第24話
「明日から2日間は学院祭だから、勿体ないけどダンジョン攻略はお休みね」
定例となってしまったニナとモカとの3回目の逢瀬に、何故かカレンまで一緒に付いて来て、当たり前のように情事に加わったその8時間後、宿が用意してくれた夕食を取りながら、彼女がそう言った。
高級宿なのに、まるで連れ込み宿のように使っているので、この催しがある日は、1日で金貨2枚を自主的に支払っている。
だからか、たとえ人数が増えても、宿は見て見ぬ振りをしてくれて、人数分のバスタオルやバスローブ、豪華な食事を差し入れてくれる。
それを部屋まで運んでくれる人も、毎回同じ若い女性なので、その人にも銀貨5枚のチップを渡している。
勿論彼女もプロだから、たとえ『お盛んですね』と心で思っていようとも、にっこり微笑むだけで何も言わずに去って行く。
既に住人と化しているアリサとも顔馴染みだから、公認の浮気と思われているのだろう。
「学院祭?」
「理事長から何か言われなかったの?」
あらゆる授業を免除された俺は、ここ1、2か月、教室にさえ足を運ばないから、院内の行事には疎い。
カレン達は毎朝顔だけは出すそうだから、そこで俺への伝言を頼まれることもある。
「別に何も・・」
「うちの学院はね、毎年この時期に、2日間のお祭りがあるの。
まあ、お祭りというより学院案内みたいなもので、来年度に入学を希望する人達に学院内の設備を見て貰ったり、実際に幾つかの授業を受けて貰ったりして、入学意欲を高めて貰うのね。
食堂も解放されるから、そこは凄く混雑するわ。
でも何と言っても、その目玉は2日目の懇談会。
来年卒業する3年生達を、貴族のお偉方や軍の幹部、大商人達がスカウトに来るのよ。
例年通りなら大して盛り上がらないのだけど、今年は対校戦でうちが完全優勝したでしょう?
だから来院予約だけでもいつもの5倍くらいあるみたいで、何故か1年の私達3人も、それに参加するよう理事長から頼まれているの」
「主役はどう見てもカレンだったしな。
でもそれだと、エミはかなり大変そうだ」
「3年で唯一の出場選手だったからね。
しかも個人戦でも2位。
予約者全員が、彼女を必ず指名枠に入れているそうよ」
「・・じゃあ俺はその2日間、何をしていようかな?
臨時パーティーの残りの娘達に声をかけて、ダンジョンにでも潜っているか」
若しくはアリサと上級のボスでも倒して回るか。
「懇談会にも顔を見せないの?」
「何で俺が?」
「・・アークってさ、卒業後の進路はどうする訳?」
「それは私達も知りたいです」
「まだ何も考えてないな」
本当は既に決めているが、彼女達を縛りたくはないので、適当にはぐらかす。
「そうだよね。
アークなら何でもできるし」
カレンが安心したように笑う。
「お前達は何か就きたい仕事でもあるのか?」
「私も特に考えてないな。
ただ、国に関する仕事には就かないつもり」
スタンピードを引き起こした責任があるとはいえ、あっさり彼女を見捨てた国には、既に思い入れなどないのだろう。
「私も、国のお堅い仕事には就かないと思います。
騎士団は、身体が完全に癒えた父を、あっさり袖にしましたから」
ニナも僅かに表情を曇らせながら、そう口にする。
「私は本に関する仕事に就こうと考えてました。
・・アークさんを知るまでは」
モカがじっと俺を見て言う。
発情している最中ならともかく、冷静な時の彼女が何を考えているのかは、未だによく分らない。
3人を送り届け、久し振りに酒場にでも寄ろうとした時、不意に声をかけられる。
「あの、ちょっと良いですか?」
振り向くと、何だか見覚えのある鎧を身に付けた、若い女性が立っている。
「俺の事ですか?」
「その声!
やっぱりあの時の!」
「あの時?」
「私、以前あなたに命を助けていただいた者です!
ベルダの兵に襲われていた際、空から降りて来て助けてくれましたよね!?」
そういえば、そんな事もあったな。
・・ああ、あの乗りの良い娘か。
だがどうして俺だと分ったんだ?
あの時は仮面を被っていたはず。
「どうして俺だと分ったんですか?」
「その服装と後ろ姿で何となく。
声を聴いて確信しました」
なるほど。
確かに今の俺は、学院の制服を着てはいない。
あの時着ていた魔界の一張羅を身に付けている。
「今お時間ありますか?
どうしても会っていただきたい方がいるのですが」
「・・1時間くらいなら構いませんが、何か飲み物あります?」
「何でもお出し致します。
ではどうぞ私とご一緒に・・」
しっかりと手を握られ、3分程歩いて奇麗な屋敷まで案内される。
直ぐに応接室に通され、望んだ酒とつまみを出された後、5分近く待たされて、物凄くめかし込んだ少女と、1人の護衛が部屋に入って来た。
「お待たせして申し訳ありま・・」
その少女は、俺と視線を合わせて絶句する。
あまりの事に、俺も目が点になった。
「あなた・・」
「う~ん、まさかこんな場所でまた会うとは・・」
「お知り合いですか?」
護衛の女性が少女に尋ねる。
「・・知り合いと言うか、以前に学院で1度だけ話したことがあるだけよ」
そうなのだ。
この少女は、俺が学院で3日目に誘いをかけた、3年生の女子だった。
確か貴族だったから、間違いない。
「・・何か話があるそうなのでやって来たんですが、帰った方が良いですか?」
「貴様、平民だろう。
口のきき方には気を付けろ。
この御方は伯爵家のご令嬢だ」
「だから何だ?
その程度の位で威張るな。
国は違えど、俺は元王族だぜ?」
「「!!!」」
「それにな、お前、護衛としては能無しも良いところだ。
あの時も、てんで役に立ってなかったぞ?
部下を何人も死なせておきながら、俺が来なければ何もできなかっただろう?」
「貴様!」
彼女が剣の柄に手をかける。
「抜いても良いが、かかってくるなら俺も反撃するぜ?」
薄らと笑いながら言ってやる。
「お止めなさい!
あなたでは、彼に絶対に勝てない!」
どうやら、学院での再教育試合をちゃんと見ていたようだな。
「ですがお嬢様・・」
「下がっていなさい。
彼とは2人きりで話をします」
「・・分りました」
少女にきつい目で睨まれて、仕方なく護衛の女性が席を外す。
「申し訳ありません。
彼女の無礼を心からお詫び致します」
ソファーから立ち上がり、俺に対して深く頭を下げてくる。
「手短に話そう。
用件は何だ?」
「・・あなたを、我が家に迎え入れようと考えてました。
私達の命を救ってくださり、死んだはずの部下まで生き返らせてくださったあなたを、私の婿として迎え入れようと・・」
「会ったこともないのにか?
俺があの時の人物だとは知らなかったのだろう?」
「そのくらい、貴族の間では普通の事ですよ。
幸い、部下の話で若い男性だと分っていたので」
「ならもうその話は終わりのはずだな?
君はあの時、俺をはっきりと拒んだのだから」
「・・・」
「俺は借りはきちんと返す主義だが、君には既に返し終えている。
大分利息を付けてな。
だからもう、君に係わるつもりはない。
失礼する」
「待ってください!
・・もう1度だけ、機会を与えてはいただけませんか?
あの時の非礼は幾重にもお詫び致します。
私にできる事なら、何でも致しますから。
ですからどうか!」
「『一期一会』って言葉を知ってるか?
・・確かに俺はあの時、この国における礼儀を弁えていなかったのだろう。
その点は反省してるし、自分に非があることも認める。
だがな、こちらの顔をろくに見もせず、人の話をしっかり聴きもせず、
後になってから、相手の能力に気が付いて縋ったところで、その者が受けた心の傷はそうそう癒えないんだ。
直ぐに手の平を返すような相手を、信用もできないしな。
・・人の上に立つ者なら、人を見る目を養え。
行動の裏に隠された真意を探るくらいの労力を払え。
それをしないという事は、少なくとも君にとって、その相手はどうでも良い存在なんだよ。
あの時、せめてパーティーを組むかどうかくらい試していれば、君の人生は大分変っただろうにな」
いちいち玄関まで歩くのが面倒なので、さっさとその場で転移する。
宿に帰ってシーツが取り替えられたベッドに寝転がり、人の縁について考えを巡らせていると、ダンジョンに潜っていたアリサが帰って来た。
人の顔を見るなり、『一緒にお風呂に入らない?』と誘ってくる。
大方、俺に何かあったことを瞬時に見抜いて、気を遣っているのだろう。
ニナ達との逢瀬のために、わざわざ部屋を空けてくれたのに。
この女性と出会えたこと、仲良くなれた幸運を大いに喜びながら、俺は彼女のお誘いに乗るのだった。
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