第38話

 「おいケイン、お前のメイドであるサリーを、俺に寄越せ。

代わりに誰か1人、他から回してやる」


第1王子が僕にそんな事を言ってきた。


「お断りします。

彼女は僕にとって、とても大事なメイドですから」


「ほお、俺にそんな口をきいて良いのか?

お前なんぞ、俺が王になったらどうとでもできるんだぞ?」


「そういう事は、実際に国王になってから言ってくださいね?」


「・・良い度胸だ。

後悔するなよ?」


わざわざ人の部屋までやって来て、何を言うかと思えば・・。


「大丈夫だよサリー。

あいつになど、君を渡したりなんかするものか。

僕が絶対に護ってあげるからね」


「ありがとうございます、ケイン様。

以前なら、今後何かされるかもと心配しましたが、今の私達にはアーク様が付いておられますからね。

私の事でケイン様にご迷惑が掛からないよう、後で相談しておきます」


「それには及ばん」


「「!!」」


いきなり部屋に転移してきた俺に、2人が驚く。


「今日のダンジョン探索は休みにする。

お前達2人は、夕食前の時間、この部屋で他の誰かと会っていろ。

なるべく身分が高い相手が良い。

分ったな?」


「「はい」」


緊張したその表情から、俺が何をするつもりなのか、彼らが薄々悟ったことが分る。


それから数時間後、城内で大事件が起きた。



 「ケインの奴、良い気になりやがって・・。

あいつにサリーは勿体ない。

何だか最近、とみに良い女になってきたからな。

俺が愛人にしてやるよ。

嘸かし良い声で鳴くだろうなぁ」


もう直ぐ夕食の準備が整うという頃、第1王子が下卑た笑いを浮かべながら、自室で妄想に耽っていた。


その彼の後ろに、いきなり1人の女性が現れる。


その女性は、腕1本で彼の首を摑むと、その手から急速に精気を吸収し始めた。


「グハッ・・・」


見る見るうちに、彼が干からびていく。


10秒も掛からずに死に絶えた彼を、女性は放り投げ、その姿を消す。


それから間も無く、給仕にやって来たメイド2人が彼の死体を見つけ、大騒ぎになるのだった。



 昼間であるのに、カーテンがきっちり閉められた広い部屋。


女性の忙しない息遣いと、ベッドがきしむ音、時折聞こえる歓びの叫び。


汗と体液で濡れた身体でアークに纏わり付き、全身を用いて彼を抱き締めていたアリアは、やがてぐったりと力尽き、意識を手放した。


数十分後、室内に漂う珈琲の香りで目覚めた彼女は、サイドテーブルに置かれた自分用のカップから漂う湯気を視界に入れる。


「・・良い香りね。

抱かれた後の目覚め方としては、2番目だけど」


徐に上半身を起こし、髪をさっと整えた彼女は、ゆっくりとカップに手を伸ばした。


3日前、王宮内で起きた第1王子殺害事件は、表向きには病死と届けられ、真相は極限られた者にしか伝えられなかった。


城内の警備は更に厳しくなりはしたが、犯人が人間ではないことが推察されるため、それ以上は手の打ちようがなく、アリア自身もそれ程仕事が増えた訳ではない。


ただ、ケイン以外を支持する貴族連中から何度か嫌味を言われ、『城内の警備は私の管轄ではないのに』と、ストレスを溜めていた。


だからこうして、やっと外出できるようになった今日、アークを呼んでいつもの高級宿で思い切り発散していたのだ。


幸いにも予定がなかった彼は、快く承諾してくれたから。


「王子殺害の件ですが、アリアさんは心配する必要ありません。

ケインやその味方には、絶対に害が及びませんので」


ベッドの背もたれに身体を預け、珈琲を楽しんでいたアークがそう口にする。


「・・それって」


その表情から、彼女が事実を悟ったと判断した彼は、ただ静かに頷いた。


「・・・」


「俺が怖いですか?」


「そんな訳ないでしょ。

敢えて言うなら、その体力が怖いくらいね。

私一人では、あなたを満足させてあげられないから」


「それは大丈夫です。

他にも大勢いるので、寧ろ助かってますから」


「むっ、体力的には若い娘に劣っても、テクニックなら上・・と言いたいところだけど、そんなに経験ないからね。

あなたにも良いように泣かされてるし・・」


「旦那さんは淡白だったんですか?」


「文官の出だし、私に遠慮している面もあったかな。

優しくて良い人だったけど、お互いに忙しかったから、マリアを産むと、良くても月に1度くらいしか時間が取れなかったの。

彼が病に臥せってからは、1度もなかったしね」


「旦那さんを愛していたんですよね?」


「それはそうよ。

そうでなければ結婚なんてしないわ。

私は彼一人しか知らなかったし、あなたとこうなるまでは、他の誰にも触れさせてなかったのだから」


目を細め、何かを考えながら、珈琲を口にするアリア。


「・・あのはちゃんとあなたを満足させてるの?」


「俺は女性を抱く時は、いつだって満足してます。

相手が歓んでくれるだけでも、嬉しいものですよ」


「達観してるのね。

まるでおじいちゃんみたい」


「歳の割に、色々経験してきましたからね。

勿論、こっち方面以外でも」


「フフッ、頼もしいわ。

お風呂に入って、一旦汗を流しましょ。

私が全身隈なく洗ってあげる。

その後は、またたっぷりとかわいがって」


「あまりやり過ぎると、その内旦那さんを忘れてしまうかもしれませんよ?」


「大丈夫。

大人の女には、幾つもの引き出しがあるの。

彼との思い出は、別の引き出しに大切に終ってあるから」


「・・安心しました」


風呂場に歩いて行く彼女の、その美しい後ろ姿を眺めながら、俺は心からそう口にした。



 「漸くレベル90を超えてきたな。

次回からは、可能な限りアリアさんも加えよう」


「私の感覚からしたら『もう』だけどね。

学期末試験の実技は、皆相手にすらならなかったし・・」


「Sクラスの次席は、今どれくらいのレベルなんだ?」


「正確には分らないけど、25は超えていない気がする」


「・・暇だろうに、相変わらずなんだな」


「お陰で私ばかりが目立って嫌なのよね。

最近は上級生からも告白される事が増えたから・・」


「能力を抜きにしても、お前はかなり良い女だから、それは仕方ないさ」


「あなたがずっと側に居てくれれば、そんな事なくなるんだけど?」


「だからこうして、ずっと側でお前の様子を見てるだろ?

ほら、次の魔物が来たぞ」


そう言うや否や、マリアが魔法を連打して敵の体力を削ぎ落していく。


2体いる内の1体が、マリアに鋭い牙を向けて来るが、それは俺が【異空間操作】の障壁で防いでいる。


相手にしていた1体を倒し終えた彼女が、そのもう1体に斬りかかり、数十秒で骸にする。


その後俺が素材の確保をして、また先に進むの繰り返し。


道中での会話は、マリアが語る学院内の出来事に、俺が相槌を打つことがほとんどだ。


はたから見れば、長年連れ添った夫婦のように映るかもしれない。


マリアの為に割いてある休日を用いて、先日、カレン達と同じように海で接待したが、その最後まで同じ結果になったのには少し呆れた。


具合が悪いと言いながら、医務室のベッドを使ってぐっすり眠っている彼女を、養護教諭の女性は一体どう思っているのやら。


成績が断トツだから、かなり大目に見られているらしい。


明日から、試験後の休みを兼ねた約3週間の長期休暇が始まり、それが終わると後期の授業に入る。


その1か月後には対校戦があり、更にその2か月後には学院祭がある。


ミランより気候が暖かいベルダは、学院祭が初冬に催されるのだ。


「ねえ、長期休暇の間はさ、授業がない分、ダンジョンに潜る時間が長くなるんだよね?」


「そうだ。

対校戦に向けて、お前のレベルを大幅に上げる必要がある」


「そんなに強い相手が出て来るの?」


「去年ミランが優勝した際のメンバーは1人しか出て来ないが、他にも4人、レベル90を超えてるだろう相手がいる。

お前の優勝を確実にしたいなら、せめてレベルを120くらいにはしておかないとな」


「120!?」


「大丈夫。

3週間、上級でみっちり鍛えれば、少なくとも110くらいにはなってるよ。

アリアさんだって、来年の春までには150以上にしたいしな」


「・・あなたといると、出会うまでの人生に一体何の意味があったのかと、時々嘆きたくなる。

存分に鍛えてね?」


「勿論」


「当然、あっちもよ?

折角のお休みなんだから」


「・・・」


その屈託のない笑顔に、俺は『どっち?』とボケることすら諦めた。

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