第5話

 俺は今、ベルダ王国で最高と言われている名門学院、ウルス魔法学院の正門前に居た。


ベルダ王国というのは、ウルスがある国の名な。


昨晩、ラウダにある高級宿で、今後どうするかついて考えた結果、学校に通うことにしたのだ。


魔界での俺は、0歳で受けさせられた鑑定のせいで、学校というものに一切通えなかった。


兄弟姉妹達が得意そうに通う中、1人だけ指をくわえてそれを物陰から眺めていた。


だから、女の子の友達ができなかったのだ(男は要らない)。


俺ももう16歳。


彼女とまではいかなくても、親しい女友達くらいは欲しい。


一緒には通学できなくても、同じ教室で時々目を合わせ、照れたその娘がわざとらしく視線を外す様が見てみたい。


学食で共に昼食を取り、意味のない遣り取りをしながら時間を浪費したい。


課外学習で起きるハプニングにドキドキしたり、混浴と間違えた女子風呂に入って、冷や冷やしたい。


最後のは無理か。


とにかく、俺は青春をやり直すために、この世界に来たのだ。


十分な資金も確保したし、さっさと行動を起こさねば。



 「ちょっと、そこに立っていられると、通学の邪魔よ。

貴族の方々は馬車で通われるんだし、怪我しない内にさっさと脇にどきなさい」


おお、何か気の強そうな声。


これは期待できるかも。


「ごめん。

俺、今日初めてここに来たからさ、何か圧倒されちゃって」


そう言いつつ振り向くと、俺的お友達になりたい基準値『低』の少女が、俺を睨んでいた。


こう言うと、『容姿で人を判断するなんて最低』と怒る人がいるけれど、俺は別に、この娘を否定しても蔑んでも馬鹿にしてもいない。


単に、無理して友達になる必要がないと言っているに過ぎない。


これは自分の好みの問題だから、他者からとやかく言われる筋合いは無い。


「・・・」


「何よ、人の顔をじろじろ見て。

何か文句あるの?」


「・・ありません」


俺が素直に脇へどくと、彼女は満足して歩いて行った。


そうだよな。


そんな都合よく、かわいい娘と出会うはずがないよな。


夢の見過ぎだって。


少しテンションを下げながら、事務室を探して広大な敷地内を当ても無く歩く。


「おい、ここは部外者立ち入り禁止だぞ。

憧れるのは分るが、程々にして帰れよ?」


今度は男子学生から声をかけられる。


学院の制服を着ていないのだから当然か。


「済みません、事務室ってどの辺りですか?」


「ああ、まさかお前、ここに入るつもりか?

どうせ受からないからやめておけ。

それに、今年の試験はもう終わってるぞ」


それだけ言うと、その男子も歩き去って行く。


・・そうか。


もう試験が終わってしまったのか。


低レベルの受験者達に混ざって、ちょっと高度な魔法を使って、周囲から驚かれつつ極力平静を保つ貴重なイベントには参加できなかったのだな。


「・・帰るか」


始めの頃の高揚が消え失せ、代わりに虚しさが込み上げてくる。


正門に背を向けたところで、再び女子から声をかけられる。


「あの・・」


「何でしょう?」


最後の望みを託して振り向く。


「ここ、部外者立ち入り禁止なので、見学でしたら次からはちゃんと許可を取ってくださいね」


「・・・分りました」


その日、俺は直ぐに宿を取って、朝までふて寝した。



 夢を見てる。


懐かしい光景だ。


とあるダンジョンの最深部で、まだ幼い俺が、1人の美しい女性と戯れている。


俺はそれが誰だか知っている。


10歳の時、偶然見つけた地下に通じるダンジョンに潜り、やっと到達した最深部に1つだけ置かれていた黒い棺の中で、静かに眠っていた女性。


あまりに美しく、危険な場所であるにも拘らずに見惚れてしまった俺は、まだ子供だったせいもあり、思わずその女性にキスをしてしまった。


ゆっくりと見開かれる、真紅の瞳。


暫く目の焦点が合っていないような感じであったその女性が、徐に棺の中で上半身を起こす。


ワインレッドのドレスを盛り上げる、深い胸の谷間が覗き、血の色のような長い髪がさらさらと流れる。


芸術品とも言える細く長い指先が、動けずにいた俺の顎を微かに持ち上げる。


『あなたは誰?

どうして私にキスをしたの?』


『ごめんなさい。

あまりに綺麗だったから・・』


ダンジョンという、問答無用で命の遣り取りをするその場所で、俺は自然とそう口にした。


『おかしな子。

それに、あなたからは不思議な匂いがする。

・・只の魔族じゃないのね』


『人の血が混ざっています。

母が人間だったので』


そこで初めて、その女性が俺に視線を向ける。


『髪と瞳の色が素敵ね。

まだ幼いけれど、将来が楽しみな顔立ち。

これまでに余程戦ってきたようね。

その歳で、私の魔力が一部弾かれている』


ゆっくりと、女性が棺の中から外に出て来る。


少しかがんで俺と視線を合わせ、穏やかな声で尋ねてくる。


『どうする?

私と戦う?

あなたでは、きっとまだ私に勝てないわよ?』


『・・正直に言うと、あなたとは戦いたくはありません。

けれど今の俺には、力が必要なんです。

戦って戦って、どんどん力を付けて、この世界に俺を認めさせないと駄目なんです。

何を言われても、どんな視線で見られても、それを受け止め、跳ね返すだけの力が欲しいんです。

・・でもやっぱり、あなたとは戦いたくはない』


下を向いた俺を見て、彼女が微笑むのが分った。


『そう、あなたは私と似てるのね。

キスをされた時の気持ちが分ったような気がするわ』


再び、人差し指で顎を持ち上げられ、目線を合わせられる。


『たった1つだけ、私と戦うことなく、あなたが強くなれる方法があるの。

でもそれには、お互いの大切なものを与え合う必要がある。

あなたには、誰か愛する人がいるかしら?

これまでに、誰かと肌を重ねたことはある?』


魔界の貴族は、年若い内から異性と肉体関係を持つ者が珍しくない。


より高い魔力は、より強い性欲を伴ってくる。


殊に男性は、戦闘に明け暮れればその分、女性の身体が欲しくなる。


種族にもよるが、10歳ともなると、肉体的にもかなり大人びてくる。


俺の場合、半分は人の血が流れているが、それでも時々、どうしようもなく身体が火照る時があり、そんな時は、本気で娼館の利用を考えた(まだ行っていないけど)。


『そういう人はおりませんし、まだありません』


『フフッ、良かった。

私、これでも嫉妬深いの。

私が初めてなのに、あなたが経験していたら許せないわ』


笑顔が怖いと感じたのは、この時が初めてだった。


手を引かれると、周囲の景色が一変する。


何処かの部屋。


その壁や家具の色は真っ赤で、部屋の中央には大きなベッドが置かれている。


『私の純潔を散らした際に流れ出る血液と、あなたの精が混じり合う時、そこに1つの契約が生まれる。

その契約は、行為の最中に、私があなたの血を吸うことで完了するの。

私にとって、生涯たった1度きりの、最初で最後の契約なのよ?

あなたに、それを受け取る覚悟はあるかしら?』


『あります。

でも、あなたは俺で良いんですか?

今日初めて会った、魔族と人間の混血児で、0歳時に受けた鑑定では、通常の半分しか能力値がなかった俺で』


『馬鹿な事を聴くのね。

もし嫌だったら、キスをされた時点で殺しているわ。

私には分るの。

あなたが大人になったら、きっと素敵な男性になるわよ?

生まれた際の能力値に、一体どれだけの価値があるの?

現にあなたは今、ここ数千年で誰も来られなかった場所に来てる』


彼女が衣服を脱いでいく。


その瞳に見つめられ、俺の中で血がたぎる。


『いらっしゃい。

ここからの時間に、無粋な会話は要らないわ。

お互いの身体で、唇で、駆け巡る魔力だけで気持ちを語りましょ。

どれだけ時を過ごしても、この場所なら、時間が止まっているのと同じだから』


それから一体何日、何週間、そこで時を過ごしていたのか分らない。


王宮に戻った時には、ダンジョンに入ってから3日が経っていた。



 「気持ちの良い・・とまでは言えない朝だな」


”彼女”の夢を見た後は、行き場のない性欲が体中を駆け回っている。


早急に、それ用のパートナーを探す必要性に迫られる。


魔界では、”彼女”が【魔物図鑑】での眠りに就くと、性欲を満たしてくれる相手がいなくなった。


やろうと思えば、【魔物図鑑】に収められた魔物や魔王などの中から、それに適した存在を召喚し、相手をして貰うことは可能なのだが、”彼女”が余計に拗ねるだけなので、それは控えている。


なので、どうしても我慢できない時は、情けないが、自分で処理していた。


さすがに、俺好みの女性が多いこの世界で、いつまでもそれを続けるつもりはない。


ただ、当たり前だが誰でも良いという訳ではないので、探すのが面倒だという気もしている。


奴隷を買うことも考えたが、抵抗できない相手を抱いても虚しいだけだと思い止まった。


宿を出て、今日はミラン王国(ギルドカードを作った国)の学院を尋ねることにした。


昨日は騎士団の詰め所や酒場で色々あったから、ベルダ王国の学院に通おうと思ったけれど、あんな事ばかりで気が変わった。


【転移】で王都ラウダまで跳び、ミラン第1魔法学院まで足を運ぶ。


この学院も、やはりこの国のトップであり、隣国のウルス魔法学院とはライバル関係にある。


昨日の事があるので、邪魔にならないよう、正門の脇に立ってその敷地に目を向ける。


「あの~」


「あ、済みません。

直ぐどきますので」


何か文句を言われる前に、ささっと道を空ける。


「あ、いえ、ごめんなさい。

何かお困りかと思いまして。

・・何で泣いているのですか?」


「人の情けが心に染みて・・」


「は、はあ。

よく分りませんが、元気出してくださいね」


「ありがとう。

この学校の事務室が何処にあるか教えてくれませんか?」


「事務室ですか?

・・少し説明が難しいので、宜しければご案内しましょうか?」


「良いんですか!?」


「ええ。

授業が始まるまで、まだ少し時間がありますから」


「ありがとう。

是非お願いします」


ああ、今日は良い日だ。


俺はもう、この学院に通うことに決めた。

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