第25話

 「それで、エミは結局何処に決めたんだ?」


「まだ決めかねています。

皆さんが良い条件を提示してくださってますが、私の中で、これと響くものがなくて・・」


上級ダンジョンの9階層で昼食を取りながら、エミの就職先について尋ねた俺に、彼女は俺をじっと見つめながら、そう言った。


学院の更に上、専門大学で研究職に就くという選択肢もあるが、彼女はそれを望んでいない。


共にテーブルに着いている他の5人は、そんな彼女に何故か同情的とも見える視線を向けている。


「特にやりたい仕事とかはないのか?」


「・・そうですねえ。

一緒に働きたい人ならいますが」


また俺の目を見つめてくる。


「ん?

カレン達はまだあと2年あるからな。

それに、彼女達は国の仕事には就かないみたいだぞ?」


「・・もう少し考えてみます」


苦笑いしながらそう答える彼女。


「それにしても、皆大分レベルが上がったよな。

学院祭の2日を通して鍛えまくった5人もそうだが、学年末試験を前にして、既に全員が85を超えたし。

エミは93だし、国内なら、もう何でもできそうだ」


授業を免除して貰ってから約7週間。


週2とはいえ朝から晩まで上級ダンジョンに潜っている彼女達は、俺とアリサを除くと、既に5人が国内の10傑に入っているだろう。


上級ダンジョンで主に最深部とボスのみを攻略するアリサのレベルは今180、週5でここの上級に潜り、今は20階層を攻略中の上、週末は郊外の上級ツアーに出かけるカレン達は、カレン、ニナ、モカの順に160、149、145もある。


彼女達3人は、今は俺から状態異常に関する訓練を受けてもいる。


カレン以外は【状態異常耐性】を所持しておらず、そのカレンにしても最低ランクのものでしかない。


【耐性】と名の付く特殊能力にはランクがあり、其々無印、小、中、高、無効、反射、吸収が存在するが、高は魔界の上級ボス、無効や反射、吸収に至ると魔王や亜神クラスしか所持していないため、中が付いていれば相当優秀なのである。


俺も【魔物図鑑】に収めている亜神達から反射や吸収を【吸能】で分けて貰うことは可能なのだが、魔界時代は無能をアピールしていた手前、何かの拍子に反射したりしてばれると困るため、無効で揃えていた。


まあ、相手よりも魔力と魔法防御力がずっと高ければ、ほぼ全ての状態異常攻撃が防げるので、この世界にいる彼女達にはもうあまり意味が無くなりつつあるが、無いよりは有った方が良いだろうという考えで、【魔物図鑑】からそれらを持つ眷族達を召喚し、郊外ダンジョン攻略時に彼女達を訓練していた。


何度も何度も攻撃を受ける内、極稀に無印の【耐性】が付く場合や、無印が小に変化することがあるからだ。


さすがに無効より先はほとんど神の領分なので、そういった裏技が使えるのは、せいぜい中までなのだが。


「来年の対校戦だが、カレン達は出ないそうだ。

エミを除いた、今のこのメンバー5人に譲ると言っている。

実績があれば、懇談会でも引張り蛸なのを今年のエミが実証したからな」


「彼女達らしい心配りですね」


エミが微笑む。


「『お金も随分貯まったから、もう就職先を考える必要がない』と笑っていた」


「確かにそれはありますね。

上級ダンジョンの魔物は素材になる場所が多くて、高レベルの珍しい魔物1体をそのまま持参すれば、金貨数枚になる場合もありますから。

私が悠長にしていられる理由の1つに、ここでの稼ぎが良過ぎることが挙げられます。

今はたった1日で、1人当たり金貨1枚になりますからね」


「ほんと助かってます。

月に金貨10枚の収入なんて、そうそうないですよ」


「そうだよねえ」


皆が口々に同意する。


レベルが高い魔物ほど、武器や装備品を所持していることが多いため、それらが良い金額になるのだ。


・・良かった。


これならもう大丈夫だな。


はしゃぎながら食事を取るメンバーを眺めつつ、俺はそう思う。


そしてそんな俺を、エミがじっと見つめているのに気付かなかった。



 「アークさん、明後日のご予定は既にお決まりでしょうか?」


エミを家まで送り届けた際、彼女からそう尋ねられる。


「特に決めてないな。

カレン達も学年末試験だから、本でも読もうかと考えてる」


「もし宜しければ、明後日のお昼頃、家にいらしてくださいませんか?

日頃の感謝を込めて、私の手料理をご馳走したいのです」


「別に気を遣う必要はないぞ?

こちらが好きでしていることだから。

それに、君も試験があるだろ?」


「私の試験は自由参加で良いと理事長から言われているんです。

既に首席卒業が確定しているそうなので」


「・・なら、折角だからご馳走になるか」


「嬉しいです。

ありがとうございます!」


抱き付きながら、彼女が喜びを表現してくる。


門の前で見送ってくれる彼女を背に、俺は宿まで転移した。



 2日後、約束の時間にエミの家を訪問する。


直ぐに食堂まで案内された俺は、テーブルに並べられた数々の料理に舌鼓を打つ。


「エミは料理が上手なんだな。

どれも美味しかったよ」


「お気に召していただけて嬉しいです」


最後に出された珈琲を飲みながら、暫し、食後の余韻を楽しむ。


そろそろお暇しようと席を立った時、側に寄って来た彼女にそっと腕を取られる。


「・・実は今日、両親は仕事で帰って来ないんです。

明日の夜まで誰もこの家を訪れることはありません」


「・・もしかして、そういうお誘いか?」


「はい。

アークさんに・・抱いて欲しいです」


「俺に恋人がいることや、カレン達3人とも既に関係があるのは知っているのか?」


「はい。

それも彼女達から伺っています」


「・・責任取れないぞ?」


「構いません。

私の初めてを、あなたに貰って欲しいから・・」


腕を引かれて、彼女の部屋へと通される。


徐に服を脱いでいく彼女が、濡れた瞳をこちらに向けてくる。


もう言葉は要らなかった。



 「・・アークさん、学院を出て行かれるつもりですよね?」


もう直ぐ日付が変わろうとする頃、俺の腕を枕にしていたエミにそう言われる。


「気付いていたのか」


「何となくですが、先日、私達を見つめる眼差しで分りました。

・・カレンさん達は既にご存知なんですか?」


「まだ言ってない。

必ず揉めるからな」


「フフッ、悪い人ですね。

彼女達、あなたしか見えてませんものね」


「・・・」


「私、学院で仕事に就こうかと考えてます。

実技の教師にでもなりながら、アークさんが私達にしてくれたように、後進を育てていこうかなと。

そうすれば、またいつかあなたに会えるかもしれませんから。

・・本当は、避妊薬を飲まずにあなたの子を宿して、こっそり育てていくつもりだったのですが、それはさすがにカレンさん達に申し訳ないと、何とか思い止まりました」


それを聴き、密かに冷や汗を流すアーク。


「カレンさん達とも、もう二度と会わないおつもりなんですか?」


「・・最初はそう考えていたのだがな。

様々な国を見て回るつもりだから、柵は少ない方が良い」


「気が変わったと、そう期待しても良いのでしょうか?」


俺の胸を撫でながら、耳にそっと息を吹きかけてくる。


「少しの間に、随分エロくなったものだ。

最初はあんなに涙を流していたのに・・」


「あれは単に嬉しかったからです。

それに、一体どれだけ愛して貰ったと思っているのですか?

かれこれもう10時間以上経ってますよ?」


「何度意識を奪っても、目覚める度に直ぐ襲って来る君のせいだろ」


「まあ酷い。

乙女にあんな快楽を教え込んだのは、一体何処の誰かしら」


クスクス笑いながら、覆い被さってくる。


「まだ十分時間がありますから、私をもっといやらしくしてくださいね。

あなたにしかできないし、あなただけの特権ですから」


俺の視界が暗くなり、柔らかで、ぬめりを帯びた温かな感触で包まれる。


彼女の吐息を直に感じながら、また暫く甘美な世界に身を浸した。



 「これを受け取ってくれ」


翌日の夕方、風呂で互いの汗を流し、きちんと衣服を整えた後、エミに向けて白金貨3枚を差し出す。


「手切れ金だったら本気で殴りますよ?」


満面の笑顔でそう言われる。


「たとえこれで御仕舞だとしても、最後にこんな事をされるいわれは有りません。

私は、自分の意思であなたに抱かれたんです」


「そうじゃない。

単なる感謝の気持ちだ。

カレン達3人にも渡すつもりだから」


「・・そういうお考えでしたら」


渋々受け取ってくれる。


「・・もしかしたら、俺は意思が弱いのかもしれん。

静かに消えて行くつもりだったのに、少し未練が残ってしまった」


エミの顔を見ずにそう告げると、彼女が期待を込めるかのように、俺の手を握ってくる。


「月に1度くらいなら、顔を見せに来るよ。

もしそれでも良いと言うなら、今後も付き合おう。

・・待っていてくれるか?」


「いちいち言わないと分らないんですか?」


笑顔の中で、細い涙を流し続ける彼女と目が合う。


「お待ちしています。

勿論、いつまでもずっと。

最後まで、あなただけを」


「開け我が【魔物図鑑】よ。

我が命により、この者を守護する盾となれ。

出でよ、ティターニア」


俺の手元にいきなり現れた書物のページが風に吹かれるように捲れ、そこから1人の、虹色の羽を生やした美しい女性が姿を現す。


初めはエミより少し小さいくらいの大きさだった彼女は、目の前で珈琲カップより小さなサイズになると、エミの肩に止まり、そこで姿を消した。


「この事は他言無用な。

俺への連絡も、彼女に頼めば大丈夫だから」


目を丸くして驚くエミにそう言うと、アリサへの言い訳と土産を考えながら、宿へと戻る俺だった。

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