第30話

 「ダンジョンの質自体は、ミランよりベルダの方が良いな。

何か理由でもあるのだろうか?」


今夜もアリサと、また1つ上級ダンジョンの最深部まで攻略し終え、レベル204のレッドドラゴンを倒す。


最近は、1日の攻略時間を3時間くらいと短くしてるので、60階層辺りから始めても、最深部までが結構あるせいもあって、1つのダンジョンを攻略するのに1週間くらい掛かるようになった。


世間話をしながら魔物を倒し、時には休憩してお茶を飲んでるようなことまであるから、まあそんなものだ。


あまり早く攻略しても、この国の上級ダンジョンは全部で40くらいしかないから、下手すると2か月もしないでやり終えてしまう。


「ダンジョンの生成や進化については、これまでにも多くの学者達が様々な説を唱えているけれど、まだこれといった定説はないの。

発生し易い場所があるということくらいしか分ってないわ」


「人工的に作ることは可能かな?」


「さあ、どうでしょうね?

試した国があるみたいだけど、ちゃんとしたものに育つまでに数百年は掛かるみたいだから、検証を終えるまでにその国が滅んでいるのよ」


「俺達で実験してみるか?

地下に穴でも掘って、そこに死体や魔物をどんどん放り込んでさ」


「そういう考えは捨てなさい。

その内、人を人とも思わない、傲慢で残虐な人物になり果てるわよ」


アリサが真面目な顔をして、俺を叱る。


ちょっとした冗談のつもりだったが、確かに安易に口にして良い内容ではなかった。


壁に手を当てて反省する。


「馬鹿な事してないで早く帰りましょ」


「了解」


周囲に転がっていた金塊や宝石を回収し、代わりにゼルダで得た要らない宝剣の類を放り投げる。


「何してるの?」


「証拠隠滅」


「?」


「帰るぞ。

今夜は寝かさないからな」


「別に良いけど、怒られたからって八つ当たりしないでよね」


「俺はそんなにガキじゃない」


「そお?

下半身は、言う事を聴かない大きな子供でしかないでしょ?」


・・そう言われるとそうかも。



 「こうして見ると、魔物の素材は実に色々な物に使われているんだな」


午後の実技から解放された俺は今、町の雑貨屋で品物を物色していた。


初めてマリアの家に行った時の帰り際、アリアさんから耳打ちされたのだ。


『あなたとの連絡手段が欲しいの。

最近、午後は少し暇だから、それを考えたら家に来て頂戴』


何だかマリアにも知られたくはないみたいだから、俺も敢えて彼女に伝えることはしなかった。


連絡手段というと、手っ取り早いのは念話か眷族を付けておくことくらいだが、念話は俺の眷族にならないと無理だし、【魔物図鑑】のことはまだ秘密だから、八咫烏辺りを付けることもできない。


考えた末、魔導具を作ることにした。


魔物の素材で作られた何かに、俺の魔力を少し溜めて、それにアリアさんが魔力を当てれば俺に伝わるようにする。


違和感なく持ち歩けるように、普段使うような雑貨で作ることにした。


店内には、魔物の爪や鱗、牙などを、1度高温で溶かして型に入れたり、変形させたりして作った様々な形の日用品が売られている。


上級の魔物の素材は武具や装備に使われる事が多いが、中級ダンジョン当たりの魔物素材は、こうして雑貨や日用品となり、人々の暮らしを支えている。


代表的な物は、衣服に付けるボタンや、眼鏡のフレーム、ペンや煙管の柄、装飾品のブローチやネックレス、指輪やイヤリング。


庶民は貴金属のアクセサリーなどをほとんど身に付けないので、こうした物は常に需要がある。


若い女性達に混ざって俺が選んだ品は、小さな手鏡だった。


円形の蓋を開けると、かわいらしい鏡が現れる。


アリアさんは、子持ちとはいえまだ34歳。


領主貴族としての義務を早々に果たすべく、マリアを18で産んだそうだ。


そんな彼女なら、これを持っていても違和感ないだろう。


結構渋い色合いだしな。


銀貨10枚で購入したそれを軽く握り締め、魔力を込める。


表面に若干の艶が増した贈り物を持って、俺はアリアさんの家へと向かった。



 幸いなことに、アリアさんは家で事務仕事をしていた。


戦争が終わった今は、色々と書類仕事が増えているそうだ。


応接室でお茶を出された後、メイドさんに案内されてアリアさんの私室に赴くと、彼女は楽な服装で書き物をしていた。


「ごめんなさい。

もう少しだけ待ってね。

お菓子でも食べていて」


部屋で2人きりになると、俺の方をちらっと見てからそう詫びる。


「気にしないで良いですよ。

まだ1時間くらいは暇ですから」


俺はソファーに座ると、彼女の後姿を眺めながらクッキーを齧る。


それから5分程して、漸く彼女の仕事が一段落する。


「待たせてごめんなさい。

お願いしていた連絡手段が見つかったのよね?」


机からソファーに移動してきた彼女は、俺の対面に腰を下ろし、そう言って微笑んでくる。


「ええ。

これです」


服のポケットから買ったばかりの手鏡を取り出し、テーブルに載せる。


「これには俺の魔力が込められていて、あなたがご自身の魔力を込めようとすると、それが俺に伝わるようにしてあります。

鏡なら、女性のあなたが身に付けていても違和感がないと思いました」


「ありがとう。

お幾らかしら?」


「お金なんて要りませんよ」


「フフッ、それは私に負い目があるからかしら?」


彼女の顔に、普段とは異なった表情が現れる。


「ちょうど良い機会だから、この間できなかった話をしましょう」


彼女は自分の紅茶を口に含むと、それで場の空気を変えるように俺を見る。


「あなたが野営地で地図を盗んで行った時、私は一体何をしていたかしら?」


「・・半裸になって、大きな胸を湯に浸したタオルで拭いていました」


「はっきり言わないで頂戴」


顔を赤くした彼女に、少し睨まれる。


「アリアさんが言わせたんじゃないですか」


「私、夫以外に裸を見せたことないのに・・。

どう責任を取って貰おうかしら」


「じゃあ俺のも見せるので、それで帳消しにしてください」


冗談のつもりで口にしたのに、あっさり肯定される。


「そうね。

そうして貰おうかしら」


「え!?

・・いや、勿論冗談なんですが。

俺の利かん坊は、1度外に出したら満足するまでしまわれてはくれないので・・」


「私みたいなおばさんじゃ興奮しない?」


「いや、アリアさんはまだ全然若いじゃないですか。

肌の艶やスタイルも良いし、女盛りでしょう?」


「本当にそう思っているなら、時々で良いから、私の相手をしてくれない?」


「・・それは性的な意味でですか?」


「ええ。

・・娘の良い人にこんなお願いをするのはどうかと思うけど、あなたも言ってくれたように、私もまだ女としての盛りではあるの。

でも、社会的な立場もあるし、誰でも良い訳じゃないから、夫が亡くなって以来、ずっと我慢してきた。

けれど、あなたに負けて、娘からも日々あなたの話を聞かされて、忘れようとしていた気持ちに火が点いてしまった。

王宮での仕事では色々とストレスも溜まるし、偶には何かで発散したいのよ。

あなたは私好みの容姿をしてるし、何より強くて、十分な資産もある。

私とそういう関係になっても、(お金のことで)娘や使用人達に迷惑がかかるようなことにはならない。

私との関係は、勿論娘には秘密にするし、娘は娘でかわいがってあげて欲しいの。

・・駄目かしら?

もしその気になれないなら、この話は聞かなかったことにして、マリアだけでも良いから抱いてあげてね」


穏やかに、優しい響きでそう告げられて、俺は暫し考え込む。


アリアさんのことは人として好きだし、女として見ることもできるが、彼女まで抱いてしまったら、もしマリアにその事がバレた時、あいつは一体どう思うだろうか?


普通に考えれば、アリアさんには手を出さない方が良い。


だけど、マリアを抱くことになったなら、その最中にアリアさんの悲しい顔が浮かんできそうな気がする。


もしかしたら、それで萎えてしまう可能性もある。


・・今一度、俺の中での優先順位をはっきりさせる。


”彼女”以外の不動の1番はアリサで、これは変わらない。


その次にカレンやエミ達がいて、現状ではマリアもその輪に加わる可能性が高い。


もしそこにアリアさんが加わって、アリサ以外の誰かが抜けたとしても、俺は仕方が無いと諦めがつく。


アリサ以外なら、そうなっても耐えられる。


そのアリサは、彼女自身の分さえ減らなければ構わないと明言している。


・・良いや。


アリアさんも抱いてしまおう。


どうせ初めから1対1の純粋な恋愛とは程遠いのだ。


それで文句が出るのなら、その娘とは距離を置けば済む。


抱く前にもちゃんとそれを確認してるんだし、文句を言われる筋合いは無いな。


開き直ってそう決断する。


「分りました。

俺で良ければ、偶にお相手します」


「!!

・・ありがとう。

とても嬉しいわ」


半分諦めていたのか、少し涙ぐんでいる。


彼女が腰を浮かし、俺の直ぐ隣に座ってくる。


「今日はもう時間がないから、後日改めて時間を作るわね。

その時は、たっぷりとかわいがって」


頬に手を添えられ、深く唇を塞がれて、割り入ってきた熱い舌に、口内を激しくかき回される。


1分以上もそうされてから目にした彼女の顔は、紛れもなく、”女”の顔だった。

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