第32話

 「理由が分らないけど、昨日の夜からお母様の機嫌が凄く良いのよね。

あなた、何か知ってる?」


「いや、特に思い当たらないな」


「あんなにリラックスしたお母様を見るのは、一体いつ以来かしら?

お父様が存命だった頃でさえ、あれ程の笑顔はそうそう見せなかったのに・・」


学院の木陰で共に昼食を取りながら、俺とマリアはたわい無い話に花を咲かせる。


俺がいつもアリサの手作り弁当なので、彼女も食堂に行くのを止め、メイドさんに作って貰った弁当を毎日食べている。


俺から領地の補償として大金を支払われたアリアさんは、使用人達の給料を、月に銀貨3枚ずつ引き上げたらしい。


元から大事にされていた彼らだが、そのせいもあってか、屋敷の雰囲気は非常に良い。


貴族に仕える使用人は、執事など極一部を除けば、ほとんど給料が上がらない。


ずっと契約時のままの賃金で働いている。


魔界でもそれが当たり前だった。


アリアさんが行った事は、使用人達に大きな驚きを以って歓迎された。


「今日のダンジョン探索は、何階層からにする?

そろそろ30階層に行っても大丈夫なんじゃないかしら?」


中級ダンジョンな上、たった2人で毎日4時間以上潜っているので、始めてからまだ1週間程なのに、マリアのレベルはどんどん上がって既に38ある。


「そうだな。

そうするか。

因みに、クラスの他の奴らは、今どれくらいの階層で遊んでるんだ?」


「8階層だって」


「・・・。

何処(どの国)も同じような奴らばかりなんだな」


「私達の事も聞かれるから、適当にお茶を濁してるわ」


「律儀に教えてやる必要もないしな。

パーティーに加えろなんて言われても、うざいだけだし」


「私達2人きりの時間が台無しになっちゃうもんね」


「デートしているつもりはないぞ」


「同じようなものじゃない。

ずっと一緒にいて、途中でお茶までしてるんだから」



 「今晩は」


「お待ちしてました」


約束通り、2日後の同時刻に顔を出した俺を、サリーが笑顔で迎えてくれる。


「王子と話がついたかい?」


「はい。

アークさんのお言葉をお伝えしたところ、是非お会いしたいそうです。

実は今、ケイン様は寝ずにアーク様をお待ちになっています。

会ってくださいますか?」


「勿論」


「それではお部屋までご案内します」


「他の王族から用事を言いつけられる可能性は?」


「この時間なら、皆さんお眠りになっているので大丈夫です。

用があれば、この魔法のベルが鳴りますので」


彼女が、部屋ごとに色が異なるらしい、小さなベルが幾つも並んでいる場所を指差す。


念のため、今後夜に来る場合は、誰か1人連れて来た方が良いか。


「分った。

それでは案内してくれ」


そっと部屋から出た彼女が、王族専用区域の1番手前の部屋まで先導してくれる。


後で理由を尋ねたところ、『もし賊に押し入られた際、重要度の低いかたから襲われるようになっています』と、身も蓋も無いことを言われた。


「ケイン様、サリーでございます」


小さくノックをした後、囁くように出された彼女の声に反応して、ドアが静かに開かれる。


サリーが無言でさっと中に入り、その後に俺が続いた後、ドアがまた音もなく閉められた。


「初めまして。

僕の名は、ケイン・ロア・フェルナンド・ベルダ。

この国の第4王子で、今年で16になります」


「俺の名はアーク。

アリア将軍とは家族ぐるみで親しくしている流れ者だ。

今回、ここの国王にはほとほと嫌気が差して、お前を早急に次代の国王とすべく、参上した。

大体の事はサリーから聴いているはずだから、さっさと話を進めるが、先に聴いておきたい事はあるか?」


手を貸してやる以上、敬語は使わない。


それで文句を言うような奴なら、ここで見捨てる。


「1つだけ。

何故僕を助けてくれるのですか?」


「俺と境遇が似ているからだよ。

これは内緒だが、俺も元は他国の王族でな。

母が早死し、とある理由で父や兄弟姉妹からも冷遇され、メイド達からも空気のように扱われていた。

その点は、サリーがいるだけお前の方が増しだな。

当然、学校にすら全く通わせては貰えず、知識と力は全て己の努力と、若干の幸運だけで身に付けた。

だから、アリアさんからお前の話を聴いた時、助けてやるのも悪くはないと思ったのさ」


「その偶然に感謝致します。

それで、僕は何をすれば良いのですか?」


「1日の内で、自由に使える時間はどれくらいある?」


「・・10時間くらいでしょうか。

何分冷や飯食いなので、時間だけはたっぷり使えます」


「残りの時間は何をしてるんだ?」


「え?

・・睡眠と読書、簡単な鍛錬や食事に入浴など、身の回りのことですね」


「俺が指導している間は、睡眠時間は6時間以内にして、その分訓練しろ。

訓練後、疲れが残らないように、毎回回復してやる。

読書の時間は暫く勉強に充てろ。

ウルス魔法学院の、全学年分のあらゆる教材を揃えてやるから、それを勉強しろ。

質問がある場合、紙に書いて提出すれば、後日その答えを渡してやる。

食事は可能な限り、サリーと一緒に部屋で食べろ。

食べる物は全部こちらで用意してやる。

休みは週に1日だ。

ここまでで何か問題あるか?」


「・・訓練とは、一体何をするのですか?」


「俺と一緒にダンジョンに潜る」


「え?

・・さすがに僕1人で遠くまで外出するのは問題があります」


「大丈夫だ。

俺は【転移】が使える。

この部屋から、お前を連れて行き来するくらい訳無い」


「!!!

・・それはまた、ここの人間に知られると不味い能力ですね」


「問題ない。

何かあれば、俺1人でこの国を潰せるくらいの力はある」


「!!!

・・立場上、聴かなかったことにしておきます。

サリーと一緒に食事をする意味は何ですか?」


給仕きゅうじに使う時間が無駄だし、何よりサリーにきちんと食事を取らせたい。

・・お前は、彼女達メイドの食事が不十分な事を知らないのか?」


「え!?

・・本当に?」


ケインがサリーの顔を見る。


彼女は気不味そうに俯いた。


「済まない。

最近特に経費が削られてはいたが、父がそこまでするなんて・・。

本当に申し訳ない」


仮にも王子であるケインが、メイドのサリーに頭を下げて詫びる。


「今ので俺の好感度がかなり上がったぞ。

俺は自分が大切にすべき女性を蔑ろにする奴が、大嫌いだからな」


「・・休日は、自由に使って問題ないですか?」


顔を赤くしたケインが、話題を変えてくる。


分るぞ。


彼女、中々良い女だもんな。


「ああ、好きに過ごして良い。

サリーと遊びたいなら、俺がラウダまで連れて行ってやっても良いぞ?

国外なら、人目を気にせず過ごせるだろう?」


「・・その時はお願いします」


「サリーにも話がある。

1日の内、自由時間はどれくらいあるんだ?」


「睡眠や入浴、食事の時間を入れて、約11時間程です」


「ならば君にも日々2時間、寝る前にダンジョンに潜って貰う。

王子のメイドが君1人なら、君も自分の身を守れた方が良いからな。

終われば回復してやるから、疲れは残らない」


「分りました」


「それから、日中の暇な時間に、魔法書を3冊読み込んで貰う。

【浄化】と【ヒール】、【ウオーター】の初級書だ。

急ぐ必要はないが、じっくり読み込んで使えるようになれ」


「はい」


「最後に、これは2人にやって貰うが、日々の暮らしを通して、自分達の敵と味方をリスト化しておいてくれ。

ケインが国王に就任するにつき、邪魔な奴は予め潰しておくから」


「・・殺すのですか?」


「どうするかは、俺の方でも調べた後に決める。

無闇に殺しはしないが、必要があれば躊躇わない。

お前も王になるつもりなら、それくらいは理解できるよな?」


「・・はい」


「俺が今後お前達のために使うことのできる時間帯はこれだ。

この中で、お前達の訓練に充てる時間を決めろ。

訓練は明後日から。

それまでに、色々とアリバイ工作なんかを済ませておけ」


ケインにはそのメモを、サリーには既に準備していた3冊の魔法書と2日分の食料を渡し、明日の夜にスケジュールを確認しに来ると彼らに告げて、この日は城を出る。


これから約1年、かなり忙しくなりそうだった。

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