第22話

 「どうやらカレンさんとも済ませたみたいですね」


昼食時、ニナにそう言われる。


「ええ。

昨夜から今朝までずっとかわいがって貰ったわ。

お陰で午前の座学は仮病を使って医務室で熟睡してた」


俺が何かを言う前に、カレンがそう答えてしまう。


「1人で大丈夫だったのですか?」


自分達は2人一緒でも動けなくなるまで疲れ果てるモカが、好奇心からカレンに尋ねる。


「最初は優しくして貰ったし、その後は随時、回復を受けながら・・ね?」


本人を目の前にして、そういう話はなるべく控えて欲しいと思うのは、俺だけだろうか?


『ね?』とか言われても、一体何て答えろというのだろう?


「ちゃんと避妊してますか?」


ニナがカレンにきちんと確認してくる。


「それは勿論。

アークの子なら産んでも良いけど、少なくとも冒険者として活動している間は、子育てなんて無理だから」


俺もその点だけは同意する。


魔界では、10代前半で子を産む女性も珍しくはないが、あそこはそういった事態に対する社会全体の受け皿がしっかりとできている。


家族だけでなく、一族や使用人全員で母親の育児を助ける習慣が根付いている。


避妊という概念がない魔界では、出生率はかなり高いが、同時に死亡率もそれなりに高い。


ダンジョン攻略が日常化しているあの世界では、日々決して少なくない者達が命を落としていた。


「それはそうと、俺からお前達に贈り物がある。

今使っている武器の代わりだ。

もうそろそろ、現在の武器では魔物にダメージを与え難くなる。

カレンはともかく、ニナやモカの武器は、その辺りに売ってる物だからな。

だから今後はこれを使うと良い」


話題を変える意味も含めて、3人の前に其々の武器を出す。


その何れも、魔界では町の武器屋で普通に買える品ばかりだが、この世界でなら、相当貴重な物になる。


何しろ、王宮の宝物庫にあった品より優れているのだから。


「・・良いの?」


「・・良いんですか?」


「これ、国宝級なんじゃ・・」


俺の説明を聴いた3人が、掠れた声を出す。


「お前ら3人は、その武器に相応しい努力をしてるよ」


彼女達の身を案じての意味は当然あるが、目論見もくろみ通りに話題が逸れたことにほっとする俺だった。



 「それ、私の実家が管理するダンジョンよ」


週末のダンジョンツアーが上級に差し掛かって2週間が経った頃、ベッドの中で身体を休めながら俺の話を聴いていたアリサが、首だけをこちらに向けて、そう告げた。


「アリサは伯爵家の出身だったのか。

・・ここは手を出さない方が良いか?」


「気にしなくて良いわよ。

ダンジョンなんだから、別に誰が入っても問題ないでしょ。

あそこはまだ最後まで攻略されていないから、どんなボスが居るのか私も興味あるし」


上級になると、【魔物図鑑】の眷族達に先導させて予め2、30階層まで掃除をさせても、1日ではとてもクリアできず、週末2日をかけて1つのダンジョンを攻略していた。


あまりにも眷族達に倒させると、カレン達を連れて行く意味が無くなる。


なので魔物のレベルが70を超えた辺りから彼女らに戦って貰い、ある程度の時間を掛けて進んでいた。


これまで制覇した2つの上級ダンジョンのボスは、レベルが94と102だった。


94の方は、俺の援護で何とかカレン達でも倒せたものの、もう1つの方は、レベル100を超える相手が初めてだった彼女達では歯が立たず、仕方なく俺が倒した。


「なら明日の夜にでも俺と潜るか?」


「良いの?」


「ボスだけ倒す分には問題ない。

どうせカレン達にはまだ無理だしな」


「レベル100を超えるとかなり強くなるからね。

彼女達はまだ1年だし、仕方ないわよ。

この国に、他にそれができる人なんていないのだから」


俺がカレン達に掛り切りの生活をしていても、アリサは自分1人で上級ダンジョンに潜ったり、ギルドでSランクの依頼を受けたりしながら自身のレベルを上げている。


今はレベル98だ。


当然、俺を除けばこの国で1番強い。


Sランクなのは俺も同じだが、ギルドでは、彼女の方が圧倒的に顔が利く。


噂を聞きつけたらしい元親族が、終戦を迎えた後にギルド経由で帰って来て欲しいと懇願したらしいが、アリサはそれを一顧だにしなかった。


天井を見ながら考え事をしていると、彼女が覆い被さってくる。


どうやら再戦の時間が来たらしい。



 翌日の夜、アリサと共に、彼女の実家が管理する上級ダンジョンへと潜る。


其々が【認識不能】と【隠密】を用い、他の階層では戦うことなく68階層の最深部へと到達した。


そこに鎮座していたボスは、レベル149のアースドラゴン。


これは俺から魔剣デビルスレイヤーを与えられたアリサでも少し苦戦した。


アリサ自身のレベル上げのためにも、俺は終始裏方に徹し、彼女の回復と、敵のスキル攻撃に対する妨害をしてやりながら、約30分を戦い抜いた。


ボスを倒した時、アリサのレベルは一気に7も上がり、105になる。


最深部の大きな空間には、数百年も貯め込んだと見られる金塊や宝石が散乱していて、それらを全て、ボスの死骸と共にアリサに収納して貰う。


「この死骸だけでも、ギルドに売れば白金貨数十枚にはなりそうね」


それを聴き、ここに来るまでに敢えて見過ごしてきた他の装備品などのお宝は、カレン達の為にそのままにしておくことにする。


「しかし意外に強かったな。

これだと、上級のボスだけは、事前に俺達2人で倒しておいた方が良さそうだ。

その方が(経験値がほとんど入らない俺が、カレン達に代わって倒すより)無駄が無いし、アリサの為にもなる。

次に復活するのがいつかも分らないしな」


「フフッ、じゃあ週末の夜は、暫くアークとダンジョンデートね」


その美しい笑顔に魅せられた俺は、宿に帰ってから、朝まで彼女を放さなかった。



 「アークさんは今、何か欲しい物ってないんですか?」


臨時パーティーの1人から、休憩中にそう尋ねられる。


3年生のエミという、かなりスタイルの良い女性だ。


俺が声をかけた時はまだレベル19で、物理防御力には優れていたが、正式なパーティーを組んだこともない、Bクラスの女性だった。


それが2か月経った今では、中級の36階層まで進み、彼女自身のレベルも46ある。


容姿以外は目立たなかった彼女が、一躍3年のトップに躍り出ていた。


元々、【アイテムボックス】と【物理耐性・中】を備えていた彼女は、活躍の場を与えられて大きく花開いた。


「特にないな」


「相当に裕福であることは伺ってますが、物以外でもないんですか?」


「・・転入当初は色々馬鹿をやったが、今はそれも満たされている。

心配しなくても、声をかけた際に約束したように、噂で流れたような事を君達に求めたりはしないよ」


「そんな事は考えてもいません!

私はあの噂を聞き流してました。

あのくらい、程度の差こそあれ、多くの男子がしている事と然して変わりありません。

あの時、彼女ではなく私に声をかけてくだされば、その場で拒絶したりはしませんでした」


「だって君、教室にいなかったし・・」


「ううっ、あの日だけでもお母さんがお弁当を作ってくれてれば・・」


「私もあの噂は酷いと思ってました。

私はアークさんが彼女に声をかけた現場に居ましたが、そこまで酷い事だとは思いません。

でも、それまで友人すらいなかった私が何かを言えば、矛先が私にも向かってくるかもと・・。

済みません」


2年女子の1人も、そう言って頭を下げてくる。


残りの4人も、それまで正式にパーティーを組んだことのない、交友関係の少ない娘ばかりだが、その全員があの噂に無関係なのは、理事長の事前調査で判明している。


そうでなければ、理事長は、俺に渡すリストに彼女達の名を記したりはしない。


「謝る必要はないよ。

俺がした事をどう評価するかは当事者の自由だ。

彼女達にはどう思われても仕方がない。

ただ見たり聞いたりしただけで、尾ひれまで付けて噂を拡散した奴らを許す気はないが、君達はそれをしなかったから今ここに居る。

俺としては、君達が強くなって彼らの鼻を明かしてくれればそれで良いんだ」


この場に居る6人の、その最低レベルは、1年Cクラスの娘の40。


既に十分目的を達している。


「私達、もっともっと頑張りますから、どうか今後も宜しくお願いします」


エミが代表して頭を下げる。


「・・そうだな。

とりあえずは、全員をレベル50にはしないとな」


休憩を終え、レベル上げを再開する。


【魔物図鑑】の眷族達しか仲間がいなかった俺だが、今では1人の恋人と、10名の友人がいる。


憧れでしかなかった学院生活を、自分なりに楽しめている。


頑張る6人を援助しながら、自然と口許が緩む俺だった。

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