第39話

 第2王子は面白くなかった。


何だか最近、いやにケインの評判が良い。


メイド連中はともかく、貴族や大臣達にも支持者が増してきた。


しかも、自分の支持者だった貴族達が、どういう訳かさっぱり姿を見せなくなった。


折角第1王子が死んで、自分が王になる確率が高まったのに、これでは安心して眠れない。


「仕方ない。

例の伝手つてを頼るか。

借りができるが、俺が国王にさえなれば、何とでもなるからな」


独り言を呟きながら、呼び鈴を鳴らす。


やって来たメイドに、自分の腹心の部下を呼びに行かせ、その者に手紙を授ける。


その宛先は、暗殺者ギルドだった。


第2王子の母親の実家は、国内の暗部を取り仕切る暗殺者ギルドと深い繋がりがある。


現国王は、それもあって彼の母親を妻に迎え入れた。


後は暗殺の当日に、城への潜入ルートを作ってやれば良いだけであったが、彼にとって誤算だったのは、それらの暗躍が筒抜けであったことである。


部屋の照明の陰に、姿を消した八咫烏が止まっていることに、彼は最後まで気付かなかった。



 「お頭、第2王子から手紙が届きました」


「ほう、珍しいな。

彼は慎重な人間だから、俺達とは極力拘らないはずなんだが・・」


お頭と呼ばれた男が手紙の封を開け、その内容を確かめた後、それを火にくべて燃やす。


「・・第4王子を始末しろと言ってきた。

今直ぐ集められるのは何人だ?」


「今日中なら6人、明日までなら全員の18人が可能です」


「なら全員集めてくれ。

手間が省ける」


「!!!

誰だ!?」


2人しか居ないはずの部屋に、第三者の声がする。


「死神だよ。

ここは明日で取り潰しだ。

それまでは生かしておいてやる」


お頭と呼ばれた男を昏倒させ、その腹心に【魅了】を用いてメンバー全員を集めさせる。


その翌日、集まった全員がサキュバスに精気を抜かれ、遺体はスライムに吸収されて、暗殺者ギルドは1日で壊滅した。


アジトに隠されていた金貨800枚は全て俺が頂戴し、その足で第2王子の母親の実家に向かう。


そこは国内で1、2を争う大商人の屋敷だった。


そしてその裏で奴隷売買にまで手を染め、奴隷として手に入れた者達の中から素質がありそうな者に訓練を施し、暗殺者に仕立てていた。


俺は先ず、【認識不能】を用いて金庫室を探し、見つけた大金庫の中から有り金全部、白金貨2000枚と金貨3000枚を頂く。


王家に匹敵するような額を持っていたことに喜び、次に地下室の奴隷部屋を見て回る。


20人近くいた奴隷1人1人に【魅了】を掛け、これまでの行いを吐露させる。


犯罪奴隷でなかった6人を部屋から連れ出し、【浄化】を掛けた後、【転移】でラウダまで運んでやる。


其々に金貨3枚ずつ与え、解放した。


ミランとベルダは言語が同じなので、当座の金さえあれば、何とか暮らしていけるだろう。


そして最後に、第2王子の部屋へと向かった。



 『第2王子病死』


その知らせは、国中の貴族達に衝撃と決意をもたらした。


残った2人の王子の内、自分達はどちらにくみするか。


どちらに付いた方が得策か。


これまで日和見を続けてきた貴族達も、ここに至って決断を強いられていた。



 「あなた達、いつもこんな事しているの?」


長期休暇を利用して、俺とマリア、アリアさんは、学院の上級ダンジョンの9階層から潜り始めた。


出て来る魔物はレベル100以上。


それを彼女達だけで倒して貰い、俺は相変わらず補助と荷物持ち。


ただ、武器は相応の物を2人に渡した。


魔界の武器屋で手に入れた長剣を1本ずつ。


向こうでは金貨50枚で普通に買えるが、こちらでは国宝級どころではない品。


騎士団のプレートメイルも、まるで紙のように切れる。


レベル100以上の魔物になると、生半可な武器では、1体倒すのにも時間が掛かる。


学院が休みのマリアはともかく、アリアさんは1日4時間くらいしか潜れない日もあるから、1体ごとに時間を掛けてはいられないのだ。


俺が魔法で半分ほどHPを削った敵を、2人にどんどん倒して貰い、上級なのに、1日で1階層を完全に攻略する勢いで進んで行く。


「普段はもう少しゆっくりだけど、大体はこんな感じよね?」


マリアが苦笑いしながら俺の方を向く。


「お互い忙しいので、時間は有効に使わないといけませんから」


「あなたの場合、愛人が多過ぎるからでしょ。

授業に全く出ていないんだから、時間だけならあるでしょうに」


マリアが嫌味を言ってくる。


「こら、そういう言い方しては駄目よ。

彼だって色々大変なんだから」


アリアさんが庇ってくれる。


「2人にはもう教えてしまいますが、実は今、第4王子とその専属メイドも一緒に鍛えてまして、彼らともかなりの頻度で上級ダンジョンに潜ってるんです」


「ケイン王子がダンジョンに!?

・・知らなかったわ。

しかも上級なら、レベルが50以上あるのよね?」


「ええ。

最初は3でしたが、今の彼は60以上ありますよ」


「・・騎士団の半数以上より強いのね。

じゃあそのお付きのも?」


「はい。

彼と同じくらいあります」


「ならもう、王子の身辺警護は問題ないわね。

誰かさんが暗殺者ギルドまで潰してくれたから」


アリアさんがにっこり笑う。


「お母様とばかり話して狡い。

私ともお喋りして」


「今は高度に政治的な話をしてるんだ」


「何処が高度よ」


「ほら、魔物が来たぞ。

その鬱憤を奴らにぶつけろ」


「言われなくても・・」


マリアが魔法を連打する。


「あのも随分強くなったわね」


アリアさんが、感慨深げにそう呟く。


「あなたのお陰ね。

ありがとう」


そう口にして、俺が障壁で抑えているもう1体の魔物に向かって行く。


母の愛情を知らない俺は、彼女のその表情を見て、何だか幸せな気分になった。



 「何故なぜか今日、市場の品に、凄く安い物が出回っていたんですよ。

折角なので、他のメイドの達のお土産に、沢山お菓子や食べ物を仕入れちゃいました」


今日が休日だったサリーが、戦闘の合間にそう教えてくれる。


「アークさんが第2王子の実家に制裁を加えたからね。

あそこの商会は、今大分苦しいだろう。

少しでも現金が欲しいのではないかな」


「ケイン様の暗殺を企むなんて、やられて当然ですよ。

・・でもこれで、ケイン様が王になる確率がぐっと上がりましたよね」


「第3王子は武闘派だからね。

大きな戦でもない限り、そう目立った功績は残せないが、まだまだ油断はできないよ。

彼の母親は、侯爵家の出身だから」


「最近はお城でお見掛けすることが多くなりましたね。

色々と物騒ではあるのに・・」


サリーが俺の方を向いて微笑む。


「実家に帰っても贅沢できないからだろう。

何処も世知辛いな」


その言葉に、ケインとサリーの2人が笑い出す。


「お客さんだ。

3体いる」


2人が瞬時に笑いを止め、武器を構える。


俺が魔法でHPを削り取った魔物目掛けて、2人が武器で襲い掛かった。



 「すっかり習慣になってしまったから、ダンジョン内でのお茶も、まるで違和感がないわね」


深夜、アリサと共に潜る上級ダンジョンの上層部。


戦闘が一段落すると、適当な場所を見つけてはそこにテーブルと椅子を出し、アリサが作ったお菓子と珈琲を楽しむ。


偶に無粋な魔物に邪魔される事もあるから、【魔物図鑑】から見張り役のリリムを出して、彼女に対応させる。


アリサに倒させた魔物も、余程貴重な素材でない限り、その魔石以外は取らずに放置し、ダンジョンに吸収されるに任せている。


もう資金は十分にあるし、あまり素材をギルドに持ち込み過ぎても、値崩れを起こすからだ。


道中の道端や最深部に転がっている硬貨や金塊、宝石の類は回収するが、武器や装備品はスルーしている。


それらを拾うのは、マリア達やケイン達と潜る時だけで十分だ。


「もう少し景色が良いと、更に味が増すんだがな」


「贅沢言わないの。

・・あちらの彼女(リリム)もお菓子を食べるのかしら?」


「彼女達は基本的に食事を必要としない。

人や魔物の血や肉を好む者もいるが、【魔物図鑑】を通して俺から得ている魔力だけで事足りるんだ。

あげるなら魔石の方が良い。

その方が喜ぶ」


「・・それってさ、私のお菓子が美味しくないと言ってるのかな?」


「滅相もないことです。

単に好みの問題ですから」


「なら良いけど。

これは今回の自信作だから、もっと食べて」


「頂きます!」


今夜も平和だった。

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