第31話

 「何だか懐かしいな。

第4王子とやらの部屋は、一体何処だろうね」


誰もが寝静まっているであろう深夜、俺はベルダ城の中を、【認識不能】を用いながら歩いていた。


アリアさんの告白から2日後、再度時間を作った彼女を、俺はラウダで住居代わりにしていた高級宿に連れて行き、4時間をかけてずっと抱き続けた。


彼女の家ではいつ誰に聞かれるか分らないから、アリアさんが気兼ねなく楽しめるように、わざわざ場所を移したのだ。


宿の受付に居た娘は、ここでの定例会の際、部屋までタオルや食事の差し入れをしてくれていた人で、俺とは顔馴染みだった。


だから、俺がまた別の女性を連れ込んでも、笑顔を見せるだけで何も言わない。


そんなプロ意識の高い彼女に、金貨1枚を差し出しながら、宿泊ではなく休憩を申し出る。


その案内に従って、以前俺が使用していた部屋に入ると、そこからはアリアさんとの濃密な時間が始まる。


数年分の性欲を全て吐き出した彼女は、最後には俺と共に風呂で汗を流しながら、世間話をし始める。


その中で、次の国王は誰になるかという話題が出てきて、彼女が推すのは真面目で勤勉な第4王子だが、母親が平民出身の上、既に他界してしまっていて、周囲からかなり冷遇されているという事実を耳にする。


話を聴きながら、何処と無く自分と似た所があると感じた俺は、この国にはどうやって頂いた金の分を還元してやろうかと考えていたせいもあり、男は鍛えないという信念を曲げて、そいつを国王に押し上げてやろうと思い立つ。


それが理由となり、とりあえず1度そいつに会ってみようとわざわざ探しに来た訳だ。


王族が住む各部屋へと続く、長い廊下に差し掛かった時、とある部屋から人の息遣いが聞こえてくる。


耳の良い俺は、それがどんな時に出るものであるかが直ぐに分り、興味本位でその部屋を覗いた。


明かりも点けない暗い小部屋の中で、椅子に座った1人の少女が、男の名を口にしながら自慰に耽っている。


その服装からメイドであることが分り、どうやらこの部屋は、王族の急な要望に応えるために、メイドが待機する部屋のようだった。


彼女が口にしていた名が、お目当ての人物のものであることに驚いた俺は、静かに部屋に入って、その少女の口に手を当てながら拘束する。


「!!!」


全身で驚きを表現し、暴れ出そうとする少女の耳に、俺は呟く。


「静かにしてくれ。

俺は君に危害を加えるつもりはない。

こんな時間にここへ来て、『怪しい者ではない』なんて言わないが、少なくとも俺はケイン王子の味方だ」


第4王子の名を聴いた少女が、身体の力を抜いた。


「良いだ。

手を離すから、決して騒がないでくれよ?

他人に気付かれれば、王子にも迷惑が掛かるからな?」


そう念を押すと、静かに頷いたので、【認識不能】を解除した上で拘束も解く。


「驚かせて済まない。

先ずは衣服を整えてくれ」


彼女が行為のためにずらしていた下着を直す間、横を向いてやる。


「お待たせしました。

お気遣いありがとうございます」


小声だが、奇麗な声でそう告げてくる。


その若干赤みの残った顔に、次の言葉を放とうとした瞬間、彼女のお腹が盛大に鳴った。


「・・腹が減っているのか?」


「・・はい。

済みません」


赤みが増した顔をうつむかせ、恥ずかしそうにそう告げてくる。


食事の量が十分ではないのだろうか。


現国王はケチだから、財政難を理由に、メイド達の食事すら削っていそうだ。


「良かったら食べてくれ」


アイテムボックスから惣菜3つとお茶を取り出し、小さなテーブルの上に置いた。


「ありがとうございます。

ただ、その前に教えていただけますか?

あなたはどなたですか?」


「名前はまだ言わないでおく。

俺はアリア将軍から頼まれて(嘘だけど)、ケイン王子の手助けをするために、今日はとりあえず顔を見に来たんだ」


「アリア将軍から?」


「彼女を知っているのか?」


「ええ。

とてもお優しくて、気さくな方です。

平民の私達に、仕事以外でお声をかけてくださるのは、城ではあの方以外、ケイン様しかおりませんから」


「食べながら話をしよう。

君は王子の担当なのか?」


彼の名を口走っていたくらいだから、その可能性が高いと思って尋ねてみる。


自分用には珈琲を出し、彼女の両手を浄化してやるのも忘れない。


「済みません。

・・いただきます」


フォークを渡すと、やっと笑顔を見せて食べ始める。


「ケイン王子には、私しか担当がおりません。

その私がこうして他の用で駆り出されている間は、他に誰もあの方のお世話をするメイドがいないのです」


「第4とはいえ曲がりなりにも大国の王子なのに、随分と酷い扱いだな」


過去の自分と似たような扱いに、思わず苦笑いする。


「お母上が既に亡くなられているせいもありますが、ケイン様がなまじ優秀だからでしょう。

必要ないからと学院にさえ通わせては貰えないのに、ご兄弟の中では最も聡明な方ですから。

態度や口にこそ出せはしませんが、私達メイドの中にも、ケイン様を慕う娘は大勢おります」


「君も勿論その中の1人だろうが、彼の為に危ない橋を渡る気はあるかい?」


「あります。

ケイン様の為になることなら、どんなことでもお手伝いします」


「良い返事だ。

じゃあ君に、彼への渡りをつけて貰おう。

明日にでも、俺が彼に会いたがっていることを告げて貰いたい。

俺は彼を鍛え、この国の王に就かせるつもりでいる。

そのために必要なことは、彼の努力と引き換えに、何でもしてやる。

そう伝えてくれ」


「ケイン様を国王に!?」


「そうだ。

俺が手伝う以上、必ず彼を国王にしてやる。

そうすれば、この国はもっとずっと良くなるのだろう?」


あかぎれの目立つ、彼女の手を見ながらそう尋ねる。


「ええ。

間違いなく」


「明後日の夜、またこの城に来る。

その時、君は何処に居る?」


「ここに居ます。

今週は、ずっと私が当番なんです」


「時間は今日と同じくらいで大丈夫か?」


「はい」


「君は【アイテムボックス】が使えるんだな」


【鑑定】を使って彼女の能力を見ながらそう言うと、驚いた顔をされる。


「分るんですか?

こういう仕事だと、誤解されることもあるので秘密にしてるのですが」


「魔力とMPも意外とあるな。

なのに魔法が使えないのは、学校に行けなかったからか?」


「そうです。

家が貧しくて、13の頃から働きに出ていましたから」


「・・休日や休憩時間は城の外に出られるのか?」


「月に2度あるお休みの日なら、城の外に出られます」


「それで給料は一体幾ら貰ってるんだ?」


「・・月に銀貨20枚です。

あ、でも住み込みで食事が付いてますから、そんなに低くはありません」


溜息を吐こうとした俺を見て、彼女が慌ててそう付け加える。


その食事だって、十分ではないのだろうに。


「俺に協力してくれる見返りとして、君にこれをやる」


あかぎれを治してやりながら、金貨10枚を出してテーブルに載せる。


「それで何か美味い物でも食べろ」


「・・金貨なんて貰うの初めてです。

しかもこんなに沢山。

本当に良いんですか?」


何だか泣きそうな顔をしながらそう言ってくる。


「危ない橋を渡るんだ。

寧ろ少ないくらいだよ」


2日分の惣菜も、序でに渡してやる。


「既にご存知でしょうが、私の名はサリー。

やはりまだ、あなたのお名前を教えてはいただけませんか?」


「・・アークだ。

ではまた2日後に」


遣る瀬無い思いを抱えながら、城を後にする。


帰ったら、アリサの身体で、すり減った心を癒して貰おう。


この世の中は、良い人間が必ず報われるようにはできていない。


それは重々分っているが、だからと言って、決して納得はできなかった。

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