第41話
「ん?
・・見た事ない魔物だな。
まさか、こちらの世界限定のレアモンスターなのか?」
アリサと潜ったとある上級ダンジョン、その92階層の最深部に、その魔物は居た。
『戦闘メイドUR』
鑑定結果にはそう表示されている。
レベル300の、かなり美しい女性だ。
「言葉は話せるのかな?」
最深部の一部が、まるで人間の女性が使う部屋のようになっていて、ベッドやテーブルセット、収納家具があり、金塊などが散らばっている代わりに、宝箱が1つ置いてあった。
最深部自体がかなり奇麗に掃除されていて、岩肌がつるつると光沢を放っている。
「・・・」
俺達に気付いても、じっとこちらを見ているだけで、何も言ってこない。
「どうやらそこまでは無理みたいだな。
教えれば話せるようになるのかもしれないが・・」
「どうするの?
このまま倒しちゃうの?」
「いや、俺の【魔物図鑑】に加える。
レアモンスター自体、とても珍しい存在なのだが、ボスのレアは、一度倒してしまうと二度と復活しない。
少なくとも魔界ではそうだった。
だから必ず生かして捕獲する」
「じゃあ私は手出ししないわね。
後で見てるわ」
「済まないがそうしてくれ」
未だじっとこちらを見ながら動かないでいる彼女に、ゆっくりと近付いて行く。
「俺には今の所、君を傷つける意思は無い。
だから大人しく、俺の眷族になってくれないか?」
この交渉が決裂すれば、彼女の体力を9割がた削って、強制的に支配するしかない。
「・・・」
相変わらず黙っているが、彼女は宝箱を除いたベッドやテーブル類を、自身の【アイテムボックス】を用いて終い始める。
それが終わると、静かに俺の側に立った。
「開け我が【魔物図鑑】よ。
この者を、新たに我が眷族とせよ。
その名は、『戦闘メイド・・、ん?
・・アイリス』」
呪文の途中で、彼女が自身の胸を張り出し、そこに付けられた小さな名札を強調したのでそれを読み上げる。
満足げに微笑んだ彼女は、光となって書物に吸収された。
念のため、彼女が収納されたページを確かめる。
『戦闘メイドUR、アイリス』
ちゃんとそう記載されていた。
「おかしな
アリサが笑いながら近寄って来る。
「まさかこちらの世界で【魔物図鑑】を更新できるとは思わなかった。
これは今後が楽しみだ」
「律儀に宝箱を置いて行ったから、開けて中身を確認しましょ」
アリサが蓋を開けると、金塊や宝石類の他に、大きな魔石が2つ入っていた。
俺はその魔石だけを貰い、残りはアリサに渡す。
「彼女さ、時々呼び出して貰って、家の掃除や料理なんかを一緒にしても良い?」
「構わないぞ」
「ありがとう。
家族が増えたみたいで嬉しいの」
アリサはその夜、終始笑顔だった。
「レベル80か。
大分良いペースで上がってきてるな。
もうその辺の騎士には負けないだろう。
サリーも78あるし、メイドとしてだけでなく、ケインの護衛にすらなれそうだな」
「ありがとうございます。
自分でも、強くなったという実感があります。
全てアークさんのお陰です」
「私も実感があります。
時々城内で、騎士の方々の訓練をお見掛けするのですが、その剣筋や動きがいやにはっきりと見えるんです。
・・あの夜、アーク様に出会えた事で、私の人生は変わりました。
その出会いに心から感謝しています」
「俺は偽善者じゃないから、困っていれば、誰でも助ける訳じゃない。
お前達はちゃんと俺の厚意に応えている。
努力と謙虚という、助力を得る上で大切な、貴重で当たり前のものでな。
俺の気まぐれを長続きさせてるんだ、そこは誇って良いぞ」
「アークさんをご紹介くださったアリア将軍にも、何かお礼をしないといけないですね。
僕が国王になったら、失った領地を取り戻して差し上げようかな?
でも、それだけでは足りないな」
「アリアさんは、もう領地に拘らないと思うぞ?
寧ろない方が、気楽で良いとさえ思っていそうだな。
お礼をするなら、地位や特権の方がきっと喜ぶだろう」
「そうなんですか!?
貴族で領地を欲しがらない人がいるのですね」
「そんなに実入りが良くなければ、領地なんて面倒なだけだからな」
「いや、そこは貴族のステータスとか名誉とかが・・」
「そんなもので腹は
「・・・」
「お前が国王になったら、武力だけでなく、経済にも力を入れろよ?
民を教育し、商業や農業を育てて国を豊かにし、女性が美しくいられる場所を作れよ?」
「はい!」
「君のお陰で随分と助かったよ。
これで20年は予算で頭を悩まさずに済む。
本当にありがとう。
これだけ稼がせて貰いながら、お礼はマリア君の実技免除だけで良いなんて、君は欲が無いのだな」
金を積み終えた俺を前にした理事長が、ほっとしながら、呆れたように苦笑する。
先日行われた、年に1度の対校戦における賭け事で、俺はこの学院の理事長の為に、白金貨1000枚の利益を出してやった。
3週間の長期休暇が終わってから直ぐ理事長に呼び出され、対校戦の賭け事について相談された俺は、マリアの実技の授業を卒業まで免除して貰うことを条件に、初期費用も俺持ちで、白金貨500枚以上の最低利益を保証してやったのだ。
実技の授業を免除されたマリアと、何かと理由を付けて時間を確保したアリアさんを連れて、平日は毎日上級ダンジョンに潜り、2人を鍛えに鍛えた。
そのお陰でマリアのレベルは試合前に124にまで上がり、アリアさんも133まで上昇して、対校戦の個人戦にのみ出場したマリアは見事優勝した。
団体戦に出さなかったのは、無名のままでいさせて少しでも彼女のオッズを上げるためである。
彼女の第1試合の相手は去年の優勝校であるミランの選手で、俺が作った臨時パーティーのメンバーだった娘だ。
予想通り、無名のマリアには12倍のオッズがついて、俺はそこに白金貨1000枚を賭け、その試合だけで白金貨1万1000枚を稼ぐ。
これだけ賭けてもオッズが落ちなかったのは、これまで俺が資金を没収してきた貴族や商人達が、その額を取り戻そうとして、他人に借金してまで大金を賭けていたせいである。
俺がマリアに大金を賭けた事で、その相手である大本命の娘のオッズも上がり、夢を見た人が多かったのも理由の1つだ。
去年損した他国の王族や貴族達も
この賭けで笑っていたのは、俺を除けばアリサと、ミラン第1魔法学院の理事長くらいだろう。
団体戦では今年もミランが優勝したし、個人戦でマリアに負けた臨時パーティーのメンバー以外が2位と3位を占めたので、友人である彼女(理事長)への義理も果たせただろう。
マリアが初戦で負かした
本命視されていたのに、1回戦で無名の新人に負けた彼女には、心無い言葉をかける奴が大勢いるだろうと考えたから。
だがその娘は、意外にも全く気にしていなかった。
指導役の俺が学院を去り、エミもパーティーから外れて、残された彼女達は以前ほどダンジョンで強化できなかった。
あれから1年経っても、其々のレベルを10上げるのがやっとで、1番高いレベルの彼女でも100に届いていなかった。
【転移】という、ほとんど反則に近い能力がなければ、ダンジョン攻略でも必ず毎回1階層から進んで行かねばならず、そうすると、自分達のレベルに見合った相手と戦うまでに1日が終わってしまう。
パーティーメンバーも5人だけで、エミの抜けた穴を敢えて埋めなかったから、今はもう、以前俺と攻略していた階層までは進めないそうだ。
でも、彼女はそれで良いと言っていた。
『もう十分に強くなれたし、アークさんのお陰でお金も沢山貯まったので、今後は無理せずにやっていこうと皆で決めたんです』
そう言って笑う彼女の顔に、暗い陰りは存在しなかった。
2年前までは単なる一生徒に過ぎなかった自分達が、今では国有数の実力者で有名人。
もうそれ以上は望まないと、その笑顔が告げていた。
但し、そうは考えない者も当然いる。
事前に詳しい情報を与えなかったカレンには、『儲け損なったわ』と嫌味を言われた。
以前は一人暮らしで、お金に苦労してきた彼女は、そこだけはシビアなのだ。
『次の定例会では覚悟しておいてね』と、怖い笑顔で脅された。
半分事情を知っていたエミは、賭けに参加しなかった。
彼女は俺と2人だけで月に1度、上級ダンジョンに潜る仲だが、潜った後は、俺の定宿で毎回身体を重ねている。
宿での行為はカレン達には内緒なので、そのピロートークの内容も、彼女達に伝えられない。
知らない振りをするしかなく、彼女自身も、もう十分に蓄えたと感じているので、今後も賭け事には参加しないつもりのようだ。
ニナとモカは、俺に定期的に抱かれてさえいれば、文句はないらしい。
秘密の逢瀬の件で少し遠慮するエミの分まで、彼女達は俺を求めてくる。
毎回その光景を天井の隅で見せられていたティターニアは、俺の腕を
まあ、他者の行為など、そうそう見たくはないわな。
重ねてお礼を述べられ、理事長室から退出した俺は、アイリスと一緒に料理をしているアリサの下に戻るのだった。
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