第6話
「うちの学院に入学したいと聞いていますが、ここがどういう場所か分っているのですか?」
事務員に【魅了】を使って理事長室まで案内させた俺は、その彼女に取り次いで貰い、今こうしてこの学院のトップと話をしている。
「はい。
異性との交流を通して、青春を謳歌するための学び舎です」
これ以上ないくらいの真面目な顔をしてそう答える。
「・・分っていないようですね。
帰りなさい」
「ちょっと待ってください。
俺の意見を否定するなら、正解を教えてくれますか?」
「話すだけ無駄です。
あなたのような人物に述べても、きっと理解できません」
「・・人を見る目がないなあ。
それでよく理事長やってますね」
思い切り馬鹿にしたような顔で、目の前の相手を見る。
「何ですって!」
「結構な年月を生きてきただろうに、あんたの目は節穴だと言ってるんだよ」
「訂正して謝罪しなさい。
今ならまだ聞かなかったことにしましょう」
「事実なんだから、訂正のしようがないだろ。
それよりさ、もっと有意義な話をしようよ」
いきなり風魔法が飛んで来るが、俺には何の影響もない。
「気が済んだか?」
目を見開く理事長に、くだらなそうに言ってやる。
炎は部屋にも被害が出るので、今度は氷刃が複数飛んで来る。
だがやはり俺には全く効果がない。
「よほど高価な装備品をしているようですね。
なるほど、あなたの自信の源はそれですか」
「たかがレベル1のダンジョンに潜るのに、武器や装備品なんて要るかよ。
それよりさ、当然、俺もやり返して良いよな?」
彼女の顔を見ながら、うっすらと笑ってやる。
「・・ま、待ちなさい。
私に手を出せば、国が黙ってはおりませんよ?」
「別に良いぜ。
そうしたら、国ごと潰せば良いだけだし。
いっそ俺が国王になるか」
「・・本気で言っているのですか?
他人に聞かれれば、只では済みませんよ?」
「ならここで試してみるか?
最難関と言われてる、入学試験の代わりにさ?」
今にも笑い出しそうな俺を見て、理事長の顔に恐怖の色が浮かび上がる。
「は、話し合いを致しましょう。
あなたの希望は、この学院に入学することですよね?
ですが残念ながら、今年の入学試験は既に済んでおります。
その力なら、来年必ず受かるでしょう。
それで如何ですか?」
「その力って、たかが風魔法と氷刃を防いだだけだろ?
それなりの魔力は込められていたみたいだけどさ。
それに、俺は今年から通いたいんだよ。
勿論、只とは言わないぜ?」
白金貨を抓んで見せる。
「!!」
理事長の顔が、真剣に考慮している表情に変わる。
実は今日、彼女は朝からずっと不機嫌だった。
昨夜、王宮にいきなり呼び出された彼女は、国王からとんでもない話を聴かされたのだ。
『済まないが、今年から5年間、学院の予算を半分にさせてくれ』
宝物庫を賊に荒らされたとかで、手持ちの現金がかなり少ないらしい。
冗談ではないと反論したかったが、『貴族達からの寄付金でどうにか凌いでくれ』と言われれば、引き下がるしかなかった。
国は今、ベルダ王国との休戦に向けて動き出しているらしい。
何でも、こちらに進攻して来ていた敵軍が、総退却を始めたというのだ。
戦争が終われば、卒業生を実戦力として送り出す学院の価値は、相対的に下がる。
ここで異論を挟めば、余計状況が悪化すると判断した彼女は、黙って頭を下げ、城を後にした。
「別にSクラスに入れろなんて言わないよ。
1番下のEクラスで構わない。
寧ろその方が都合が良い。
俺はただ、かわいい娘達と学園生活を送りたいだけだしな」
もう1枚、白金貨を追加する。
「分りました。
私の権限でどうにか致しましょう」
「そうこないとな。
序でに、俺の経歴なんかも適当にでっちあげておいてくれ。
俺に身内は1人もいないから。
これはその手数料と制服代な」
更にもう1枚、白金貨を追加した。
「あなたとは、良い友人になれそうです」
満面の笑みを浮かべて、理事長が握手を求めてくる。
「最初からそう言ってくれよ」
俺は苦笑しながらそれに応じた。
「今日からこの学院でお世話になる、アークです。
宜しく」
翌日の朝、俺は意気揚々と登校し、Eクラスの皆の前で自己紹介をする。
だが、誰も反応してくれない。
ざっと教室内を見回すが、俺を案内してくれたあの娘はいないし、取り立てて言う程のかわいい娘もいない。
このクラスは、直ぐに俺の関心から外れた。
1番後ろの席で、ひたすら授業が終わるのを待った。
この学院は、午前が座学、午後は実技か実習だった。
座学の授業では決して俺を当てるなと、予め理事長に伝えてあるので、どの教師も俺を無視する。
居眠りしていても注意されない。
はっきり言って、ここの授業は全く分らない。
魔法を使うのに、いちいち理論だの構成だの術式だのと言われても、そんなものを学んだことはない。
魔族は本能的に魔法を使えるし、俺の場合、ほとんど全ての魔法をダンジョンから学んだ。
魔物や魔王、亜神を倒し、その能力や魔法を【吸能】で分けて貰う。
それが俺の学習スタイルなのだ。
より上位の能力や魔法を覚えれば、それより下位のものはそれに内包されて自動的に身に付くので、本で学習したのは魔界の歴史と地図くらいなのだ。
休み時間の間に、どのクラスにどんな娘が居るのかを確認するためだ。
Dから順に見て行くが、1クラス30人くらい居るので、女性しか見ないとはいえ、ある程度の時間が掛かる。
おまけに教室内で食べる娘は少ないので、この時間だけでは会えない娘も多かった。
1学年の各クラスをざっと調べた後、その中から1人、最も好みだった娘に声をかける。
各学年で1人ずつ、あとの2人は偶然の出会いを期待して空けておく。
全部で5人なのは、この学院でパーティーを組める人数が6人までだからだ。
郊外実習や学院内にあるダンジョン探索などでは、生徒達が自由にパーティーを組んで活動できる。
学年が違うと参加できないイベントもあるが、大体は大丈夫だと理事長が教えてくれた。
「済みません、あなたは今、誰かと付き合ってますか?」
「はい?」
「もし誰とも付き合ってなければ、俺と付き合ってくれませんか?」
「・・・」
「できればパーティーを組んでくれるとなお良いです」
「ちょっとあんた、いきなり何言ってるの!?」
その娘と一緒に昼食を取っていた女子が、信じられないというような顔をして俺を見る。
「この人をお誘いしているのですが、食事中は不味かったですか?」
「そういう問題じゃないでしょ!?
あんた、彼女とは初対面よね?」
「ええ。
・・ああ、自己紹介が先ですよね!
俺は・・」
「必要ないわ。
あなたと付き合うつもりもない。
これで良い?」
声をかけた娘が、刺すような視線でそう言ってくる。
「・・そうですか」
断られた俺は、潔く教室を出て行く。
その背後から、『最低』という言葉が聞こえてきた。
次の日、俺は2学年の教室を回り、前日と同様に1番かわいい娘に声をかけた。
「済みません、もしまだ誰ともお付き合いをしてなければ、俺と付き合ってくれませんか?」
「・・いきなり何言ってんの?」
「ですから、交際を申し込んでます。
もし良かったら、パーティーも組んでみませんか?」
「あなた、頭大丈夫?」
「え?
特に問題ありませんが・・」
何を言われているか分らず、戸惑う俺。
「ああ、なるほど。
何と無く分った。
私の答えを言うね。
お断り」
「・・そうですか」
静かに教室を出て行く。
背後から大勢の笑い声が響いた。
更に翌日、3学年の教室を巡り、やはり最も美しい娘に誘いをかける。
「お食事中に失礼します。
俺の名はアーク。
もしまだどなたともお付き合いをされてなければ、俺と付き合ってくれませんか?
何ならパーティーを組むだけでも良いです」
「・・あなた誰(何処の何者)?
こんな人目の多い場所で、初対面の私に向かって最初に口にする言葉がそれなの?」
「え?」
「おいお前、彼女は貴族だぞ?
失礼にも程があるだろう!」
同じグループに居た男子が、そう言って俺を睨んでくる。
「失礼?
・・平民が貴族に話しかけるのは駄目という意味でしょうか?」
「そんな事を言ってるんじゃない!
お前のその態度が問題だと言ってるんだ」
「ねえこの子、最近話題になってる子じゃない?
各学年のかわいい娘に声をかけて回ってるっていう・・」
「ああ、あの噂ね。
・・あれって本当だったんだ」
グループ内の女子が、俺を意味有りげに眺めてそう口にする。
「今返事をするから、さっさと何処かに行ってくれる?
折角の食事が不味くなるわ。
お断りよ」
お目当ての彼女には、顔も向けて貰えなかった。
おかしいな。
容姿には自信があったんだが、こうも駄目出しを食らうとは。
悩みながら階段を降りて行くと、俺を事務室まで案内してくれた娘が、友達と一緒に歩いて来るところに出くわした。
「あ、ちょうど良いところに。
探してたんだけど、見つからなくて困ってたんだ」
「こんにちは。
この学院に中途転入なんて凄いんですね」
「あのさ、今誰か付き合ってる人いる?
もしまだいなかったら、俺と付き合ってくれないかな?」
「・・ごめんなさい」
「駄目ってことかな?
ならパーティーはどう?」
「えっと、それももう決まってて・・」
「あんたさ、彼女が嫌がってるの分らないの?」
一緒にいた女子が、俺のことを睨んでくる。
「嫌がってる?
俺はただ聴いているだけで、別に強制してる訳じゃないぞ?」
「同じ事よ。
彼氏がいるこの娘に、いきなり付き合ってくれだなんて、彼女の相手にも失礼だと思わないの?」
「そんな事まで知らなかったし、最初にちゃんと聴いているじゃないか?
『もしまだいなかったら』って」
「あの、私にはずっと好きな人がいて、今もその人とお付き合いをしている最中なんです。
パーティーも、その人やこの娘達と組んでいるので・・ごめんなさい」
「いや、聴いてみただけだから、謝って貰う必要はないんだけど」
「何それ。
あんた、好きでもないのに『付き合ってくれ』なんていう訳?」
「ちゃんと好みだったよ。
それ以上のことは付き合ってみないと分らないだろ?」
「おい、あいつ、また女子を口説いてるぜ?」
「ほんとに見境ないな。
女なら誰でも良いのか?」
騒ぎを聞きつけた生徒達が集まって来て、口々に言いたい事を言ってくる。
「失礼します」
いたたまれなくなった彼女が、逃げるように去って行く。
結局俺は、それから3日経っても彼女ができなかった。
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