第42話

 「アークはさ、私にあなたの子供を産んで欲しい?」


月に1度の定宿での逢瀬。


午前の早い時間から、次の朝日が顔を覗かせる時刻まで、ひたすら続けられる行為の終わりが見えた頃、腕の中のマリアがそんな事を口にする。


「いいや」


「理由を聴いても良い?」


「俺は取り立てて子供が好きという訳ではないからな。

他人の恋人や妻を孕ませて喜ぶような劣等感も持ち合わせていないし、女性に子供を産ませることで、その相手を所有物扱いする気もなければ支配する気もないし、子を産ませた相手に貢がせて楽をしようとも考えない。

そもそも、生まれた子供が自分の望むように育つとは限らないし、子が生まれれば柵ができて自由が制限される。

産ませるだけ産ませて、あとは知らん顔ができるほど鬼畜でもないしな。

だからたとえ相手が誰であれ、自分の子供は要らない」


「そうなのね。

・・私、家の存続の事は別にして、あなたの子なら産んでも良いと思ってるから、もしあなたが望むならと考えたけど、やっぱり止めておくね。

ただ、老後に一人暮らしなのは寂しいから、あなたが私を捨てない事が条件よ?

そうでなければ今後は避妊薬を飲まないからね?」


「・・大丈夫だ。

たとえ何処に行こうとも、最低限の付き合いは続ける」


「当然こっちもよ?」


マリアが俺の利かん坊に手を触れる。


「そいつは気難しくて我が儘だから、他の男の臭いを嫌う。

お前が他にも関係を持たなければ問題ないだろう」


「今度そんな事を言ったら、・・潰すわよ?」


手を触れたまま、脅すように睨まれる。


「残念だが、俺の身体に悪意のある攻撃は効かない。

愛撫や害のないじゃれ合いは可能でも、傷付けるような事は不可能なんだ」


「・・つまり悶絶させることは可能なのね?

ならそうしてあげる」


再戦を望むマリアが覆い被さってくる。


「いつもやられてばかりのくせに、よく言う」


「五月蠅い!」


それから暫く、彼女の嬌声だけが部屋に響いた。



 「今日ね、久々に陛下に呼び出されたと思ったら、延々と嫌味を言われたのよ。

『そなたの娘があれ程強いなど、聞いておらんぞ』って。

そもそも、領地を取り上げてから私を遠ざけていたのは向こうの方なのに、まるで私が報告を怠ったような言われ方をするし・・。

対校戦の賭け事で結構な損をしたみたいだから、きっとその憂さ晴らしなのね。

ほんと、迷惑な話だわ。

お金が無いなら賭け事なんてしなければ良いのに・・」


「そう言いながら、何で服を脱いでるんですか?」


「決まってるでしょ?

あなたで気分転換したいのよ。

部屋のドアには既に『就寝中』の札を掛けてあるし、娘の匂いがしても、私は別に気にしないわよ?」


「今日はしてません」


「フフッ、朝帰りは一昨日だったわね。

・・ねえ、良いでしょ?」


既に服を脱ぎ終えた彼女が、おねだりしてくる。


「3時間だけなら・・」


嬉しそうに笑う彼女が、俺の衣服に指を掛けてきた。



 「もしかしたら、来年早々に隣国と戦争になるかもしれないわ」


俺の背を抱き締めていた腕の力を弱め、ゆっくりと息を吐き出した後、アリアさんが静かにそう口にする。


「戦争?

この国に、まだそんな余力があるんですか?」


意外な事を言われ、思わず身体を離そうとしたが、腰に絡められた彼女の両足にそれを阻止される。


「勿論ないわよ。

ミランとの戦争では、兵の損失はほとんどなかったけれど、その時の兵糧はまだあなたが持ったままでしょ?

それに、軍資金だってほとんどないみたいだし、本来なら考えられない事なの」


「ならどうして・・」


「どうやら第3王子が陛下をけしかけてるみたいなのね。

隣国のチタ王国なら、小国だし、短期間で征服できるだろうって。

報奨として征服した国土を貴族に分け与える代わりに、戦費も彼らに負担させれば良いと考えてるみたい」


「でも、ケインを支持する貴族以外は、大して金を持っていないと思いますが・・」


「彼ら(貴族)はそれを表に出さないからね。

それに、第3王子を支持する将軍2人も乗り気みたいだし・・。

幸いなのは、もし戦争になっても、今度は私が指揮を取らなくても良いことくらい。

ケイン様を支持する勢力が大きくなった今、第3王子が次期国王になるには、戦で華々しい戦果を挙げなければならない。

それには私が邪魔だからね」


「・・・」


「現在は、次期国王となるあちらの王子に、うちの姫を嫁がせる交渉を始めたところ。

それが受け入れられなければ、恐らく開戦になるわ。

尤も、その確率はかなり高いけどね。

うちの姫達は皆20を過ぎてるし、あちらの王子はまだ12歳だという話だから・・。

ここだけの話、あまり性格も良くないの」


「分りました。

俺の方でも対策を立てておきます」


「お願いね。

・・じゃあ難しいお話はここまでにして、続きをしましょうか。

あなたの利かん坊が私の中でずっと自己主張してて、中々話に集中できなかったのよ」


「それはアリアさんが放してくれないから・・」


「こういう事をしながら世間話をするなんて、何だか特別な関係の気がしない?」


「もうそういう関係ですが」


「嬉しい。

『愛してるわ』」


彼女が俺をぎゅっと抱き締めた。



 「・・幾ら何でも失礼だろう。

大国だからといって、どんな事でも通ると思ったら大間違いだ」


「でも陛下、この縁談を断れば、間違いなくベルダと戦争になります。

向こうもミランとの戦を終えて間も無いとはいえ、未だ国力は圧倒的にあちらが上です」


チタ王国の王城にある会議室に、重鎮達が勢揃いして議論を交わしている。


「向こうに忍ばせている密偵からの報告書には、この姫は何の取り柄も無く、性格まで良くないと書いてある。

しかも既に25歳だぞ?

儂の息子はまだ12歳だ。

一回り以上違うではないか。

・・息子がかわいそうだ」


「とりあえず正妻として娶らせて、側室に、王子に相応しい姫を迎え入れては如何でしょう?」


「正妻の子が世継ぎになれば、この国はほぼベルダの属国となる。

彼女が男子を産めば、それを阻止できる手段はないのだ。

当然、圧力をかけてくるからな。

娘しか産まなかったとしても、その娘を女王に推すだろう」


「「「・・・」」」


「この縁談は断る。

それで向こうが牙を剝くようなら、どの道、我々はベルダと戦うしかない。

直ぐに隣国の同盟国と連絡を取ろう。

可能性は低いだろうが、共に戦ってくれる相手を見つけなければ・・」


「陛下、お逃げください!

賊がこちらに向かって来ております!」


衛兵が会議室に飛び込んで来る。


「既にこの近くまで来ております!

お早く!」


「何、賊だと!?

何人だ!?」


「1人です!

ですが、恐ろしい程の手練れです!

こちらの攻撃を全く受け付けません!

何故か殺されはしませんが、阻止しようとした者達が、悉く吹き飛ばされております!」


「・・殺されない?」


「話し合いに来たからだよ」


「ひっ!」


衛兵の背後から国王に声をかけたが、前に居た衛兵が引き攣った顔で俺に剣を向けてくる。


「だから戦う気は無いと言ってるだろうが。

言葉が理解できない猿なのか?」


剣を弾き、脇腹を蹴ってどかせる。


「何者だ?」


「・・今はまだ名乗れない。

俺にはお前達に危害を加える意思は無い。

だからとりあえず、話だけでも聴いてくれないか?」


「害意がないのなら、何故城内で暴れている?」


比較的落ち着いている国王が、俺にそう尋ねてくる。


「何度お願いしても、あんたに取り次いでくれないからだよ。

大事な話があると言ったのに、門番に全く相手にされなかったんだ。

もう少し、衛兵を教育した方が良いと思うぞ」


「お前がそんな恰好をしているからだろう。

それに、何か身分を示すような物を彼らに見せたのか?」


「恰好?」


そういえば、今の俺は魔界の一張羅を着て、顔を仮面で隠したままだった。


「・・まあ、誰にでも間違いはあるよな」


「先ずは仮面だけでも外せ。

話しならちゃんと聴いてやる」


「「「陛下!」」」


周囲の重鎮達が騒ぐ。


「そうする以外にあるまい?

彼は我々を殺そうと思えば殺せるのだ」


「因みに、この国を征服するのに半日も掛からないぞ?」


「「「!!!」」」


「・・席を整えよう。

どうか穏便に頼むよ。

何か飲むかね?」


「珈琲があればそれで」


この分なら、こちらは何とかなりそうだな。


怪我した奴は、後で治療してやろう。

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