第16話

 「少し風通しが良くなったな」


5日振りに登校した俺は、クラスにできた空席に目を遣りながら、寄って来たカレンにそう声をかける。


「あの20人の内、Bクラスの2人と、Aクラスの3人、このクラスからは6人が学院を去っていったわ。

あと何故かEクラスからも、7人が辞めていったそうよ」


「思ったより少ないな。

手加減し過ぎたか?」


「最後にちゃんと治してあげたからね。

あれがなければ全員がいなくなってたわ」


俺の言葉に苦笑しながら、カレンが理事長から預かった書類を渡してくる。


あの後、俺は理事長から、5日程学院を休むように言われていた。


勿論、懲罰的な意味合いなどない。


今後俺の下に殺到するであろうパーティー申請や、誰かの治療依頼を一先ず彼女が取り纏め、ふるいにかけるためだ。


もし俺と組めれば、たとえ上級ダンジョンでさえクリアできそうなことが皆に知れ渡ってしまったからだ。


理事長としては、もう要らない学生の処分と、生徒達の、俺に対する態度を改めさせる目的であの試合を公開したらしいが、まさか俺があんなにサービスする(魔法も物理も受け放題)とは考えていなかったようで、『やり過ぎです』と苦笑いされた。


休みに入る前、俺は理事長にパーティー申請に対する条件を伝えておいたので、渡された書類はそれに関するものだろう。


その条件とは、個人申請であること、女子のみであること、受け入れる者以外には返事をしないことの3つである。


要らない者まで押し付けられる団体申請はお断り。


野郎は自分達で強くなるべきだから受け入れない。


俺のパーティーには既にカレンがいるので、彼女の為にも男は採らない。


どうでも良い奴にまで、いちいち返事をしたくない。


時間の無駄だ。


結果を聞きに来ることさえ禁じた。


やる気のない奴は、理事長の判断で落としてくれとも言ってある。


それから、治療依頼についてだが、切断された手足まで瞬時にくっ付けた俺の回復魔法を目にした者が、もしかしたらと望みをかけて、手の施しようのない家族の治療を頼んでくる可能性があった。


それにも条件を付け、貴族なら最低金貨30枚、平民なら応相談としておいた。


「今日からダンジョンに潜るわよ。

只でさえ秋季休暇で間があいたのに、あの試合のせいで更に5日も無駄にしたんだから」


「この5日、何もしていなかったのか?」


「そんな訳ないでしょ。

ただ、あの試合に触発されたのか、ダンジョンに入る人達が随分増えて、中級の下層はかなり混んでるの。

だから15階層から始めるんだけど、あなたがいないと”あれ”ができないから、移動で時間が取られるのよ」


「アレね。

因みに俺は、この5日間、毎日アレしてたぞ?」


「馬鹿!

エッチ!

・・お昼にあそこでね」


「アソコ?」


「いい加減殴るわよ?」


教師が入って来たので、無駄話はそこで終わりになった。



 「やっぱりアークとの時間は楽しいわ。

私達、凄く相性が良いし」


「おう、何発でも相手してやるよ」


「またエッチな事に結び付ける。

・・そんなに溜まってるの?」


「そんな訳ないだろ。

彼女との行為は、毎回ほとんど朝までなんだぜ?

十分満ち足りてるよ」


「じゃあどうして会話が直ぐエッチな方向にいくのよ?」


「俺はカレンのことなんて、ほとんど何も知らないからな。

今の所、下ネタくらいしか話すことがない。

ここまでの戦闘では、特に言う事ないしな」


「・・私の事、もっと深く知りたい?」


「1番奥まで入れて・・」


「その話はもう良いから!」


「・・別に良いよ。

どうせ学院だけの付き合いだろうし」


「私にはそこまでの興味が涌かないの?」


「あまり多くを求め過ぎないだけさ。

一時的な付き合いに深入りし過ぎると、余計な柵まで付いてくる。

望んでいた存在を手に入れた以上、欲張ってもろくな事にはならないからな」


「あなた次第だけど、私には、卒業後もあなたとの関係を続ける意思はあるわよ?」


「それって肉体関係込みなのか?」


「それもあなた次第。

私の期待に応えてくれるなら、私も精一杯、あなたの求めに応じる」


「・・考えておくよ」


「意外だわ。

今直ぐこの場で襲われるのかと思ったのに」


「言っただろ。

今は満ち足りているんだよ。

それに、初めての場所がダンジョンで良いのか?」


「・・確かに、それは嫌ね」


「ほら、お客さんだ。

3体居るぞ。

今日中に少しレベルを上げようぜ」


「了解」



 「ふ~ん、その娘にそんなことを言われたんだ?」


「何処まで本気か分らんから、大して気に留めてはいないよ」


「でも凄くかわいい娘なんでしょ?

食指が動かないの?」


「アリサのお陰で、今は余所でそういう気分が涌いてこない」


「これだけしてればそうかもね。

・・偶には夜の内に寝ようか」


「そうだな」



 「君か、俺に治療依頼を頼みたいというのは?」


昼休み、俺は相手が指定した校舎裏に来ていた。


理事長に渡されたリストには、治療希望者の名が8名記載されており、内7名は貴族だった。


その何れもが、先日終戦協定が結ばれたばかりの、ベルダ王国との戦争負傷者を身内に持つ者達で、腕や足を失ったり、若しくは寝たきり状態となった親や兄弟の治療を求めるものだった。


俺は休み時間を利用してその者達と接触を図り、態度と提示料金に問題のなかった5名については即座に了承し、固く口止めした上、その日の内に彼ら(彼女ら)の実家まで赴き、治療を施した。


最初は大体俺を胡散臭そうに眺めた彼らの家族も、治療後に完全に元に戻った腕や足を見て、泣いて喜んだ。


単にちぎれた手足をくっ付けるのではなく、既に失われたものを再生して見せた俺の魔法は、この世界の認識からすると、かなり異様に映ったらしい。


治療を受けた本人が泣いて喜ぶ傍らで、頬を若干引き攣らせていた者もいた。


残り2名の貴族は伯爵家と侯爵家の出身で、俺の実力を知ってなお、俺を単なる平民として扱ったのでその場で断った。


だが後日、俺が治療した子爵が、失ったはずの腕を生やして登城したという噂を耳にし、今度は向こうから丁重に願い出て来た。


『料金は元の3倍の白金貨1枚だ。

それ以下ではやらん』


相手の顔も見ず、本を読みながらそう言ってやったが、黙って頭を下げたので、仕方なく治療してやった。


侯爵家で治療した相手は、そこの次期当主だった。


箔を付けるために参戦したが、無様に負けた上、片腕と片足を失って、部下にかつがれながら逃げ帰って来たらしい。


身体が完全に元に戻ったことに大喜びした当人と当主は、約束の料金の倍に当たる白金貨2枚を支払ってくれた。


上位貴族だけあって、かなり気前が良かった。


さて、今俺の目の前にいる彼女だが、お察しの通り、平民である。


胸が大きいことを除けば、俺的には容姿も人並だ。


そんな彼女は、俺を見ると不安げに言葉を紡ぐ。


「・・あの、お金は無理なんですが、私の身体でお支払い致します。

女性がお好きと伺ってますので、お望みの限り、心を込めてお相手させていただきます。

初めてなので、少しはお気に召していただけるかと思いますが、如何でしょう?」


俺は彼女のステータスを覗き見る。


・・他はともかく、魔力とMPだけはそこそこあるな。


「それって1度じゃなくて、何度でもか?」


「・・あなただけのお相手でしたら、何度でも・・」


「じゃあその条件で治療してやるよ。

但し、支払って貰うのは君の純潔じゃない。

労力でだ。

学年末まで俺のパーティーに入ってくれ。

そこで回復役に徹して貰う」


「え、それで良いんですか!?

あなたのパーティーに入りたいって人、かなり大勢いますよ!?」


「誰でも良い訳じゃないからな。

それに、俺はスパルタ主義だ。

毎日結構きついから覚悟してくれ」


「それは・・この学院に籍を置く以上、当たり前の事です」


「確認してなかったが、今入っているパーティーは、君が抜けても大丈夫なのか?」


「私はまだ1年で、試験時のみのパーティーしか組んだことがないから大丈夫です」


「1年?

何クラス?」


「・・Aです。

廊下で何度かお会いしたことがあるのですが・・」


何だかジト目をされたので話題を変える。


「それはそうと、誰を治療すれば良いんだ?」


「父です。

国に仕える騎士だったのですが、戦争で負傷してからは、仕事にも就けずに、塞いでばかりで・・」


「午後の実技までまだ40分くらい時間があるが、これからでも平気か?」


「構いませんが、私の家まで歩いて30分くらい掛かりますよ?」


「問題ない」


彼女を抱きかかえ、道を教えられながら、【飛行】で直ぐに辿り着く。


家の中に入ると、母親は働きに出ていて、父親1人だけしかいなかった。


ベッドに腰かけたまま、失った右腕の先に、力ない視線を向けている。


「お邪魔しますね」


「・・誰だ君は?

それからニナ、学院はどうした?」


「お昼休みよ。

この人が、今お父さんの腕を治してくれるから」


「いきなり何言ってるんだ。

もうこの腕はどうにもならないんだぞ?」


「はいはい、時間がないから腕出してね。

細かい事は、後で家族だけでどうぞ」


面倒なので、さっさと治療する。


「!!!」


失われた部分が再生していく様を、呆然と見つめる男。


「彼女はさ、治療費の代わりに自分の身体を俺に差し出そうとしたんだぜ?

父親として、もっとしっかりしないと駄目なんじゃないの?

職が見つからなかったら、俺の方で何とかしてあげるから、彼女に伝言を頼みな」


それだけ言うと、ニナを連れて学院に転移した。

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