第23話

 「あなたのお陰で、今年の対校戦は安心して見ていられます」


理事長室に呼ばれ、お茶とお菓子を出されながら、そんな話を切り出される。


「対校戦?」


「ええ。

我が国と、その周辺5国の学院が其々5名ずつの代表を出し、個人戦と団体戦の両方で優劣を競うものです。

我が学院は、ここ10年で1度も優勝できず、最高が3位止まりと低迷しておりました。

ですが、今年は間違いなく優勝できます。

学生の身で、カレン、ニナ、モカの3名に敵う者はおりません」


「アリサが居た時に、個人戦で優勝できなかったんですか?」


「彼女には、ダンジョン探索が忙しいという理由で、出場を辞退されていましたので・・」


理事長には、俺とアリサの関係を、恋仲だと説明してある。


まあ確かに、今のカレンに勝てる奴は、大人でもほとんどいないだろう。


「もしかして、俺にもそれに参加して欲しいと?」


「ええ、そうです。

ですが、選手としてではありません。

あなたが出てしまえば、大会が白けるだけですから」


「じゃあコーチか何かで?」


選手の育成や強化担当なら、既にしているから改めて言われるまでもないが。


「それも違います」


理事長が笑顔を見せる。


「私と組んで、お金儲けをしませんか?」


「金儲け?

その対校戦で?」


「ええ。

非公式ではありますが、この大会には毎年賭け事が行われています。

学院の理事長や教職員、選手達は参加できませんが、その家族や生徒達なら、一般の方に混ざって賭けに参加できます。

胴元は参加国の何れかが順番に行い、幸いにも今年は我が国ですので、賭け金や利益を回収できないという事態にはなりません。

私は立場上、賭けに参加できないので、あなたに運用して貰いたいのです」


理事長は、俺から得た寄付金の全てを、自身のアイテムボックス内で管理している。


学院の経理を通して管理すると、あまりに多額の寄付金を得たことで、只でさえ苦しい国が補助金を停止する恐れがあるからだ。


「以前に頂いた金塊の5割を白金貨に替え、換金手数料を除いて、225枚を用意してあります。

その内の200枚を、あなたにお任せします。

そちらの手数料は利益の3割。

如何ですか?」


「手数料は要らないから、代わりにお願いを聴いて欲しいな」


「・・どういう内容のものでしょう?」


俺が微笑んだので、理事長が少し緊張する。


「カレン達3人と、俺が臨時で作ったパーティーの6人。

その娘達の授業を、明日から学年末試験までの間、一切免除してくれないかな?

その約2か月で、彼女達をダンジョンで徹底的に鍛えて、その後も2年は対校戦で優勝できるようにしてやるよ」


「それは寧ろこちらからお願いしたいくらいです。

分りました。

私の権限で認めさせます。

彼女達に実績がなければ難しいのですが、それは既に満たしておりますからね」


お互いの利害が一致し、詳しい打ち合わせの後、退出する。


これで思う存分彼女らを鍛えられると思うと、笑いが止まらなかった。



 結論から言うと、あれから1週間後にあった対校戦では、うちの学院の代表が負けなしで全勝し、総合優勝を果たした。


個人戦ではカレンが優勝し、他の4人は彼女と戦う前に棄権して、2位と3位も独占した。


因みにそのメンバーは全員が俺の関係者で、カレン、ニナ、モカ、エミ、2年女子の1人。


理事長から依頼された賭け事においては、俺は彼女達がまだ無名の内に白金貨200枚全部を賭けて、その後もレートを確認しながら、総額で白金貨1400枚の利益を出した。


勿論、俺自身も自己資金を運用して、同じだけ稼がせて貰っている。


アリサも白金貨800枚ほどを稼いだようで、その日は物凄くご機嫌だった。


この賭けでは、最初の1回目が非常に大きな意味を持った。


例年、最下位辺りをうろうろするうちの代表の構成は、1年が3人、2年と3年が1人ずつ。


ほとんどの学院が3年生だけで代表を組む中、これは周囲から、既に諦めていると理解された。


この時、うちで最も弱い2年女子でも、そのレベルが48あった。


開会式で他国の選手を全て鑑定したが、うちを除くと、最もレベルの高い者でも51しかなかったのにだ。


カレン達3人は、既に俺やアリサ以外の者達が行う鑑定を弾けるだけの能力も有る。


案の定、彼女達の団体第1回戦は6倍のオッズが付き、そこで利益の大半を稼いでしまった。


因みに、団体戦決勝の彼女らのオッズは1・0倍で、大会史上初の単なる払い戻しだった。


個人戦でも、最早カレン達の出る試合は賭けにならず、俺は彼女達以外の試合で、鑑定を用いながら金貨数枚の遊びをしていた。


後日、理事長室で俺から元金を含めて白金貨1600枚という破格の金を受け取った理事長は、かねてからの夢であったという、奨学金制度の創設に乗り出した。


これまでは、やりたくてもぎりぎりの予算がそれを許さなかったという。


改めて、結果的にそれに協力した俺に、彼女は深く頭を下げた。


彼女はまだ40(歳)手前でしかないから、これからでも多くの学生が救われるだろう。


俺との関係で築いた資金は、既に学院の年間予算の45年分に当たるそうである。



 「既に上級の2階層なら全く問題ないな。

丸1日使えるから、攻略速度が以前の3倍になったのが大きい」


休憩の場所を浄化しながら、食事のためのテーブルと椅子を出した俺に、臨時パーティーの面々が話しかけてくる。


「全てアークさんのお陰です。

ほんの数か月前までは、自分が対校戦に出られるなんて思ってもみなかったし」


2年女子の1人が、落ち着いた声でそう言って微笑む。


「私も心から感謝しています。

個人戦で2位になれたお陰で、軍を初め、様々な所から卒業後のお話を頂けているんですよ?」


エミも嬉しそうに俺の腕に手を添えてくる。


因みにニナとモカは、途中でカレンと当たり、そこで棄権しているので、ニナが3位である。


個人戦もそうだが、数十年振りに団体戦で優勝したことで、学院の熱狂ぶりは凄まじかった。


それまでろくにダンジョンに潜らなかった下位クラスの人間までが、パーティーを組んで頑張り始めた。


カレン達は、学院では既にアイドルのような存在になっている。


「私はレベルが上がったことも嬉しいけど、こうしてお金を稼げるのが1番かな。

これまで親に全額負担して貰ってた学費を、今後は自分でも払えそうなのが何より嬉しい。

お母さん、あまり身体が丈夫ではないから」


1年の女子がそう口にする。


「それは私もかな。

うちの場合は父親だけど、寒くなると身体が痛むみたいで、見ていて申し訳なくなる」


もう1人の1年女子も、何となくばつが悪そうに笑う。


学院に通う生徒の大半は、貴族や裕福な家の出身だが、中にはこの2人のように、どうにか学費を納めている者も少なからずいる。


俺は頬張っていたホットドッグを飲み込むと、珈琲で一息吐いてから、皆に尋ねる。


「【アイテムボックス】を持っているのはエミだけのようだが、この中でギルド登録をしていない人はいる?」


「登録だけなら・・」


「私も登録だけはしてます」


幸い、6人全員がギルドの登録を済ませていた。


「ならギルドの口座が使えるな?

・・実はこの間の対校戦で賭けに参加してさ、結構な額を稼がせて貰ったから、エミ達だけでなく、皆に少し還元してやるよ。

今日は早めにダンジョンを出て、其々の口座に金貨20枚ずつ振り込むから、全員付いて来てくれ」


「!!!

金貨20枚!?」


「良いんですか!?」


「只でさえ毎回稼がせて貰ってるのに・・」


「ここで頑張った分を全て学費に回さないとならないなら、自分達の楽しみが無いじゃないか。

本来はそれが当たり前だとしても、俺からすれば、努力を怠らない娘には、何らかのご褒美があって良いと思う。

命懸けで頑張ってるんだ。

偶には買い物したり、美味い物でも食べてくれよ」


「グスッ」


「スンッ」


何人かが泣き始めた。


「え、何で泣くの?」


「・・あなたを悪く言った方々がもしこの場に居たら、彼らは一体何と言うでしょうね。

この会話を聴いてなおあなたを中傷するような人がいれば、私は心からその人を軽蔑します」


エミが真面目な顔でそう口にする。


「・・いや、そこまで褒められる程の事じゃないだろ?

女子にしかしてやってない訳だし」


「でもあなたは、何の見返りもなくそうしてくださるではありませんか」


「それはまあ、俺が集めたんだから責任もあるし、親しくなれば、ある程度の情も涌くから・・」


やばい、まだ言ってない事があるのに、何だか言い辛いぞ。


「それからさ、身内に病人や具合の悪い人がいれば、遠慮なく申し出てくれ。

貴族にしたみたいに、お金を取ったりはしないから。

今日家まで送る序でに、君達の親の身体は治しておくよ」


泣いていた1年の女子達に向けてそう言うと、その泣き声が更に激しくなる。


目に見えない所で、きっと色々耐えていたのだろう。


残りのホットドッグを頬張ろうとしたら、後からエミに強く抱き締められた。

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