第18話

 何だか最近視線を感じる。


あからさまではないのだが、じっと誰かに見られていることは確かだ。


図書館で本を読んでいる時に、それは最も強くなる。



 「カレンさん、その卵焼きとこの肉団子を交換してくれませんか?」


「良いわよ」


「ありがとうございます。

カレンさんは、ご自分で作っていらっしゃるのですよね?」


「ええ。

私、寮暮らしだから」


昼休み。


上級ダンジョンの入り口で、3人で取る昼食にも大分慣れた。


初めはカレンに対して緊張していたニナも、今では彼女に積極的に話しかけている。


「アークは相変わらずホットドッグと珈琲だけなの?

毎日同じ物ばかりでよく飽きないわね」


「これが好きなんだから良いんだよ」


平日の俺の昼食は、学院の側で営業している屋台で買う、ホットドッグであることがほとんどだ。


こんがり焼けた太めのソーセージにケチャップとマスタードをかけて貰ったやつを、毎日2つ、珈琲で流し込む。


「・・それはそうと、誰かの視線を感じないか?」


「感じるというより、あなた、見られてるわよ?」


「同じクラスのモカさんですね。

大人しい性格で、教室ではいつも本を読んでいるんですよ?」


肉団子を飲み込んだニナが、そう説明してくれる。


「・・お前らさ、何か普通に話してるけど、少しはおかしいと思わないの?

こんな所で他人に見られているんだぞ?」


「ダンジョンの入り口なんだから、別に人が来てもおかしくはないでしょ?

あなたに用があるんじゃないの?」


「彼女、まだ正式には何処のパーティーにも入ってませんから、もしかしたら私達のパーティーに参加したいんじゃないでしょうか?」


モカという名を何処かで見た記憶がある俺は、理事長から渡されたリストを見遣る。


案の定、その中に彼女の名があった。


「気付いていたのなら、声くらいかけてやれば良いのに。

薄情な奴らだ」


「一緒にお弁当を食べに来たようには見えないからね。

どうするのかを決めるのはあなただし」


「ここに加わるには、アークさんに手を出されても文句を言わないだけの決意が必要ですから。

彼女自身が勇気を出さないと・・」


俺が付けた条件には、『結果を聞きに来ないこと』というのも入っていたからな。


ニナのつむじをゴリゴリしながら立ち上がり、彼女の側に寄って行く。


「俺に用があるのか?」


「・・はい」


俯いた彼女は、徐にブラウスのボタンを外し、俺の手を取ると、その中に差し入れた。


大きく盛り上がった、温かくて柔らかな感触が、俺の掌一杯に広がる。


ブラを付けていなかった。


そうしながら、濡れた瞳でじっと俺の目を見つめてくるが、約束通り、何も聴いてこない。


「ちょっ、・・人前で何してるのよ!」


カレンが焦ったような声を出す。


「私もあれくらいしないと駄目ですね」


ニナが羨ましそうな顔をする。


「・・放課後、図書館に来い。

人目に付かない場所があるの、君なら知ってるな?」


俺は彼女の耳元で、そう囁く。


「はい」


嬉しそうにそう呟いた彼女は、制服を整えると、静かに帰って行った。


「・・エッチ。

彼女に何て言ったの?」


「さあ?

今日のダンジョン攻略は少し遅れる。

2人で先に始めていてくれ。

1階層なら問題ないだろう?」


「アークさん、ちょっとこちらに・・」


ニナが立ち上がって俺の手を引き、壁際に連れて行く。


予め外してあったのか、摑んでいた俺の手をブラウスの中に差し込み、尋ねてくる。


「私とどちらが大きいですか?」


こいつもブラを外してる。


膨らみの先端にある突起が、僅かに自己主張している。


「・・同じくらいかもしれん」


1度だけ揉んでから手を離すと、ニナは湿った吐息を漏らした。


「私はこんな場所ではやらないからね!」


冷めた珈琲を飲みに戻ると、カレンが顔を赤くしながら喚いた。


今のだって、俺からは何も求めてなかっただろ?



 「下着を脱いでも良いですか?

初めてなので、汚れると今は替えが無いので」


放課後直ぐ、図書館の3階、あまり人気のないジャンルが並ぶ本棚で仕切られた僅かな空間に顔を見せたモカは、俺の姿を確認すると眼鏡を外しながら近寄って来て、いきなり唇を塞いできた。


やや強引に差し込まれた舌が、ぎこちなく俺の口内を荒らし回る。


暫くしてから離された唇が、熱い吐息と共に、そんな言葉を漏らす。


「済まないが、今日はそこまでするつもりはない。

君をここに呼んだのは、単に確認したかったからだ。

君は俺とやりたくてパーティーに入りたいのか?

それとも強くなりたいから?」


「両方です」


「登校初日に俺がAクラスを覗いた時にはいなかったが?」


このも随分かわいい娘だ。


しとやかで、理知的でもありながら、妖しさを感じさせる所も俺好みだ。


「私は、お昼は食堂で食べるので・・」


「今の俺は、嘗ての噂ほど見境なくはない。

戦闘をしっかりこなすなら、身体は求めない」


「できれば、両方を満たしてくれると嬉しいです」


「それは君の固有能力に何か関係があるのか?」


「やはりお分かりになるのですね。

・・そうです。

私の【月蝕】は、(契約を結んだ)相手の男性の陰に隠れることで、敵の認識から一時的に外れ、攻撃を受けることなく一方的な奇襲が可能になります。

でもそのためには、相手の男性が強いこと、その男性から定期的に精を受けることで、(契約)関係を維持しなければなりません。

敵に簡単にやられるような男性では、私の能力は発揮できません。

その点でも、あなたは理想的なのです」


「今の俺はさ、(これまで読んだ本の影響で)女性の身体を性欲の道具には見れないんだ。

相手に俺を想う気持ちがなければ、どんなに良い女でも食指が動かない。

たとえ『据え膳食わぬは男の恥』とののしられても、こればかりは既に変えようがない。

だからもう、俺からは(アリサ以外を)求めない。

他に女性を抱くとしても、相手からの求めに応じるだけだ。

ここへ来た当初のように、勘違いして迷惑をかけたくもないしな」


「私だって、ただ強いというだけで相手を選んだりはしません。

あの試合を拝見して、あなたに恋をしたからです。

男らしい荒々しさと、客観的に物事を考えられる頭の良さ、最後に見せた優しさに、心が震えたのです。

決して他の女性達とのお邪魔にはなりませんから、どうか私をお側に置いてくださいませんか?」


「でもそれなりの回数をこなすなら、避妊はどうするんだ?

外に出しては意味がないのだろう?」


「月に1度、妊娠回避薬を飲んでいれば大丈夫です」


そう言えば、そんな物があると本で読んだな。


男女混合で長旅をするパーティーでは、冒険者の必需品だと書いてあった。


魔界では、そもそも避妊などという概念がないので驚いたものだ。


「・・とりあえず、学年末まで一緒にやってみよう。

その後のことは、その時になったらまた考える。

それでも良いなら受け入れよう」


「ありがとうございます。

是非お願い致します」


嬉しそうに微笑むモカ。


実は彼女、アークに敢えて言わなかったことがある。


彼女の【月蝕】は、最初に契約を結んだ相手が生存している限り、新たに他者との契約を結べない。


そればかりか、無理やり性交を行おうとしても、契約相手の魔力によって弾かれる。


その代わり、たとえ長期間その相手から精を受けなくても、その相手が側に居なくても、契約相手の魔力に比例して、病気や怪我から保護されるのだ。


なので、仮に彼女がアークから見捨てられるような事態に陥ったとしても、その貞操と引き換えに、一定の利点は残り続ける。


アークに対する気持ちは本物だが、感情だけに囚われない強さも、彼女はちゃんと備えていた。



 「・・結局、また増えるのね。

別に構わないけれど、ダンジョンに潜っている間は、イチャイチャしないでね」


上級ダンジョンに連れて行くと、カレンが『やっぱりね』というような顔をしてそう言ってくる。


アークとしては、自分がいなくなった時、カレンにもパーティーを組める仲間がいた方が良いだろうという思いで増やしているので、心外ではある。


自分は彼女達に、積極的に何かをしようとは考えていないのだ。


「改めまして、モカと申します。

宜しくお願い致します」


戦闘が一段落したところで、彼女が他の2人に挨拶をする。


「カレンです、宜しく。

実技で見た事あるから大体分るけど、何が得意なの?」


「魔法です。

雷と氷が得意です。

武器はナイフを使います」


「へえ、ナイフとは意外ね」


「宜しくモカさん。

同じクラスだし、これから仲良くしてくださいね?」


「こちらこそ。

ニナさんとお友達になれて嬉しいです」


このところ急に実力を付けてきたニナは、Sクラスとの合同実技においても噂になっていた。


「今日から2階層に進もう。

モカはまだ俺から離れるな。

側で魔法だけを使っていれば良い」


「彼女のレベルは幾つなの?」


「17だな」


「・・それはまた、鍛え甲斐がありそうね」


「(魔族でもない限り)どんな奴でも、最初は弱いのが当たり前だ。

努力さえ怠らなければ、ある程度までは強くなるのもな」


それから2時間、約100体の魔物を相手にする。


半分は俺が削ったが、モカはこの日だけでレベル24になった。

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