第28話
「俺はBクラスか。
まあ、筆記は全然駄目だったしな」
教室に入り、周囲を見回すが、残念ながらマリアは同じクラスにいなかった。
Aクラスを覗いても見当たらず、Sに顔を出した時、窓際の席に着いていた彼女と目が合った。
「アーク、良かった!
Sにいないから心配してたけど、受かってたのね!」
こちらまで歩いて来てくれた彼女に、そう声をかけられる。
「筆記が全然だと嘆いていたから、もしかしてと思っちゃった。
あなたの場合、Sか不合格だからね」
「俺はBクラスだった」
「ええっ、Sじゃないの?
・・一体筆記がどれだけ悪かったのよ?」
「歴史科目は白紙で出したし、地理も、この国とミラン以外は全く分らなかった。
文学も、俺が読んでるジャンルからは出題されなかったし、法律は勘で書いた」
「・・・」
「それはそうと、このクラスは人数が少ないのな」
「12人しかいないみたいだからね。
他は30人いるでしょ」
「あのさ、もし良かったらなんだけど、俺とパーティーを組んでくれないかな?
他に誰も知り合いがいなくて・・」
「良いわよ。
私達、友達でしょ。
後で私の方から頼みに行こうと思ってたの」
「ありがとう。
凄く嬉しいよ」
「おいお前、他のクラスの奴が気安くSに来るんじゃない。
俺達は、お前らと違ってエリートなんだからな」
如何にも貴族ですと言わんばかりの少年が、俺に向かって文句を言ってくる。
「そういうあんたは何処の誰?」
俺は礼儀知らずには全く敬意を払わない。
礼儀には礼儀で、無礼には無礼で返すのが俺の主義だ。
もうミランの時みたいに、中途半端に妥協するのを止めた。
「な・・口のきき方に気を付けろ!
俺は侯爵家の嫡男だぞ?
お前、見た事ないから平民だろう?」
「へえ、何処の領地を治めてるんだ?
どの町に屋敷がある?」
「だから言葉に気を付けろと言っている!
・・サウス領のゼルダの町だ」
「ご丁寧にありがとう。
今度挨拶に行ってやるよ」
「お前なんかでは門番にすら相手にされない。
来るだけ無駄だ」
「そういう言い方は良くないと思いますよ。
彼はこう見えて、実技はこのクラスの誰よりも上です」
「フッ、こいつがですか?
・・マリア嬢、俺達はあまり平民なんぞと関わるべきではない。
折角陛下が温情を示してくださったのに、お母上の立場がまた悪くなりますよ?」
「!!
・・母は関係ありません」
マリアが少年を睨むと、彼は鼻を鳴らして他の集団へと向かって行った。
「ごめんなさいね。
彼は昔から貴族意識が凄く強いの」
「気にしてないよ。
それより、俺はもうここには来ない方が良いな。
用がある時は、君がBクラスに顔を見せてくれないか?」
「そうね。
その方が良いかもね。
それから、今日の放課後、少し時間ある?
家であなたの事を話したら、お母様があなたに会ってみたいって」
「一体何て話したのか気になるが、折角のお誘いだからお邪魔するよ」
「嬉しい。
じゃあ校門の所で待ち合わせね」
うん、楽しい学院生活になりそうだ。
「ここよ」
放課後、彼女に連れられて向かった先には、程好い大きさの屋敷があった。
庭を入れて2000坪くらいか。
門番は1人だけで、その彼は詰所のような、小さな建物の中で腰を下ろしている。
俺は常々、門の両脇にただ立たせておくのは、疲れるだけで良い事なんてないのではないかと思っていたので、これには好感が持てる。
門自体は普段閉じているのだし、雨の日なんかは大変だろう。
その門番は、マリアに気付いて素早く開門してくれる。
「お帰りなさいませ」
その口調と態度から、彼がマリアに敬意と親しみを持っている事が窺える。
使用人達を大切にしている家なのだろう。
玄関に入ると、メイドの1人が出迎えてくれる。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
「ただいま。
お母様は今、どちらに?」
「午後の鍛錬を終えられて、湯浴みをなさっておいでです」
「それが済んだら伝言をお願い。
『例のお友達をお連れした』って」
「かしこまりました。
お茶のご用意は、お部屋で宜しいですか?」
「ええ。
それでお願い」
マリアは俺を2階の自室まで案内すると、荷物を置いて、俺にソファーを勧めた。
「貴族というと馬車で移動するイメージがあるが、君はそうしないんだな」
「学院まで徒歩でも15分程度だし、身体を動かす方が好きだから。
それに、
「実は俺、他国からの流れ者なんだ。
なので、この国の詳しい事情はよく知らないんだが、何かあったのか?」
あの侯爵の馬鹿息子も、最後に何か言ってたしな。
「そうなんだ?
・・あのね、1年くらい前・・」
「マリア、入っても良いかしら?」
ドアがノックされた後、落ち着いた女性の声がした。
「どうぞ」
ドアが開かれ、1人の女性が入って来る。
俺は立ち上がって挨拶しようとして、その相手の顔を見て、思わず声を出しそうになる。
げ、この人・・。
その顔には見覚えがあった。
忘れもしない。
俺が戦地で地図を盗んだ人だった。
豊かな胸の形まで、しっかりと記憶に残っている。
「初めまして。
マリアの母の、アリアと申します。
来てくれて嬉しいわ」
「は、初めまして。
マリアさんと友人付き合いをさせていただくことになった、アークと申します」
「あなたには私も興味があるの。
ここではなくて、応接室でお話ししましょう」
「ええーっ。
折角彼と2人でお話できると思ってたのに・・」
マリアは、家ではかなり砕けているみたいだ。
「それは夕食後になさい。
今は3人でね」
「はあい」
いつの間にか、夕食まで食べていくことになっている。
俺はアリサに念話で連絡を入れ、彼女達の後に従った。
「そう。
今は恋人とお二人で暮らしているの」
俺の簡単な自己紹介に、アリアさんが相槌を打つ。
「恋人がいるんだ?」
マリアが面白くないというような顔をする。
「俺には過ぎた女性で、いつも何かと助けて貰ってます」
「娘から、あなたの剣と魔法の技量について聞かされていますが、誰か師がいるのですか?」
「いいえ、全て独学です」
「学院の実技試験官は、レベル50以上の者達で構成されています。
その彼らを全く問題にしなかったというあなたのレベルに興味がありますね」
「ある理由から、俺のレベル自体をお伝えすることはできませんが、この国で1番強いことだけは確かです」
「!!
・・それは随分と大きく出ましたね。
我が国の上位陣には、レベル100を超える者が数名おりますよ?」
「アリアさんもその内のお一人ですよね。
ですが、レベル102では俺に勝てません」
「私のステータスが見えるのですか!?」
「ええ、はっきりと」
「・・お母様より強いって、アーク、それ本当なの?
お母様はこの国の将軍職なのよ?」
「残念ながら本当だ。
申し訳ないが、レベル100程度では俺の相手にならない」
「そこまで言うなら、試してみても良いかしら?」
「構いませんよ。
俺は木の棒でお相手します」
「・・こんなに胸が高鳴るのは初めてだわ」
「ちょっとアーク、お母様本気よ!?
謝るなら今の内だからね!」
「ただ、俺が勝ったら許して欲しいことが1つあります。
勿論、何らかの補償はしますが、その事は誰にも話さないようお願いします」
「何だか分りませんが、了解しました。
私の名に懸けて約束しましょう」
庭の隅に連れて行かれ、剣を持ったアリアさんと対峙する。
彼女は元からドレスを着ていないので、支度は必要ないようだ。
「本当にそれで私の相手をするつもりなのですか?
私の【ヒール】では深い傷は治りませんよ?」
俺が出した木の棒を見て、彼女が念を押す。
「傷も付かないから大丈夫です」
「本気でいきます」
構えを取らない俺に対して、強く踏み込んだ彼女の剣が、木の棒によって弾かれる。
「!!!」
「遠慮は要りませんよ?」
「くっ」
その猛攻にある程度付き合ってあげてから、木の棒で簡単に彼女の剣を折る。
「・・私の負けね。
認めるわ。
あなたはこの国で最強よ」
「・・本当に木の棒でお母様に勝った」
マリアが呆然と呟く。
「それで、許して欲しい事って何かしら?
マリアと結婚したいというお話なら大歓迎よ?」
「ここではちょっと。
絶対に人に聞かれない場所でお話しします」
「・・なら私の私室にしましょう。
少し湯を浴びてくるから、マリア、彼を案内して差し上げて」
「はい」
再度屋敷に入り、2階の1番奥の部屋に連れて行かれる。
程無くアリアさんもやって来て、3人で革張りのソファーに座って話しを始める。
「最初にお尋ねしますが、ミランとの終戦前は、領地をお持ちだったのですか?」
「え?
・・ええ。
町を1つ任されていたわ」
「不躾ですが、その町の収入は一体どれくらいだったのですか?」
「変な事を尋ねるのね。
・・大体だけど、諸経費を差し引くと、手元に残るのは年に金貨7、80枚だったわね。
大した資源も無ければ商業も振るわない町だから、年々人口が減っていたわ」
「あの、マリアさんの父親は・・」
「5年前に病で亡くなったの」
「そうすると、現在は将軍職の年俸だけですか?」
「ええ。
元から使用人は少ないし、蓄えも少しはあるから、それでもどうにか暮らしていけるのよ」
「領地を失ったのは、地図と糧食を奪われて総撤退した、その責任を取らされたからですか?」
「何故それを知っているの?」
「済みません。
あの時、地図と糧食を盗んだのは俺なんです」
「!!!」
「偶々、ミラン側で女性達がベルダ兵に襲われている現場に出くわしまして、くだらない戦争を止めさせるには、指揮官と糧食をどうにかすれば良いと考え、総司令官の天幕を狙いました」
「・・じゃあ私は、あなたに情けを掛けられていた訳ね」
「男なら殺そうと思ってましたが、あなたを見たら、そんな気にはなれなくて・・」
「待って!
地図がなくなった時、私は確か・・」
「・・・」
「この件は、後で2人きりでゆっくりとお話ししましょうね。
それよりも、どうやってあの量の糧食を全て運び出したの?」
「アイテムボックスに入れてです」
「あれを全部!?」
「ええ。
まだ中に入ってますから、何処かに出しましょうか?」
「今は良いわ。
それに、あの件は既に
「・・ベルダ国王って、もしかして嫌な奴なんですか?」
「それは私の口からは言えないわ。
ただ、お金が好きな事だけは確かね」
「アリアさんも【アイテムボックス】をお持ちのようですので、今ここで、失った領地の補償をしても良いでしょうか?」
「別に気にしなくても良いわよ?
あの戦争は、何れにしても早く終わらせるべきだったの。
何の大義もない、ただ意地の張り合いみたいな理由で始まったものだから。
それに、軍の内部でも腐敗が始まってて、他の将軍の部隊では、かなり酷い事をしていたようだから。
・・第一、補償すると言ったって、あなたはまだ学生でしょう?
相当強いみたいだけど、そこまでのお金を用意するのは大変だもの。
娘を貰ってくれれば帳消しにしてあげるわ」
「いや、それはマリアさんの気持ちもありますし、俺にも恋人がいるので・・」
「正妻には拘らないわ。
高が子爵だし、護るべき領地すら、もうないんだから」
「済みません。
俺はまだ身を固める気はないんで、これで許してください」
お互いの真ん中に置かれたテーブルに、白金貨200枚を載せる。
「これだけあれば、マリアさんの子供の代までの補償にはなりますよね?」
「こんな額を、一体どうやって・・」
「ダンジョンに潜るのが趣味なので。
それに、直ぐ回収できる当てがありますから」
『使用人の皆さんの為にも、是非受け取ってください』
そこまで言って、やっと彼女は渋々受け取ってくれた。
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