第14話

 秋季休暇を利用して、俺とアリサの2人は、2年前に廃墟と化した小さな町に来ていた。


魔界のダンジョンと違って、この世界のダンジョンは、十数年も放置されたままだとスタンピードを起こす。


魔界のダンジョンは、中級レベルの物でも100階層以上のものがざらにあるが、この世界の物は、40階層もあれば良い方だ。


魔界では、高難易度の物を除いて日常的にどのダンジョンでも狩りが行われているのに対し、ここでは人気がないダンジョンはあまり人が入らない。


おまけに、魔界の最高ランクに属するダンジョンの最深部に居る亜神や魔王クラスのボスは、1度倒されると復活しない。


限定1体のレアキャラであり、そのほとんどは俺によって倒され、【魔物図鑑】の中にいる。


それに対し、この世界は上級ダンジョンのボスでも、時間が経てば復活すると言われている。


魔界と異なり、上級クラスのボスといっても格が違い過ぎるせいだろう。


この世界の上級ボスなら、魔界の中級ダンジョンの低層で普通に目にする魔物と変わらなそうだ。


この世界では、ダンジョンの管理はそれが存在する領地を治める領主の責任になっているが、悲しい事に、全領主に責任感があるかと言われると、決してそうではない。


たとえ責任感があっても、保有する武力や資金の面で問題を抱え、放置せざるを得ない領主もいる。


廃墟と化したこの小さな町を治めていた領主は、そのどちらもなかった。


今では魔物が徘徊し、とても人が住めるような場所ではないが、突然魔物に襲われ、取る物も取り敢えず逃げ出した住人達の中には、新天地での暮らしが落ち着いた頃、この町に残してきた大事な物を取り戻したいと考える者も少なからずいる。


そうした者が出したであろう依頼をアリサが見つけてきて、お宝探しを兼ねて、俺達はここに来ていた。


「まだ2年なのに、大分汚い場所になってるのね。

荒れ放題だわ」


上空から眺めたアリサが、溜息を吐く。


「ダンジョンと違って、魔力が働いてないから仕方ないさ。

依頼品は何だっけ?」


「指輪よ。

依頼者が親から受け継いだ形見の指輪。

ペアのゴールドリング。

名前が彫ってあるそうだから、見れば分かるみたい」


「それなら依頼料の方が高くつきそうなものだが・・」


「その人にとっては、お金に代えられないのよ、きっと」


「人と縁のなかった俺には今一つピンとこないが、さっさと終わらせて、物件探しに行くか」


「そうしましょ」


俺は正門だった場所の前に降りると、眷族達を召喚した。


「開け我が【魔物図鑑】よ。

魔物を蹴散らし、目的の物を探せ。

スライム。

ヴァルキリー。

ソルジャースケルトン。

ピクシー」


手元に現れた図鑑から、次々に眷族達が飛び出して行く。


ヴァルキリーとソルジャースケルトンが倒していく魔物を、スライムが吸収し、魔石や素材等を抜き取る。


ピクシーは、朽ちた家々に入り込み、貴重品や金目の物を探していく。


俺達は、その後をゆっくりと歩いて行った。



 ピクシーが知らせてくる情報を基に、魔力で印が付けられた家や場所に足を運ぶ。


そこでやはり魔力を添えられて光っている物を手に取り、一つ一つ確かめていく。


お金、宝石、装飾品や美術品。


たとえ小さな町でも、町だけはあって、それなりの収入になる。


その家々だけで、大体金貨30枚分くらいのお金と、貴金属ではあるが、その評価がピンキリの装飾品、奇跡的に無事だった絵画や陶器などを、【浄化】を掛けながら収容していく。


約90分後、掃討を終えたヴァルキリーとソルジャースケルトンが戻って来て、図鑑の中に入って行く。


それから更に10分後、代官屋敷での探索を終えたピクシーが帰って来て、俺からご褒美の魔石を貰うと図鑑内に消える。


その後に屋敷に入ると、至る所に魔力の光が灯っている。


どうやら金目の物を集めている最中に襲われて逃げ遅れたらしく、数人分の人骨の周りには、金貨や宝石などが散らばっていた。


「さっさと逃げれば助かったかもしれないのに・・」


「殺される寸前まで、命とお金のどちらが大事かよく分ってない人が多いのよ」


この屋敷だけで、金貨100枚以上の収入になった。


屋敷の外に出ると、今回倒された魔物の死骸を全て吸収し終えたスライムが、俺の前に来て、その分の魔石と素材を吐き出していく。


素材となるのは、基本的には爪や鱗、牙や甲羅だが、ダンジョン内の魔物には武器を持っている者もおり、その場合はその武器も素材として扱われる。


魔石の数からして、今回討伐したのは約250体。


俺のスライムは、その移動速度も吸収速度も他とは比較にならないので、この短時間でこれだけの処理が可能になる。


俺達から撫でられて、嬉しそうに図鑑に消えて行った。


「目的のリングもあったし、帰るか」


「ええ。

報告してから、物件を探しに行きましょ」


ギルドで報告を済ませ、この短時間で難易度の高い依頼を片付けた俺達に驚く受付嬢に、報酬は要らないので依頼者に返すよう告げる。


買い取り部門では、素材と価値の低い装備品や骨董品だけを売り、魔石は一切売らない。


その後2日かけて、アリサと2人で国内でダンジョンが側に在る都市の不動産屋を回ったが、結局良い物件には巡り合えなかった。



 「え、依頼料をお支払いしなくて良いって、一体どういうことですか?」


「この依頼を受けた方の希望によるものです。

報酬は全てお返しするようにと・・」


「そんな人いるんですか!?」


「普通はいません。

それから、その方からこれもお預かりしています」


受付嬢が、古い小さな肖像画と、1冊の本をカウンターに載せる。


「そのリングと同じ場所にあったそうです。

もしかして、大切な物かもしれないからと・・」


若い頃の両親の肖像画と、母が大事にしていた本が目の前に置かれた。


ひとりでに涙が溢れる。


あの家での、穏やかだった暮らしが思い浮かぶ。


それらの品は、新たな土地で精一杯気を張って生きる自分の心を、慰めてくれるに十分だった。



 秋季休暇が半分を過ぎた辺りで、ギルドの掲示板前で意外な人物を目にする。


学院の2年の女子で、俺が付き合わないかと声をかけた娘だ。


向こうも気不味いだろうし、俺は咄嗟に【認識不能】を発動して様子をうかがった。


彼女は何故か1人で、お金になりそうな討伐依頼を見ているが、ランクが低いのか、そこには受けられるものがないようだった。


学院の制服は着ておらず、見るからに初心者だと分る彼女に、時々声をかける冒険者がいるが、男ばかりな上、明らかに彼女の身体目当てだと分る奴らばかりだ。


彼女も馬鹿ではないから、そんな男達の誘いには乗らないが、かといって1人ではどうすることもできず、時間ばかりが過ぎていた。



 本当にもう、嫌になっちゃう。


誘ってくるのは、いやらしい目をした男ばかり。


女性の冒険者が声をかけてくれるのを期待したが、そういう人は既に男性達とパーティーを組んでいて、初心者の私なんかには見向きもしない。


学院の友人達には頼れないし、この休みが終わるまでに、学費の残り分を稼がなくてはならない。


私は年間の学費を2回に分けて納めているが、本来なら払えるはずだった後期分の学費が、父親の大怪我のせいで急に用意できなくなったのだ。


他の町で冒険者をしている父が、依頼遂行中に魔物に襲われて大怪我をし、母はその看護で暫く働けない。


幸いにも直ぐ【ヒール】を受けられて命に別状は無いが、父は2か月は働けないそうだ。


私に送るはずだった学費は、一転して彼らの生活費になった。


・・これまでサボっていた自分も悪い。


普段からもっとダンジョンに潜って、レベルと資金を稼いでおくべきだった。


裕福な友人達と一緒になって浮かれ、試験が近付いてから慌てて入るような生活を送っていた私が馬鹿だった。


学院に入るまでは結構頑張っていたのに、学院生になれたことで得意になって、それまであった危機感をすっかり失くしてしまっていた。


あと1週間ちょっとで、最低でも金貨2枚以上を稼がないといけない。


それだって、食費を削ってのぎりぎりの額だ。


登録しただけの、Fランクの私が1人で受けられるような依頼は、お使いや採取のような、銀貨数枚にしかならないものばかり。


それだって1日では終わらないものばかりで、正直、途方に暮れていた。



 俺は少し考える。


アリサは今、物件を探しに行っていて、この町にはいない。


ここで俺が1人で出て行っても、果たして彼女は俺を受け入れるだろうか?


だがそうしないと、その内に彼女は妥協して、少しくらい変な奴になら付いて行きかねない。


1度俺の誘いを断った奴なんて、どうなろうと知った事ではないが、俺はまだ彼女に借りを返していなかった。


・・仕方がない。


誘ってみてまた断られたら、その時は見捨てよう。



 「良かったら俺と組んで依頼を受けないか?

勿論、1回だけで良い。

もう付き合ってくれだなんて言わないし、金が必要なんだろう?」


【認識不能】を解いて、彼女にそう話しかける。


冒険者としては俺の方がずっと格上だから、敬語は使わない。


「あなた、1年の!

・・ずっと見てたの?」


「ああ」


「趣味が悪いのね。

それじゃあ言い訳もできないか。

・・私で良いの?」


「誘っているのは俺だが?」


「だって私、1度こっ酷くあなたを振ったでしょ?

怒ってないの?」


「気にしていないと言えば嘘になるが、あのままでは俺の矜持が許さない。

借りは返す主義なんだ」


「・・じゃあお願いしても良いかな?

正直、私1人ではどうしようもなかったの」


「分った。

幾ら必要なんだ?」


「最低でも金貨2枚」


「・・ならこの辺りだな」


俺は掲示板をざっと眺めて、金貨5枚と記された依頼を手にする。


「ちょっとそれ、Cランク以上のやつよ!?

それに、今から行って間に合うの?」


「俺はCランクだから問題ないし、これからでも十分間に合う」


まだ3回しか依頼を受けていない俺だが、その何れもが高難易度のため、1回ごとに1つずつランクが上がっていた。


「!!!

・・人を見る目が無かったのね」


何やら呟いている彼女を連れて、受付で依頼を受け、その足で外に出る。


「【転移】を使うけど、なるべく他人には話さないでくれ」


人気ひとけのない路地裏に入り、彼女の手を摑む。


「!!!」


行ったことのある場所まで跳ぶと、そこからは【飛行】で目的地へと向かう。


結果として彼女を抱きかかえる形になるが、彼女は俺の首にしがみ付いたまま、何も言わなかった。


指定された場所で、討伐対象の魔物を3体倒す。


「・・どうしたらそんなに強くなれるの?」


俺の後を付いてくるだけだった彼女が、木の枝で簡単に魔物を倒す俺を見て、唖然としながら尋ねてくる。


「訓練と実戦あるのみ。

学院に来るまでは、毎日毎日、それこそ寝る間を惜しんでダンジョンに潜ってたから」


「・・・」


依頼数を倒し終え、再度彼女の手を摑んでギルド前に転移する。


報告を終え、依頼物以外に入手した魔石と素材を換金し、全部で金貨6枚と銀貨30枚を手に入れる。


そして俺はそれを、全て彼女に手渡した。


「あなたの分は!?」


「今回は全て、君に借りを返すためのものだ。

だから俺の分は必要ない。

これであの時の無礼は帳消しな?」


それだけ言って、さっさとアリサが待つ宿へと帰る。


うしろで彼女が何か言っていたが、よく聞こえなかった。

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