第ニ章

第27話

 「入学試験の受付は、ここで間違いないですか?」


「はい、こちらです。

受験料は今年から値上がりして、大銀貨1枚になります」


高い受験料を支払い、名前を記入すると、番号札を渡されて、会場に入る列に並ばされる。


身なりの良い奴が圧倒的に多いが、中には一目で平民だと分る服装の者も居た。


俺の前に並んでいたのは、騎士見習いみたいな恰好をした、真面目そうな少女だった。


ポニーテールにした茶色の髪から、風呂上りのような良い香りが漂ってくる。


「あの、お尋ねしても良いですか?」


ミラン王国の時と同じ轍を踏まないよう、丁寧に声をかける。


「何かしら?」


少女が振り向いた。


「今日は何の試験をするのかご存知ですか?」


「はあ?

・・あなた、そんな事も知らずにここに来たの?」


俺の顔をまじまじと見て、貴族か平民か、田舎者かどうかを測っているような視線を向けてくる。


「済みません。

何分なにぶん、田舎者の平民でして」


「へえ、外見だけなら、十分貴族で通用するわよ?

身なりもかなり良いしね。

今日は受付と簡単な戦闘試験。

学院に入れる、最低限の戦闘能力を試されるの。

授業についてこられないようでは困るからね」


「1人ずつ戦うのですか?」


「例年通りならそうよ?

試験官と模擬戦をして、認められれば次の筆記試験に進めるの」


「教えていただきありがとうございます。

もし差し支えなければ、お名前を伺っても良いですか?」


俺好みの容姿だし、恐らく貴族なのに、変に偉ぶらない所に好感が持てる。


「マリア・アレキサンドルよ。

これも何かの縁だし、特別にマリアと呼んで良いわ。

これでも一応貴族なのよ?」


「どうりで品があると思いました。

お互い、試験に受かると良いですね」


「私は多分大丈夫。

お母様譲りの剣技には自信があるの」


ちょうどそこで、俺達の順番が回ってくる。


「23番、24番、入りなさい」


「はい」


彼女が返事をして会場に入る、そのすぐ後ろに付いて行く。


「これから約3分間、君達には、私達2人を相手に戦って貰う。

短い時間で判断するから、出し惜しみのないように気を付けなさい」


木剣を渡されながら、そう注意される。


「質問しても宜しいでしょうか?」


「何だい?」


「あなた方を倒せば合格なのでしょうか?」


「・・面白い事を言う奴だ。

倒せれば勿論合格だが、1本入れただけでも恐らく実技は首席になるよ?」


へえ、そんなレベルでか?


エミ達の方が余程強いぞ?


「お互いに少し離れて。

・・では、始め!」


俺は自分の相手を無視して、マリアの様子を見る。


言うだけあって、正確で美しい剣技だが、レベルが低いからか、如何せんパワーもスピードも物足りない。


______________________________________


氏名:マリア・アレキサンドル

性別:女性

年齢:16

レベル:28


HP:1380

MP:1880

攻撃力:295

物理防御力:290

魔力:380

魔法防御力:400

素早さ:310

運:380


魔法:【ヒール】 【ファイア】 【ウオーター】 【浄化】


特殊能力:【アイテムボックス】 【状態異常耐性・中】


固有能力:【起死回生】


______________________________________


「君、余所見をしてると時間がなくなるぞ。

既に諦めてるのかい?」


俺は相手に視線を向けざま、一瞬で胴を打ち据えて、試験官に膝を着かせる。


「ぐはっ」


「これで合格ですよね?」


会場が静かになり、マリアが目を見開いて俺を見ている。


「‥嘘」


「ほらマリア、まだ終わってないぞ」


「え、・・ええ」


彼女が思い出したように剣を振るい始める。


終了間際、彼女の固有能力が発動して、1本すれすれの攻撃が入ったから、きっと彼女も合格するだろう。



 「おかえり。

試験はどうだった?」


料理をしていたアリサが、転移してきた俺の気配に気付いて、玄関まで出迎えに来た。


「今日のやつは楽勝。

問題は明日の筆記だが、多分それも大丈夫だろう」


魔法の問題ならともかく、俺はこの国の歴史なんて全く知らないし、学ぶつもりもないので合格点が取れる訳ないが、そこは実技の点数でカバーしようと思っている。


「直ぐ食事にする?

今日は煮込み料理だから、先にお風呂に入っても良いわよ?」


「じゃあアリサと一緒に入る」


「良いけど、ただ入るだけよ?

お楽しみは夜にしてね」


俺達の家は、結局とある上級ダンジョンから程近い、森の中に置いた。


近くに川も流れており、窓から眺める景色が良い。


ベルダで生活し始めてから早2週間が過ぎ、初めの内はアリサといちゃいちゃしてばかりいたが、その内アリサが昼間はギルドに顔を出すようになり、最近は1日1つ、上級ダンジョンの60階層以降を攻略するようになった。


最深部のボスを倒すと、その復活までに相当の時間(ミランで倒したボスがまだ1体も復活していない)が掛かる事が分り、さっさと倒して次を待つことにしたのだ。


ベルダでこれまでに倒した上級ボスは6体。


最もレベルが低いもので138、1番高かったのは182のヘビーモスだった。


相変わらず、俺は雑用と回復くらいしかしないが、もうアリサ1人でも何とかなることが多かった。


ミランの物も含めて、上級ボスの死骸はまだ半分ほど換金しないで残してある。


上級だと、最深部の攻略情報だけでも白金貨1枚弱で売れる(勿論、証拠としてボスの死骸は見せる)ので、金は貯まる一方で、2人合わせると、既に白金貨だけでも5000枚以上は所持している。


ボスのいる部屋に転がっている金塊や宝石を含めると、この世界だけで得た物のみで、一体幾らになるか分らない。


なので、途中で落ちている装備品や武器などは、回収しないで他の者達のために残してある。


俺が過度に注目されるのは不味いため、ギルドには、上級ダンジョンの完全攻略はアリサ1人でしたことにしてある。


お陰で彼女は、この世界で1番有名な冒険者になり、最早生きる伝説と化している。


彼女のご機嫌が悪いと、『ギルドに顔を出す度に騒がれるのよね』と、嫌味やお叱りを受けることもあった。



 「もう違うを物色したの?」


アリサの手料理を頂きながら、今日あった出来事を話す。


「そんなつもりは(今の所)ないよ。

ただ新たな学院で、友人として付き合えたら良いなと思っただけさ。

カレンとはまた違った意味で面白そうな娘なんだ」


「ふ~ん、あれだけやってるのに、まだ足りないのかと思ったわ。

ここにきてから3日くらいは、それしかしていなかったのに」


「いやいや、ちゃんと食事も入浴もしてただろ」


「そんなの当たり前でしょ」


「じゃあ明日から1年くらい禁欲するか?

俺も学院生活が始まれば何かと忙しくなるし、あっちの方はカレン達が満たしてくれるから」


少し意地悪く言ってやる。


「それも嫌。

私のストレスが溜まるし」


何だかご機嫌斜めだな。


・・あ、しまった。


まだ料理の感想を言ってなかった。


「この料理、ポトフだっけ?

凄く美味しいよ。

香辛料が絶妙で、肉が引き立つ」


「でしょう?

時間を掛けて灰汁を取ってあるから、身体にも良いのよ?」


一転してアリサが笑顔になる。


最近は料理にも凝っているから、きちんとお礼を言わないといけなかった。


「御代わりあるかな?」


「勿論。

多めによそってあげるね」


嬉しそうにキッチンまで足を運ぶ彼女。


ありがとう。


今日も美味しいです。



 「あ、おはよう。

昨日は凄かったわね。

あなた、実は相当レベルが高いんじゃない?」


筆記試験の会場で、マリアと顔を合わせる。


「まあ、低くはないね。

それよりさ、今日の試験はほとんど自信がないんだ。

まさかこれで入学試験が終わりじゃないよね?」


「あら、勉強は苦手なの?

大丈夫。

明日まであって、最後の試験は魔法の実技よ」


「・・魔法ね。

君は得意なの?」


「う~ん、正直、剣ほどではないわね。

使える種類もそれ程多くはないから」


試験官が入って来たので、そこで私語は途絶える。


しかし魔法か。


ミランの二の舞は避けないとな。



 「あの的に、自身の最も得意な魔法で攻撃しなさい」


「質問があります」


試験3日目、俺は的を前にして試験官に尋ねる。


「何だい?」


「回復魔法が1番得意な場合は、どうしたら良いでしょうか?」


「・・もしそれしか使えない場合は考慮するが、他にも使えるならそれを使いなさい」


仕方ない。


筆記をカバーしなくてはならないし、少しだけ威力を出そう。


「もう1つだけ質問が」


「何かな?」


「的を破壊してしまった場合、弁償しなくてはなりませんか?」


「・・前例がないのでここでは何とも言えない。

それ程ならば、少し加減してくれると助かる」


試験官の顔が若干強張った。


「アーススピア!」


アリサが戦闘で使う際の、その半分くらいの威力で放つ。


的に当たって轟音を響かせた魔法は、的自体を破壊しただけで、その後ろにある壁までは無事だった。


またしても会場が静まり返る。


「・・弁償するのは、合格した時だけにしてください」


それだけ言うと、俺は逃げるように会場を後にした。



 ウルス魔法学院の合否判定会議。


理事長を初め、居並ぶ教職員が、其々の前に置かれた書類に目を通している。


「ではこの162名を今年の合格者としますが、何か意見の有る方はいますか?」


進行役の教師の言葉に、1人の中年男性が挙手してから言葉を発する。


「この24番のアークなる人物ですが、筆記試験の歴史科目では0点です。

幾ら実技が良いとはいえ、学問を疎かにする者を、我が学院に入れて良いものか・・」


「それは私も同意見です。

彼の筆記試験における成績は、魔法理論以外は全て並以下でしかありません。

当学院は、冒険者ギルドとは異なります。

戦闘だけが優れていても、他が劣っているようではどうかと・・」


研究職にでも就いていそうな、生真面目そうな女性も、そう述べる。


「私はそれでも構わないと思いますよ?

全てに優れていなくても、1つだけが突出して良ければ、それで十分ではありませんか。

当学院はスペシャリストを育成する場でもあります。

・・去年の対校戦の結果を、忘れた訳ではありませんよね?」


戦士のような容貌の、若い女性が反論する。


「理事長はどうお考えですか?」


進行役の教師が、1番奥に座る中年男性に意見を求める。


「私は彼の合格に賛成かな。

魔法実技の結果だけでも、彼を受け入れたいね。

備品の弁償もして貰いたいし」


アークの合格が決定した瞬間だった。

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