第10話

 「・・それで、どう責任を取ってくれるのかしら?」


入浴後の身体に、薄いガウンだけを羽織ったアリサが、アイテムボックスから取り出した紅茶を飲みながら、俺が【浄化】を掛けたベッドに腰を下ろす。


「そちらの要求を全て受け入れます」


同じくガウンを羽織っただけの俺が、神妙にそう答える。


「意味がないから結婚してとは言わないけれど、私はもうあなたから離れないわよ。当然よね、アーク?」


「願ったり叶ったりです」


「好きにして良いとは言ったけれど、まさかここまでするなんてね。

・・他にも女を作るのは構わないけれど、”彼女”以外での最優先は私だからね」


そんな事を言われた俺は、この後またアリサを押し倒した。



 あの戦闘の後、転移でギルドに戻って依頼を完了させ、アリサを自身が定宿としている部屋へと連れ込んだ俺は、ドアに『清掃不要』の札を掛けるや否や、彼女を押し倒そうとした。


だが、『初めてだから、ちゃんと身体を洗ってからにしたい』という彼女の希望で待たされたため、その彼女がベッドの前でバスローブを脱いだ後の記憶があまりない。


正気に戻った俺が見たものは、破瓜の血が酸化して黒い染みとなったシーツの上で、俺に何度も精を放たれ、おまけに血液まで吸われたらしい彼女が、浅い呼吸を繰り返しながら、小刻みに痙攣を繰り返す姿だった。


日付を確認すると、既に2日が経っている。


俺は直ぐ彼女に【神治】を掛け、少ししてから身を起こしたアリサに謝罪しつつ、自分が何をしたのかを尋ねた。


そこで彼女が俺に語った内容は、俺をして、『何て奴なんだ』と思わせるのに十分だった。


この3年、溜まりに溜まった俺の性欲は、耳障りの良い彼女の喘ぎ声で更に力を増したようで、意識を失っては、更なる快楽を送り込まれて無理やり起こされるという地獄を彼女に強いた。


しかも、無意識に行った契約の儀式で、アリサは既に人間ではなくなっていた。


俺が【吸能】の力を得るきっかけとなった、”彼女”との契約儀式。


それは、破瓜の血を流す”彼女”に精を放ち、その瞬間に、”彼女”から吸血されることで成立する。


そうすることで、”彼女”は生涯たった1人だけの眷族を得られる。


逆に、眷族化され、吸血鬼としての能力まで得られた俺は、自らの成長する力で以て、本来は不可能な、眷族による眷族化を可能にしてしまう。


処女が流す血の中に己の精を吐き出し、同時に吸血行為をすることで、その女性を自分の眷族として迎え入れることができる。


これには本人の同意が必要で、行為の最中に意識に浮かび上がる言葉を肯定しなければならないのだが、津波のように連続的に押し寄せる快楽に抵抗するため、わらにもすがりたかったアリサは、それを無自覚に肯定してしまった。


結果として彼女は、外見上はほぼ変わらないのだが、その内面では人を止め、本来なら子を産むために放たれる俺の精を自身のエネルギーに変え、吸血で失われた血液に代用するという、俺専用の血液供給源と化してしまう。


救いなのは、俺が存命の間は眷族たるアリサも不老不死であるということ、眷族とはいえ奴隷のような存在ではないので、彼女には自由意思があること、彼女自身には吸血能力がないということ、俺と魂で繋がった分、2人の間で念話ができるということだ。


吸血行為までしてしまった以上、最早隠し通せるものではなく、アリサには、俺が魔族と人間の混血であることを含め、”彼女”のことも全て話した。


俺のレベルを知った彼女は、暫く開いた口が塞がらなかったが、『世界征服しちゃ駄目よ?』とだけ言って笑ってくれた。



 今借りている部屋を引き払って、自分も俺の部屋に一緒に住むというアリサと一旦別れ、俺は数日振りに学院に登校した。


すると、既に学期末試験はダンジョン試験以外終了しており、当然の如く、俺はペーパーと実技において、全部0点だった。


理事長に呼び出され、どういうことなのかを問い質されたので、まさかずっとアリサとイチャイチャしていたとは言えず、『実技の授業で全て仲間外れにされているから、受けても無駄だと思いました』と言い訳する。


こちらの世界での常識を学び、アリサによって溜まりに溜まっていた性欲を解消できた俺は、全身から妙な刺々しさが消え、理事長に対してもある程度の礼儀を払うまでになった。


それを喜んだ彼女は、残るダンジョン試験で、特別に通常の倍の点数が獲得できる、ボーナスステージを作ってくれた。


試験では、ダンジョン試験の配点だけが他の2倍あるので、それを達成できれば残り2種目分の点数を全てカバーしてもお釣りがくる。


但し、皆がそれを納得できる難易度でないとならないため、通常の試験なら1年時は初級ダンジョンのクリアで済むが、俺は中級の15階層まで1人で進むことを要求される。


『そこに居る魔物の何れかを5体倒し、その素材を持ち帰ること』


それが、俺に課された試験であった。


「この特別な試験を過去にクリアできたのは、天才と称された、たった1人の少女しかおりません。

辞退することも可能ですが、できればあなたの実力を私に見せてくれませんか?」


「分りました。

お受けします」


「期待していますよ。

持ち帰った素材は、確認後、自由に処分して構いません。

売ればそれなりにはなります」


「俺には必要ありませんよ。

学院に寄付します」


「ありがとう。

助かるわ」


「試験はいつですか?」


通常の試験でないなら、日時は別になる可能性がある。


「明日にしましょう。

教職員に告知した上で、中に入る際には私も立ち会います。

今日中に同意書だけは提出しておいてください」



 「準備は良いですか?」


「はい」


中級ダンジョンの入り口で、監督役の教職員2人と共に、俺を見送る理事長。


「恐らく2時間も掛からないと思います」


「・・それは途中でリタイアするという意味かい?」


監督役の1人である男性教師が、俺に向けてつまらなそうに言う。


「まさか。

この程度のダンジョン、それで十分だという意味ですよ」


「ほう、大きく出たね。

楽しみだ」


「だから本でも読みながら、ちゃんとここに居てくださいね?

後で難癖を付けられても困りますから」


「・・そこまで言ったんだ。

無様な姿を晒してくれるなよ?」


「分ってますよ」


理事長に黙礼して、俺はダンジョンの中に入って行く。


彼女が監督役に選んだ教師達は、俺の在学に特に批判的な2人だ。


この機に、彼らに対して俺の実力を示し、黙らせる意図があるのだろう。


中に入って直ぐ、【転移】を使うために、八咫烏を飛ばして最深部を探らせる。


自分には【認識不能】を掛けて、ゆっくりと歩いて行った。



 「そろそろ1時間が経過しますが、意外に頑張りますね。

それとも、既に死んでいるのかな?」


忙しい身の理事長が立ち去ると、残った2人の教師達が、暇潰しに無駄話を始める。


「だと良いのですが、そうなると後始末が面倒ですね」


普段なら自己責任で済むのだが、試験の一環として行ったものは、可能な限り遺体を遺族に届ける必要性が生じる。


生徒が貴族の場合は、その家の相続権にも絡むので、かなり厄介になる。


あの生徒は平民だから大して問題はないが、それでも資産家であれば、財産処分のためにも遺体くらいは確認しなければならない。


「ええ、本当に。

何で理事長はあんな奴を学院に入れたのか理解に苦しみます」


「彼自身がかなりの資産家らしいです。

ここに入るのに、相当な額の寄付金を積んだみたいですよ?」


「へえ、羨ましいご身分ですね」


「そう思うなら自分で稼げば?

中級ダンジョンでも、最深部まで行ければそれなりの額になるぞ?」


「・・お前、何時の間に!」


「攻略が終わったから戻って来たんだよ。

どちらでも良いから理事長を呼びに行ってくれ。

中で得た素材を全部出すから」



 「・・これ全部をあなた1人で?」


「はい。

中に居た魔物があまりに弱いので、15階層と言わず、最深部まで潜って主を倒してきました」


「・・確かに、ゴブリンキングの変異種の死骸がありますね。

レベル67のようですが・・」


【鑑定】を使える理事長が、呆然とした声を出す。


自分より魔力が高い相手でも、死ねば抵抗力が無くなり、【鑑定】を弾かれることはない。


「嘘だ!

どうせ予め金で手に入れていた物を、アイテムボックス内で保管していたのだろう?」


いい加減うざいな、こいつ。


「事実を証明する良い方法があります。

今から俺と一緒にここに潜りましょう。

そうすれば、俺の言葉が本当かどうか解ります。

ただ、俺はあなたを助けることはしません。

途中で襲われても、自分で何とかしてくださいね?」


「そ、それは・・」


「そっちのあなた。

あなたでも良いですよ?

俺にご不満がお有りなら、教師としてのあなたの実力を俺に見せてください。

もしかしたら、低レベルの授業の足しになる何かを得られるかもしれませんよ?

何、お時間は取らせません。

俺は【転移】が使えるので、あなた1人を最深部に連れて行くくらい訳ない。

・・如何です?」


目以外のパーツだけで無理やり笑顔を作って、そう言ってやる。


「い、いや、その必要はない。

私は認める。

君はこのダンジョンをクリアした」


おいおい、根性ないな。


それなら初めから喧嘩売るなよ。


もう1人の方に視線を向ける。


「わ、私も認める。

先程の発言は撤回する。

申し訳なかった」


「ではこれで試験は終了ですね。

お疲れ様でした」


俺がそう言ってやると、2人の教師が逃げるように去って行く。


「【転移】が使えるというのは本当なのですか?」


後に残った理事長が、何か言いたそうに尋ねてくる。


「ええ、本当ですよ」


「・・今後もし学院内で何か問題が起きた時は、あなたを頼っても良いでしょうか?」


「・・良いですけど、1つ条件があります。

卒業するまで、俺の試験を全て免除して貰えませんか?

クラスは今のままで良いですから」


「試験の免除は構いませんが、クラスの維持は、恐らく教職員が嫌がるでしょう。

先程の2人は特にね。

近い内に、あなたにはBクラス辺りに入って貰います。

本当はSクラスで皆を引っ張っていって欲しいのですが、さすがにそれは嫌でしょう?」


「嫌ですね。

そんな柄じゃありません」


「女子に持てるかもしれませんよ?」


意味有りげに微笑まれる。


どうやら俺の黒歴史を耳にしているようだな。


「もう間に合ってます。

最高の彼女ができましたから」

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