第5話 転機

「まさかねえ、あんな風になるとは思わなかったよ…」

派手な少年は頬杖をつきながら物憂気に言った。

「いきなり何の話だ?」

ベルは広げた地図を真剣な表情で見ながら聞いた。

「いやね?あの夜光花の話さ。」

あれじゃあボロ雑巾と見分けがつかないよ、と派手な少年は呆れたように言った。

ベルはやはり何の話なのかが読めなかったので黙って自分の作業を続けた。

「生きる理由ってそんなに大事かねぇ?せっかくもらえた権利だってのにさあ、嬉しくないの?君たち人間は。」

派手な少年はベルに聞いた。

「さあな。俺にはわからんな。」

「そうだよねえ?わっかんないよねえ、毎日食って寝て、時間が過ぎたら終わり、それでいいと思わない?生きるのに理由なんか必要なわけないよねえ。」

「いや。」

ベルは流し目でチラリと派手な少年を見たあと、地図に目を戻して続けた。

「あんた達からしたら、“生きる”ってのは“権利”なのか?俺がわからないのはそこだ。」

そう言ってベルはふっと鼻で笑って続けた。

「“権利”?…権利ねぇ。俺はそんな権利、望んだ覚えはないがな。」

派手な少年は「あはは!」と笑って「君は例外だけども!」と言ったあと、「いや、でも、あの時の記憶は君にはないんだっけ。」と笑いの余韻を残した顔で呟いた。

「あーあ、君、早く思い出してよね、僕は寂しいよ。」

派手な少年は「チョコは?」とベルの鞄の中をゴソゴソといじりながら言った。

「誰の記憶の話をしてんのかさっぱりわからんが…」

ベルは自分の上着のポケットからチョコを一粒出してポンと派手な少年に放り投げながら言った。

「俺が望むことはあんたの夢の実現とやらにちゃんとひと口噛んでんだろ?じゃあ協力しろよな、そんな花に構ってないで。」

派手な少年はチョコの包みを開けながら「へ?」とニヤニヤ笑って言った。

「…。」

ベルはやれやれ、と首を振って、また地図に目を落とした。

「ねえ、何してんの?」

派手な少年はチョコを口の中に入れてモゴモゴしながらベルに尋ねた。

「あ?ああ、計画をな。」

「計画??」

「言っただろ、12月25日のこと。」

「何?クリスマス?」

「あ?クリスマスってなんだ?」

「神さまの誕生を祝う日らしいけど。」

「知らねえよ、何だそりゃ。」

派手な少年はクスクス笑って、冗談だよと言うと、「で、何?12月25日って。」と聞いた。

「言っただろ、例のバカの戴冠式だ。」

12月25日は冬が終わる日だ。それを「新しい世界の始まる日」と捉え、新王の誕生に相応しいということで、例のバカ第二王子の戴冠は12月25日に行われることになった。

「ああ!」

派手な少年は思い出したようにポンと手を叩いて言った。

「そっか、まずいんだっけ?」

「ああ、相当まずい。」

ベルは眉間に皺を寄せて言った。

「下手したら戦争になりかねん。」

「せんそー?ほっときゃいいじゃない、止まんないものは止まんないよ?そう決められてるもん。」

逆に止まるものは止まるし。と派手な少年は垂れ下がった袖をフリフリと振りながら関心なさ気に言った。

「俺は、止まらないものでも止めるんだ。」

ベルは赤い瞳の垂れ目を、ピタリと派手な少年に向けて言った。

「俺にはそれができる。違うか?」

派手な少年はフリフリを止めてベルをじっと見た。

「厳密には、違う。それができるのは僕だ。」

「じゃあ、協力しろ。」

ベルは、既に決まっていることかのように言い切った。「お願い」ではなく、「命令」ですらなく、「当然のこと」のように少年にそう言った。

派手な少年はクスクス笑って、

「いいよ、わかった手伝ってあげる。チョコをもっとくれるならね。」と言った。


「ところで。」

12月25日までの計画について、聞いているか聞いていないかも判断しづらい少年に一通り話したあと、ベルは今日初めて少年を見た時から思っていた疑問を口にした。

「いつもと着物が違うな。どうしたんだ?」

いつもは赤と紺の生地に金と白の刺繍が入ったどこかの民族の踊り子の着物を着ていたが、今日は青紫と白、黄色のグラデーションのかかった着物だった。

「あ、これ?」

少年は両手の袖のフリフリを口元にもっていって、

「スミレって言うんだって。僕、名前、知らなかったんだ。」

少年は嬉しそうに、フリフリに頬擦りをした。


✳︎


今日はベルは「仕事」だそうで、少年はひとり、控え室で暇をしていた。

何もすることもなくぼんやりしていると何となく考えてしまうことがあった。あの夜光花のことだ。


少年は、夜光花の言う“あの子”がすでに肉体をとどめていないことは、夜光花に接触した時にはすでに知っていた。

だからイタズラのつもりで人間の姿に変えてやったのだが、あの夜光花にとってはイタズラどころの騒ぎではなかったらしい。


真実を告げられたあとに夜光花は、しばらく放心したようにくうを見つめていたが、そのあと叫んだのだ。


「戻してくれ」と。

「誰でもいい、わたしを蕾へ戻して」

「そしてそのまま枯れさせて」と…。


少年はあの日、唯一自分がよく知っていた「この世界」の花(スミレと言うらしい)に化けてワクワクして待っていた。


夜光花を人間の姿に変えてやる時、少年はこう言った。


「親切なボクが君の願いを叶えてあげる」

「いいよ、会わせてあげる。でも、どうなっても知らないよ?」と。


あの夜光花は真実を知ったら、その言葉が嘘だったと気づき、怒るだろう。そしたら姿を現して「どうなっても知らないって言わなかったっけ?」って揶揄ってやるつもりだった。


しかしあの日は最初から誤算があった。

「知らない存在」が夜光花に同行していたことだ。

少年が「知らない」ということは、少なくともこの世界で生まれた人間ではない、ということだ。しかし一方で、天界にもあんなうつわは存在していなかった。天使の類いでもない。人の形をしたソレが一体どこから湧いて出てきたのか、不気味だった。


その不気味な人形ひとがたに気を取られつつ、途中「スミレ」の名前を知ったことで興奮したこともあり、会話を全体的に上の空で聞いてしまっていたのが良くなかった。

少年がハッと気づいたのは、会話が途切れ、凪のように静かな沈黙が訪れたからであった。

状況を把握しようとじっと耳を凝らして気配を探ろうとしていたところ、微かに息の中に混じるような「戻して…」という呟きが聞こえ、次に続く泣き声、「戻して」という叫び、土に伏せる音、それらで真実が告げられた後であることを知った。


完全に機を逸した少年はただじっと、夜光花の叫びと泣き声を聞いていた。


「…なんだよ、つまんない。」

少年は控え室の机に頬杖をつきながら、ひとりでポツリと呟いた。花を泣かせた程度のことを、一週間経った今でもまだ思い返している自分に嫌気がさした。

少年はため息をついて「うーん…」と言いながら両手両足をピンと伸ばして伸びをしたあと、時計を見た。まだ昼の12時だ。(時計の読み方を教わった時には「バカバカしい」「覚える必要があるのか」と思ったものだが、時間が一定で流れるこの世界で人間と一緒に生活するには便利で、少年はすぐに時計を気に入った。)

ベルの帰りは夜の21時だと言っていた。あと…たくさん時間がある。

少年はしばらく考えた後、「よし!」と言って、意気揚々と控え室から出て行った。


✳︎


(全て忘れてしまいたい。)


リズは窓辺に椅子を置いて腰掛け、窓の外をぼんやりと眺めていた。


息をし、食べ物を食べ、眠ること、全てが面倒くさかった。

“あの子”のことも自分のことも全て忘れて楽になりたかった。


そうやって考えていると、“あの子”と生きていた、キラキラワクワクした時間を思い出し、懐かしさと「もう戻れない」という苦しみでまた涙が込み上げてくる。

ここ数日はずっとそれの繰り返しだった。


ミミやリラは心配そうに見守ってくれているが、特別に何か励まそうとしてくるわけではなかった。

今のリズにはそれがありがたかった。


ぼんやりとガラス越しに日を浴びていると、窓の外を蝶が飛んでいるのが目に入った。青紫と黄色のグラデーションが美しい、銀杏の葉ほどの大きさの蝶がヒラヒラと、微風に乗りながら窓の外を行ったり来たりしている。


(綺麗だな…)


リズはぼんやり眺めた。

どうせなるなら人間じゃなくて蝶がよかったな。そうすればそのまま風に流されて、木の葉のように散れるのに。

リズが取り止めもなくそうやって考えていると、蝶は窓の、ガラスを挟んだすぐ外側に留まった。

リズは蝶が気になって、窓を開けようとした。鍵をガコガコ動かして一生懸命に窓を開けようとするので、蝶は驚いて飛び上がってしまったが、その場から離れることはなく、窓の外をフヨフヨと飛んでいた。


窓がやっと開いた。久しぶりの外の空気だった。秋特有の茶色い匂いと、お昼のキラキラした日光の香りがフワッと室内に流れ込んできた。

ひんやり心地よい風が頬を触るので、リズはこの部屋が暖かかったことに気づいた。


ミミ、リラ、キノジィが毎日暖めてくれているのだろう。


そう思うと、自分のことばかり考えて部屋に引きこもり、3人に礼もしていない自分が急に恥ずかしくなった。

毎日食事を与えてくれて、風邪を引かないように部屋も暖めてくれて…。


何が「全て忘れてしまいたい」だ、こんなに親切にしてもらっておきながら…。


蝶はヒラヒラと窓から室内へ入り、ベッドの端へ留まった。羽をピンと閉じて開いてを繰り返している。

リズは蝶の側へしゃがみこみ、蝶を見た。リズが顔を近づけて見ていても蝶は逃げなかった。


「なにしにきたの??」


リズは蝶が答えず蝶らしく振る舞っている様子が面白くなり、ふふっと笑った。


「綺麗だね。わたしとは大違いだ。」

リズはチラリと、壁に立てかけてある大きな鏡を見た。髪はボサボサ、目の周りにはクマがある。

リズは、ふぅ、と息をつくと、「よし!」と言って立ち上がった。

「ミミたちに、ありがとうって言いに行かなきゃ。お話聞いてくれてありがとう。」


窓は開けておくから好きな時に出ていってね、と言い残して、リズは部屋を出て行った。

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