第13話

 「ふ~ん、学院でも友人ができたんだ?」


最早日課となりつつある情事を経て、共に風呂で汗を流しているアリサと、今日の出来事について話をする。


「明日にでも、一緒にダンジョンに潜るつもりなんだ」


「また私とも依頼を受けてよね?

行ってみたい場所が結構あるの」


背中を流してくれながら、大きな胸をわざと当てるようにして誘ってくる。


「じゃあ秋季休暇の間にでも付き合うよ。

俺も早くギルドランクを上げたいし」


「あとさ、高級宿の暮らしも良いけれど、私達の家を買わない?

【転移】があれば、田舎で大きな家が買えるでしょ?

ここの宿代の半年分くらいで、かなり立派な家が買えるわよ?」


「メイドがいないと管理が大変そうじゃないか?」


「使わない場所は偶に浄化すれば良いだけだし、私が作ったご飯、食べたくない?」


「え、アリサって料理できるの?

あ、ごめん、そこ握り締めないで!」


「失礼ね。

一人暮らしの間に、ある程度覚えたわよ」


「元貴族のご令嬢だから、そういうことはしないのかと思ってたんだ」


「まあ、できるとは言っても簡単な物ばかりだから、あまり期待されても困るけど」


「俺、お店以外で自分の為だけに料理を作って貰ったことってないから、それでも十分嬉しいよ。

今度一緒に物件を見に行こう」


「これからは私が側に居るわ。

あなたになら、できる限りのことをしてあげる。

だから、お風呂から出たら・・また、ね?」


「すっかり病みつきになっちゃったね」


「最初にあんな事を教えたあなたが悪いのよ。

2人きりで居る時は、なるべく甘えたいわ」


「別に嫌だと言ってる訳じゃない。

俺だってそうしたいし・・」


「なら朝までね」


「良いけど、昼間に眠くならないのか?」


「全然。

寧ろ、そうされた方が調子が良いのよ」


こんなに奇麗な笑顔を見せるのに、ベッドではああなんて、反則だよな。



 「何時なんじまで潜れるんだ?」


実技の時間を終えたカレンと中級ダンジョンの入り口で合流し、そう尋ねる。


因みに俺は、午後は図書館で本を読むことにした。


今ではもう、俺がそこで本を読もうが誰も喧嘩を売ってこない。


俺の視線を避けるように、俯くくらいがせいぜいだ。


図書館の職員も、理事長が全職員向けに俺への扱いについての注意事項を伝達したから、人が変わったように丁寧になった。


あの後、少し世間話をした際に、ここの職員の態度について不満を漏らしたら、それを聴いた彼女は激怒して、直ぐに対処すると息巻いていた。


現状を放置しておくと、俺だけではなく、やがて他の者にも同じような態度をしかねない。


学院という学び舎で、知の宝庫たる図書館の職員が礼儀知らずでは、学生たちの学習意欲に水を差しかねない。


そう判断した俺は、世間話の中で、敢えてその事について言及した。


「私は寮暮らしだから、19時の夕食の時間前に帰れば大丈夫」


「ならあと3時間半だな。

1階層からだと無駄な時間が掛かるから、少し近道しよう」


中に入ると彼女に手を差し出す。


「ん、何この手?」


「【転移】を使うから摑まれ」


「!!!」


驚いて固まった彼女の手を強引に握り、15階層に跳ぶ。


「ここの魔物は大体レベル25くらいからだ。

まだ1人でも大丈夫だろう。

危なくなったら助けるから、好きに戦ってくれ」


「・・【転移】が使えることを他に知られたら大変よ?

国からも様々な要請が入るわ」


「俺には国なんてどうでも良い。

そんな命令に従う義務もないしな」


「この国出身じゃないの?」


「ああ。

全く別の所だ。

お喋りはこのくらいにして、さっさと進もうぜ」


「・・何だか秘密が多そうね。

後で絶対に聞き出してやる」


カレンが訝しげに俺を見る。


「それを本人の前で口にするなよ」


剣を抜いて歩き出す彼女の後ろを、俺は苦笑しながらゆっくりと付いて行った。



 2時間程経ってから、16階層の比較的安全な場所で少し休憩する。


「どうだった、私の戦い方?」


「あまり無駄がない。

剣筋は中々良い。

だがそれだけに傾き過ぎている。

今はまだ大丈夫かもしれないが、そのままだとこの先苦労するだろう。

魔法との併用もできるように、練習しておいた方が良いな」


「ん~、魔法はあまり得意じゃないのよね」


「大体の基本魔法は使えるじゃないか」


「そりゃあ授業で習うしね。

でも剣を振りながら魔法を放つなんて器用なこと、私に向いてない気がする」


「同時進行しろとまでは言わないさ。

恐らくそこまではまだ無理だろうしな。

でも戦いの最初や最後に使うくらいはできるだろう?

魔法が使えないと倒せない敵も多いぞ?」


「そんな敵いるの?

剣で斬れば問題なくない?」


「・・意外に脳筋なんだな。

本当にSクラスでトップなのか?」


「失礼ね。

ペーパーと魔法では真ん中くらいだけど、戦闘実技とダンジョン試験で挽回できるもの」


「仕方ない。

ちょっと現実を教えてやる。

俺に剣で斬りかかって来て良いぞ。

俺は避けないし、攻撃もしないから」


「はあ?

死んじゃうでしょ。

何言ってるのよ」


「大丈夫だって。

カレン程度のレベルとその貧相な剣じゃ、俺は傷も付かない」


「むかっ。

レベルはともかく、私の愛剣を馬鹿にすると許さないわよ?

この剣はうちの家宝なんだから」


「それがか?

(魔界の)質屋の骨董品かと思った」


「・・今ならまだ謝罪を受け入れるわよ?」


「だって本当の事だし~」


わざと馬鹿にしたように笑ってやる。


「良いでしょう。

やってあげる。

その腕の1本を切り落としてあげるから。

・・言っておくけど、私の【ヒール】ではくっ付かないからね?」


「ノープロブレム。

だって傷も付かないし~」


「~ッ、ハッ!」


切れた彼女が、俺の左腕を狙って剣を払う。


利き腕を狙わない辺り、まだ多少の理性は残っているのか。


当然、剣は弾かれ、俺の制服すら破れない。


「!!!

・・嘘」


自分の剣と俺の腕を交互に見ながら、呆然としてそう呟く彼女。


「やっぱりなまくらだったな。

それとも、レベル差があり過ぎるのかな?」


再度、意地悪く笑ってやる。


「~ッ。

このこのこのッ」


八つ当たり気味に何度も切りつけてくるが、何れも結果は同じだ。


「気は済んだか?

物理では絶対に勝てない相手に、幾ら攻撃しても無駄なんだよ。

いい加減魔法を使ってみろ」


「そんな・・。

あ、分った!

装備品でしょ!?

国宝クラスの装備品を身に付けてるのね?」


「何も付けてないよ。

裸になって見せてやっても良いんだが、それをするのはベッドの中だけな?」


「私、そんなに安くないから!

・・でもそれじゃあ、どうして攻撃が効かないの?」


色々と表情の多彩な奴だ。


「戦場でそれを敵が教えてくれると思うのか?

やって駄目なら、次の手を考える。

弱い相手なら力ずくで通せても、自分の実力以上の相手にまでそれをすれば、待っているのは死だけだ」


「・・分ったわよ。

これから少しずつ魔法も取り入れる」


「良いだ」


「子供扱いしないでよ。

同い年でしょ」


「形式上はな」


「何が言いたいの?」


「精神年齢が違い過ぎる」


「今日はもう帰る!」


少し虐め過ぎたかな。



 もう、何なのあいつ。


どうして剣が弾かれるの?


私が必死にやってるのに、余裕こいちゃってさ。


大事な剣を、骨董品呼ばわりするし。


・・でも、あれがあいつの本心ではないのよね。


きっと私が意固地だから、煽っていたんでしょうけれど。


ある程度とはいえ、心が分るのも考え物ね。


今日の探索は凄く楽だった。


【転移】は勿論だけど、あいつ、あれで気配りが上手だし。


ちゃんと私が戦い易いように動いてくれるし、魔物がいる場所に誘導してもくれる。


利益さえ取らなかったのには驚いた。


試験のように確認させる必要がないから、倒した魔物は魔石と換金部分だけを抜いて放置すれば良いんだけど(人や魔物の死体がダンジョン内で放置されると、一両日中に吸収される)、戦う私の代わりにそれをしてくれてたのに、『何もしてないから』と言って戦利品を全部私にくれたのだ。


あいつは今日、全くの只働きだった。


ふて腐れてろくにお礼すら言わなかったのに、穏やかに笑っていた。


・・明日、何て言って誘おうかな?


あいつといると、ダンジョンは楽しむ所でもあるということを実感する。


殺伐とした殺し合いだけの場所じゃない、わくわくしながら時にはお喋りまでできちゃうワンダーランドに様変わりする。


1人で潜るより、ずっと楽しかった。



 「ちょっと顔貸してくれる?」


「お金なら持ってません」


「身一つで良いわ」


暫く話しかけてこないかと思ったが、翌日の昼に向こうから近寄って来た。


上級ダンジョンの入口付近で向かい合い、直ぐに話が始まる。


「私達、正式にパーティーを組みましょう」


「意外だな。

怒ってたから、あれで御仕舞かと思ってたのに。

それに、もう必要ないんじゃないか?」


「どうして?」


「昨日で大体カレンの力を把握したけど、レベル50くらいまでしか出ないここの中級ダンジョンなら、時間はかかっても、【ヒール】さえ使えれば、その内最深部まで行けるかもしれない。

ボスは倒せないだろうが、それさえ回避すれば、物理が効かない相手はいないし問題ない。

真面目に訓練してれば、多分卒業するまでには何とかなるさ。

上級は1人だと1階層でも怪しいがな」


「もう私には興味がなくなったってこと?」


「そこまでは言ってないだろ。

友人としては大歓迎だし、どうしても倒せない相手がいれば、その時は協力するよ。

元々1回だけのつもりだったし、俺には既に、院外に仲間が1人いるんだ。

郊外のダンジョンはその娘と潜るから」


「・・嫌よ」


「ん?

ごめんよく聞こえない」


「い・や!」


「何が?」


「あなたは私とパーティーを組むの!」


「・・お前、身体は大人だけど、頭は丸っ切り子供なのな」


結局、学院生として活動する時は、彼女と組むことになってしまった。


面白い友達ができたことを、きっと喜ぶべきなのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る