第17話

 「その誰?」


「ほら、カレンも知らないじゃないか」


得意げにニナにそう告げた俺に、彼女が怒る。


「そういう意味で聴いてるんじゃない!

どうしてこの場に居るのかと聴いてるの!」


「馬鹿なのか?

パーティーに加えたからに決まってるだろ」


「あの、彼は治療代が払えない私に、代案を与えてくれたんです!

頑張りますから、どうか宜しくお願いします」


ニナがカレンに深々と頭を下げる。


「・・別にあなたには怒ってないわ。

事前に何の相談もなかったから、彼にカチンときただけ。

こちらこそ宜しくね」


「ニナには自分の身を護りながら、カレンの回復に徹して貰う。

中途半端な魔法を幾つも持つより、1つでも突き抜けていた方が良い。

危なくなったら助けるから、今日から中級の30階層で戦おう」


「「30階層!?」」


「SとAクラスの人間が、その程度で驚くなよ。

出て来る魔物はせいぜいレベル40だぞ?」


「・・私、レベル16なんですけど」


ニナが不安そうな顔をする。


「私だってまだ37よ」


「ニナはある程度のレベルになるまでは、俺の側でカレンの回復だけをしていれば良い。

カレンにしても、複数の敵には俺が援護してやるから心配するな。

低レベルの場所でちまちま戦ってても、いつまでも強くなれないぞ」


「・・それはそうね。

頑張るわ」


「じゃあ行こう」


2人の手を摑み、30階層に跳ぶ。


最初に【転移】を使った時は、ニナも暫く言葉を発することができなかったが、今はもう平気みたいだ。


「おお居る居る。

早速敵だ。

今日はこれから3時間、ひたすら狩りをするぞ」


「了解」


「分りました」


覚悟を決めた2人が、魔物と対峙する。


2体以上の敵は初めから1体に減らしてやり、カレンが集中して戦えるようにしてやる。


ニナはカレンが1戦終えるごとに【ヒール】を使用し、あとは成り行きを見守っている。


この数か月、俺以外にほぼ誰も来ていないからか、随分沢山の魔物が居た。


この日だけでカレンが80体近くを倒し、俺がその倍くらいを削って、その分の魔石や素材は、暇な俺が次までに換金しておいてやることにした。



 3人で迷宮に潜り始めて3週間、カレンとニナのレベルは順調に上がっていった。


カレンはレベル54、ニナは39になり、1日の稼ぎも、俺が受け取らない分、1人当たり銀貨20枚を超えた。


今は中級の39階層で戦っていて、もう直ぐ最深部に手が届く。


ニナの父親は、騎士団には戻れなかったものの、俺の紹介で学院の警備担当の職を得た。


俺が理事長に、侯爵と伯爵から得た白金貨3枚を寄付しながら頼んだら、月額銀貨90枚で雇い入れてくれたのだ。


それもあって、俺が彼女の父親に娘が提示してきた条件をばらしたにも拘らず、母親諸共、俺のパーティーで活動することを娘に奨励している。


週末の休みは、アリサとギルドの依頼を受ける。


因みに、この世界は1年が12か月、1か月が5週で、1週が7日ある。


物件探しの方は、家の建物だけを買って、土地を買うのは止めにした。


良い物件があっても、立地が今一つの物ばかりで、土地代込みだと値段が跳ね上がることもあり、俺のアイテムボックスの収容能力が異常であることを知ったアリサがそれで良いと言い出した。


建物だけなら金貨50枚で7LDKの新築物件が手に入り、異例ではあるが、不動産屋も同じ土地でまた商売ができるため、了承してくれた。


俺達2人は、今はまだ宿屋暮らしだが、その内好きな場所に家を置いて、その場所に飽きたら、また違う場所に移るという生活を送ることで合意した。


アリサとの夜の生活も、さすがに2人共大分落ち着いてきて、今は朝までやっていることはほとんどない。


アリサ自身も、漸く生活のリズムを取り戻し、最近は朝からギルドの依頼をこなしたり、1人でダンジョンに潜っている。


彼女と2人で受ける依頼はどれも高難易度のものばかりなので、彼女のギルドランクはSに、俺はAへと昇格していた。



 「2人が来る前、中級の最深部に行って覗いてきたんだが、まだボスが復活してなかった。

どうせだから、そろそろ上級ダンジョンに潜ろうと思う」


「上級だと、魔物のレベルはどれくらいになるのですか?」


ニナが少し心配そうに尋ねてくる。


「1階層でレベル50を超えてるな。

因みに2階層だと、55くらいになる」


「私で大丈夫でしょうか?」


「・・俺が援護に回るから大丈夫だ」


「今、間がありましたよね?」


「最初に魔法で攻撃し、なるべく距離を取って戦えば、俺がサポートする以上、ニナでも何とかなる。

1階層ならな」


「私は?」


「カレンなら、1体だけならガチでやり合っても問題ない。

・・1階層ならな」


「カレンさんでもですか・・」


「ここまでニナには回復オンリーでやらせてきたが、そろそろ物理も一緒に鍛えた方が良いだろう。

【ヒール】のスピードと効果はかなり増しになって、実戦でも役に立つようになったからな」


「あれだけ使えば多少は上達しますよ。

MP回復薬なんて高価な品まで使わせて貰ったんですから」


魔界では安価で普通に売っていた薬が、こちらでは大分高い値段で店に並んでいるのには驚いた。


レベルがまだそんなに高くない頃、ダンジョン攻略で何日も部屋に帰らない時用に大量に仕入れておいたのだが、こんな事なら全部買い占めておけば良かった。


それだけで、100年以上は遊んで暮らせたのに。


尤も、容器に付いてるラベルが違うから駄目か。


言語自体が異なるから読めないしな。



 「お昼(ご飯)を食べていた入り口とは違って、少しでも奥へ行くと、やはり魔力が濃いですね」


「それが分るようになっただけ、ニナも成長したということだ」


尤も、魔界は街中でもこの数倍の濃度があるが。


「そう言えば、ニナは何の武器を使うの?」


今までは、俺の側で盾を構えていただけの彼女に、カレンが尋ねる。


「手斧です。

私はこれでも前衛だったんです」


そう言いながら、唯一の特殊能力である【アイテムボックス】を使用して、斧を取り出す彼女。


「それでも」


「これでも!」


俺がからかうと、むきになって強調するニナ。


「・・来たぞ。

2体だ」


レベル51のハイオーガが、ぎらついた目をこちらに向けた。


女性2人がお互いに距離を取って、魔法を放ち始める。


俺は彼女達の後ろから、特にニナの相手を魔法で妨害しつつ、戦闘を見守った。



 上級に入り始めてから1週間が経ち、カレンのレベルが58、ニナが47になると、1階層では楽に戦えるようになった。


そして奥に進むにつれ、ここで戦死した者達が身に付けていた装備品や、お金の類が落ちていることが増えてきた。


数年、数十年経っても、充満する高濃度の魔力のお陰で、汚れることはあっても、品物が劣化することはない。


お金は勿論、装備品も良い値段で売れることがあるので、換金担当の俺が、浄化しながらそれらを拾っていく。


因みに、魔力濃度が高い場所でも、そこに居る者の魔力が強ければ、身体に異常は起こらない。


魔界を訪れた母が3年で亡くなったのも、彼女の魔力が低かったからだ。


せめてレベル100以上に相当する魔力があれば、人間でももっと長生きできたはずである。



 ふうーっ。


今日も目一杯頑張った。


彼がいないと経験できない時間だから、つい貪欲に戦ってしまう。


お風呂でこうして気を抜かないと、寝つきが悪くなるからね。


3か月前は、自分が上級ダンジョンで戦えるなんて考えられなかった。


焦りはあっても、私1人ではどうすることもできなかったのだ。


・・私の実家は、没落した元男爵家で、両親を含め、身内は誰も残っていない。


元々が貧乏貴族であったのだが、3年前に起きたスタンピードに治めていた町が巻き込まれ、その際家族まで失ってしまった。


領地内にあったダンジョンは中級の物であったが、あまり良い素材を取れる魔物がおらず、冒険者達からも敬遠されていた。


僻地で商業も振るわなかったから、ダンジョン攻略に掛ける資金も無く、スタンピードが起きたのは半ば必然だった。


事件が起きた時、私だけは別の町に居た友人宅に泊りがけで遊びに行っていて、難を逃れた。


知らせを受けてからも、最低限の安全が確認されるまでは自分の町に入る事さえできず、2週間経って漸く中に入れた時には、思い出したくもない光景だけが残されていた。


幸い、移動途中だった国の騎士団が介入してくれて、町から魔物はいなくなっていたが、家屋は崩れ、農地は荒らされ、屋敷は所々穴が開いていた。


生き残った住民達と、廃材や遺体の片付けなどをしていると、国からの使者が来て、『ここの領地は隣接する子爵領に併合される』と告げられた。


家は取り潰しとなり、私は爵位を取り上げられて、その代償に金貨50枚を与えられ、故郷を離れた。


屋敷にあった家宝の剣だけを携え、たった1人で王都に出て来て、安い宿に泊まりながら、レベルの低いダンジョンに潜った。


もっと早くから鍛えておけば良かったという後悔と、この生活は意外と悪くないという思いとが合わさり、私は確実にレベルを上げていき、学院の入学試験にもトップ合格を果たした。


だが、憧れて入った学院のレベルは、座学を除けばそれほど大したものではなかった。


Sクラスなのに、レベルが25を超えている生徒が1人もいなかった。


私は愕然とし、そして悩んだ。


この人達と組んだところで・・。


そんな時、時期外れの転入生が1人入って来る。


入学早々、問題行動を繰り返したというが、私はちょうどその時、お金を稼ぐためにギルドの依頼を受けて学外にいたので、それを知らなかった。


まだ余裕はあるが、私には親からの仕送りなどないので、稼げる時に稼がねばならない。


学院の許可は得てあるから、今後も数日休んでは稼ごうと考えていたのだが、ここ数週間の彼とのダンジョン攻略で、その必要すらなくなった。


彼には恩も好意も憧れすら存在するから、遠回しに『了承』のサインを送ったのに、意外にも、まだ手を出されてはいない。


パーティーに新たに加わったニナもまだみたいだから、今は静観するしかない。


手を出されたらそれを理由にずっと付いて行くつもりなのに、一体誰よ、『女性なら誰でも良い』なんて言った奴は。

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