために教えたわけじゃない。そうした方が面白いからそうしただけだ。」


それから、君たちのイタチくんは飼い主のポケットの中にいるから、よく探してみるんだね。と、少年は部屋を出ていけというように手を振りながら言った。



少年のいた部屋からミミやリラのいる居間へ戻る途中、リズに詰められてパウロは仕方なく、リズに話をした。


夜光花がどんな花なのか。

そして、夜光花の寿命について。


「今のリズには関係ないかもしれないけど」とパウロは言ったが、リズにはそうは思えなかった。


「こんなとこにいたの?もう!心配したんだよ!」と自分のポケットからメトを引っ張り出すリラを見ながら、ぼんやりと、視覚を与えてくれた“何か”に感謝した。


(ずっとこの時間が続きますように。)

とリズは祈った。

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