第9話

 「どうして俺に声をかけてくれたんですか?」


ギルドから程近い、雰囲気のある酒場の個室で、真向かいに座ってグラスを揺らす彼女にそう尋ねてみる。


「ん?

・・理由の1つ目は、私の好みだったから。

外見もそうだし、年の割に落ち着いた雰囲気も素敵だった」


目を合わせながらそう言われると、何だか照れる。


「2つ目は、私の【鑑定】が効かなかったから。

そんな人、これまで数人しかいなかったしね。

年下ではあなたが初めてよ」


自分も【鑑定】を用いていたことを暴露して、再び俺の目を見ながら微笑む。


「3つ目は、ガイの力に微動だにしなかったから。

あの人、あれでかなりの有名人なのよ。

口は多少悪いけど、新人君が早死しないように、色々と教えてあげてるの」


なるほど。


だからあそこであれ以上絡んでこなかったんだな。


「でも多分、あなたの方が彼より強いと思います」


「・・やっぱり見えたんだ?

私のステータス」


「ええ、済みません」


「あなた、学院の生徒みたいだけど、何年生?」


「1年です。

余所から転入しました」


「へえ、優秀なんだね。

実は私も元学院生。

1年飛び級したから、2年しか通わなかったけど」


「じゃあ先輩なんですね。

・・戦争には参加しなかったんですか?」


「うん。

ダンジョン探索や冒険者稼業は楽しいけれど、人間同士の殺し合いには然程興味がないの。

お陰で家から出ることになったけどね」


「貴族なんですよね?」


「元、ね。

家を出る時、家名も地位もしがらみも、皆捨ててきちゃったから。

持ってきたのはお金と装備くらい」


「もう冒険者暮らしは長いんですか?」


「今年で2年目かな。

大分慣れてきた。

授業がないことを除けば、学院でやってたことと、大して変わらないし」


本当に奇麗に笑う人だな。


学院時代は、さぞかし持てただろう。


今は更に凄そうだけど。


「こら。

私にばかり喋らせて、危うくこちらの目的を忘れてしまうところだったじゃない。

・・あなたの事も聴かせて?

そろそろ学院の学期末試験が始まる頃よね?

なのにどうしてギルドで依頼なんか探してたの?」


「・・学院の試験は俺にはどうでも良いからです。

筆記試験は大丈夫でしょうが、実技は果たして受けさせて貰えるかどうかも怪しいですしね。

・・実は俺、学院で孤立しているような状態でして。

転入早々に馬鹿なことをしたせいで、他の皆から浮いてるんです」


この人に自分の現状を素直に打ち明けるのは恥ずかしかったが、見栄を張っても虚しいだけだ。


「それで先日、1人で学院の中級ダンジョンに潜って視察してた時に、偶々知り合いが苦戦している場所に出くわしたんですが、その戦っていた相手のレベルを見た時、どうしようもない疑問を感じてしまって・・。

あそこだけが特別なのか、他の場所の魔物もそうなのか、少し調べてみようと思ったんです」


「どうしようもない疑問?」


「中級ダンジョンなのに、魔物のレベルが9だったんですよ。

幾ら入り口付近とはいえ、おかしいとは思いませんか?

オークのレベル9なんて、子供でも楽に倒せるような相手でしょう?」


「・・因みに、あなたはどのくらいが適正レベルだと思っているの?」


あれ、何だか真面目な顔をしてるぞ。


「(この世界でも)最低で50くらいですかね。

勿論、最深部なら200や300は超えて当たり前だと思いますが」


「・・・」


あ、不味い。


黙っちゃった。


そう言えば、この人のレベルって確か68だったな。


しまった。


あまりにショックだったからつい熱弁してしまったが、聞こえ方によっては、俺がこの人まで馬鹿にしているように感じるかもしれない。


この世界が魔界よりも遥かに劣ることは理解していたが、まさかここまで酷いとは思ってもみなかったのだ。


これではたとえ上級ダンジョンやその上に潜ろうが、俺は勿論、【魔物図鑑】内の眷族達さえも、全く成長できない。


「済みません。

決してあなたまで貶める意図はありませんでした。

ただ、あまりにも意外だったので、つい、ろくに考えもせずに口に出してしまって・・。

気を悪くされたのなら謝罪します」


この人にだけは嫌われたくない。


”彼女”が眠りに就いている今、俺は心からそう思っていた。


「別にそんな風には思ってないけど、今の話を聞いて、私にも1つ、とても大きな疑問が生じたの。

・・あなたって、レベル幾つなの?」


決して鋭くはないのに、嘘が吐けないような目で見つめられる。


「・・・」


「言えないの?」


「済みません。

多分言っても信じて貰えない。

それに、俺自身の秘密にも関わってくるので・・」


「何だか狡いわ。

私は丸裸にされてしまったのに、あなたは何も教えてはくれないのだもの」


「そんな、人聞きの悪い」


「じゃあさ、せめてあの依頼に付き合って。

一緒にやってみて、それであなたという人を”判断”するから」


「それは俺の方からお願いしたいくらいですが・・」


「なら決まりね。

まだ明るいから、これから出かけよう」


だからその笑顔は反則ですって。


大抵の事は断れないじゃないですか。



 「あなたを抱えて私が飛ぶつもりだったのに、まさか逆になるなんてね」


「俺からすれば、そんなの屈辱以外の何物でもないですからね。

寧ろそんな事を考えていたなんて驚きですよ」


「あらどうして?

【フライ】を使える人って、そんなにいないのよ?」


「俺のは魔法じゃありません。

【飛行】という、特殊能力なんです」


「へえ、そんな能力が存在したのね」


「それより、自分で飛べるなら、俺が抱えて飛ぶ必要はないんじゃありませんか?

さっきから、色々と柔らかくて困るんですけど。

胸当てまで外す必要あります?」


「少しでも軽くしようと思ったのよ。

それに、その方があなたも嬉しいでしょ?」


「否定はしません」


「フフッ、素直で宜しい」



 プラハの森に入ると、片っ端から出会った魔物のレベルを調べる。


これまで1番低かったのはゴブリンのレベル6、最も高かったのはハイオークの36で、次がリザードソルジャーの34。


これでCランク相当の依頼だと言うのだから恐れ入る。


この世界は一体どうなってるんだ?


あの異世界への壁が、魔族の侵入を拒んでいた理由も今なら分る。


もし魔族が何人もこちらに渡って来たら、この世界はあっという間に征服されてしまう。


俺だって、何かの拍子にブチ切れて高度な魔法を使えば、それだけで瞬時に1国や2国を滅ぼしかねない。


「もしかして、何処もこんな感じなんですか?」


隣を歩くアリサさんに、げんなりしながら聴いてみる。


「う~ん、人里に近い場所に棲む魔物は、大体この程度かな。

時々凄く強い変異種が生まれる事もあるけどね。

ただ、秘境や深海、高山なんかには、レベル100を超える存在もいるみたい。

あとね、ダンジョンのランクだけど、1つ上がるだけで結構違うのよ?

初級ならレベル10までの魔物しか出ないけど、中級なら50くらいまでの魔物が出て、上級クラスになると、それこそ上はレベル100以上の魔物が出るとも言われてる。

私も学院にいた頃は、よくあそこのダンジョンを利用したけれど、中級でもかなり下の方まで進むと、40後半の魔物がどんどん出て来る。

上級にも偶に入ってたけど、1人だと2階層が精一杯だった。

そこで既にレベル50以上の魔物が出て来るからね」


「アリサさん、学生時代から1人でダンジョンに潜ってたんですか?」


「ええ、そうよ?

パーティーを組めるような人が、周りに居なかったのよ」


「意外ですね。

凄く持てたと思ってました」


「自分で言うのも何だけど、そりゃあ持てたわよ。

毎日毎日、他者からの視線に晒されっぱなしだったわ。

だけどね、それとパーティーを組めるということは、全くの別物でしょ?

幾ら私を好いてくれる人でも、その人に私くらいの能力が無ければ組めないの。

だってより高度なダンジョンに潜って、私でもぎりぎりの戦闘をしている時に、回復役以外の仲間を助ける余裕なんてないもの。

何か起きても、【隠密】や【フライ】が使える私だけなら、逃げられる可能性が高いしね」


俺はまたしても、自分を基準にして物を考えていたらしい。


俺なら組んだ相手が誰であれ、必ず守れる自信がある。


だから学院でメンバーを探した際にも、性別と容姿以外は考慮しなかった。


でも普通の人は、人格と能力が最優先なんだ。


それはそうだ。


だって命懸けでダンジョンに潜る訳だから。


15を過ぎた頃の俺みたいに、遊び半分で潜りに行くのとは訳が違う。


「・・俺はアリサさんに、少しは認めて貰えた訳ですか」


「ええ、勿論。

さっきもハイオークを素手で倒してたし、【アイテムボックス】や【鑑定】、【飛行】まで使えるんだもの。

私の【鑑定】が弾かれたから、てっきり魔法使いか何かの後衛だと思ったけれど、あなた、前衛だったのね。

今、最終判断を下すための相手を探しているところ。

もしそれに勝てれば、あなたとパーティーを組みたいわ。

私もいい加減、誰かと組まないと、もっと先へ進むのが難しくなってきたの。

無断であなたを試したお詫びも兼ねて、ちゃんとお礼はするわよ?

勝てたら私の大事なものをあげる。

負けた時は・・後でもう1度だけ、機会をあげる」


それを聴いた俺の歩みが止まる。


「・・大事なもの?

確認しますが、それってお守りとか、思い出の品とかじゃないですよね?」


「さすがにそんな意地悪はしないわ。

”そういうもの”だと考えてくれて良い」


「訂正するなら今の内ですよ?

戦った後では、一切受け付けません」


俺は久々に、本気の目をして彼女を見つめる。


「・・え、ええ、大丈夫。

二言は無いわ」


「どういう相手か教えてくれますか?

一刻も早く見つけ出します」


「ハイオークが突然変異した、レベル65のキングオークよ。

この依頼の本当の目的は、それの実態を把握することなの。

金色をしているから、直ぐに分るわ」


「開け我が【魔物図鑑】よ!

我が命により、その目的たる魔物を探せ。

出でよ、八咫烏!」


俺の手元にいきなり現れた書物のページが、まるで風に吹かれたように捲れる。


黄金色に光るページが止まると、そこから三本足の黒い鳥が空へと飛び立った。


「・・その本は何?

物凄い魔力を感じるわよ?

それに今の鳥は何なの?

あなた、もしかして召喚士?」


「・・見つけた」


獰猛どうもうに笑う俺が、彼女の手を摑んでその場所まで転移する。


「え、・・嘘。

もしかして、【転移】なの!?」


周囲の光景が突然変わった事に、信じられないように、そう口にする彼女。


「グオーッ!」


動揺した彼女の声で、魔物が俺達の存在に気付いた。


「済まんが瞬殺な」


アイテムボックスから魔界の木の枝を取り出した俺は、それで以てキングオークの首を刎ねた。

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