第11話
「今日からこのクラスで共に学ぶことになるアークだ。
・・席は1番後ろの、空いている所を使いなさい」
担任に皆の前でそう紹介され、俺は『宜しく』とだけ挨拶して指定された席に着く。
それだけで、さも当たり前のように授業が開始された。
あれから2日もせずに、俺はBクラスに移された。
学院の教師達は、例の2人を除いて、俺の実力を満足に知らされてはいない。
その2人にも、理事長自らが堅く口止めしている。
なので俺がBクラスに入ったのは、事前の告知通り、中級ダンジョンの15階層まで1人で到達したせいだと思われている。
過去においても前例がたった1つしかない快挙だが、この学院では俺が戦う姿を見た者は授業を含めても4人しかおらず、その彼女らも、僅か1回、ほんの一瞬の出来事に過ぎなかったので、俺の実力は、学院では未だほとんど知られていなかった。
しかも、新年度からならともかく、年度の途中で上のクラスに移った者は嘗ておらず、まだ風化するには早過ぎる黒歴史のせいもあって、この新しいクラスでも、俺は微妙に浮いていた。
授業中は、相変わらず図書館から借りた本を読んでいる。
だが以前と違って、本を読むのは学院内だけだ。
自室に帰れば、快楽を覚えたての美しい彼女が俺を朝まで放さないので、本を読んでいる暇などない。
昼休みになると、学院では居場所の少なかった俺は、上級ダンジョンの1階層の入り口付近で食事をするようになった。
ここなら先ず誰も来ない。
時々食事相手に【魔物図鑑】から眷族を出し、食べ物を与えては和んでいた。
俺の実力を垣間見た理事長が、いちいち申請書を出さずとも、いつでも何処でも自由に出入りする権利を与えてくれたのだ。
学院内で何かあった際、直ぐ俺に助力を乞うためにも、その方が良いと判断したようだ。
午後の実習、実技の時間は、相変わらず1人だけ離れて見学している。
実はこのクラスに、俺が初日に迷惑をかけた娘がいるからだ。
Cクラスとの合同授業なので、都合が悪いことに、この時間には事務室まで案内して貰ったあの娘までいる。
時々その娘達から視線を送られることもあり、俺は以前のように彼らの実技を見ることなく、ここでも本を読んでいた。
「お前さ、折角この学院に入れたのに、本ばかり読んでるのな。
女子を追いかけるのはもう飽きたのか?」
このクラスに来てから3日が過ぎた頃、初めて俺に話しかける者が出た。
「ああ。
もう十分、間に合っている」
視線を本から外すことなく、そう答える。
「実技に参加しない理由は何だ?」
「迷惑をかけたくないからだよ」
「意味が分らん」
「ここに来てから、俺は今まで1度も参加したことがない。
何故だか分るか?」
「いや」
「ペアを組もうとする相手に断られるからだよ。
半分くらいは自業自得だが、あとの半分は、尾ひれが付いた例の噂のせいだ。
お互いに嫌な気分になるなら、無理して参加することはないだろ。
元々大した授業ではないしな」
相変わらず相手に視線を向けることなく、そう答える。
「そんなんで、休暇中にある郊外実習はどうするつもりなんだ?
それにも参加しないのか?」
もう直ぐ3週間の秋季休暇が始まるが、その間に、自由参加の3日間の郊外実習が組まれている。
この学院は2学期制で、夏の終わりに学期末試験、冬の終わりに学年末試験があって、その後に、其々3週間の休みが入る。
生徒達はその休みを利用して、資金稼ぎを兼ねたダンジョン攻略に励んだり、寮生活をしている者は実家に帰省したりする。
また、試験結果が芳しくない者や、在学中に郊外での魔物退治を経験したい者達は、この実習に参加して、加点や経験を得ていた。
「生憎と俺は既に試験とは無縁の身でね。
加点なんか必要ないんだ。
それに、ギルドに所属する冒険者でもあるから、わざわざ実習に参加せずとも、そのての経験には事欠かない」
「うちの学院生には冒険者登録をしている者が少なくはないが、ランクは幾つなんだ?」
「質問ばかりだな。
まだ2回しか依頼をこなしていないから、Dだよ」
「!!
・・邪魔したな」
今の俺達の会話に聞き耳を立てていた者が数名いるのは知っていたが、大した内容ではないので気にも留めない。
スライムと一緒にお昼を過ごした後、午後の実技で本を開くと、誰かの声がした。
「先生、何故彼は、いつもあそこで本を読んでいるのでしょうか?
今の時間は魔法の訓練のはずでは?」
「ん?
・・彼は良いんだ。
理事長から特別に不参加を認められている。
特例で、既に卒業に必要な単位数を取り終えているからな」
「じゃあ何でまだ彼はこの学院に残っているのですか?」
「それは彼の自由であって、君が口を出すことではない。
彼は既に、3年分の学費を納めている。
成績と素行に問題がない以上、学院としては彼をどうすることもできない」
「既に単位を取り終えているような人が、何でBクラスなんですか?
ダンジョン試験における公示は目にしましたが、本当に彼は1人で15階層まで行けたのでしょうか?」
「それは間違いない。
理事長の他、監督を担当した2名の教師が証言している」
何か意地になってる奴がいるな。
こういう奴は、無視するだけだと付け上がるし、放って置くと、ろくな事にならない。
「参加しても良いんだが、あなた達には良いことありませんよ?
俺の相手をすれば、こちらがどんなに手加減しても医務室送りになるし、そこの的に魔法を当てるような児戯だと、最低の魔法を使っても的が壊れる。
あなたにそれが弁償できますか?
払えるなら見せてあげても良いですよ?」
「なっ、・・あの的は特別な防御魔法で保護されているのよ!?
学院生が使えるような魔法で壊せるはずがない!
それに、私達の訓練が児戯ですって!?」
「耳が悪いんですか?
最低の魔法で壊れると言ってます。
あんなもの、サンダー1発で十分ですよ」
「じゃあ見せてよ!
あなたの実力とやらを」
「弁償できるんですね?」
「・・それは」
「私も払うわ。
だから見せて」
まずい事に、彼女の賛同者が現れた。
「その代わり、壊れなかったら学院を出て行ってね」
その娘は、俺がBクラスで迷惑をかけた娘と一緒に居て、俺に食って掛かってきた娘だ。
「私も払います」
「俺も払う」
「・・先生、彼らはこう言ってますが、あの的1つで幾らくらいですか?」
「正確には知らないが、かなり高度な魔法が掛けられているから、金貨2、3枚はするだろう」
「聴きましたね?
本当に良いんですね?」
「・・良いわよ」
後から賛同した者の中には、金額を聴いて躊躇う者も出たが、もう後に引けない最初の2人は了承する。
「先生、念のために、賛同者の名前を控え、彼女らのサインを貰っておいてくれませんか?
学院から去れとまで言われた以上、俺はあれを必ず壊します。
もしかしたら手加減を間違えて、的どころか後ろの壁まで破壊してしまうかもしれませんが、その費用も彼女達持ちでお願いします」
「あ、・・ああ。
分った。
この件の賛同者は、こちらに来てこの用紙にサインしろ。
言っておくが、これは遊びではないからな。
記入者には、必ず後で請求させるぞ?」
それでも、両クラスを通じて7人が列を作った。
そのほとんどがBクラスの連中だ。
その中には、友人と一緒に並んだ、例の彼女もいる。
『あんな事で』とまでは言わないが、1度誘いをかけただけで、随分と嫌われたものだ。
Cクラスのあの娘が並んでいないのが救いかな。
「では始めます。
ちゃんと術式を見ていてくださいよ?」
位置に立った俺は、皆がサンダーだと理解できるように、かなりゆっくり魔法を展開する。
あまりにゆっくりし過ぎたため、想定以上の魔力が込められてしまうのだが。
「・・奇麗」
「あんなに正確に術式を構成できるなんて・・」
俺が教材で覚えた通りに魔法陣を展開すると、生徒達から声が漏れる。
直後に放たれた魔法は、轟音と地響きを伴って、的の有る壁ごと破壊しただけでは済まず、校舎自体に大穴を開けた。
他の校舎で授業を受けていた者達まで、一体何事かと窓から一斉に顔を出す。
「・・・」
「・・・」
結果をやっと認識できた合同クラスの者達が、一言も発せずにいる。
「先生に一切の責任がないことは、俺から理事長にしっかりと伝えておくので安心してください。
・・その用紙に記載された賛同者達から、きっちりと取り立ててくださる限りはね」
呆然として大穴が開いた校舎を眺める彼に、そう告げてやる。
「約束は守れよ?」
最初に絡んできた娘には、そう言って笑ってやる。
「・・そんな。
一体幾ら掛かるのよ」
泣きそうな顔でそれだけを口にする。
「あなたの分だけは、俺が立て替えるので支払わなくて結構です。
でもそれで、俺が初日にした迷惑行為は帳消しにさせて貰います」
1年で最初に声をかけた娘の顔を見ながら、そう告げる。
「ありがとう。
でもそうするのは、私じゃなくて、この娘にしてくれませんか?
この娘は私の為に、あなたにきつく当たっていただけなの。
・・お願いします」
俺に喧嘩を売ったもう1人の娘を庇って、彼女が頭を下げる。
彼女自身が賛同者に名を連ねたのも、その友人に付き合ってのことのようだ。
でもさ、友人なら、過ちを犯す
真にその娘を思うのなら、そうすべきだろ?
両親が懸命に働いて、やっと娘を学院に通わせていた。
ならば猶のこと、自身の言動には気を付けるべきだ。
折角の両親の想いを、労力を、一切無駄にしかねない。
「・・ではあなた達2人分は、俺が肩代わりしますよ。
それで終わりにしましょう」
残りの奴らには、きっちりと支払わせる。
学院を辞めさせるということは、俺でなければ、された方には将来において致命的な損害になる可能性がある。
たかが言葉だけの
2人にそれだけを告げると、俺は静かに理事長室へと足を運んだ。
その背後では、あの娘が再度、頭を下げていた。
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