第40話

 「えっ、またでございますか?」


「ええ。

副業みたいなものができたから、その一部を皆に還元しようと思って」


「ですが奥様、先日も上げていただいたばかりですし、今でさえ十分に頂いております。

これ以上は心苦しいのですが・・」


「うちは全部で4人しか使用人がいないし、住み込みの人は2人だけで、あとは通いでしょう?

色々と大変なんじゃないかしら。

それに、十分と言うけれど、月に銀貨48枚なのよ?」


「お言葉ですが、私の知人にもメイドをしている者が数名おりますが、その彼女達の給料は、多い者でも月に銀貨40枚です。

少ない者だと、30枚しか貰えておりません。

しかも奥様は、住み込みである私と、通いの者に同額のお給料をくださいます。

こんな好待遇は他ではないと思います」


「住み込みの人は、夜や早朝にも仕事があるのだからそれは当然なのよ。

あなただってまだ若いのだし、今後家庭を持つことがあるかもしれないでしょう?

蓄えは多い方が良いはずよ。

幸い、娘は自分で稼ぎ出したから小遣いは要らないと言うし、その学費も、彼女の未来の旦那様が卒業までの全額を支払ってくれたから、今までよりお金が掛からないの。

その上で副収入すらあるのだから、少しくらい皆に還元したいわ」


「お嬢様の旦那様・・ですか?」


メイド長が驚きの表情を見せる。


「学院の友人が偶にうちに来るでしょう?

彼よ。

ただ、正式に娶ってくれるかどうか分らないし、今はまだ希望的観測の域を出ないから、皆には内緒にしてね」


「かしこまりました」


「来月から、使用人全員の給料を銀貨55枚にしますから、あなたから皆に伝えておいてね」


「・・ありがとうございます!」



 「なあケイン、王都の近くの荒れ地は誰の所有物なんだ?」


ダンジョン攻略の合間に、彼にそう尋ねてみる。


「ほぼ王家の直轄領なので、形式上は国王の物ですが、何らかの資源でもない限り、誰が使っても咎められはしないでしょう。

集落として認められれば税が発生しますが、家の1軒や2軒建ったところで、いちいちそこまで出向いて文句を言うことはありません。

城の文官は、それほど勤勉ではありませんので」


「じゃあ畑を作っても問題ないな?」


「目立つ場所にあからさまに作らなければ大丈夫ですよ。

国としても、費用を掛けずに荒れ地が開拓できるなら喜ばしいことです。

そこで収益が発生するなら、税すら取れますからね」


「アーク様が農業をされるのですか?」


サリーが驚いている。


「いや、そんな本格的なものではないが、ちょっと栽培したい作物があるんだよ。

俺の故郷(魔界)ではよく作られていたんだが、この辺りでは目にしないからな」


「どんな作物なんですか?」


彼女が興味を示す。


「芋だ」


「芋・・ですか?

ジャガイモとは違うのでしょうか?」


「違う。

比較的簡単に育つし、焼いたり蒸したりして食べるのは似ているが、甘くて美味い。

飢饉用の非常食にもなるだろうし、工夫すれば菓子やデザートにもなる」


「そんな凄い作物が知られていないなんて、勿体ないですね」


「そうだろ?

幸い、苗や種芋は十分持ってるから、ちょっと増やしてみようと思ってな。

上手くいったら少し分けてやるよ」


「ありがとうございます。

楽しみにしてますね」



 「この辺りなら問題ないかな。

王都から程好い距離で、結構な荒れ地。

とりあえず、村1つ分くらいにしておくか。

開け我が【魔物図鑑】よ。

この地を耕せ、ロックイーター!」


書物から飛び出した眷族が、荒れ地に潜り、岩や石を飲み込み、地面を解していく。


俺は約1ヘクタールくらいの土地を結界で囲み、暫く待つ。


その全てを解し終えたロックイーターに、褒美の魔石を与え、書に戻す。


【飛行】を用いて空中から【ウオーター】で十分に水を撒き、1日放置する。


翌日、アイテムボックス内にある芋の苗の半分と、スコップ、藁の束を取り出すと、再度眷族達を呼ぶ。


「開け我が【魔物図鑑】よ。

大地に苗を植えよ。

ゴーレム。

ゴブリン。

アルラウネ。

リリム」


約300本の苗を、眷族達が手際良く植えていく。


ゴーレムとゴブリンがスコップを使ってしっかりとした高さのうねを立て、そこにアルラウネとリリムが苗を『斜め植え』で植え込んでいく。


更にその上から、大量のわらでマルチングを施し、簡単な芋畑が完成する。


こちらの世界に来る時、念のために魔界の主要な作物や種を買い込んでおいて正解だった。


作業が終わると、アルラウネだけを残し、他は褒美を与えて書に戻す。


残した彼女に、中級ダンジョンで得た30個ほどの魔石を与え、除草作業や『つる返し』など、約4か月後に収穫をするまでの管理を任せる。


広い畑にはまだ十分な空き地があるので、今後何を植えようか考えながら、その場を後にした。



 「とりあえずレベル100にはなったな。

おめでとう、マリア」


「ありがとう。

やっと3桁になったのね」


「アリアさんもさすがですね。

随分動きが良くなってきてますよ。

レベルも110を超えてます」


「嬉しいわ。

まだまだ若いには負けないつもりよ」


「今日はアリアさんも時間があるようなので、このままどんどんレベルを上げていきましょう。

あと1時間やったら、遅い昼食とトイレ休憩のために一旦戻って、その後また6時間くらい攻略します。

素材の換金等はいつも通り俺がやっておきますので、それで良いですか?」


「私はそれで良いわよ」


「私も大丈夫。

今日は使用人の皆には、夕食は要らないと言っておくわ」


「ダンジョン内で取る食事も、偶には良いものですよ」


「上級ダンジョンでテーブルと椅子を広げてるなんて、きっと私達くらいだけどね」


「食べてる最中に、魔物に襲われたりはしないのかしら?」


「見張りを置くので問題ありません」


「見張り?」


「アリアさん達には、もう教えても大丈夫でしょう。

ただ、秘密厳守でお願いします。

公になると、俺はこの国から出て行くことになるので・・」


「「!!!」」


「俺は魔物の眷族を召喚できるんです。

後で実際にお見せしますが、その眷族達はこの世界の魔物など相手にならないくらい強いので、何も心配する必要ないです」


「「・・・」」


「アリアさんは【アイテムボックス】と【魔法耐性】、固有能力として【熟練の技】をお持ちですが、その固有能力は何にでも使えるのですか?」


「いいえ。

戦闘に関する事だけよ。

武器の扱いや武芸の技は上達し易いけれど、学問や家事なんかには効果がないの。

あちらの事にまで応用できたら、もっとあなたを満足させてあげられるのにね」


彼女が意味深に微笑む。


「お母様!」


「あなたもちゃんと彼を喜ばせないと駄目よ?

自分ばかりが楽しんでいると、その内飽きられてしまうわよ?

彼は競争率が高いのだから」


「ちゃんと頑張ってるもん。

お母様がしないような事までやってるんだから」


「あら、それは聞き捨てならないわね。

あなたにそこまでの知識なんかないでしょう?」


「彼が教えてくれるもの。

この間も、『凄く上手になった』と褒めてくれたし・・」


「ちょっ、おま・・」


アリアさんが俺の顔を見る。


「至ってノーマルな行為です。

決して非常識な事を教え込んでいる訳では・・」


「2人の間の事だから、別に非難も心配もしないけれど、私にも教えて欲しいわ」


「アリアさんは既にご存知です。

先日も、『こんな事、夫にさえしたことないのよ?』と口にしながら奉仕していただいたので」


「お母様!」


「ああ、あれの事ね。

あなた、あれが好きなのね?

今度はもっとたっぷりしてあげる」


アリアさんがおかしそうに笑う。


「私だって負けないから!

若い分、伸びしろは私の方が多いんだからね」


「フフッ、若さを引き合いに出すようでは、まだまだね。

相手にそれしか取り柄がないと教えているようなものよ?」


「~ッ」


傍から見てる分にはたわい無い親子喧嘩にしか見えないが、何せ俺は当事者の1人だからな。


そろそろ止めるか。


向こうで魔物達が、まるで『もう良いか?』というような目で、こちらを見てるしな。

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