第8話

 久し振りに入った教室で、俺の机の上に花が飾られているのを見つける。


店で売られているような高価な物ではなく、その辺りに生えていそうな雑草が、粗末な花瓶に生けてある。


俺を見たクラスメイト達が、舌打ちや嘲笑を向けてくる。


だが、自分達との格の違いすら分らない、哀れな者達がする児戯に、もう俺はいちいち反応しない。


枯れかけの花に回復魔法を掛けてやり、そのまま机上に置いて授業を受けた。


尤も、教師達の話など聴いてはいない。


この学院に入る際、理事長から制服と共に支給された、各科目の教科書を読んでいただけだ。


俺にとっては無意味でも、自分達の授業で堂々と居眠りをされれば、それは教師達だって面白くはないだろう。


授業の邪魔にならないことは勿論、徒に他者を刺激する事なく、静かに座っているだけでも、これ以上の好感度の低下は抑えられるはずだ。


まあ、既に下へと振り切っているのかもしれないがな。


【賢者】の恩恵で、俺は1度読んだ内容を忘れることはない。


連日の濫読で、つまらない本を読むことにも抵抗がなくなっている。


5日もすると、各教科3冊以上はある1年分の教材を全て読み終え、図書館から借りた様々な本を読んで過ごすようになる。


本を返却する際に、担当職員が『どうせろくに読んでいないんでしょ』という顔をするのにも慣れた。


俺が借りた本を、いちいち書棚に戻す作業すら億劫おっくうなのかもしれないが、それもお前達の仕事の内だろ?


たとえ内心では面白くなくても、プロなら相手に分るほど顔に出すなと言いたい。



 午後の実技の時間では、どうせ拒絶されるからと、初めの数回しか顔を見せなかったが、とりあえず参加だけはしておいた。


他の皆から距離を取り、1人だけ離れた場所で、他者が行っている実技の内容を眺める。


その内容が稚拙でも、余計なお世話だろうから、欠点を指摘したりはしない。


ただ黙って見学し、それぞれの戦い方、能力を把握しておく。


DとEが参加するこの合同クラスには、この世界の常識を知らなかった俺が迷惑をかけた者達はいないが、何かの役に立つ事もあるだろうから、暇潰しを兼ねて行っていた。



 それから1か月もすると、俺に対する噂はかなり弱まっていた。


俺が新たな問題行動を全く起こさなかったせいもあるが、国内屈指の名門校だけあって、上位クラスの生徒達は、いつまでもくだらない事に係わってはいなかった。


学期末試験が近付いていたせいもある。


さすがに1回だけの試験でその生徒が評価される訳ではないが、年間を通じて成績が良ければ上に上がれる半面、悪ければ、下のクラスに落とされる。


1番下のEクラスだけは、それ以上落ちようがないので、予め定められた総合点を下回れば退学になる。


俺の机に置かれていた花瓶も、いつの間にかなくなっていた。



 学期末、学年末試験には、ペーパー、実技、ダンジョン攻略の3種類がある。


なので試験が近付くと、それまで以上にダンジョンに潜る者の数が増えてくる。


この学院には初級、中級、上級の3つのダンジョンがあり、そこに入る分には1年時からでも可能だが、試験時以外で入ると、たとえ大怪我や死亡しても、全て自己責任扱いとなる。


初級だけは半ば人工的な産物で、元からあった洞窟に手を加え、スライムやゴブリン、オークなどを捉えてきては、そこで繁殖させて試験に利用していた。


中級以上は実際のダンジョンであるため、中に入る前に、教師の何れかに申請書と同意書を提出する義務がある。


中に入った生徒やパーティーが、1か月以上戻らない場合、学院は彼らの死亡届を国に提出すれば済む。


それ故に、ここ数十年、上級ダンジョンに潜る者の数はずっと低迷している。


入る者がいても、そのほとんど全てが1、2階層までしか進まない。


学生の内に、敢えて危険を冒さなくても。


最高学府たるこの学院においても、そういう安全志向の者が増えた結果、隣国との戦争で苦戦する羽目に陥っていた。



 その日、試験の下見を兼ねて中級ダンジョンに潜った俺は、10分もしないで誰かの焦り声を耳にする。


「このままでは不味い!

何とかして先に逃げてくれ!」


「無理よ!

進路を絶たれてる!

私達2人だけではあれを突破できない!」


この学院を初めて訪れた際、俺を事務室まで案内してくれた娘が、他のパーティーメンバー3人と共に、壁を背にしてオークの群れと交戦していた。


後衛の女子2人は辛うじて無傷だが、前衛の男子2人の方は、負傷している箇所から血を流している。


俺が迷惑をかけた娘は神官らしく、傷ついた仲間を必死に癒しているが、複数のオークによる攻撃の前に、その回復速度が全く追い付いていない。


俺は【認識不能】を解いて、その現場に近付き、念のために彼女らに尋ねる。


彼女らが相手にしていたオークの群れが、皆レベル9だったからである。


「もしかして助けが必要か?」


「お願い!」


俺の姿を捉えた彼女が、間髪を入れずにそう答える。


「分った」


背後からのたった1発の横蹴りで、5、6体のオークを1度に吹っ飛ばす。


残った3体の内、あと2体を蹴り上げて天井にぶち当て、最後の1体は殴り倒す。


どのオークも、それきりピクリとも反応しない。


「もう大丈夫だな。

今ので、俺が以前君に行った迷惑行為は帳消しにさせてくれ。

あの時は本当に申し訳なかった」


ポカンとしている彼女達にそう告げると、何だか虚しくなって、今日はもうここから出ることにした。



 学院内の中級ダンジョンで衝撃を受けた俺は、ある調査のため、久々に冒険者ギルドに来ていた。


王都だけあって、以前の町よりかなり混雑しているが、その分敷地や建物が大きいので、中を歩くだけなら人とぶつかるようなことはない。


複数ある掲示板を眺め、自分の目的に適った依頼を探している最中、後から肩を摑まれる。


「どけ坊主。

ここの掲示板には、お前のようなガキが受けられる依頼はない。

見学するならあっちの初心者用にしろ」


そう言われるが、無視して眺め続ける。


「・・良い度胸だ。

学院の生徒だからって、図に乗ってる奴には世間を分らせねえとな。

それも俺達、高ランク者の務めだ。

若い奴が粋がって、早死しちまわないようにしねえとな」


俺の肩を引っ張って振り向かせようとした男が、俺がびくともせずにいることに驚く。


「な、何だお前?

そんな身体でどうして俺の力に対抗できる?」


そこまで言われる筋合いはないぞ。


俺は決して貧相な体つきをしている訳ではない。


それからな、筋肉量は必ずしも強さに比例する訳ではないぞ。


魔力も一緒に鍛えなければ、本当に強い奴には歯が立たない。


それに、無駄に筋肉だけを付けても、他者から見れば、大抵は暑苦しく感じるだけだ。


「あんたのその口調を先ずどうにかしないと、忠告するというよりも、喧嘩を売っているようにしか聞こえないぞ」


外した依頼書を受け付けに持参する序でに、男にそう教えてやる。


「坊主、お前の名は?」


「アークだ」


それだけ尋ねると、男は何処かに姿を消した。


「これをお願いします」


受付嬢に、『プラハの森での実態調査、及びそのサンプルの捕獲』と書かれた依頼書を呈示すると、ギルドカードを求められたので差し出す。


「申し訳ありませんが、Eランクのあなたでは、この依頼を受けることができません」


そう言えば、俺はまだ1度しか依頼を遂行していなかった。


最低のFランクから1つ上に上がったものの、Cランクのこの依頼を受けるにはまだ足りなかった。


仕方なく、依頼書を元の場所に戻していると、また後ろから声をかけられる。


「その依頼を受けたいの?

何なら私が手伝ってあげようか?」


振り向くと、俺と大して歳が変わらないように見える、美しい女性が立っている。


学院で多くの女生徒を目にしてきたが、この人はそんなレベルを遥かに超えている。


肩下までの、真っすぐで奇麗な金髪。


水色の澄んだ瞳は、笑うと更に魅力的な輝きを放つ。


整い過ぎてはいるが、何処かに愛嬌を残す顔立ちと、ピンク色の、艶やかで小さな唇。


大きく、形良く盛り上がった胸は、通常の鎧ではカバーできないようで、特殊な胸当てで覆われている。


引き締まった、細くくびれた腰に、細過ぎず、黒のストッキングとブーツが映える両足。


これ程の女性を、俺は今まで”彼女”しか見た事がない。


その彼女が氷のような美しさなら、この女性は陽射しのような眩しささえ感じる。


思わず、こちらに来て初めて【鑑定】を使ってしまった程だ。


______________________________________


氏名:アリサ・ブラネット・イサベル

性別:女性

年齢:18

レベル:68


HP:3900

MP:4900

攻撃力:700

物理防御力:695

魔力:800

魔法防御力:740

素早さ:720

運:490


魔法:【ヒール】 【キュア】 【ファイア】 【ウオーターボール】 【ウインドカッター】 【サンダー】 【アーススピア】 【隠密】 【浄化】 【フライ】


特殊能力:【アイテムボックス】 【状態異常耐性】 【鑑定】 


固有能力:【魔力の泉】


______________________________________


恐らく、人間の中ではかなり優秀なのだろう。


どの数値も、それなりのものを示してはいる。


魔法も一通りのものが揃っているし、固有能力まで持っている。


魔族と違って限界値が存在しないから、今後更に強くなる可能性もある。


「・・もしかして、私を【鑑定】してるの?」


無言で彼女を眺める俺にそう感じたのか、怒りではなく、興味深い視線でそう聴いてくる。


「済みません。

あまりにお綺麗でしたのでつい・・」


魔界では当たり前の行為でも、この世界では眉を顰められるものであるのは、本で読んだから既に知っている。


自分の魔力の方が高ければ、相手に読まれることはない訳だから、強者としては当然の権利でも、下から見れば屈辱に感じるのは確かだろう。


「ふ~ん。

やっぱりね。

ねえ、今時間ある?

少し外で話さない?」


ここ暫く、自分とは無縁だった笑顔を向けられて、俺は条件反射で頷いてしまった。

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